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第二章

伯爵と対面3『貴族の当主って変態ばっかりかよ……。』

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「挨拶も済んだことだし、そろそろ本題に入って行こうか。立ち話もなんだから、座ってじっくりとね……」

 どことなく熱っぽい視線を俺やジンジャーに向けてくるディオス氏。

 うーん、気のせいか?

 違和感を覚えつつも俺たちは部屋の中央にあるテーブルに着く。

 エヴァンジェリンは何も言わずに壁際に立った。

 騎士だから主人と同じテーブルには着かないのだろう。

 ジンジャーもメイドの立場を選んだのか、壁際に向かった。

 今は私服を着ているが、ニッサンの領主が来たらメイドに復職するつもりらしい。

 多分、感覚を鈍らせたくないんだろうな。

 まあ、個人の好きにさせておくか。

 さて、ここからは真面目な今後の方針を相談する場だ。堅苦しいのは苦手だが、彼らを相手に駆け引きなどはしなくていいはずなので、思うところを素直に意見し合って問題の解決に向けてやり取りを進められたらと思う。

「違法の奴隷商人ども……ああ、ヴィースマン商会という名前が明らかになったんだっけ? 連中がやってることは許しがたいよね!」

 ディオス氏がそんなことを言い出し、会話は始まった。一体、何を伝えたいのか。本題へ運ぶための前置きだろうけど。

「知っているかな? 奴隷にされたエルフはその過酷な環境に精神が耐え切れず、本来の寿命より遥かに短く命を落としてしまうんだ」

 ふむ、それは由々しき状況である。俺は鷹揚に頷く。

 彼は事態の深刻さを伝えようとしているのか?

 レグル嬢が『ああ……』と項垂れているのが気になる。

「これがどれだけ愚かな行ないであるか……。エルフは永劫に近い年月を美しくあり続ける尊い存在だというのに! それを虐げて刈り取り、その輝きを台無しにしまうなんて! 手を伸ばして枯れてしまうなら、遠くからひっそり見守って末永く慈しむのが美しきものに対するマナーではないのかい!? 私は美を尊ぶ者として、美しき存在を汚す無粋な真似をする輩どもは看過できない!」

 ディオス氏は椅子から立ち上がり、身を乗り出して熱く語り出した。

 拳を握って天に突き上げ、カッと目を見開いている。

 ……こんな自分のポリシーみたいなのを熱弁されても『あっ、ハイ』としか答えようがないんだが。

 困って目線を送ると、レグル嬢は恥ずかしそうに顔を覆っていた。

 ああ、最初に浮かない顔してたのはこれが原因だったのね。

 俺はいろいろ納得した。

 貴族の当主って変態ばっかりかよ……。

 ディオス氏の熱っぽい視線がニッサンの領主の性癖とは似て非なるものだったのは少し安心できる要素だったけど。

 俺の貞操に危険はないってことだし。

 どうしてもやるならジンジャーだけにしろ。

「おっと失礼。少々熱が入り過ぎたね?」

 落ち着きを取り戻したディオス氏は恥ずかしそうにはにかんで、咳払いを一つ。

 今さら取り繕われても変人のイメージは覆らないけどな。

「はあ、そうっすか……」

 俺は気の抜けた返事をしてしまう。

 だって完全に趣味趣向による私怨が動機だったんだもん。

 呆気に取られて力もでねえぜ。

 なんかこう、『奴隷制度は許せない!』みたいなエセ人道的な理由によって立ち上がった人かと思ってたのに。

 レグル嬢の態度見てたらそう思うじゃん? 

 いや、ひょっとしてレグル嬢も同じ趣味を原動力に行動してたのか?

 巧妙に猫をかぶっていただけなのか?

『美しいエルフは大事にしないといけませんわぁ!』と高笑いするレグル嬢が思い浮かぶ。

 これだと、いかにもアホな勘違いお嬢様だ。

 俺は想像してニヤけた。

 本物のレグル嬢を見ると、彼女は必死に首を横に振って否定の仕草をしていた。

 あっ、違うっぽいね。

 涙目で悲壮に訴えてくる姿は嘆かわしかった。

 よっぽど親父と同類にされたくないんだな……。

 気持ちはわかるけど。

 まあ、動機はどうあれディオス氏とは利害が一致する。

 目指すところも一緒だ。

 胡散臭い正義を騙るやつより、こういうわかりやすい欲望的信念に基づいた行動をするやつのほうが信じられる。

 ちょっとエキセントリックな趣味の持ち主だけど、悪意はなさそうだし彼に関して心配することはないだろう。

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