【完結】戦死認定された薬師は辺境で幸せを勝ち取る

灰銀猫

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第二部

思いがけない告白

 手首を取られたまま小さな馬車に押し込まれて連れていかれたのは、治療院から遠くない一軒家だった。こぢんまりしているけれど造りはしっかりしているから貴族向けかしら? 出迎えたのは平民のような服装の壮年の男性だけど、その所作から貴族か貴族家に仕えているらしいことが窺い知れた。

 案内されたのは応接室で、ギルベルト殿は直ぐに腕を濡れたタオルで冷やしてくれた。かなり強く掴まれたのか手の跡がしっかり残っている。幸い痛みは思ったほどではないし、二、三日で痕も消えそうだけど、ギルベルト殿は苦々しい表情のままだった。

「あいつらの素行の悪さは前々から問題になっていたんだ。今度のことは許せねぇ。きっちり罰を受けさせて二度とあんなことはしねぇように躾し直す」
「そうしていただけると助かります」

 腹は立つけれど、二度と同じようなことが起きないのならそれでいいわ。多分、もう二度と絡んでくることはなさそうだけど。怯え方が普通じゃなかったもの。

「それで、今日は一体どのような用件ですの? 子どものことはまだわかりませんが」」

 話があると言っていたからその件だとは思うけれど、話せる状況になったのかしら。ギルベルト殿が使用人に視線を向け、小さく手を振ると使用人らしい男性が一礼して部屋を出て行き、室内は二人だけになった。

「ああ、急な話で悪ぃが、エーデルに行くことになった」
「エーデルに!?」

 全く予想もしなかった内容に思わず大きな声が出てしまったけれど、エーデルだなんて行って大丈夫なの? 我が国では英雄でも彼の国では戦犯の一人かもしれないのに。

「ど、どうしてです? エーデルなんかに行ったらどうなるか……」

 不吉な予感は言葉にすると現実になりそうで言えなかったけれど、それだけで彼には伝わったらしく眉間にしわを刻んでいた。彼もわかっているのね。なのに行くの?

「まさか……王家が?」

 王女の輿入れと共に彼も連れて行くと? 確かに王女殿下の輿入れは慶事だけどそれは表向きで、実際は人質だと言われているわ。だったら……その先に待つのが決して明るくないことくらい私にだってわかる。そんな……目の前が急に暗くなって息が苦しい……いやよ、そんな……

「おい、待てって! そんな顔すんなよ」
「だって……エーデルなんかに行ったら!」
「俺は死にに行く気はねぇよ」
「だけど、彼の国では……」
「わかってるって。だけど俺は死にに行く気はねぇ。俺がエーデルに行くのは生きるためだ」

 はっきりとそう言い切られたけれど、全く訳が分からなかった。生きるために? だけどエーデルの民をたくさん殺したのよ。そんな彼が彼の国に行ったら生きて帰れるかもわからないわ。

「いいか、一度しか言わねえからしっかり聞いて聞いてくれ」

 両肩に手を置き、顔を覗き込むように真正面からそう言われた。いつもの怠そうな表情は今や真剣なそれに置き換わり、窓から差し込む夕日のせいか瞳がいつもよりも赤みを増しているように見えた。縋るような思いで小さく頷いた。

「俺はエーデル王に二つの提案をしに行く」
「提案?」
「ああ、一つはダーミッシュ領のエーデル編入、もう一つはリムス王家の打倒だ」

 告げられた言葉に息を呑んだ。後者の方で。リムスを捨ててエーデルに付く話は前々から聞いていたわ。領民からもリムスよりもエーデルを望む声を何度も聞いたから。だけど、王家の打倒って……

「どうせリムスは長くねぇ。これまでもエーデル以外の国にちょっかいを出しては負け続けだし、民は重税に喘いで人心はとっくに離れている」
「ええ。だけど……」
「これはまだ確証はねぇんだが、北で王家打倒を掲げて秘かに人を集めているって噂がある」
「北の? それって……ザウアー家の?」

 ギルベルト殿が口の端を上げて頷いた。北を治めていたザウアー辺境伯は二年前に絶えた家よね。美しい令嬢がいると評判で、王が娘を差し出すように命じたのは戦争が始まってすぐの三年ほど前だったかしら。王には妃が三人と妾が二十人、それ以外にも数えきれないほどの愛人がいると言われているわ。そんな中に娘を加えることを良しとしなかった辺境伯は病弱を理由に固辞したところ王の逆鱗に触れてしまい、娘を差し出さなければ反逆罪に問うとの通告を受けた。辺境伯とその家族は名誉を重んじ、また抗議の意を示すために自死し、ザウアー家はそこで途絶えてしまった。

 今は王家が派遣した文官が治めているけれど、人格者で過不足なく治めていた領主とその一族を慕っていた領民の反発は激しく、統治は思うように進んでいないとか。それもあってあの地には反国王派が集まっているとも噂されているけれど……

「エーデルの国王が俺の提案を蹴ったら、俺はザウアーの連中に加わることも考えている」
「……本気、なのですか?」
「こんなこと冗談で言えるかよ」

 そりゃあそうだけど……でも、そんなことをしたらダーミッシュ家は反逆者になってしまうわ。そんなことになったら……

「親父や兄貴と話し合って、俺は自らエーデルに出頭したと王家には報告する」
「でも、そんなことをしたらギルベルト殿が戦犯だと認めるようなものでは……」
「いや、そうはならねぇだろう。エーデルが求めているのはあくまでも第二王子だ。そこは兄貴が知り合いを通じて確認している」

 そう言うと安心させるつもりなのか、いつものにやっとした笑みを浮かべた。だったら大丈夫なの? わからないわ、エーデルがどう考えているかなんて。そりゃあ、リムス王家よりは真っ当な考えの持ち主だとは思うけれど……

「そういうわけですまねぇ。俺の子がいるかもしれねぇお前さんを置いていくことになる」

 一瞬前とは一転して、今度は苦しそうに眉を下げて謝られた。話があるって、そのことだったのね。



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