【完結】廃嫡された元王太子との婚姻を命じられました

灰銀猫

文字の大きさ
101 / 107

変わりゆく関係

 お祖父様たちが戻ってきたのは、それから三月後のことだった。二人がこんなに長い間領地を離れたのは二十数年ぶりだという。お祖父様の膝の調子がよくないので、今後は中々王都に行くのは難しいかもとお祖母様は言っていた。父が後継者として前線に出なかったため、お祖父様に負担がかかっていたのだ。
 今後私やオーリー様がお祖父様の代わりになるだろう。幸い隣国との間の結界が修復出来たので戦闘はないだろうけど、盗賊討伐などはある。

「それくらい私が出るよ」

 そうオーリー様が言うけれど、私としては不安が残った。また結界席に閉じ込められたりしないだろうか。ああなった理由は未だに不明で、王都では魔術師が調べているらしい。でも、今も原因はわからないらしく、正直言ってそれがわかる可能性は低いと私は思っている。

 一方マティアスの件はお祖父様やお祖母様も考えていたらしく、話し合いの結果マティアスをテランスの養子にして家令にする方向で話がまとまった。我が領の赤字問題は待ったなしだし、マティアス以上の適任者が見つからなかったからだ。その辺の問題は私よりもオーリー様の方が明るいから、今後はオーリー様とマティアスで進めていくことになるだろう。
 ちなみに妹のエマさんは最近ジョエルと距離が近い。控えめで出しゃばらないエマはエリーにやり込められてばかりのジョエルの理想に近いらしく、一方でエマはこれまでの経緯から結婚しないと心に決めて静かに侍女として一生を終える気でいたらしい。それをじりじりと距離を詰めて行ったのがジョエルだった。

「まだ交際に至ったばかりなんだから、余計な手出すなよ! エマは奥ゆかしいんだ!」

 ジョエルはエリーや私にそう言って威嚇してきた。私は何もしていないのに。「どうして私が……」とぼやいたら、エリーに「アンは色恋沙汰に疎いから何気ない一言が爆弾になりそうで怖いんでしょ」と言われた。何、それ……

 そのエリーは私が結婚するまではしないと言っていたけれど、私たちが入籍したらエドガール様と交際宣言した。オーリー様が行方不明になって自身の存在意義すらも失うほど落ち込んでいたエドガール様に発破をかけたのがエリーで、その容赦のなさに救われて惚れたのだとか。

「あんな女に救われるとか、どっかおかしいんじゃないか?」

 今まで一番にエリーの被害者だったジョエルが、エドガール様は脅されているんじゃないかと疑ったけれど、意外にも二人は仲が良くてよく庭で二人で話し込んでいる姿を見かけた。こちらも意外な組み合わせだけど、よく見ていると常にエドガール様がエリーを追いかけている。どうやら本当に惚れているらしく、またエリーもまんざらでもなさそうだった。

「エリーがエドガール様と付き合うとは思わなかったわ」
「あら、アンとオードリック様の組み合わせよりはあり得ると思うけど?」
「そうかしら?」
「そうよ。今だってアンがオードリックのどこに惚れたのか、私にはわからないもの」

 エリーにそう言われてしまった。確かにどこと言われると、具体的に答えられなかった。最初はなんで私が……と思っていたし、お荷物を押し付けられたくらいの感情だった。でも、好きなのだ、理屈じゃなく。

 そのオーリー様はというと、相変わらず私に構い倒すので周囲ではいつ子供が出来るかで話題になっていた。いつ子供が出来るかの賭けまで立ち上がっていたなんて驚きでしかなかった。

「何やっているのよ……」
「あら、でも婚姻は成立しているもの。いつそうなっても問題はないわよ。そりゃあ式が臨月なのはさすがに困るけど……」
「そ、そんなことするわけないじゃない!」
「あら、もう一人の当事者はそうは思っていないと思うけど?」
「ええっ?」

 エリーの指摘は信じられなかったけれど、よくよく考えてみればオーリー様との距離が最近は限りなくゼロに近い。一日に何度もキスしたり抱き合ったりしている。それって……

「男としちゃ、ちょっと同情するかな」
「同感ですね。でも、殿下は子が出来ない可能性も否めませんし。となればその機会は一度でも多い方がいいのかもしれません……」
「そうだよなぁ。数打ちゃ当たるって言うし」

 珍しくジョエルとエドガール様の意見がこの件では合っていた。普段は私優先のジョエルとオーリー様優先のエドガール様は対立しがちなのに。
 でも、その懸念は最初からあったから気になるのも仕方ないのだろう。そうは言ってもどうせ式まで四ヶ月しかないんだから慌てる必要はないと思う。お腹が大きくてはウエディングドレスも作り直さなきゃいけないし、そんな余裕は我が領にはないのだから。



 結婚式までは残り僅かだが、領内も落ち着いて穏やかに日が流れた。ただ一点だけ、悲しい知らせもあった。
 結婚式の二月前に、鉱山に送られていた父が亡くなったとの知らせが届いたのだ。崩落事故に巻き込まれたのだという。乳兄弟のテランスの長男も一緒だった。既に廃籍されて書類上は赤の他人だけど、さすがに知らん顔が出来る訳もない。我が家とテランス一家は喪に服し、それぞれに複雑な思いを故人に向けながら故人の冥福を祈った。
 そしてこれを機に、お祖母様がすっかり気弱になってしまった。気丈で父のことなどさっさと見放しているように見えたお祖母様だったけれど、やはり本心ではなかったのだ。

「馬鹿な子ほど可愛いなんて、そんなのは与太話だと思っていたのにね……」

 そう言って見せた寂しそうな笑顔は簡単には忘れられそうもなかった。でも、あの父を矯正しようと一番に心を砕いていたのはお祖母様だった。甘やかしたわけでもなく、でも厳し過ぎるわけでもなかったと周りはお祖母様を庇っていたけれど、こうなったきっかけはどこかにあったのだろう。もし私が父の色を受け継いでいたら、父の人生はもう少しマシだったのだろうか……
 父は最後まで王家が選んだ婚約者を拒み続けて、それを貫き通した。どうしてそこまで頑なに拒絶し続けたのかがわからない。従っていた方がずっと楽で安泰だったろうに。そう思うと、父には父なりの信念があったのかもしれない、とも思った。もうそれを聞く機会は永遠にないのだけど。

 気になったので後妻とその連れ子のその後を確かめると、後妻は今も修道院で暮らしていた。贅沢に慣れた身での修道院での暮らしは辛いらしく、相変わらず不満を漏らしているという。

 一方で連れ子は一年前に修道院に通う商家の息子に見初められて、半年前に結婚していた。未成年だったこともあり、再教育の結果次第で還俗の可能性を残されていたのだ。幸いにも彼女は両親よりも頭が柔らかく、また常識もあったらしい。修道院での態度も良好で、最終的には自分がやったことが罪だと理解したと認められて還俗していた。




感想 92

あなたにおすすめの小説

「通訳など辞書で足りる」と追放された令嬢——三国会談で、婚約者は一言も話せなくなった

歩人
ファンタジー
宮廷通訳官エレノーラは五つの言語を操り、婚約者クラウスの外交を陰で支えてきた。 だがクラウスは言った。「通訳など辞書で足りる。お前は要らない」 追放されたエレノーラは隣国で新たな道を歩み始める。 一方、クラウスは三国会談の場で辞書片手に立ち往生。 誤訳が外交問題に発展し、窮地に陥ったその場に、隣国の通訳官として現れたのは——。 「その言葉は、もう翻訳できません」

悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています

かきんとう
恋愛
 王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。  磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。  その中心に、私は立っていた。  ――今日、この瞬間のために。 「エレノア・フォン・リーベルト嬢」  高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。

結婚式の翌朝、夫に「皇太子の愛人だろう」と捨てられました――ですが私は、亡き国王の娘です

柴田はつみ
恋愛
母の遺した薬草店を守りながら、慎ましく暮らしていたアンリ。 そんな彼女に求婚してきたのは、国内でも名高い騎士にして公爵家当主、アルファだった。 真っすぐな想いを向けられ、彼を信じて結婚したアンリ。 けれど幸せなはずの結婚式の翌朝、夫は冷たく言い放つ。 「君を愛していると本気で思っていたのかい? 」 彼はアンリが第一皇太子と深い仲にあり、自分との結婚は身を隠すための偽装だと誤解していたのだ。 アンリは実は、亡き国王の婚外子。 皇太子にとっては、隠して守らなければならない妹だったのである。

刺繍妻

拓海のり
恋愛
男爵令嬢メアリーは魔力も無くて、十五歳で寄り親の侯爵家に侍女見習いとして奉公に上がった。二十歳まで務めた後、同じ寄り子の子爵家に嫁に行ったが。九千字ぐらいのお話です。

「お前がいると息が詰まる」と追放された令嬢——翌週から公爵家の予定が全て狂った

歩人
ファンタジー
クラリッサは公爵家の日程管理を一手に担う令嬢。前世の社畜経験を活かし、行事計画、来客対応、予算管理まで完璧にこなしていた。 だが婚約者ヴィクトルは言った。「お前がいると息が詰まる。もっと華やかな女がいい」 追放されたクラリッサが去った翌週、公爵家の予定が全て狂い始める。 舞踏会の招待状は届かず、外交晩餐会の料理は手配されず、決算書類は行方不明。 一方クラリッサは、若き領主の元で「定時退社」という夢を叶えていた。 「もう、残業はしません」

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

【今さら遅い】毒で声を失い公爵に捨てられた私。妹では精霊が応えず国は滅びへ。ですが隣国皇帝に溺愛される私に、今さら縋ってきても遅いです

唯崎りいち
恋愛
国一番の歌姫だった私は、妹に毒を盛られ声を失い、婚約者に捨てられた。 すべてを奪われた私を救ったのは、隣国の皇帝。 「お前の歌がなければ国は滅びる」と言われた私の歌は、精霊に届く“本物”の力を持っていて―― 一方、私を追放した国は偽物の歌では加護を失い衰退。 今さら元婚約者が縋ってきても、もう遅い。

愛さないと言われた妻、侍女と出て行く

菜花
ファンタジー
お前を愛することはないと夫に言われたコレットは、その日のうちに侍女のイネスと屋敷を出て行った。カクヨム様でも投稿しています。