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第二十六話『君が寄り添うべきなのは』
しおりを挟む自分たち以外は偽物の存在。
それはまた人間本位というか自分本位というか。
確かに驕りと言われても仕方ない主張である。
国を統べる王族を同等に見ていることが他に並ぶものを認めて許しているという謙虚な姿勢であるように錯誤して映ってしまうほどだ。
「ん、ちょっと待て。最初に降り立ったのは王族も? じゃあ王族も本来は異世界からやってきた連中がルーツになっているのか?」
オレは初めて耳にした新事実に驚き訊ねる。
そんな話はエイルからは一度も聞いてはいない。
「まあ、所詮はおかしな連中の戯言だがな。紛い物と交わればこの世界の崩壊とともに肉体も魂も無に帰すと言って、身内で近親交配を繰り返している輩どもが語る話だ」
真に受けて聞くような話ではないとアンナは言った。
「そうか……」
だが、聞けば聞くほど、何だかとんでもねー感じしかないやつらだな。
ウトガルドは平和一色で淀みの一つもない世界だと思っていたが、城の中だけでは見ることのできない闇が外には確実に存在しているようだ。
……やはり、このまま城にいるだけでは真に迫った情報を得ることはできない。
世間知らずの箱入り人間になってしまう。
いずれ折を見てこっそり城を抜け出すことをオレは胸中でひっそり決定した。
「でもそいつらはおかしな主張をしているだけだろ? 警戒なんてする必要あるのか? 気味は悪いかもしれないが、ほっといても問題ないような気がするけどな」
先程の話では警戒して騎士を送り込んだということだったが、身内だけで閉じこもっている閉鎖的な連中なら一般市民が思想に感化されるようなことはまずなさそうだし、何を恐れることがあるのだろうか。
「問題なのは彼らの思想の最終地点にあるのだ。現界教はこの世界から脱却し、先祖の果たせなかった故郷への帰還という悲願を果たすことを目的としている」
「別にそれだって大したことないじゃねえか。むしろ元の世界に帰る方法を知っているなら、ぜひご教示を受け賜わりたいもんだぜ」
冗談交じりにオレが軽く言うと、
「……ジゲン殿、そのような発言は二度としない方がいい」
アンナが周囲を気にする素振りを見せながら険しい顔つきで声を潜めた。
「…………?」
オレは彼女の態度の意味がわからず困惑する。
帰りたいと願うことはそこまでタブーな考えだったのか?
いや、確かに掟を無視するわけだから王国側からしたら迷惑極まりない話だろうが。
それでも昨日まではアンナもさして問題視するような訓告はしてこなかった。
なぜ、いきなり?
……その答えはアンナの次の言葉ですぐに明らかになった。
「やつらは神にこの世界を奉還することで元の世界に戻れると考えている。そのためにこの世界を破壊して終末に導かんとしているのだ。しかもやつらは王族と自分たち以外は本物の人間ではないと言って、非人道的な行いも平気で行う。神への供物として生贄にするために罪もない一般市民を拉致したりな……。捨て置くには危険すぎる」
なるほど。
世界をぶっ壊そうとしている反社会的な連中に賛同するような発言は控えておいた方が身のためってことか。
反逆者と同じ思想を持っていると受け止められればオレ自身も危険視されるだろうからな。
「我々騎士団が設立されたのも彼らに対する防衛が一番大きな理由であると聞く。彼らは特異な奇術を用いると、眉唾ものの噂だがそう言われていてな。いざ対峙することになれば一筋縄ではいかないだろう」
他に国がなく、戦う相手もいないのに軍事力の概念があるのはなぜかと疑問に思っていたが、明確に敵対視する相手がしっかりいたというわけか。
しかもそいつらは得体のしれない宗教じみた異形の一団ときた。
のほほんとしているわけにはいられないだろう。
「でも特異な奇術って、こっちには超能力の類はないんだろ?」
エイルの話ではそういうことになっていたはずだが。
「まあ、あくまでも噂だからな。何しろ実態の不明な連中だ。信憑性は薄いがそれくらい非現実的な隠し玉を持っていても不思議ではないということだろうさ」
アンナは肩をすくめながら、尾鰭背鰭がついた誇張にすぎない言った。
……元は異世界人が祖先だけにあながちありえないことでもないと思ったが、アンナの態度からして現界教が異能力を持ち合わせた集団である可能性は少なそうだ。
「…………」
「なんかオレの顔についてるか?」
アンナからじっと視線を向けられ、どきりとする。
彼女のような剛健さを兼ね備えた麗人に無言で意図もわからず凝視されれば誰だって身構えて意識してしまう。
「いや……。王族はこの世界で暮らしていくことを選んだ者たちの末裔。そして現界教は元の世界に戻ることを望んだ者たちの末裔だ」
「……おう?」
唐突に何を言ってるんだ? というか、それ現界教が勝手に言っているだけで具体的な根拠はないんだろ?
アンナは一区切り入れ、
「……君がこの世界から帰りたいと願い続けるのなら、もしかしたら君が寄り添うべきなのは安寧と停滞を選んだ王族ではなく、平和を脅かしてでも望みを叶えんとする彼らの方なのかもしれないな」
ちらりと流し目を送って、オレを試すかのようなことを言ってくるアンナ。
何を思ってこんなことを言っているのか。
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