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9月

第40話 新陳代謝を起こせ 変化し続けろ

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「小僧、調子はどうだ? もうすぐ月末だが約束の貯金は出来そうか?」

「大丈夫です。もうすっかり慣れましたよ」



 9月もあと数日で終わりという日、進はススムから課題について順調だと述べた。



「順調そうでなによりだ。今日は『変化』について話をしようか。

 身体の細胞はおよそ6年で新しい細胞に入れ替わるが、それは毎日毎日常に新陳代謝しんちんたいしゃと言う歩みを止めないからだ。

 それと同じように、変化し続けて歩き続けるのを止めなければいつの間にか成功している。そういうものだ」

「……そんな簡単なことで財を築けるんですか?」

 進はススムに対してそう言う。変化し続けてさえいれば本当に成功できるのか? と。



「そうだ。口で言うのは簡単なことなんだが、人間の99%は続けることが出来ない。

 ダイエットが成功しないのも運動してすぐに得られるのは「動いた苦痛」であるのに対し、やせるという望ましい結果は「すぐに出ない」からだ。

 常にアメ玉が無ければ人間は頑張れないものさ。

 金持ちは『今日より明日』が出来るが、大抵の人間は『明日より今日』なんだ。

 だから成功できるものは常に少数で大多数の人間は成功できないんだが、それにはきちんとした理由があるんだぞ」

 ススムは進に向かってそう説く。



「いいか小僧、よく聞け。人間というのは未来を予測することなど絶対に出来ない。数日程度ならまだしも1ヶ月先のことをいつも正確に予想する事は不可能だ。

 ましてや何年も先の事を正確に予測することなど絶対に出来ん」

「未来を予測できない? 予測くらいはできるんじゃないですか?」

 反論する進にススムは持論を展開する。



「オレとしては人間は未来を予測することなど不可能だ。

 事実、新型CORONAウイルスがここまで世界各地に猛威を振るって日常生活が一変することを正確に予測できたものは誰もいなかった。

 それに、スマホがここまで普及することを正確に予測することはおろか、登場することそのものも予測出来なかった。

 他にもスマホ普及の前段階であるインターネットが世界を変える事を予測することもそうだ。

 小僧、お前が幼稚園児の頃は今頃オレたちは宇宙で暮らすのが当たり前になると予想していたが大ハズレだったろ?

 人類の頭脳をもってしても未来を正確に予測することは出来ん。出来ることは「変化した環境に適応すること」だけだ。だがこれがまたとてつもなく難しい事だがな」

「……そんなに難しい事なんですか?」

 弟子からの問いに師匠は答える。



「難しいとも。人間というのは変わるのを拒否するよう、本能にセッティングされている。変化するというのは多大なエネルギーを使う。

 人類が狩猟民族だった頃は変化し続けているとエネルギー切れを起こして死んでしまうが、現代社会において飢える事はまずない。

 だから本能が成功の邪魔をするわけだ。今日も昨日もおとといもこの方法で上手くいった。だから明日も明後日も同じ方法でうまくいくはず。

 変わるなんていう面倒で労力のかかる事なんてめんどくさくてやりたくないでしょ? と本能がささやくのさ」

 変わるのは難しい。ススムは進に向かってそう言う。彼の話は続く。



「昔『親には感謝すべきだが、絶対服従するべきではない』という話でも同じようなことを言ったが大事な事だからもう一度言おう。

 経団連の会長共は「2018年」つまりは平成が終わりになるまでメールを受け付けなかった。

 会長あてのメールは全部秘書に印刷させていたのだろうな。

 他にもリモートワークと言っておきながら「書類にハンコを押す」ただそれだけのために社員を会社に出勤させる企業も数多い。

 役場や不動産屋には今でもFAXが置かれているし、給付金の申請は紙に手書きだ。

 オンライン申請もやってたがそっちの方が役所側にとって何倍も手間がかかって、紙の方がずっと多くの数をさばける結果になった。

 というのも「変化したくない」という本能の結果だろう。

 このように人間は変化を嫌うのだ。今までこの方法で上手くいったのに、何でわざわざ変える必要があるのか? とな。

 だがそれは大多数の凡人のやることだ。金持ちのやる事ではない」

 ススムは最後に生きてきた教訓を教える。



「小僧、金持ちになりたかったら常に本能に逆らい続けろ。大多数の人間は本能に一切逆らわずに忠実だからこそ、大多数の貧乏なままなんだ。

 本能は現代社会では手かせ足かせにしかならない。だから本能には従うな。

 オレみたいなジジイが若者に言えることとしたらそれくらいだ」



【次回予告】

金持ちになりたい、と多くの物は望む。だが金持ちの定義について知る者は少ない。

進はその少ない側に入ろうとしていた。

第41話 「金持ちの定義」
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