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領都へ向けて
翌朝、まだ日が昇る前に私たちは宿を発った。同行するのは領都で商会を営んでいるテオドールさんとルチア家族。テオドールさんはお腹がしっかり出ていて恰幅がよく、髪がなくて肌艶のいい壮年の男性だった。いつも笑顔で人当たりもよく、いい意味で人たらしだった。
そんな私たちを守るのはカミルさんとその部下の騎士。彼らは精鋭で平民の商人一行に付けるには豪華すぎると思ったのだけど、彼らは情報収集が中心で行く先々の町や村で情報を仕入れているのだとか。そのせいなのかぱっと見は騎士に見えないわ。商会の従業員を装っているのもあるのだけど。
「じゃ、王家がギルベルト殿の捕縛を命じたのは本当だったんですか」
「ああ、間違いない。あちこちの町でそう聞いた」
天気がよく風もない日は馬の負担を減らすために荷馬車の幌を畳む。その横を守るように並走するカミルさんが色んなことを教えてくれた。その中で私もこれまでにあったことを話したのだけど、ギルベルト殿の件はカミルさんたちの耳にも届いていた。
「ダーミッシュ家が逆賊として捕らえられるという噂は?」
「それも聞いているよ。ベルちゃんはどこでその話を?」
「マルトリッツ家の騎士からです。アンネマリー嬢がギルベルト殿を慕っているのは……」
「ああ、知ってるよ。有名だったからね」
カミルさんが苦笑した。赤みの強い茶の髪が風に揺れる。こうして笑うと一層若く見えるわ。
「あれだけ他の令嬢に嫌がらせしてたんだ。嫌でも目に付くよ」
「じゃ、ギルベルト殿も?」
「もちろん気付いていたよ。だけどマルトリッツ家は騎士の家系だし、協力はありがたかったからね。無下にも出来なかったんだ」
やっぱり気付いていたのね。美人だからまんざらでもなさそうに見えたけれど。彼女に手を出さなかったのはちょっとでも好意を見せたら結婚まで持ち込まれそうだったからかしら。辺境伯家と伯爵家、家格的には悪くないし。
「そういえばこの子たち、大人しくていい馬だね」
カミルさんが濃緑色の目を細めて向けたのは、私たちが連れて来た二頭の馬だった。
「私が荷馬車から落ちたでしょう? あの時、私たちを追ってきた破落戸が乗っていた子たちなんです」
「ああ、あの時の……」
気が付けば長い付き合いになっているわ。乗るのは無理だけど懐いてくれて可愛い。
「最初は五頭いたんですけれど、さすがに多いから三頭は売っちゃったんです。この子たちは大人しくて頑丈そうだし、仲もよかったから」
他の三頭と違っていつも一緒にいて、離すのは可哀相だというのも手元に残した理由だった。騎士にとって馬は一蓮托生の存在、親友のように大切にする人もいるし、ギルベルト殿もその一人だった。
「そっか。他の馬とも喧嘩しないし、荷馬車を引く馬の代わりが出来て助かるよ」
「そうですか。褒められたわよ、ベルト」
カミルさんの後ろを歩くベルトに声をかけた。ティーナは今荷馬車を引いている。
「え? ベルトって……」
「この子の名前です。あ、あっちにいる子はティーナです」
「その名前って……」
「ギルベルト殿がつけたんです。安直でしょう? 偽名で使わなかった部分を名前にするなんて」
彼が付けたのは私たちの名前の一部だった。圧倒的にセンスがないと思うわ。まぁ、覚えやすかったからいいけれど。カミルさんが額に手を当てて空を仰いでいるわ。どうしたのかしら?
「あの、何か?」
「あ~何でもないよ。ごめんね、あのバカが色々と……」
「いえ、お気になさらず……」
また謝られてしまったけれど何かしら? もしかしてあの名前に何か意味があったの?
「なにか、問題でも?」
「いや、何も。気にしないで」
そう言って弱々しい笑みを向けられたけれど、そんな風に言われると却って気になるのだけど。そうは思うのだけどカミルさんからはそれ以上のことは何も聞き出せなかった。
「領都にはどれくらいで着きそうですか?」
土地勘がないからどれくらいかかるのかがはっきりしない。馬と荷馬車でも進み具合が違うし。
「そうだなぁ、雨さえ降らなければ二日で着くよ」
「二日ですか」
思ったよりも時間がかかるのだと思ったら、この先の川の橋が増水で落ちたため迂回する必要があるのだとか。修復しようにもダーミッシュ領は金銭的余裕がなく未だ手付かずなのだという。
「じゃ、ギルベルト殿たちも……」
「いや、あいつらは馬だから渡っただろう。今は水も引いているし。ただ、俺たちは荷馬車だからね」
そうね、荷馬車が川を渡るなんて出来ないわね。
「ギルたちは今日の晩には着くだろうな」
「無理していなければいいんですけど……」
マルトリッツ家の騎士に追われている間は私たちもかなりの強行軍だったわ。私という足手まといがいなければ一層先を急げるわよね。精鋭の騎士も一緒なら滅多なことはないと思うけれど。
「心配してくれてありがとう。あいつも喜ぶよ」
「……恩人ですから」
キスされたことは許し難いけれど、それ以上の恩恵を受けたのは間違いないわ。私がこうして生きているのも彼のお陰だから。
「ははっ、そう言ってくれるなんてベルちゃんはいい子だね。あいつがまたバカやったら叱ってやってくれると助かるよ」
困ったような笑顔を向けられた。幼馴染で長い付き合いだと聞くわ。あの人の性格を思えばこの人も随分苦労したんじゃないかしら。だけど、領地に着いたら私はダーミッシュの領民になる。そうなれば今までのように気安く話なんか出来ないわ。いえ、顔を合わせることもないかもしれない。会いに行くと言ったけれど、それが叶わない約束だってことくらいは理解しているわ。
そんな私たちを守るのはカミルさんとその部下の騎士。彼らは精鋭で平民の商人一行に付けるには豪華すぎると思ったのだけど、彼らは情報収集が中心で行く先々の町や村で情報を仕入れているのだとか。そのせいなのかぱっと見は騎士に見えないわ。商会の従業員を装っているのもあるのだけど。
「じゃ、王家がギルベルト殿の捕縛を命じたのは本当だったんですか」
「ああ、間違いない。あちこちの町でそう聞いた」
天気がよく風もない日は馬の負担を減らすために荷馬車の幌を畳む。その横を守るように並走するカミルさんが色んなことを教えてくれた。その中で私もこれまでにあったことを話したのだけど、ギルベルト殿の件はカミルさんたちの耳にも届いていた。
「ダーミッシュ家が逆賊として捕らえられるという噂は?」
「それも聞いているよ。ベルちゃんはどこでその話を?」
「マルトリッツ家の騎士からです。アンネマリー嬢がギルベルト殿を慕っているのは……」
「ああ、知ってるよ。有名だったからね」
カミルさんが苦笑した。赤みの強い茶の髪が風に揺れる。こうして笑うと一層若く見えるわ。
「あれだけ他の令嬢に嫌がらせしてたんだ。嫌でも目に付くよ」
「じゃ、ギルベルト殿も?」
「もちろん気付いていたよ。だけどマルトリッツ家は騎士の家系だし、協力はありがたかったからね。無下にも出来なかったんだ」
やっぱり気付いていたのね。美人だからまんざらでもなさそうに見えたけれど。彼女に手を出さなかったのはちょっとでも好意を見せたら結婚まで持ち込まれそうだったからかしら。辺境伯家と伯爵家、家格的には悪くないし。
「そういえばこの子たち、大人しくていい馬だね」
カミルさんが濃緑色の目を細めて向けたのは、私たちが連れて来た二頭の馬だった。
「私が荷馬車から落ちたでしょう? あの時、私たちを追ってきた破落戸が乗っていた子たちなんです」
「ああ、あの時の……」
気が付けば長い付き合いになっているわ。乗るのは無理だけど懐いてくれて可愛い。
「最初は五頭いたんですけれど、さすがに多いから三頭は売っちゃったんです。この子たちは大人しくて頑丈そうだし、仲もよかったから」
他の三頭と違っていつも一緒にいて、離すのは可哀相だというのも手元に残した理由だった。騎士にとって馬は一蓮托生の存在、親友のように大切にする人もいるし、ギルベルト殿もその一人だった。
「そっか。他の馬とも喧嘩しないし、荷馬車を引く馬の代わりが出来て助かるよ」
「そうですか。褒められたわよ、ベルト」
カミルさんの後ろを歩くベルトに声をかけた。ティーナは今荷馬車を引いている。
「え? ベルトって……」
「この子の名前です。あ、あっちにいる子はティーナです」
「その名前って……」
「ギルベルト殿がつけたんです。安直でしょう? 偽名で使わなかった部分を名前にするなんて」
彼が付けたのは私たちの名前の一部だった。圧倒的にセンスがないと思うわ。まぁ、覚えやすかったからいいけれど。カミルさんが額に手を当てて空を仰いでいるわ。どうしたのかしら?
「あの、何か?」
「あ~何でもないよ。ごめんね、あのバカが色々と……」
「いえ、お気になさらず……」
また謝られてしまったけれど何かしら? もしかしてあの名前に何か意味があったの?
「なにか、問題でも?」
「いや、何も。気にしないで」
そう言って弱々しい笑みを向けられたけれど、そんな風に言われると却って気になるのだけど。そうは思うのだけどカミルさんからはそれ以上のことは何も聞き出せなかった。
「領都にはどれくらいで着きそうですか?」
土地勘がないからどれくらいかかるのかがはっきりしない。馬と荷馬車でも進み具合が違うし。
「そうだなぁ、雨さえ降らなければ二日で着くよ」
「二日ですか」
思ったよりも時間がかかるのだと思ったら、この先の川の橋が増水で落ちたため迂回する必要があるのだとか。修復しようにもダーミッシュ領は金銭的余裕がなく未だ手付かずなのだという。
「じゃ、ギルベルト殿たちも……」
「いや、あいつらは馬だから渡っただろう。今は水も引いているし。ただ、俺たちは荷馬車だからね」
そうね、荷馬車が川を渡るなんて出来ないわね。
「ギルたちは今日の晩には着くだろうな」
「無理していなければいいんですけど……」
マルトリッツ家の騎士に追われている間は私たちもかなりの強行軍だったわ。私という足手まといがいなければ一層先を急げるわよね。精鋭の騎士も一緒なら滅多なことはないと思うけれど。
「心配してくれてありがとう。あいつも喜ぶよ」
「……恩人ですから」
キスされたことは許し難いけれど、それ以上の恩恵を受けたのは間違いないわ。私がこうして生きているのも彼のお陰だから。
「ははっ、そう言ってくれるなんてベルちゃんはいい子だね。あいつがまたバカやったら叱ってやってくれると助かるよ」
困ったような笑顔を向けられた。幼馴染で長い付き合いだと聞くわ。あの人の性格を思えばこの人も随分苦労したんじゃないかしら。だけど、領地に着いたら私はダーミッシュの領民になる。そうなれば今までのように気安く話なんか出来ないわ。いえ、顔を合わせることもないかもしれない。会いに行くと言ったけれど、それが叶わない約束だってことくらいは理解しているわ。
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