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第二部
反論
それにしても困ったことになったわ。私が書いた詳しい処方の紙をイゾルテさんが握り潰していたのなら、それを証明するのは難しい。きっと紙はその都度わからないように捨てられていたでしょうし。そんなことを考えている間にもデニスさんの声を聞きつけたらしい他の職員が集まってきてしまったわ。これ、かなりまずい状況よね。ブラッツ様や院長に相談はしていたけれど、味方が誰もいないし、彼女が捨てたという証拠もない……
「おやおや、何の騒ぎだね?」
「い、院長先生……」
集まって来た人々の間から現れたのはこの医院の責任者だった。デニスさんは院長先生が出てくると思わなかったのか目を見開いていた。今日は不在だと聞いていたけれど、いつの間にお戻りになったのかしら。
一方でイゾルテさんは目に挑発的な色を宿していた。だったらソショをあの中に混ぜたのは彼女なのかしら? 薬師が患者を害するようなことをするとは思いたくないけれど……
「先生、聞いて下さい!! この女が……!!」
デニスさんは私が処方した薬で体調を崩した患者が出たと院長先生に訴えた。
「これがその薬です」
「これがねぇ」
デニスさんの剣幕に対して院長先生はいつもののんびりした口調のままだった。デニスさんが手にしていた薬草の壺を受け取って中を覗き込んでいた。
「先生、ローズはろくに仕事もせず、時間になったらさっさと帰って、残った仕事はイゾルテに押し付けているんです。調合も間違うし、いくら人手不足でもこれじゃ仕事を増やしているようなものです!」
「院長先生、前から申し上げていましたが、ローズさんはこの治療院で働くには能力が足りません。人手が足りていないから仕方ないと我慢していましたが、さすがにこれ以上は……」
しおらしく、いかにも自分が苦労しているように言っているけれど、この人が処方している姿って殆ど見たことがないのよね。何度か尋ねたけれど、日中は患者の相手で忙しいから私が帰った後でやっているんだと言っていたけれど。
「なるほどのぅ。ローズはどうじゃ? 彼らはああ言っているが」
二人の話を聞いた院長先生が私に問いかけた。
「院長先生、そんな奴の話を聞かなくとも!」
「そういうわけにはいかんよ。何事も双方の主張を聞かないことには正しい判断は出来ぬものじゃ」
院長先生の声は決して大きくなかったけれど、異を唱えさせない力があった。デニスさんがぐっと口を噤んで私を睨みつけた。
「そうですね。能力が足りないと繰り返し仰いますが、どの程度のレベルなら及第点をいただけるのでしょう? 薬師の塔を出ていることですか?」
「まさか! 塔を出ている薬師なんてこんな辺境じゃ殆どいないわよ。そんな人がいたら治療院の責任者にだってなれるわ」
「…………は?」
薬師の塔を出ていたら責任者になれる? いやいや、医師を差し置いて薬師が治療院の責任者になんか……思わず院長先生を見つめた。
「ほっほっほ。本当じゃぞ、ローズ。わしも薬師じゃからな」
「ええっ?」
初耳ですが? 医師じゃなかったの?
「まぁ、ローズさんには関係のない話よね。男爵家の養女になったとはいえ元平民が薬師の塔なんて……」
「出ていますけれど?」
「……は?」
「はぁっ!?」
もう黙っていなくてもいいわよね。別に辺境伯からもブラッツ様からも止められていないし。いい加減に意味もなく下に見られるのもうんざりだわ。
「な、何言ってるんだ!! よりにもよって薬師の塔を出ているなんて!!」
「ローズさんったら……仕事が出来ない上に虚言癖まであったなんて……」
「いい加減にしてください」
ちょっと大きな声を出したら二人が目を丸くした。今まで言い返したことがなかったから反論すると思わなかったのね。
「黙って聞いていればありもしないことをつらつらと。薬師の塔? 出ていますよ? それに一時は王宮薬師の肩書も持っていました。これがその証拠です」
服の下に隠してあった薬師が賜るペンダントを取り出した。これは魔術師の養成機関―通称魔術の塔―を履修した者に与えられるもので、薬師の身分を保証するものでもあるわ。身元がバレるかもしれないからと限られた人にしか見せていないけれど、訳の分からない罪を被せられるなんてごめんだわ。幸い名前は裏面に刻まれているから見せるだけなら問題ないはず。
「嘘だろ……?」
「え?……ほ、本物?」
「い、いや……! そ、それが本物かなんてわからないだろう? 俺たちは見たことがないんだから!」
「そ、そうよね。いやだわ、ローズさん、いくら薬師になりたいからってそんな紛い物まで用意して……」
なるほど、彼らの主張もわからなくはないわ。一般の人は見たことがないものね。それに、偽物の方が彼らにとっては、特にイゾルテさんには都合がいいわよね。私より下だなんて認めたくないでしょうし。だけど……
「ほっほっほ、これは本物じゃよ。わしも持っておるぞ。ほれ」
そう言って院長先生が懐からペンダントを取り出した。随分擦り切れているけれど、それは私が持つそれとまったく同じデザインだった。
「そ、そんな……」
「嘘、だろう?」
「現実ですので受け入れてください。それからイゾルテさん、散々私に知識不足だと仰ってきますが、あなたが渡してくる指示書、間違いだらけですから」
目を丸くして言葉を失っている彼女に、今朝渡された指示書を突きつけた。
「これ、痛み止めですよね?」
「え、ええ。そうだけど……」
「だったら何故マダルの葉が含まれているのです? マダルは虫除けの薬。しかも微量ですが麻痺の効果があります。内服は禁じられている薬草ですよ」
「おやおや、何の騒ぎだね?」
「い、院長先生……」
集まって来た人々の間から現れたのはこの医院の責任者だった。デニスさんは院長先生が出てくると思わなかったのか目を見開いていた。今日は不在だと聞いていたけれど、いつの間にお戻りになったのかしら。
一方でイゾルテさんは目に挑発的な色を宿していた。だったらソショをあの中に混ぜたのは彼女なのかしら? 薬師が患者を害するようなことをするとは思いたくないけれど……
「先生、聞いて下さい!! この女が……!!」
デニスさんは私が処方した薬で体調を崩した患者が出たと院長先生に訴えた。
「これがその薬です」
「これがねぇ」
デニスさんの剣幕に対して院長先生はいつもののんびりした口調のままだった。デニスさんが手にしていた薬草の壺を受け取って中を覗き込んでいた。
「先生、ローズはろくに仕事もせず、時間になったらさっさと帰って、残った仕事はイゾルテに押し付けているんです。調合も間違うし、いくら人手不足でもこれじゃ仕事を増やしているようなものです!」
「院長先生、前から申し上げていましたが、ローズさんはこの治療院で働くには能力が足りません。人手が足りていないから仕方ないと我慢していましたが、さすがにこれ以上は……」
しおらしく、いかにも自分が苦労しているように言っているけれど、この人が処方している姿って殆ど見たことがないのよね。何度か尋ねたけれど、日中は患者の相手で忙しいから私が帰った後でやっているんだと言っていたけれど。
「なるほどのぅ。ローズはどうじゃ? 彼らはああ言っているが」
二人の話を聞いた院長先生が私に問いかけた。
「院長先生、そんな奴の話を聞かなくとも!」
「そういうわけにはいかんよ。何事も双方の主張を聞かないことには正しい判断は出来ぬものじゃ」
院長先生の声は決して大きくなかったけれど、異を唱えさせない力があった。デニスさんがぐっと口を噤んで私を睨みつけた。
「そうですね。能力が足りないと繰り返し仰いますが、どの程度のレベルなら及第点をいただけるのでしょう? 薬師の塔を出ていることですか?」
「まさか! 塔を出ている薬師なんてこんな辺境じゃ殆どいないわよ。そんな人がいたら治療院の責任者にだってなれるわ」
「…………は?」
薬師の塔を出ていたら責任者になれる? いやいや、医師を差し置いて薬師が治療院の責任者になんか……思わず院長先生を見つめた。
「ほっほっほ。本当じゃぞ、ローズ。わしも薬師じゃからな」
「ええっ?」
初耳ですが? 医師じゃなかったの?
「まぁ、ローズさんには関係のない話よね。男爵家の養女になったとはいえ元平民が薬師の塔なんて……」
「出ていますけれど?」
「……は?」
「はぁっ!?」
もう黙っていなくてもいいわよね。別に辺境伯からもブラッツ様からも止められていないし。いい加減に意味もなく下に見られるのもうんざりだわ。
「な、何言ってるんだ!! よりにもよって薬師の塔を出ているなんて!!」
「ローズさんったら……仕事が出来ない上に虚言癖まであったなんて……」
「いい加減にしてください」
ちょっと大きな声を出したら二人が目を丸くした。今まで言い返したことがなかったから反論すると思わなかったのね。
「黙って聞いていればありもしないことをつらつらと。薬師の塔? 出ていますよ? それに一時は王宮薬師の肩書も持っていました。これがその証拠です」
服の下に隠してあった薬師が賜るペンダントを取り出した。これは魔術師の養成機関―通称魔術の塔―を履修した者に与えられるもので、薬師の身分を保証するものでもあるわ。身元がバレるかもしれないからと限られた人にしか見せていないけれど、訳の分からない罪を被せられるなんてごめんだわ。幸い名前は裏面に刻まれているから見せるだけなら問題ないはず。
「嘘だろ……?」
「え?……ほ、本物?」
「い、いや……! そ、それが本物かなんてわからないだろう? 俺たちは見たことがないんだから!」
「そ、そうよね。いやだわ、ローズさん、いくら薬師になりたいからってそんな紛い物まで用意して……」
なるほど、彼らの主張もわからなくはないわ。一般の人は見たことがないものね。それに、偽物の方が彼らにとっては、特にイゾルテさんには都合がいいわよね。私より下だなんて認めたくないでしょうし。だけど……
「ほっほっほ、これは本物じゃよ。わしも持っておるぞ。ほれ」
そう言って院長先生が懐からペンダントを取り出した。随分擦り切れているけれど、それは私が持つそれとまったく同じデザインだった。
「そ、そんな……」
「嘘、だろう?」
「現実ですので受け入れてください。それからイゾルテさん、散々私に知識不足だと仰ってきますが、あなたが渡してくる指示書、間違いだらけですから」
目を丸くして言葉を失っている彼女に、今朝渡された指示書を突きつけた。
「これ、痛み止めですよね?」
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