『完結』孤児で平民の私を嫌う王子が異世界から聖女を召還しましたが…何故か私が溺愛されています?

灰銀猫

文字の大きさ
44 / 71

突然の事に実感が湧きません

しおりを挟む
 バズレール公国は魔獣の襲撃が多いので、大公領では街そのものが立派な城壁に囲まれているところが殆どです。大公宮も、大公宮にお仕えする者の屋敷も、庶民の家も市場も全てその城壁の中にあります。王都の貴族の屋敷のような広大な庭のある邸宅は大公宮くらいで、その大公宮も堅強さが重視され、王都のような優美さはありません。他の屋敷も似たようなものですし、庭に至っては小さなものがあるくらいです。それはこの地の厳しい現実を物語っていました。

 私達が住むのは、大公宮近くのこじんまりとした二階建ての屋敷です。頑丈な石造りで、装飾などは最小限に抑えられて、リアさん曰く風情もへったくれもない簡素な造りですが、魔獣の攻撃にはこれでも足りないくらいなのだとか。以前住んでいた離宮の半分もありませんが、セレン様はリアさん達の事があるので雇う使用人の数が少なくて済むこの大きさがちょうどいいと仰っていました。
 実は当初、私はレリアと二人で家を借りるつもりでしたが…治安が悪い上、セレン様にはこれからも魔力交換は必要だと言われ、更にはリアさんとルドさんが子犬姿でウルウルした目で見上げてくるその姿に、私もレリアもそれ以上突っぱねる事が出来なかったのです。リアさんはまだしも、何故ルドさんまで…そうは思うのですが、お二人の子犬姿は反則なほどに可愛らしくて、勝てる気がしません…ちなみにリアさんは私の、ルドさんは屋敷とレリアの護衛をセレン様に頼まれているそうです。



「ああ、やっぱりルネの魔力は気持ちいいね。これが一番癒されるよ」
「そ、そうですか…」

 湯浴みを終えて人心地ついたセレン様は、ソファに座ったまま私を手招きしました。隣に腰を下ろすと直ぐに私の手を取られ、重ねた手からセレン様の魔力が流れてくるのを感じました。一月ぶりの魔力交換ですが、いつもよりも強く流れ込んでくるそれに、自分の聖力が減っていたのだと実感しました。この一月はセレン様の代わりに結界に力を送っていたのもあり、聖力が思った以上に減っていたようです。

「あったかい…」
「そう感じるのなら、かなり魔力が不足しているんだよ」
「結界に力を送っていたから…」
「そうだね。ルネ、いいかな?」
「え?ええ」

 それが何を指しているのかは、手を重ねた時にすぐにわかりました。どうやら私が思った以上に聖力が失われていたようです。キスで魔力を受け取ると、勢いよくセレン様の魔力が私に流れ込んできました。熱を持った何かが私の中を満たしていき、それとともに体が温まるのを感じました。

「どう?」
「そう、ですね。凄く…温かくなりました。最近ちょっと、朝起きるのも辛く感じていましたから…」
「それはかなりよくないよ。やはり離れるのも半月が限界だな。今度からは出来るだけは慣れないようにするよ」
「でも、お仕事ですし…」
「そんなもの、どうだっていいよ。私にはルネの方がずっと大事だからね」
「で、でも…」
「恋人を最優先するのは当然だろう?」
「…っ」

 甘やかに耳元でそう囁かれて、私はゾクゾクした感覚が背を走るのを感じ、思わず身体が震えました。そんな風に言葉にされるのは…非常に恥ずかしくまだ慣れません。
 でも…そうなのです。私達はこの地に来て半年ほど経った頃からお付き合いを始めました。そうは言っても、そういう事に免疫が皆無の私なので、まだキスをするのが精一杯です。それだって普段は軽いキスだけで、魔力交換は何と言いますか…私の中では治療の一環、と思わないと無理なのです。

「そうそう、ルネにこれを」

 そう言ってセレン様がポケットから取り出したのは、小さな箱でした。とても綺麗で立派な物ですが…一体何でしょうか…

「開けても?」
「ルネへの贈り物だから勿論」

 笑顔のセレン様に促されて箱を開けると…中から出てきたのは細い銀の鎖のペンダントでした。鎖の先には深みのある青緑色―セレン様の瞳と同じ色のとても美しい石が付いています。

「これは…」
「魔力を結晶化させたものだよ」
「魔力を?」
「そう。私の魔力を凝縮して結晶化したんだ。守りの加護なんかを付けてね」
「そ、そんな事が出来るのですか?」
「私の世界では普通だよ。結晶化した魔力は、魔術師が最愛の人に贈るものなんだ。結婚の申し込みの時なんかにね」
「けっ、こ…」

 突然の言葉に、私はその意味を直ぐに理解出来ませんでした。けっこん…って血痕、じゃないですよね?どうしてそんな話になっているのでしょうか…

「今回の視察で、結界がちゃんと機能しているのがはっきりしたんだ。それでその褒賞として子爵位と大公ジルベール殿の補佐官の役目を頂いたんだ」
「す、凄いです、セレン様…爵位だけでなくジルベール様の補佐官もだなんて…」
「そうは言っても、治める領地はないんだよ。まぁ、ルネが望むなら手に入れるけどね」
「そんな…この国では爵位だけでも凄い事ですよ」

 そうです、この国では平民が爵位を得るのは簡単な事ではありません。身分制度が厳しく、爵位を得ても貴族の輪に入れて貰えないので爵位を得るメリットがあまりない、という面もあり、爵位を欲しがる平民が殆どいないのもありますが…

「なるほど…そうなのか。でも、せっかくくれると言うから貰っておくよ。さすがに無位無官ではルネに結婚を申し込めないだろう?」
「……」
「これで一応格好は付いたと思うんだけど…」
「そ、それは…」

 セレン様がそんな事をお考えだったとは思いもしませんでした。そんなものがなくてもセレン様の凄さは際立っていますし、セレン様の代わりが出来る人もいないのですから。そんな事を考えていると、セレン様が私の前に跪いて私の手を取りました。

「ルネ=アルトー嬢。心からあなたを愛しています。どうか私と結婚して下さい」

 いつもの笑みを消し、真剣な表情のセレン様が何だか違う人に見えました。その視線の強さと熱に絡めとられてしまった私は、暫くその場を動く事が出来ませんでした。


しおりを挟む
感想 42

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

二度目の召喚なんて、聞いてません!

みん
恋愛
私─神咲志乃は4年前の夏、たまたま学校の図書室に居た3人と共に異世界へと召喚されてしまった。 その異世界で淡い恋をした。それでも、志乃は義務を果たすと居残ると言う他の3人とは別れ、1人日本へと還った。 それから4年が経ったある日。何故かまた、異世界へと召喚されてしまう。「何で!?」 ❋相変わらずのゆるふわ設定と、メンタルは豆腐並みなので、軽い気持ちで読んでいただけると助かります。 ❋気を付けてはいますが、誤字が多いかもしれません。 ❋他視点の話があります。

絶望?いえいえ、余裕です! 10年にも及ぶ婚約を解消されても化物令嬢はモフモフに夢中ですので

ハートリオ
恋愛
伯爵令嬢ステラは6才の時に隣国の公爵令息ディングに見初められて婚約し、10才から婚約者ディングの公爵邸の別邸で暮らしていた。 しかし、ステラを呼び寄せてすぐにディングは婚約を後悔し、ステラを放置する事となる。 異様な姿で異臭を放つ『化物令嬢』となったステラを嫌った為だ。 異国の公爵邸の別邸で一人放置される事となった10才の少女ステラだが。 公爵邸別邸は森の中にあり、その森には白いモフモフがいたので。 『ツン』だけど優しい白クマさんがいたので耐えられた。 更にある事件をきっかけに自分を取り戻した後は、ディングの執事カロンと共に公爵家の仕事をこなすなどして暮らして来た。 だがステラが16才、王立高等学校卒業一ヶ月前にとうとう婚約解消され、ステラは公爵邸を出て行く。 ステラを厄介払い出来たはずの公爵令息ディングはなぜかモヤモヤする。 モヤモヤの理由が分からないまま、ステラが出て行った後の公爵邸では次々と不具合が起こり始めて―― 奇跡的に出会い、優しい時を過ごして愛を育んだ一人と一頭(?)の愛の物語です。 異世界、魔法のある世界です。 色々ゆるゆるです。

召喚聖女に嫌われた召喚娘

ざっく
恋愛
闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。 どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

夫に顧みられない王妃は、人間をやめることにしました~もふもふ自由なセカンドライフを謳歌するつもりだったのに、何故かペットにされています!~

狭山ひびき
恋愛
もう耐えられない! 隣国から嫁いで五年。一度も国王である夫から関心を示されず白い結婚を続けていた王妃フィリエルはついに決断した。 わたし、もう王妃やめる! 政略結婚だから、ある程度の覚悟はしていた。けれども幼い日に淡い恋心を抱いて以来、ずっと片思いをしていた相手から冷たくされる日々に、フィリエルの心はもう限界に達していた。政略結婚である以上、王妃の意思で離婚はできない。しかしもうこれ以上、好きな人に無視される日々は送りたくないのだ。 離婚できないなら人間をやめるわ! 王妃で、そして隣国の王女であるフィリエルは、この先生きていてもきっと幸せにはなれないだろう。生まれた時から政治の駒。それがフィリエルの人生だ。ならばそんな「人生」を捨てて、人間以外として生きたほうがましだと、フィリエルは思った。 これからは自由気ままな「猫生」を送るのよ! フィリエルは少し前に知り合いになった、「廃墟の塔の魔女」に頼み込み、猫の姿に変えてもらう。 よし!楽しいセカンドラウフのはじまりよ!――のはずが、何故か夫(国王)に拾われ、ペットにされてしまって……。 「ふふ、君はふわふわで可愛いなぁ」 やめてえ!そんなところ撫でないで~! 夫(人間)妻(猫)の奇妙な共同生活がはじまる――

捨てられた私が聖女だったようですね 今さら婚約を申し込まれても、お断りです

木嶋隆太
恋愛
聖女の力を持つ人間は、その凄まじい魔法の力で国の繁栄の手助けを行う。その聖女には、聖女候補の中から一人だけが選ばれる。私もそんな聖女候補だったが、唯一のスラム出身だったため、婚約関係にあった王子にもたいそう嫌われていた。他の聖女候補にいじめられながらも、必死に生き抜いた。そして、聖女の儀式の日。王子がもっとも愛していた女、王子目線で最有力候補だったジャネットは聖女じゃなかった。そして、聖女になったのは私だった。聖女の力を手に入れた私はこれまでの聖女同様国のために……働くわけがないでしょう! 今さら、優しくしたって無駄。私はこの聖女の力で、自由に生きるんだから!

処理中です...