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『領地経営』編

第63話『立ち退き交渉』

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 実は喋れたブラックドラゴン。
 衝撃である。
 しかもやたら無邪気な感じの口調だった。



 すっかり興が削がれた俺は、とりあえずトドメを刺すのを取り止める。


「…………」


 スィーっと、ブラックドラゴンと地上に降りる。
 すると、ブラックドラゴンは尻尾の断面を撫でながらメソメソ泣き始めた。


『うえぇん……いたい、ぼくのお尻切れちゃった……ひどいよぉ……ぐすんぐすん……あんな乱暴に……』



 なんか違う意味に聞こえるからその言い方やめろ。




「領主様を守るだ!」

「領主様だけに痛い思いはさせねえだよ!」

「オラたちの命に懸けても助けてみせる!」


 騎士たちが武器を持って決死の表情で向かってきていた。
 命を賭してでも俺を守ろうとする忠義が感じられる。
 身を挺して守ったおかげですっかり俺への忠誠心が植え付けられたらしいな。

 ……計画通り。


「皆、いい心がけです……それでこそジロー様の下僕に相応しい」


 ベルナデットがうっとり顔で満足そうにしているのを俺は見た。
 子供たちにも布教していたが、お前はどこに向かおうとしている……。

 おっと、それより今は騎士たちを止めないと。


「待て! 攻撃はするな! ストップだ! 戦いは終わった!」


 きょとんと立ち止まる騎士たち。空回りさせちゃったな。すまんね。





 ベルナデット、ジャード、そのほかの騎士たちとドラゴンを取り囲む。
 もう抵抗の意思はないだろうが、念のためな。




「まさかブラックドラゴンを屈服させるとは。ヒョロイカ卿はどこまで非常識なのか……」

「ジロー様なら当然だと思いますが」


 ジャードとベルナデットのやり取りを横目にしつつ、

『ぐすんぐすん』

「……そろそろ泣き止めよ」

『くすん。しっぽなくなっちゃったんだもん……』

「わかったって……ほら、尻尾は治すから」

 回復魔法をパアアァッと傷口にかけてやる。
 ブラックドラゴンのちょん切れた尻尾はみるみるうちに治っていった。
 逆再生っていうのかな。

 骨や肉が順番に戻っていく光景はちょっとグロかった。


『わあ! すごーい! ありがとー!』


 再び生えた尻尾をパタパタ揺らし、俺に感謝するドラゴン。
 斬ったのも俺なんだが。
 こいつ詐欺に引っかかるタイプだな。


「まったく、話せるならどうして最初から話さなかったんだ? そしたら戦わなくてよかったかもしれないのに」

『だって人間には言葉が通じないと思ってたんだもん。だったら、適当にガオガオ言ってたほうが効果あるかなーって』


 あれ、実際にガオガオ言ってたのかよ。


「いや、けどこうしてちゃんと話せてるじゃねえか」

『うーん? たぶん、きみ以外の人間は誰もわかってないと思うよ?』

「そうなの?」

 ドラゴンに言われ、ちらっと周囲を見渡すと、

「……ジロー様。わたしには『がおがお』としか聞こえません」

「私にもそのようにしか聞き取れませんね」 

 ジャードとベルナデットが揃って答えた。
 騎士たちも同じく頷いている。
 マジでか。

 言語を理解するスキルでもあったのかな。


「知性があるならどうしていきなり襲ってきたんだ?」

『ガンガン音がうるさいから追い払おうと思って……。勝手に家に入られて騒がれたらむかつくでしょ? 言葉が通じないなら驚かすしかないじゃない?』

 思った以上に正論であった。
 どないしよ。
 理性がある以上、力ずくという選択肢は気が引ける。

 こうして話せばわかるやつならなおさらだ。

「この山には俺たちに必要な資源がある。だからこれからはもっと頻繁に人が立ち入るようになると思う」

『そんなぁ。せっかく静かに眠れるいい場所だったのに……』

「できればお前には新しい場所に移動して貰いたいんだが……」

『この山にはずっと昔から住んでるんだよ? いきなり言われてもこまるよ……』

 だよなぁ。
 住み慣れた家を離れるのは誰だって嫌だろう。
 ここは相手の心に訴えかけるしかない。


「俺が魔法でお前好みの住処を作る! だから、お願いだ、この山を譲ってほしい……!」


 俺はブラックドラゴンに真摯な気持ちで頭を下げた。
 ベルナデットやジャードたちが動揺して息を呑む声が聞こえた。
 これが俺にできる精一杯の誠意だ。

 しかし、完全にこちらの都合なので飲んでくれるかどうか……。


『え? ホント!? 新しく家を作ってくれるの!? やったー!』


 めっちゃ喜んでるやんけ!
 今の住処にこだわりあったんじゃないのかよ!
 まあ、すんなり了承してくれてよかったわ。

 再開発において立ち退き交渉は割と難しい問題だからな。

 日本じゃ10年単位で交渉することもあるらしいし……。


「ちなみにどんな家がいいんだ?」

『うんとね、すっごく高いのがいい! 山よりもずっと高い、空の雲まで届くようなヤツ!』

「…………」

『あ、地下には空洞もほしいな。洞穴でゆっくり寝たいときもあるから♪』

「…………」

『こ、こわい! 睨まないで! どんなのがいいって、そっちが訊いてきたのに!』

 意外と要求が多くて唖然としただけだよ。
 巨体のクセにビビりなやつめ。
 だが、うーむ、雲までとは難易度高そうだ……。

 ま、細かい内装にこだわらなきゃ何とかなるだろ。
 約束してしまったからな。責任持って要望通り作ってやるよ。
 空の雲まで届く、でっかい家を必ずな。


 ちなみに――このブラックドラゴンと約束した新住居。
 のちにニコルコの力を示すランドマークとして、周辺貴族や諸国を大いにビビらせる存在となるのだが……。
 それを知る者はまだ誰もいなかった。

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