【完結】戦死認定された薬師は辺境で幸せを勝ち取る

灰銀猫

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野営

 その後はギルベルト殿の言う通り、ほとんど休みなしでの移動になった。とはいっても馬も疲れてしまうから一刻くらいに一度は休んで水を飲んだり草を食わせたりしたけれど。その馬もさすがに五頭は多くて、野営するにも馬が獣を呼んでしまう可能性もあるからと、ギルベルト殿は三つ目の町で頑丈そうな二頭を残して三頭を売ってしまった。穏やかな性質の馬は扱いやすくありがたいと喜ばれ、思ったよりも高値で売れたらしい。この先どうなるかわからない今、路銀はいくらあっても困らないからありがたいわ。




「今日はこの辺にするか」

 ギルベルト殿が野営地を決めたのはまだ日が高い時分だった。

「え? まだ明るいですよ?」

 先を急ぐのではなかったの? まだ日が暮れるまでには時間があるのに。

「明るいうちに食事も何もかも済ませてさっさと寝るんだよ。暗い中火は焚けねぇぞ。悪~いお兄さんたちが寄ってくるからな」

 なるほど、確かに真っ暗な森の中で火を焚いたら目立つわよね。林や森は街を追放されたならず者が潜むというし、彼らの口から私たちのことが広まるのは避けたいわ。

 街道を逸れて森の中に入っていくと、崖下に焚火の跡があった。崖の一部が窪んでいて数人が雨露をしのげそう。もしかしてここが?

「あ~さすがにここは使わなかったか」

 頭の上で声がした。ここで野営をしたのね。でもカミルさんたちは先に行ってしまったと。残念だわ、ここで会えたら彼一人に負担を掛けずに済んだのに。

「まぁ、予想はしていたけどな。悪いがここで夜を明かすぞ」
「わかりました」

 残念だけど仕方がないわ。幸いというか前の野営で使った簡単なかまどが残っているし、窪みのおかげで全方向を警戒しなくて済むのはありがたい。

「近くに泉があるんだ。こいつらに水飲ませるついでに水汲んでくる」
「あ、じゃ、私も」

 馬の手綱とどこか出して来たのか片手鍋を手にしたギルベルト殿がそう言って歩き始めたのでその後を追った。どうせなら手足を洗いたいわ。一緒に向かうと湧水が出ていた。助かるわ、綺麗な水は貴重だから。

 泉で出来た小川で顔と手足を洗う。冷たい水が気持ちいいわ。足は……腫れはまだ引いてくれなかった。もう手持ちの薬草がないのよね。水で冷やすしかないかと思ったら、泉から少し離れた場所にセーゼの花を見つけた。セーゼは葉と根に薬効がある薬草で湿布になるわ。なんて運がいいのかしら。

 ギルベルト殿に手伝ってもらってセーゼの根を掘り起こした。葉と根を切り取って洗う。ほとんどの薬草は乾燥させると効能が上がるから、使わない葉は網に入れて木に吊るした。鞄から道具を取り出して根を刻んですり潰す。単調で手間がかかるこの行程を嫌う人もいるけれど、私は結構好きだったりする。無心になれるから。すり潰した根を足に塗って上から薄布で巻いた。少しでも効いてくれるといいのだけど。

 私がそうしている間にギルベルト殿が夕食を手に戻ってきた。鳥と、兎かしら? それと木の実も。あまり時間が経っていないのにもう捕まえたの?

「ほら、これがホロホロ鳥でこっちは耳黒兎だ」
「ホロホロ鳥? ええっ? よく捕まえましたね」

 ホロホロ鳥は鳴き声からそう呼ばれていて、肉は柔らかくて美味しいけれど警戒心が強いから熟練の狩人でも捕るのは難しいと言われている。それをこの短時間で? 耳黒兎も夜行性だから姿を見るのも珍しいのに……

「はは、戦場じゃ補給がなくて死に物狂いで狩っていたからな。狩人でも食っていけるぞ」

 そう言って笑った。その姿は猛将というよりも成果を自慢する少年のようね。屈託のない表情を見せるなんて珍しい。いつも斜に構えて皮肉っぽい表情が多いのに。

 ホロホロ鳥は鳥肉で一番美味しいと言われているし、耳黒兎も兎の中では美味の部類に入る。ずっと干し肉ばかりだったから新鮮な肉に幸せを感じる。焼いた匂いまで素晴らしいわ。

「ほら、たくさんあるから食え。明日も捕れるとは限らねぇからな」
「ありがとうございます」

 焼いただけの肉だけど、肉汁の滴る焼きたては最高に美味しかった。戦場じゃ肉は滅多に食べられなかったし、新鮮な肉なんて随分久しく口にしていない。大袈裟かもしれないけれど生きていてよかったと思ってしまった。

「美味しかったです……」
「そりゃあよかった」

 至福の時間が終わる頃には空が赤みを増していた。肉以外にも焼いた干し芋と、肉と一緒に採って来てくれた果物もあった。二人ではさすがに多いかと思ったけれど、ギルベルト殿は私の倍は食べていたわ。足りたのかと尋ねたら十分すぎて動きたくないと笑った。だったらいいのだけど。男性の食べる量って多いのはわかるのだけどちょっと想像出来ないから。

「はぁ、ちょっとばっかり食い過ぎたな。ちょっと腹を軽くしてくる」
「え? どこへ?」
「周りに危険がないか軽く見てくる。お前さん、着替えるなら戻るまでにやっておけ」
「え? あ、はい」

 気を利かせてくれたのね。有り難く崖の窪みでマントを被ってその下で身体を拭いて着替えた。それだけでもさっぱりするわ。泉から流れる小川で服を洗って近くの木に吊るした。朝までに乾いてくれるといいのだけど。終えた頃にギルベルト殿が戻ってきたので交代して、鞄の中の薬草を確かめた。今使えそうな薬は熱冷ましくらいだけど……熱が出ていないのに飲むのはもったいないわね。この先薬が手に入るかもわからないし。王都にいる間に補充しとくべきだったわ。



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