【完結】戦死認定された薬師は辺境で幸せを勝ち取る

灰銀猫

文字の大きさ
35 / 169

備えあれば患いなし?

 荷馬車の幌が乱暴に広げられる音が闇に広がる静寂を貫いた。薄い毛布を頭から被り、寝ころんだまま息を殺して耳を澄ませた。一つも漏らさないよう全身で音を拾う。

「ははっ、寝ていやがるな」
「ああ、あの薬草のお陰だな。今日の仕事も楽勝だぁ」
「まったくだ。初対面の護衛を信用するなんざ、甘ちゃんだねぇ」

 声を落とすでもなく男たちの品のない笑い声が響いた。残念だけどギルベルト殿の懸念は当たっていたのね。予めこうなるかもしれないと聞かされていたからショックはないけれど、あの人数を相手にするのかと思うと不安が募る。夜盗なんてギルベルト殿の敵じゃないけれど、今回は守らなきゃいけない人数が多い。テレルさんたちは味方かしら? そうでなければギルベルト殿は一人で七人を守りながら十人を相手にしなきゃいけなくなる……彼だって人間だから万が一ということもある。不安に胸が押しつぶされそうで息が苦しい……

「ほら、さっさと片付けようぜ。男は全員奴隷にして売り払っちまえ。女はたっぷり可愛がってからだ」
「ああ、だが色気のねぇガキだったからなぁ。どうせならもっとこう、出るところは出て引っ込んでるところは引っ込んでる奴がよかった」
「ははっ、違ぇねぇ」

 下卑た言葉にムッとした。悪かったわね、幼児体型で! だけど成長期に食糧難の戦場にいたのだから仕方がないじゃない。腹立たしさを押さえながら息を殺していると荷馬車が揺れた。男たちが乗り込んで来たのだろうけれど……

「……あ?」

 馬車が大きな軋み音を立てて揺れ、何かが地面に落ちる音がした。

「は? なに、が……?」
「え? か、身体が……うがっ!」

 次々と男たちが地面を鳴らした。少なくとも五人は倒れたらしい音がしてうめき声が荷馬車の下から伝わってくる。

「ははっ、さすがだな、ベル」

 ばさりと毛布がはためく音がした。ギルベルト殿が起き上がったのだろう、私も続けて毛布の中から顔を出した。問題なさそうだと身を起こす。

「予想通りでしたね」

 這って荷台の後ろまで向かい下を覗くと、荷台の下と少し離れた場所で男たちが折り重なるように倒れているのが見えた。顔が青ざめて見えるのは月明かりのせいかしら。前よりも月が欠けているから表情までははっきり見えないけれど。

「ば、ばかな……」
「き、貴様ら……何で……」
「薬、で……眠ってい、るはず、じゃ……」

 倒れたまま男たちがこちらを見上げて呻いた。

「なんでって、こうなると予想していたから、かな?」

 ギルベルト殿がいつものにやりとした笑みを浮かべて彼らを見下ろした。そう、彼らの思惑を感じ取った私はあの後スープに別の薬草を入れて眠くなる効果を打ち消し、それと同時に彼らには肉の味付け用だと言って遅効性の痺れ薬を混ぜた塩を渡したのだ。彼らは疑いもなくあの塩を焼いた肉に振りかけて食べ、それがこのタイミングで効いてきたのだ。レダさんの店で色々と買っておいて正解だったわ。まさか街の薬屋に痺れ薬が売られているとは思わなかったけれど。

「さ、大人しくしていてもらおうか」

 そういうとギルベルト殿が荷台に備えておいた縄を見せつけるように手に取った。男たちが顔を引きつらせるのをよそ目にギルベルト殿は軽々と荷馬車から飛び降りると、次々と男たちを後ろ手に縛り始めた。

「これは……」
「本当だったのか……」

 周囲を見回りに行ったふりをして近くの木の陰に隠れていたテレルさんたちが駆けつけて、茫然とこちらを見ていた。彼らも護衛の柄の悪さに懸念を感じていたけれど、本気にはしていなかったみたいね。

「まぁ、これが現実ってことだ」
「そう、なのですね……」

肩を落として柔和な顔立ちを曇らせたテレルさんにギルベルト殿が素っ気なく告げる。二人が加わって、八人の男たちはあっという間に縛り上げられた。テレルさんたちがあちら側の人じゃなくてよかったわ。彼らは痺れ薬のついた肉を食べなかったから、仲間だったらこうもすんなりとはいかなかったもの。偽護衛らは身体が痺れて抵抗すら出来ず、ただ怨嗟の呻きを上げて睨みつけていた。

「さ、次のお客さんがやってきたぞ」

 ギルベルト殿が親指を立てて示した先にあるのは少し離れた場所で野営していた一行で、こちらに向かってくる人影が見えた。月明かりの下で光る細長いものは剣かしら。またしてもギルベルト殿の悪い予想が当たってしまったらしい。

「皆、幌の中へ。前の方で身を低くしていろ。そうすれば剣は届かねぇ」
「は、はいっ!」

 押し殺した声でギルベルト殿が告げると、ロドリゴさんが声を裏返して返事をし、荷馬車の奥へと這うように進んだ。荷馬車の前には御者台があるし、左右も荷物を支えるために板が張られている。寝ころんでいる分には剣は届かないはず。

「ギル殿も中へ!」
「いや、俺も加勢する」

 テレルさんの気遣いをギルベルト殿は軽い口調で断った。さっきの様子を見ていたテレルさんは何も言わず、決意を込めた表情で小さく頷いた。

「ベル、大人しくしていろよ」
「無理はしないでください」
「ははっ、お前に労われるとは嬉しいねぇ。心配いらねぇよ」

 そう言うと右側の口の端にだけ笑みを浮かべて頭を撫でられた。その大きくて暖かい手に心臓が跳ねた気がしたのは、気のせいよね。

「さ、幌は閉めておくぞ。いいと言うまで動くんじゃないぞ」

 そう言うと入口を塞ぐための幌が閉じられて真っ暗になった。奥に移動して薄い毛布を頭から被り、荷台の床に身を預ける。耳を澄ますと男たちの野太い声がさざ波のように押し寄せ、その声は段々大きくなって荷馬車が怒号に包まれた。

 毛布を被って大丈夫だと心の中で呪文のように繰り返す。相手は剣を習ったこともない破落戸なのよ、ギルベルト殿が負けるはずがない。そう思うのだけど、相手が何人いるかがわからないだけに不安が募る。テレルさんたちがいるから一人よりはずっとマシだけど……あの林の時のようにきっと無事に戻ってくるわ。そう念じながら全てが片付くのを待った。


感想 97

あなたにおすすめの小説

【完結】魔女令嬢はただ静かに生きていたいだけ

⚪︎
恋愛
 公爵家の令嬢として傲慢に育った十歳の少女、エマ・ルソーネは、ちょっとした事故により前世の記憶を思い出し、今世が乙女ゲームの世界であることに気付く。しかも自分は、魔女の血を引く最低最悪の悪役令嬢だった。  待っているのはオールデスエンド。回避すべく動くも、何故だが攻略対象たちとの接点は増えるばかりで、あれよあれよという間に物語の筋書き通り、魔法研究機関に入所することになってしまう。  ひたすら静かに過ごすことに努めるエマを、研究所に集った癖のある者たちの脅威が襲う。日々の苦悩に、エマの胃痛はとどまる所を知らない……

どうぞお好きに

音無砂月
ファンタジー
公爵家に生まれたスカーレット・ミレイユ。 王命で第二王子であるセルフと婚約することになったけれど彼が商家の娘であるシャーベットを囲っているのはとても有名な話だった。そのせいか、なかなか婚約話が進まず、あまり野心のない公爵家にまで縁談話が来てしまった。

何もしなかっただけです

希臘楽園
ファンタジー
公爵令嬢であり王太子の婚約者であった私は、「地味だ」という理由で婚約を破棄され、王宮を去った。 それまで私が担っていた役目を、誰も知らないまま。 ――ただ何もしなくなっただけで、すべては静かに崩れていく。 AIに書かせてみた第14弾は、「追放ざまぁ」系の短編。

偽聖女として私を処刑したこの世界を救おうと思うはずがなくて

奏千歌
恋愛
【とある大陸の話①:月と星の大陸】 ※ヒロインがアンハッピーエンドです。  痛めつけられた足がもつれて、前には進まない。  爪を剥がされた足に、力など入るはずもなく、その足取りは重い。  執行官は、苛立たしげに私の首に繋がれた縄を引いた。  だから前のめりに倒れても、後ろ手に拘束されているから、手で庇うこともできずに、処刑台の床板に顔を打ち付けるだけだ。  ドッと、群衆が笑い声を上げ、それが地鳴りのように響いていた。  広場を埋め尽くす、人。  ギラギラとした視線をこちらに向けて、惨たらしく殺される私を待ち望んでいる。  この中には、誰も、私の死を嘆く者はいない。  そして、高みの見物を決め込むかのような、貴族達。  わずかに視線を上に向けると、城のテラスから私を見下ろす王太子。  国王夫妻もいるけど、王太子の隣には、王太子妃となったあの人はいない。  今日は、二人の婚姻の日だったはず。  婚姻の禍を祓う為に、私の処刑が今日になったと聞かされた。  王太子と彼女の最も幸せな日が、私が死ぬ日であり、この大陸に破滅が決定づけられる日だ。 『ごめんなさい』  歓声をあげたはずの群衆の声が掻き消え、誰かの声が聞こえた気がした。  無機質で無感情な斧が無慈悲に振り下ろされ、私の首が落とされた時、大きく地面が揺れた。

ゲームには参加しません! ―悪役を回避して無事逃れたと思ったのに―

冬野月子
恋愛
侯爵令嬢クリスティナは、ここが前世で遊んだ学園ゲームの世界だと気づいた。そして自分がヒロインのライバルで悪役となる立場だと。 のんびり暮らしたいクリスティナはゲームとは関わらないことに決めた。設定通りに王太子の婚約者にはなってしまったけれど、ゲームを回避して婚約も解消。平穏な生活を手に入れたと思っていた。 けれど何故か義弟から求婚され、元婚約者もアプローチしてきて、さらに……。 ※小説家になろう・カクヨムにも投稿しています。

なんでも奪っていく妹に、婚約者まで奪われました

ねむ太朗
恋愛
伯爵令嬢のリリアーナは、小さい頃から、妹のエルーシアにネックレスや髪飾りなどのお気に入りの物を奪われてきた。 とうとう、婚約者のルシアンまでも妹に奪われてしまい……

虐げられた人生に疲れたので本物の悪女に私はなります

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
伯爵家である私の家には両親を亡くして一緒に暮らす同い年の従妹のカサンドラがいる。当主である父はカサンドラばかりを溺愛し、何故か実の娘である私を虐げる。その為に母も、使用人も、屋敷に出入りする人達までもが皆私を馬鹿にし、時には罠を這って陥れ、その度に私は叱責される。どんなに自分の仕業では無いと訴えても、謝罪しても許されないなら、いっそ本当の悪女になることにした。その矢先に私の婚約者候補を名乗る人物が現れて、話は思わぬ方向へ・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

【完結】婚約破棄寸前の悪役令嬢は7年前の姿をしている

五色ひわ
恋愛
 ドラード王国の第二王女、クラウディア・ドラードは正体不明の相手に襲撃されて子供の姿に変えられてしまった。何とか逃げのびたクラウディアは、年齢を偽って孤児院に隠れて暮らしている。  初めて経験する貧しい暮らしに疲れ果てた頃、目の前に現れたのは婚約破棄寸前の婚約者アルフレートだった。