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王宮解呪師
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ウィル様のお姿が戻ったことは、私に大きな喜びと達成感、そして一層のやる気を与えてくれました。ウィル様も執務室や私室ではフードなしで過ごすようになり、屋敷にいる皆様からお礼を言われることが増えました。使用人たちのウィル様の人気高さが伺えます。オスカーの私に対しての厳しかった視線も少しですが緩くなった気がします。
晩餐をご一緒したあの日から三日後、ウィル様とお茶を頂きながら解除を進めていた時のことでした。
「え? 王都から解呪師が?」
「ああ。既に王都を発っているようだ。二、三日後には着くようだな」
ウィル様は王都と定期的にやり取りをしているそうで、その中に陛下からの書状があったのだとか。その中に解呪師は既に王都を出発しているとあり、慌ただしく出迎えの準備が進められました。
(先生以外の解呪師にお会いするのは初めてだわ。どんな方なのかしら……)
先生のように好意的な方ならいいのですが、余計なことをしたと言われる可能性に気付いて、今更ながらに不安になってしまいました。資格も何もない素人が手を出したことで悪い影響が出ていないでしょうか。ウィル様の解呪が進む期待が高まるのと同じくらい、どう思われるだろうかとの不安も増していきました。
翌々日、お昼過ぎにウィル様に執務室に呼ばれ、王都から解呪師が来ているので同席して欲しいと言われました。私に否やはないので、ウィル様に続いて応接室に向かいます。うう、緊張します。ウィル様がいらっしゃるのでいきなり罵倒されたり、はないと思いますが……
「ウィル! どうしたんだ、その姿は!?」
部屋に入った途端、大きな声が聞こえてきました。穏やかそうな方、ではなさそうですね。急に不安が大きく育って押し寄せてきました。
「ああ、久しいな、トーマス」
「あ、ああ……久しぶりだな。だけどその姿は……」
部屋に入るとアッシュグレーの髪を緩く結んだすらりと背の高い男性が、ソファに座ったままウィル様をじっと見上げていました。その表情には驚きと戸惑いが色濃く見えました。ウィル様に促されて私は彼の正面に腰を下ろしました。ウィル様が隣にいて下さるのがせめてもの救いです。
「ああ、これは彼女が解呪してくれたんだ」
「彼女って……」
「エル―シア=リルケ伯爵令嬢。今は私の妻だ」
「妻って……」
トーマス様は暫くまじまじと私を見つめてきたため、凄く居心地が悪いです。人前に出るのは相変わらず苦手ですし、それが初対面の相手だとどう振舞っていいのかわからないので尚更です。
「エル―シア。彼は王宮から来た解呪師だ。私の学園時代の同期でもある」
「エ、エル―シアです。初めまして」
「あ、ああ。初めまして、トーマス=ビットナーです」
にっこりとほほ笑まれる様にドキドキしてしまいました。深緑色の瞳に少したれ目なのが何とも色っぽく見えます。旅装束なのにとても洒落た感じがして、大人の色気溢れる美丈夫……といった感じでしょうか。都会風で洗練された様子は恐れ多くて、お近づきになるのは遠慮したいタイプです。
「ああ。君が、噂の公爵夫人か」
「う、噂?」
「ああ。『呪喰らい公爵』に嫁いだ『出涸らし令嬢』と王都では専らの噂だよ」
「トーマス!」
苦笑を浮かべながらあっけらかんとそう告げたトーマス様に、ウィル様が厳しく名を呼びました。その様子からかなり気安い関係なのでしょう。あ今までにこんな風に厳しい態度を取るのを見たのは初めてでビックリしてしまいました。
「あ、ああ。エル―シア、すまない。あなたに怒っているわけではないんだ」
「い、いえ、大丈夫です」
余りの剣幕にウィル様を見上げたら、私に気付いて謝られてしまいました。私のために怒って下さったのですね。そのお心遣いが嬉しいです。
「なぁんだ、仲良くやっているじゃないか。王都じゃ見向きもされず泣いて暮らしているって話だったのに」
「トーマス!」
「だから怒るなって。俺が言っているわけじゃないんだから」
トーマス様はそう言いましたが、ウィル様の表情は険しいままです。そうです、あれからまた解呪が進んで肌の色も元の色に戻りつつある上、トーマス様は解呪師だからと今はローブを着ていないので表情がよくわかります。ウィル様、そんなお顔も出来たのですね。
そして王都ではそんな噂が流れているのですね。まぁ、そうなるだろうなとは思っていたので驚きませんが、ウィル様が悪く言われるのが申し訳ないです。
「出所はどうせリルケ家だろう?」
「何だ、知ってたんだ?」
「そりゃあ、何の調べもなしで迎えるわけがないだろう?」
「確かにね」
あっさりとウィル様は実家が原因だといい、トーマス様が同意されましたが……実家がそう言われるなんて恥ずかしい限りです。お姉様、外聞を気にするのならもう少しやり方を変えた方がいいと思うのですが……
「ああ、すまない、エル―シア嬢。ウィルは俺にとっては大事な友人だからね。王都での噂を聞いて心配していたんだ」
「そ、そうですか」
「やはり、噂ってのは当てにならないな。リルケ家もどうして家族を貶めるような真似をして自分達の価値を下げているんだか……」
「ああ、私もそう思う」
「だろう? 評判が悪い娘を親も一緒になって馬鹿にしているけど、ちゃんと躾できない自分たちを恥じるのが先だろう、ってのが一般的な見解だからね」
トーマス様の言葉は私が長年思っていたことそのままでした。そんな風に思ってくれる方もいらっしゃるのですね。どうやら噂を鵜呑みにされていたわけではないようで、ちょっとだけ安心しました。
「いゃあ、でも凄いな。呪い、もう六割……いや、七割は解除されているんじゃないか?」
(ええっ? な、七割!?)
晩餐をご一緒したあの日から三日後、ウィル様とお茶を頂きながら解除を進めていた時のことでした。
「え? 王都から解呪師が?」
「ああ。既に王都を発っているようだ。二、三日後には着くようだな」
ウィル様は王都と定期的にやり取りをしているそうで、その中に陛下からの書状があったのだとか。その中に解呪師は既に王都を出発しているとあり、慌ただしく出迎えの準備が進められました。
(先生以外の解呪師にお会いするのは初めてだわ。どんな方なのかしら……)
先生のように好意的な方ならいいのですが、余計なことをしたと言われる可能性に気付いて、今更ながらに不安になってしまいました。資格も何もない素人が手を出したことで悪い影響が出ていないでしょうか。ウィル様の解呪が進む期待が高まるのと同じくらい、どう思われるだろうかとの不安も増していきました。
翌々日、お昼過ぎにウィル様に執務室に呼ばれ、王都から解呪師が来ているので同席して欲しいと言われました。私に否やはないので、ウィル様に続いて応接室に向かいます。うう、緊張します。ウィル様がいらっしゃるのでいきなり罵倒されたり、はないと思いますが……
「ウィル! どうしたんだ、その姿は!?」
部屋に入った途端、大きな声が聞こえてきました。穏やかそうな方、ではなさそうですね。急に不安が大きく育って押し寄せてきました。
「ああ、久しいな、トーマス」
「あ、ああ……久しぶりだな。だけどその姿は……」
部屋に入るとアッシュグレーの髪を緩く結んだすらりと背の高い男性が、ソファに座ったままウィル様をじっと見上げていました。その表情には驚きと戸惑いが色濃く見えました。ウィル様に促されて私は彼の正面に腰を下ろしました。ウィル様が隣にいて下さるのがせめてもの救いです。
「ああ、これは彼女が解呪してくれたんだ」
「彼女って……」
「エル―シア=リルケ伯爵令嬢。今は私の妻だ」
「妻って……」
トーマス様は暫くまじまじと私を見つめてきたため、凄く居心地が悪いです。人前に出るのは相変わらず苦手ですし、それが初対面の相手だとどう振舞っていいのかわからないので尚更です。
「エル―シア。彼は王宮から来た解呪師だ。私の学園時代の同期でもある」
「エ、エル―シアです。初めまして」
「あ、ああ。初めまして、トーマス=ビットナーです」
にっこりとほほ笑まれる様にドキドキしてしまいました。深緑色の瞳に少したれ目なのが何とも色っぽく見えます。旅装束なのにとても洒落た感じがして、大人の色気溢れる美丈夫……といった感じでしょうか。都会風で洗練された様子は恐れ多くて、お近づきになるのは遠慮したいタイプです。
「ああ。君が、噂の公爵夫人か」
「う、噂?」
「ああ。『呪喰らい公爵』に嫁いだ『出涸らし令嬢』と王都では専らの噂だよ」
「トーマス!」
苦笑を浮かべながらあっけらかんとそう告げたトーマス様に、ウィル様が厳しく名を呼びました。その様子からかなり気安い関係なのでしょう。あ今までにこんな風に厳しい態度を取るのを見たのは初めてでビックリしてしまいました。
「あ、ああ。エル―シア、すまない。あなたに怒っているわけではないんだ」
「い、いえ、大丈夫です」
余りの剣幕にウィル様を見上げたら、私に気付いて謝られてしまいました。私のために怒って下さったのですね。そのお心遣いが嬉しいです。
「なぁんだ、仲良くやっているじゃないか。王都じゃ見向きもされず泣いて暮らしているって話だったのに」
「トーマス!」
「だから怒るなって。俺が言っているわけじゃないんだから」
トーマス様はそう言いましたが、ウィル様の表情は険しいままです。そうです、あれからまた解呪が進んで肌の色も元の色に戻りつつある上、トーマス様は解呪師だからと今はローブを着ていないので表情がよくわかります。ウィル様、そんなお顔も出来たのですね。
そして王都ではそんな噂が流れているのですね。まぁ、そうなるだろうなとは思っていたので驚きませんが、ウィル様が悪く言われるのが申し訳ないです。
「出所はどうせリルケ家だろう?」
「何だ、知ってたんだ?」
「そりゃあ、何の調べもなしで迎えるわけがないだろう?」
「確かにね」
あっさりとウィル様は実家が原因だといい、トーマス様が同意されましたが……実家がそう言われるなんて恥ずかしい限りです。お姉様、外聞を気にするのならもう少しやり方を変えた方がいいと思うのですが……
「ああ、すまない、エル―シア嬢。ウィルは俺にとっては大事な友人だからね。王都での噂を聞いて心配していたんだ」
「そ、そうですか」
「やはり、噂ってのは当てにならないな。リルケ家もどうして家族を貶めるような真似をして自分達の価値を下げているんだか……」
「ああ、私もそう思う」
「だろう? 評判が悪い娘を親も一緒になって馬鹿にしているけど、ちゃんと躾できない自分たちを恥じるのが先だろう、ってのが一般的な見解だからね」
トーマス様の言葉は私が長年思っていたことそのままでした。そんな風に思ってくれる方もいらっしゃるのですね。どうやら噂を鵜呑みにされていたわけではないようで、ちょっとだけ安心しました。
「いゃあ、でも凄いな。呪い、もう六割……いや、七割は解除されているんじゃないか?」
(ええっ? な、七割!?)
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