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王太后との再会
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王都に付いたのはリファールを発ってから十一日目だった。いつもよりもゆったりした旅程を組んでいたけれど嵐などのトラブルもなく、何よりもオーリー様が不調を訴えなかったことが大きかった。立ち寄った街を散策する余裕もあったくらいで、ブノワ殿を頼ってよかったなと心から思った。
王都に着くと、私たちは真っすぐ王太后様が住む離宮に向かった。王太后様は夫でもある先代陛下が亡くなった後、こちらに引っ越して今は静かにお暮しだ。国政からも離れて、今は気の置けない使用人に囲まれ、趣味やご友人との交流を楽しんでいらっしゃる。
離宮に付くとすぐに応接室に案内された。温かみのある内装や調度品はどこかホッとする雰囲気があるし、使用人の態度はアデル様の意向がしっかり行き届いているのが伝わってきた。
「まぁ、よく来てくれたわね」
「王太后様、ご無沙汰しております」
「まぁ、アンったら。他人行儀だわ。おばあ様かアデルと呼んでって言ったでしょう?」
「は、はい、アデル様」
お会いするのは六年ぶりだけど相変わらずお元気で若々しく、おっとり話す様子は可愛らしいおばあちゃんといった感じだ。
「そして……お久しぶりね、オーリー」
「お祖母様、ご無沙汰しておりました」
オーリー様に向き合ったアデル様は、しみじみとオーリー様を頭からつま先まで眺めて、泣きそうな笑顔を浮かべた。
「元気に、なったようね……」
視線からも声からも、アデル様のオーリー様への慈愛が溢れていた。初孫で期待していた次期後継者だったのだ。あんなことになって酷くお心を痛めていたに違いない。
「はい。リファール辺境伯家に滞在するようになってからは、この通り回復しました」
「そう。やっぱりジゼルに預けてよかったわ」
そこでどうしてお祖母様の名前がと疑問に思ったら、オーリー様が我が家に来ることになったのはアデル様の推薦があったからだという。
「ジゼルの元にはドイルもルイスもいるわ。彼らならきっと、あなたを何とかしてくれる
んじゃないかと思ったの」
「そうでしたか……」
オーリー様を我が家の婿にとの意向は、陛下の判断だと思っていたのでちょっと驚いた。陛下は魅了の後遺症で精々結界を張るしか出来ないと踏んで、最後の務めにと辺境伯家でも最も結界が緩んでいる我が家を選んだのだと。
「ここではゆっくりして頂戴ね。信頼している者しか置いていないから」
「ありがとうございます。でも、ベルクール公爵のこともあります。ここにいる間はルイとお呼び下さい」
「そう、わかったわ。あの狸も相変わらずね。王家を我が物にしようなんて、強欲が過ぎるわ」
アデル様がため息をついた。王都では公爵が随分と幅を利かせているらしい。
「申し訳ございません。私が……ジョアンヌを娶らなかったばかりに……」
公爵の野心があからさまになったのは、ジョアンヌ様が婚約破棄された後だ。実子を王妃に、いずれは孫を王位にと狙っていたのに、その夢が潰えたからだろう。だから今、それを巻き返そうと躍起になっているのだ。
「それはあるでしょうね」
「ですが、ジョアンヌが王太子妃、何れ王妃になれば、彼女は公爵を遠ざけたでしょうに」
どっちにしても公爵が権力を握ることにはならなかったとオーリー様が言うと、アデル様は首を横に振った。
「ジョアンヌ嬢には父親を諫める力なんてないわ。きっと、王妃になったら公爵の言いなりになっていたでしょうね」
「ジョアンヌが……」
アデル様の発言にオーリー様が驚きを現した。
「ジョアンヌは公爵を嫌っていました。だから王妃になったら公爵を遠ざけたいと言っていたのに……」
「それはオーリーの力を当てにしての事だったんじゃないかしら? 最近のあの子は、公爵の言いなりよ」
「そんな……」
今度こそオーリー様が言葉を詰まらせた。私は人となりを詳しく知らないから何とも言えないけれど、オーリー様からするとかなり意外だったらしい。
「最近は何かとルシアンに接近しているわ」
「ルシアンに?」
「ええ。ルシアンの愛人の座でも狙っているのかしらね?」
「まさか!」
オーリー様が立ち上がらんばかりに驚きの声を上げたけれど、さすがにそれには私も驚いた。セザール様と相思相愛で結婚して、今は父親とも距離をとって暮らしていると思っていたからだ。
「まぁ、このことを知っているのは王族と宰相たち一部の者だけよ。公爵もさすがに外聞が悪いと思っているのでしょうね」
「そうでしたか……」
「だけど、何かと理由を付けてルシアンに会いに行っているのは確かよ」
まさかと思う一方で、公爵ならやりかねないなとも思った。でも、この場合は愛人よりもスパイとしての意味合いが強い気がした。既婚のジョアンヌ様がルシアン様の子を産んでも、その子は夫の子とされるからだ。
それよりもルシアン様の弱みを握るか、グレース様との間に波風を立てて夫婦関係を悪化させ、そこにエリアーヌ様を側妃として送り込む―そんな道筋が一番あり得そうな気がした。
王都に着くと、私たちは真っすぐ王太后様が住む離宮に向かった。王太后様は夫でもある先代陛下が亡くなった後、こちらに引っ越して今は静かにお暮しだ。国政からも離れて、今は気の置けない使用人に囲まれ、趣味やご友人との交流を楽しんでいらっしゃる。
離宮に付くとすぐに応接室に案内された。温かみのある内装や調度品はどこかホッとする雰囲気があるし、使用人の態度はアデル様の意向がしっかり行き届いているのが伝わってきた。
「まぁ、よく来てくれたわね」
「王太后様、ご無沙汰しております」
「まぁ、アンったら。他人行儀だわ。おばあ様かアデルと呼んでって言ったでしょう?」
「は、はい、アデル様」
お会いするのは六年ぶりだけど相変わらずお元気で若々しく、おっとり話す様子は可愛らしいおばあちゃんといった感じだ。
「そして……お久しぶりね、オーリー」
「お祖母様、ご無沙汰しておりました」
オーリー様に向き合ったアデル様は、しみじみとオーリー様を頭からつま先まで眺めて、泣きそうな笑顔を浮かべた。
「元気に、なったようね……」
視線からも声からも、アデル様のオーリー様への慈愛が溢れていた。初孫で期待していた次期後継者だったのだ。あんなことになって酷くお心を痛めていたに違いない。
「はい。リファール辺境伯家に滞在するようになってからは、この通り回復しました」
「そう。やっぱりジゼルに預けてよかったわ」
そこでどうしてお祖母様の名前がと疑問に思ったら、オーリー様が我が家に来ることになったのはアデル様の推薦があったからだという。
「ジゼルの元にはドイルもルイスもいるわ。彼らならきっと、あなたを何とかしてくれる
んじゃないかと思ったの」
「そうでしたか……」
オーリー様を我が家の婿にとの意向は、陛下の判断だと思っていたのでちょっと驚いた。陛下は魅了の後遺症で精々結界を張るしか出来ないと踏んで、最後の務めにと辺境伯家でも最も結界が緩んでいる我が家を選んだのだと。
「ここではゆっくりして頂戴ね。信頼している者しか置いていないから」
「ありがとうございます。でも、ベルクール公爵のこともあります。ここにいる間はルイとお呼び下さい」
「そう、わかったわ。あの狸も相変わらずね。王家を我が物にしようなんて、強欲が過ぎるわ」
アデル様がため息をついた。王都では公爵が随分と幅を利かせているらしい。
「申し訳ございません。私が……ジョアンヌを娶らなかったばかりに……」
公爵の野心があからさまになったのは、ジョアンヌ様が婚約破棄された後だ。実子を王妃に、いずれは孫を王位にと狙っていたのに、その夢が潰えたからだろう。だから今、それを巻き返そうと躍起になっているのだ。
「それはあるでしょうね」
「ですが、ジョアンヌが王太子妃、何れ王妃になれば、彼女は公爵を遠ざけたでしょうに」
どっちにしても公爵が権力を握ることにはならなかったとオーリー様が言うと、アデル様は首を横に振った。
「ジョアンヌ嬢には父親を諫める力なんてないわ。きっと、王妃になったら公爵の言いなりになっていたでしょうね」
「ジョアンヌが……」
アデル様の発言にオーリー様が驚きを現した。
「ジョアンヌは公爵を嫌っていました。だから王妃になったら公爵を遠ざけたいと言っていたのに……」
「それはオーリーの力を当てにしての事だったんじゃないかしら? 最近のあの子は、公爵の言いなりよ」
「そんな……」
今度こそオーリー様が言葉を詰まらせた。私は人となりを詳しく知らないから何とも言えないけれど、オーリー様からするとかなり意外だったらしい。
「最近は何かとルシアンに接近しているわ」
「ルシアンに?」
「ええ。ルシアンの愛人の座でも狙っているのかしらね?」
「まさか!」
オーリー様が立ち上がらんばかりに驚きの声を上げたけれど、さすがにそれには私も驚いた。セザール様と相思相愛で結婚して、今は父親とも距離をとって暮らしていると思っていたからだ。
「まぁ、このことを知っているのは王族と宰相たち一部の者だけよ。公爵もさすがに外聞が悪いと思っているのでしょうね」
「そうでしたか……」
「だけど、何かと理由を付けてルシアンに会いに行っているのは確かよ」
まさかと思う一方で、公爵ならやりかねないなとも思った。でも、この場合は愛人よりもスパイとしての意味合いが強い気がした。既婚のジョアンヌ様がルシアン様の子を産んでも、その子は夫の子とされるからだ。
それよりもルシアン様の弱みを握るか、グレース様との間に波風を立てて夫婦関係を悪化させ、そこにエリアーヌ様を側妃として送り込む―そんな道筋が一番あり得そうな気がした。
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