昨年の夏まで存在(い)た彼女

あがつま ゆい

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昨年の夏まで存在(い)た彼女

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 2020年、TVのニュースのスポーツコーナーで無事に開催された夏の高校野球の話題が出てくる頃、私は彼女を思い出す。彼女が逝って1年になるらしい。「らしい」と書いたのは彼女の葬式に参加したわけではなく、人づてで彼女の死を聞いたからだ。

 恋愛感情こそなかったがWEB上とはいえ親しい友人としてだいぶ昔から接してきていた。
 私は彼女の名前は「ハンドルネーム」要は「ネット上に出す仮の名前」でしか知らない。彼女の本名も、顔も分からない。住んでいる場所は日記やSNSの書き込みである程度は把握していたが、正確な住所や番地までは分からずじまいだった。

 それどころか「彼女」と言いながらも性別すら完璧に把握しているわけではない。「彼女」と書いたのは日常で話をしているときに、ほぼ間違ってはいないだろうが憶測で「女」だろうと思っているからだ。



 彼女は自分のホームページを持っていた。2000年代初頭のインターネット黎明期れいめいきにおいては1人1つは持っているとされた物だが、現在ではブログやSNSにその役割を取って代わられた、今や歴史の遺物であるとさえ言えるそれを彼女は最期まで持っていた。
「ここは自分だけの場所だから。自分の居場所だからいつまでも持っていようと思う」彼女はそう語っていた。

 彼女はゲームが好きだった。特にとあるメーカーが作っているシューティングゲーム2作が大変お気に入りで、それを題材とした短編小説を何十作という単位で作り続けていた。
 それに関しての情熱は最期まで消えることなく、永久機関のように無尽蔵にあふれ出る愛を注いていた。

 彼女はドラえもんが、そして藤子・F・不二雄先生が好きだった。ひみつ道具に関しても大変博識だけでなく、ドラえもん以外の彼の作品集も常に買いそろえる程気を入れていた。

 藤子先生はよく見ると裏の顔とでもいうべき黒い部分もあり「ドラえもんを描いてる良い子の藤子先生」としてはふさわしくないエピソードも熟知していた。先生が死んだ時には「劇場版でも先生の新作が見れなくなった」とため息をついていたのはよく覚えている。

 彼女はゲームが好きだった。特にポケモンが好きでピカチュウがお気に入りだった。東京など主要都市にあるグッズを売っている店舗に行って買っていたらしい。もちろんゲームのポケモンもよく遊んでいたそうだ。



 ニュースは高校野球からサッカーの話題に変わっていた。私は続けて彼女の事を思い出す。

 彼女はゲームが嫌いだった。現在でもシリーズ作が出ている程人気のある、とあるウォーシミュレーションゲームが嫌いだった。いや、最初のころは好きだった。

 最新作が出るたびにクリアーするまでゲーム機にかじりついていたそうだが、DLCダウンロードコンテンツ商法と呼ばれる「DLCによる追加コンテンツにカネを払うことが前提のシナリオ展開」にブチ切れて、嫌いになってしまった。

 その「憎悪」に近い程の嫌悪は凄まじく、当時シリーズ最新作だったそのゲームはもちろん、過去作まで手のひらを返したように嫌いになってしまった。


 彼女はとあるイラストレーターが嫌いだった。きっかけはさっき言った嫌いになったゲームのイラストを手掛けていたことだが、彼のSNSで家族の事を語れば仕事しろと言い、ラフ絵も清書した絵も非難していた。

 彼女を見て「人が何かを嫌いになる」というのはこういう事なのか! とある種トラウマになるくらいの、凄まじい憎悪にあふれていた。

 彼女はゲームか嫌いだった。私やおそらく彼女の世代では知らないものはいない程有名なとある大作RPGでは、ゲームシナリオ上主人公とヒロイン2名のどちらかと結婚する事になっていた。

 だが彼女が選んだ花嫁は後に出たシリーズの垣根を越えてキャラが集う、いわゆるお祭りゲームで嫌味を言う金持ちキャラに改悪されたことを非常に腹立たしく思っていた。

 私もそのゲームを作ったメーカーが嫌いで、その辺に関しては彼女との共通事項であったがために妙な連帯感を持つことになった。



 ニュースではスポーツのコーナーが終わり、天気予報の時間になった。私はまだ彼女の事を思い出していた。

 私は彼女の人生を2回だけ変えたことがある。人生を変える、と言うと大げさかもしれないが「影響を与えた」と言えば、そうだ。

 普段は「やり込み系シミュレーションゲーム」と称するゲームのシリーズを売るゲームメーカーは、年1回は必ず完全新規のオリジナルゲームを出すのだがそれで作ったゲームに関して触れたのが1回目。

 彼女は私の書き込みを見てゲームを知り、それを買って感動し実に満足だったという感想を述べていた。もし私がそのゲームを知ることが無ければ彼女がこのゲームをやったことはなかっただろう。



 2回目はとある牧場運営ゲーム、それも20年以上続く重鎮中の重鎮であるゲームの最新作を勧めたことだ。

 昔は彼女もそのゲームを遊んでいたのだが、雑なリメイクや雑な作りのシリーズが続いて嫌気がさし、離れていたのを「今では改善されてて貴女が問題にしていることは全部解決済みだよ」と呼びかけた結果、最新作を遊んでくれたようだ。

 私の説得が無かったら彼女がそのゲームを遊ぶことはなかっただろう。嫌いになったものは、たとえそこが改善されたとしても耳には届かない。という怖さを知ることが出来たエピソードだ。



 彼女とはWEB上限定ではあったものの、長い付き合いだった。だがそれはある日を境に終わった。

 きっかけは昨年の3月半ばを最後にホームページの更新が途絶え、ほぼ毎日何かしらの書き込みをしていたSNSにも一切顔を出さなくなった事だ。

 最初は引っ越しのシーズンだったから引っ越しか何かでWEB上にアクセスする手段が一時的に無くなっていたからだろうと楽観視していた。だが1ヶ月が経ち、2ヶ月が経ち、3ヶ月が経つとさすがに心配になって、何か起きたのではと考えるようになっていった。


 そして昨年の夏、彼女のホームページの常連が私の事を聞きつけ、SNSで連絡してきた。そこで初めて彼女が死んだというのを知らされたのだ。

「ああやっぱりそうだったのか」と死を素直に受け入れたのが正直な感想だった。私にとって死は日常、というわけではないが最悪の事態というのも覚悟しており、それが当たった形になった。覚悟してただけあってショックは最低限なものだった。

 それに、彼女が亡くなる前にWEB上とはいえ80代になってSNSを始めたという作家のアカウントから、親族からの書き込みで彼の訃報ふほうを聞いており、それで少しは慣れていたのだろう。


 他にも死んだとはいえWEB上の付き合いだったため、たまにひょっこりを顔を出してまたSNSに書き込みをするかもしれない。という不思議な存在感という物は当時あった。

 とはいえ、彼女がもういないことに変わりはない。ホームページも消えてしまったし、彼女の足跡は少なくともWEB上にはなくなってしまった。WEB上の情報というのは有限で、消えるときは跡形もなく消しとんでしまう。というのを改めて知ることとなった。



 TVを見るとニュース番組は終わり、次に控えるドラマ番組が始まっていた。

 彼女を思い出している最中にふと思い出したのは、とあるゲームで主人公が近しい人を亡くした場面。彼は「彼女は俺の思い出の中で生き続けている」そんなセリフを言っていた。聞いた当初は「ベタだなー」と思っていたが、今ならその気持ちの真意がわかるかもしれない。

 私が覚えている限り、彼女は少なくとも私が生きている間は生きているだろう。「真の悲しみとは誰からも忘れ去られる事だ。だから死者を忘れてはならない。死んだ奴を背負って生きろ」さっきの話と同じゲームでそんな言葉が出てきた記憶がある。それもおそらく真実だろう。

 もし「あの世」というものがあるとしたら、彼女はそこで元気に暮らしているのだろうか? 雲の上から私が彼女の事を忘れずに生きているところを見たらどう思うだろうか?

「あの世」だなんて非科学的な事かもしれないが、彼女の死を知らされて以来、たまに思うようになった。それも彼女が遺した影響の一つだろう。



 気が付いたらあと1~2時間で夜更けの時間になるころになっていた。明日からまた仕事だ。早めに寝て明日に備えよう。仕事はきついが彼女の分まで背負って生きよう。ある意味私自身が彼女が生きた証そのものだからだ。
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