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リファールへ~廃嫡王子の回想
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その後に行われた夜会で父上は、私とアンジェの婚姻を発表した。最初は渋っていたが、クレマンには別の相手を宛がったのだから問題はない。しかもその相手はお祖母様付きの女官で、結婚よりも仕事に生き甲斐を感じている。独身だと言い寄って来る不埒者も多く、それで悩んでいたのでクレマンを紹介したのだ、お祖母様が。
形ばかりの見合いの席で彼女の考えを聞いたクレマンは、その場で婚約を承知した。令嬢が少々変わった嗜好の持ち主で、男同士の関係に理解があったからだ。お陰で二人はクレマンも愛人の男も交えて良好な関係を築き、また公爵は噂の払拭が出来てご満悦だという。アンジェの元に婿入りするよりもずっとよかっただろう。
私が庭園で求婚したことは既に広まっていたので、誰も私たちの関係に苦言を呈する者はいなかった。アンジェとリファール家が私の捜索に心血を注いでくれたのも大きいだろう。何もしなかったのに見つかった途端に言い寄ってこようとする輩が現れるかと警戒したが、それは杞憂に終わった。
それにしても……
(女性らしくなった……)
今日のアンジェのドレスは青みの強い紫のものだ。お祖母様にお願いして手配して貰っていたもので、思った以上によく似合っていた。身体つきが一層女性らしくなったせいか、シンプルなデザインなのに妙に艶めかしく見える。はっきりした色に白い肌がよく映えるし、胸元の黄貴玉もその存在を主張して華を添えていた。こんな艶やかな姿を誰にも見せたくないし、何ならこのまま寝室に連れ込みたい。そうは思ったけれど、さすがに無理なことは理解している。実行したら口をきいて貰えないのはわかっているからそんな愚は犯さない。
その日の夜会は何事もなく終わった。セザールが遠くから恨みのこもった視線を向けていたが、それくらいだ。もう彼らに関わることもない。
夜会後は、早々に王都を発ってリファールに向かった。辺境伯夫妻が暫く王都に留まるというからだ。領地にはテランスやマティアスがいるが、領主不在が長く続くのはよくない。いずれ私たちが後を継ぐのだからと早めに戻ることにしたのだ。
道中私は、往路と同じくアンジェを構い倒すことに専念した。いつもと違う景色を眺めながら過ごすのは新鮮で、何をしても興味深い。そこにアンジェがいれば文句のつけようもなかった。
「オーリー様、そろそろ下ろして下さい」
私の膝の上でその台詞を聞くのは何度目だろう。既に顔は赤く色付き、涙目になっているなんて逆効果でしかないのに。
「ん~もうちょっと」
そう言って彼女を抱きしめて肩に顔を乗せる。息を吸い込むと彼女の香りが胸いっぱいに広がって身体の隅々まで染み入るのを感じた。
「ああ、アンジェの香りがする……」
そう言うと思いっきり嫌な顔をされた。そんなに変なことを言っただろうか。男なら誰しもそう思うだろうに。
道中では水蛍で青く輝く湖に寄った。あれはお祖母様から今の時期だからと教えて貰ったものだ。予想通り美しく幻想的な風景にアンジェは目を輝かせていた。うん、可愛い。滅茶苦茶可愛い。一挙手一投足が可愛すぎて押し倒したくなる。今そうしても誰も咎めたりはしないだろうが、アンジェの心の準備が出来ていないようなので式までは我慢するつもりだ。そうした方が達成感というか充実感がより大きくなるだろうから。
水蛍の光景に満足していた私たちに、今度は試練が襲った。主に私にだ。それは大雨でとある辺鄙な町の宿屋に泊まった時だった。
「ええっ? 部屋を移動?」
式もまだだというので、私とアンジェは別々の部屋を取ったが、その後、急に相部屋を求められたのだ。
「申し訳ございません。雨で避難してきた方が増えまして、皆様に出来る限りの相部屋をお願いしております。お客様はご夫婦との事。部屋を同じくして頂きたく……」
申し訳なさそうにそう告げる宿屋の主の言い分も尤もだった。実際私たちは婚姻が認められている。式がまだなだけだ。
「オーリー様、どうしましょう……」
「……」
アンジェの戸惑いも理解出来たし、私は私の事情で躊躇した。
(……理性が、保てるか?)
まず心配になったのはそこだった。さすがに初夜がこんな田舎の宿屋というのは女性にとっては気の毒だろう。彼女はれっきとした辺境伯家の令嬢、次期当主だ。こんなところで適当に済ませるのは……さすがにないという事くらいは私でも理解出来た。理解出来たが……
(今ですら理性を保つのに苦労しているのに……耐えきれるか?)
これなら婚姻などまだ結ばなければよかった、かもしれない。私も断り合い話だったが、他の客に侯爵家の夫人がいると言われれば断れなかった。今は夜会が終わって領地に戻る貴族が多いのが仇になった。
「アンジェ、心配しないで。こんなところで手を出したりはしないから」
「はい、オーリー様」
ホッとした表情もまた愛らしいが、その言葉を一番信用出来なかったのは私だった。それでも耐えねばならないのだ。そこからの三日間は、正に自分との戦いだった。あんなにも自分と戦ったのは初めての経験だったと思う。自分の欲の何と強大で厄介なことか。まさかこんなところでそれと向き合うことになるとは思わなかった。精神的な疲労は過去最高だったと言える。
それでも……
(アンジェの可愛い寝顔を見られたのは……収穫だったな)
悶々と過ごして眠れなかった夜、私はアンジェの寝顔をチラチラと眺めながら理性を保った。安心しきって眠る彼女を悲しませたくない、その想いもまた本物だったから。彼女が常に安心していられるよう、何の憂いもなく過ごせるようにするのが私の役目だ。この三年間、寂しく辛い思いをさせた。それは一生かけて私が償うことで、これから存分に甘やかし、守り、慈しむのだ。その未来はとても甘美で、想像するだけで経験したことのない満ちた思いが胸に広がった。
形ばかりの見合いの席で彼女の考えを聞いたクレマンは、その場で婚約を承知した。令嬢が少々変わった嗜好の持ち主で、男同士の関係に理解があったからだ。お陰で二人はクレマンも愛人の男も交えて良好な関係を築き、また公爵は噂の払拭が出来てご満悦だという。アンジェの元に婿入りするよりもずっとよかっただろう。
私が庭園で求婚したことは既に広まっていたので、誰も私たちの関係に苦言を呈する者はいなかった。アンジェとリファール家が私の捜索に心血を注いでくれたのも大きいだろう。何もしなかったのに見つかった途端に言い寄ってこようとする輩が現れるかと警戒したが、それは杞憂に終わった。
それにしても……
(女性らしくなった……)
今日のアンジェのドレスは青みの強い紫のものだ。お祖母様にお願いして手配して貰っていたもので、思った以上によく似合っていた。身体つきが一層女性らしくなったせいか、シンプルなデザインなのに妙に艶めかしく見える。はっきりした色に白い肌がよく映えるし、胸元の黄貴玉もその存在を主張して華を添えていた。こんな艶やかな姿を誰にも見せたくないし、何ならこのまま寝室に連れ込みたい。そうは思ったけれど、さすがに無理なことは理解している。実行したら口をきいて貰えないのはわかっているからそんな愚は犯さない。
その日の夜会は何事もなく終わった。セザールが遠くから恨みのこもった視線を向けていたが、それくらいだ。もう彼らに関わることもない。
夜会後は、早々に王都を発ってリファールに向かった。辺境伯夫妻が暫く王都に留まるというからだ。領地にはテランスやマティアスがいるが、領主不在が長く続くのはよくない。いずれ私たちが後を継ぐのだからと早めに戻ることにしたのだ。
道中私は、往路と同じくアンジェを構い倒すことに専念した。いつもと違う景色を眺めながら過ごすのは新鮮で、何をしても興味深い。そこにアンジェがいれば文句のつけようもなかった。
「オーリー様、そろそろ下ろして下さい」
私の膝の上でその台詞を聞くのは何度目だろう。既に顔は赤く色付き、涙目になっているなんて逆効果でしかないのに。
「ん~もうちょっと」
そう言って彼女を抱きしめて肩に顔を乗せる。息を吸い込むと彼女の香りが胸いっぱいに広がって身体の隅々まで染み入るのを感じた。
「ああ、アンジェの香りがする……」
そう言うと思いっきり嫌な顔をされた。そんなに変なことを言っただろうか。男なら誰しもそう思うだろうに。
道中では水蛍で青く輝く湖に寄った。あれはお祖母様から今の時期だからと教えて貰ったものだ。予想通り美しく幻想的な風景にアンジェは目を輝かせていた。うん、可愛い。滅茶苦茶可愛い。一挙手一投足が可愛すぎて押し倒したくなる。今そうしても誰も咎めたりはしないだろうが、アンジェの心の準備が出来ていないようなので式までは我慢するつもりだ。そうした方が達成感というか充実感がより大きくなるだろうから。
水蛍の光景に満足していた私たちに、今度は試練が襲った。主に私にだ。それは大雨でとある辺鄙な町の宿屋に泊まった時だった。
「ええっ? 部屋を移動?」
式もまだだというので、私とアンジェは別々の部屋を取ったが、その後、急に相部屋を求められたのだ。
「申し訳ございません。雨で避難してきた方が増えまして、皆様に出来る限りの相部屋をお願いしております。お客様はご夫婦との事。部屋を同じくして頂きたく……」
申し訳なさそうにそう告げる宿屋の主の言い分も尤もだった。実際私たちは婚姻が認められている。式がまだなだけだ。
「オーリー様、どうしましょう……」
「……」
アンジェの戸惑いも理解出来たし、私は私の事情で躊躇した。
(……理性が、保てるか?)
まず心配になったのはそこだった。さすがに初夜がこんな田舎の宿屋というのは女性にとっては気の毒だろう。彼女はれっきとした辺境伯家の令嬢、次期当主だ。こんなところで適当に済ませるのは……さすがにないという事くらいは私でも理解出来た。理解出来たが……
(今ですら理性を保つのに苦労しているのに……耐えきれるか?)
これなら婚姻などまだ結ばなければよかった、かもしれない。私も断り合い話だったが、他の客に侯爵家の夫人がいると言われれば断れなかった。今は夜会が終わって領地に戻る貴族が多いのが仇になった。
「アンジェ、心配しないで。こんなところで手を出したりはしないから」
「はい、オーリー様」
ホッとした表情もまた愛らしいが、その言葉を一番信用出来なかったのは私だった。それでも耐えねばならないのだ。そこからの三日間は、正に自分との戦いだった。あんなにも自分と戦ったのは初めての経験だったと思う。自分の欲の何と強大で厄介なことか。まさかこんなところでそれと向き合うことになるとは思わなかった。精神的な疲労は過去最高だったと言える。
それでも……
(アンジェの可愛い寝顔を見られたのは……収穫だったな)
悶々と過ごして眠れなかった夜、私はアンジェの寝顔をチラチラと眺めながら理性を保った。安心しきって眠る彼女を悲しませたくない、その想いもまた本物だったから。彼女が常に安心していられるよう、何の憂いもなく過ごせるようにするのが私の役目だ。この三年間、寂しく辛い思いをさせた。それは一生かけて私が償うことで、これから存分に甘やかし、守り、慈しむのだ。その未来はとても甘美で、想像するだけで経験したことのない満ちた思いが胸に広がった。
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