『完結』孤児で平民の私を嫌う王子が異世界から聖女を召還しましたが…何故か私が溺愛されています?

灰銀猫

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召喚の儀式が始まるそうです

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 殿下の動きがあったのは、それから半日ほど後でした。私はそれまでの間ずっと騎士達に監視され、どうにも居心地が悪いのですが…庭を散歩する事も出来ず、仕方なく本を読んで過ごしていました。それもちっとも頭には入ってきませんでしたが…

 呼ばれたのは、私が毎日結界の維持のために訪れている天明宮でした。ここには結界を維持するための聖貴晶のある間とは別に、少し広めのホールが一つあります。もしかして…そこで召喚の儀を行うのでしょうか…
 陛下がお帰りになっていないのに、こんな勝手な事をして大丈夫なのでしょうか…殿下は他の王子殿下に対してのライバル心が強く、それは特に長子でもある王太子殿下に対して顕著です。まぁ、私から見ると一方的にセザール殿下が兄君に突っかかっているとしか見えませんが…

「やっと来たか…」

 ホールに連れて来られた私に、殿下は冷たく一瞥するだけでした。まぁ、いつもの事なので気にしませんが、それでも地味に心は痛みます。殿下に好意は皆無といってもいいのですが…やはり人に悪意を受けられるのは辛いです。

「大神官長様…」

 ホールの中には十人ほどの騎士と、殿下の側近などがいました。その中に見知った顔を見つけて、私は驚きを隠せませんでした。そこにいたのは神殿を統括する大神官長様だったからです。大神官長様は聖女の導き手でもあるのですが、この様な事に賛同なさるとは意外でした。
 いえ、元より今の大神官長様は世俗的な方だと影で囁かれてはいますし、評判はあまりよくありません。それでも、職務には忠実な方だと思っていたのでがっかりです。

「ルネか…」

 私の姿を視界に入れた大神官長様は、バツの悪い表情を浮かべられました。さすがにご自身が推挙した私を追い出すのに気が引けているのでしょうか…

「大神官長様、陛下の許可もなくこの様な事をして、大丈夫なのですか?」
「無用な心配だ。そなたよりも強い力を持つ聖女様がいらっしゃれば、この国は安泰なのだ。その為には多少の犠牲はやむを得ん」
「…犠、牲?」

 大神官長様から出た犠牲との言葉に、私は自分の考えが間違っていたと気付いました。大神官長様は私に対して罪悪感など欠片もなく、むしろ私を犠牲にしても目的を達しようとお考えでした。
 考えたくもありませんでしたが、犠牲になるのは…私、でした。私はここでようやく、自分が思っていた以上に危うい立場にいるのだと気が付きました。そして、誰一人として私を案じてくれる人がこの場にいない事も…

「さぁ、さっさとやるぞ」

 既に準備が整っているらしく、殿下が周りのものを急かすようにそう仰いました。元よりせっかちな性分ですし、今は高貴で美しく力のある聖女を早く手に入れたいと勇んでいるのでしょうか…いくら王子がその気でも、相手が王子を気に入らなかったら…なんて事は僅かにも考えていないようですが…周りの方もそこは突っ込まないのでしょうか。
 そんな事を考えていると、不意に両腕を騎士に掴まれてしまいました。しまった、と思った時には後の祭り。こうなっては逃げ出す事も出来きません。
 いえ、逃げようとしてもこの王宮から自分一人で出るなんて、私には不可能ですわね…私は方向音痴な上、王宮の中も一部のエリアしか知らされていませんから。

「で、殿下…何を…」
「ふんっ!お前のような下賤の者に、この国を救う栄誉を与えてやるんだ。光栄に思え」
「光栄って…」
「その身に宿る力を我らに捧げろ。お前の価値はその聖女の力しかないのだからな」
「な…」

 王子が何をしようとしているのかはわからなかったけれど、とにかくいい事ではないのは間違いありませんわね。珍しく笑みを浮かべているけど…あんな邪悪な笑顔は見たくありませんでした。
 大体聖女を害しようなんて、もし召喚された相手が王子の申し出にノーと言ったらどうするのでしょうか?そうなったら結界だって維持できなくなって、国が大損害を受けてしまうでしょうに。殿下だけでなく大神官長様まで同じお考えだったなんて…

「さぁ、始めますぞ」

 大神官長様がそう告げてホールの中央に置かれた聖貴晶に手を触れられると、黄色と白の光で円状の複雑な模様が床に描かれました。それはとても綺麗で神秘的な光景でしたが、これが召喚の儀…なのでしょうか…それがどのようなものなのか、私には全くわかりません。
 でも、円状の模様が変化するにつれて、私は表現のしようのない悪寒を感じ始めました。それは寒気などという生易しいものではなく…まるで身体の中から熱を奪われるような、そんな強烈な物でした。

「…な…っ?」
「おお、魔法陣が…!」
「これが…召喚の…」

 模様が変化するのを殿下や大神官長様が驚きと期待を込めた目で見つめていますが、そうしている間にも私は身体から何かが吸い取られるような感覚に襲われていました。もしかして…あの魔法陣とやらに力を奪われているのでしょうか…今日は既に結界を張るために力を使ったので、あまり力は残っていない筈ですが…
 そして、こうしている間にも模様は光を増していきます。ただ見ているだけならきっと見惚れるだろう美しさですが…私はそんな余裕が段々と失われていくのを感じました。

「ははははは!これで王座は私のものだ!喜べ、ルネよ!お前は偉大なる私の礎となるのだ。お前のような下賤な物の命でも、この私の役に立つのだ。光栄に思え!」

 ああ…この魔法陣は…召喚の儀式は、私の力を使って行われているのですね…なんて事を…と思う間にも、召喚の儀式は進んでいきます。

(こんな事になるなんて…)

 そうは思うのですが、段々身体に力が入らなくなって、私はその場にへたり込んでしまいました。私の腕を拘束していた騎士達も今は、目の前の光景にすっかり目を奪われていました。

「さぁ!聖女様のご降臨だ!」

 目の前の魔法陣が一層輝きを増して、まるで光の柱が天に向かって伸びていくようにも見えました。眩しくて直視出来ないほどの輝きに、私も思わず目を閉じてしまいました。それはまるで太陽のように強い輝きだったのです。

「おお!成功か!!!」

 殿下が感極まったように声を上げました。少しずつ薄れていく輝きの中、私達は確かに、人影のようなものを見たのです。どうやら本当に異世界から誰かを召喚してしまったようです。
 ああ、国王陛下に無断でこんな事をしてしまって大丈夫なのでしょうか…殿下の事です、自分の都合の悪い事になれば、私が勝手にやったと言って罪を擦り付けてきそうな気がします。

「な…何だ、貴様は!!!」

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