転生しても引き籠っていたら魔王にされました

天束あいれ

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1章:最果て編

4 世界の果てでぼっちをさけぶ(さけべない)

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 一つ言えることは、心の準備は全然してなかった。
 広大な土地の割に人口はまばらに少なくて人と鉢合わせする可能性なんて低かったから。
 そのうち誰かが見つけるだろうとは思ってはいたけど、こんなに早く、というか当日のうちに誰かと出会うなんて考えてもいなかった。

 だから、言葉が見つからなくて頷くか首を振るかしか出来ていない。
 何度も声を出そうとして、喉が締め付けられるように言うことを聞かなくて、私は今の今まで一言も発していない。

 人がいる。
 茶色いデニム生地の大きな外套を頭から被っていて顔は見えない。声は女の人っぽかった。それ以外は分からない。

 いつからそこにいたのか、どうして土下座のような体勢をしているのか、何も分からない。
 分からないなら訊けばいいのに、それさえ出来ないで私の身体はほとんど硬直して動けないでいる。

 あの人も戸惑ってる。ずっと頭を地面に擦り付けるような姿勢のまま動かないから、身体とかあちこち痛くなってる筈だけど。

 この人は違う。あの森でいきなり出会っちゃったあの人とは違う。
 怖くない……今のところは怖くない。それどころか見様によっては私の出方を窺っている。待ってくれている。

 話すべきだと思う。声に出して、せめて挨拶ぐらいはするべき。
 この人の言葉は理解できた。日本語じゃないし、英語とかフランス語とかでもなかったけど、意味は分かった。
 だから会話は出来る。言葉さえ話してしまえば意思疎通は出来る。

 出来るのに……出来るんだけど……私どうして固まっちゃうかな。

 落ち着け。落ち着いて、深呼吸して、ドキドキするの鎮まってよ!

 立っている感覚があんまりしてないのもいいから、別に座り込んでてもいいから、せめて喋ろうよ私!

 声を、声を出すの。息が出来るなら声ぐらい出せるでしょ!

「――ぁ、ぅ……っ」

 ああもう、喉をかきむしってしまいたい。
 たった一言挨拶するだけなのにそれも出来ないなんて。

 息を吸って、吐いて、喉を声帯を震わせるだけ。

 吸って、吐いて――ああもうなんで声にならないのかな!

「……?」

 この人も待ちくたびれて帰っちゃうかもしれないじゃん。
 や、それはそれでいいんだけど。

 ……帰ってくれるならいいけど。

 別にこの先ずっと人とお話出来なくたって、それでもいいって思ったからこんなところに来たんだし。
 別に人にどう思われたって気にしないって決めたから今ここにいるわけだし。
 別に他人様に迷惑掛けなかったらそれだけでいいじゃんって思ったんだし。

 でも、やっぱりそれは……。

 ………………。

 寂しい。

 すごく、寂しい気がする。

 ちょっと真面目に想像しただけで寂しいって思うんだから、実際はもっと寂しい筈。

 そう考えると、深い穴に落ちていくみたいな感覚がした。

 怖い。悲しい。寂しい。

「さび、し……ぃ、ゃ……」

 急に怖くなった。悲しくなった。寂しくなった。

 もしかしたら誰も来ないかもしれない。誰も見つけられないかもしれない。

 ずっと、独りかもしれない。

「ぁ、い――ゃ」

 身体から力が抜けてへたり込んだ。立てなくて、身体を支えきれなくて、怖くなって震えて。

 涙、出ちゃってる。声は出ないけど、泣いてる。

 前世ではお母さんがいた。お父さんもいた。独りぼっちなんかじゃなかった。

 でもこの世界では?
 これから本当に人と関わらないで生きていったら本当に独りぼっちだ。

 魔法を極める? 独りで孤独に耐えながらずっと、何百年も、死ぬまで、続けるの?

 人付き合いが壊滅的だからって逃げて、そんな人生でいいの?

 ……いいわけないよ。

 そんなの、絶対怖くて悲しくて寂しいだけに決まってるじゃん。

 いやだ。そんな人生は、いやだ。

 手を握り締める。
 力、込めて。もっと込めて。
 全身の力を振り絞って、負けちゃいけない。諦めちゃいけない。

 ここで、この人を逃したら、たぶんもう、きっと、私は誰とも関われない気がする。

 ――だから。

 前に。
 手を前に。
 この人に縋り付いてでも、離さないように、引き留めて。
 這いつくばって、這って、身体を引きずって、この人を捕まえて。

 言葉はいい。今はいいから、泣き顔見られたっていいから。

 だから今は、この人を、離さない。

「…………っ」

 この人の袖を掴んだ手が震える。
 頑なに離してたまるもんかってかちこちになって震えてる。

 この人は何も言わない。何も訊いてこない。

 迷惑じゃないかな。迷惑だと思う。
 でも、離したくない。

「……あの」

 話しかけてきた。
 やっぱり女の人の声。

 私は、でもやっぱり返事が出来ない。声が出ない。

「また……明日来ます。必ず。だから今夜は、ゆっくり休んでください」

 そう言って小さく何かを呟いた。

 ――微睡みよ、安息を。

 そう聞こえて、急に身体の力が抜けて、芝生の上に倒れ込んで。

 眠く、なって……。

 ………………。

 …………。

 ……。



   **********************************



 外套を脱ぎ捨て荷物を投げ捨て、身軽になった身体で走った。

 月明りを頼りに荒野を駆け、大地の割れ目を飛び越え、山を越え。

 ひとしきり全力で走ったところで脚がもつれて転倒した。
 受け身を取り損ねて無様に顔面から地面に激突して鼻の奥に鉄の臭いが充満する。

 その感覚を他人事のように感じながら、仰向けに大の字になって夜空を見上げる。

 人間の社会で名も無き魔族と見做された少女。
 得も言われぬ理由で迫害され世界の最果ての地へと放浪してきた彼女が出会ったのは、ひどく歪な人間だった。

 世界樹と同等のマナを持ち、人が持つには膨大過ぎる魔力を有し、されどその心は人としてあまりに脆く儚い。

 言葉さえ発しないその人間が彼女の袖を掴んだとき、全く伝聞にない言語が頭の中を駆け巡った。
 聞いたことのない発音、聞いたことのない抑揚、聞いたことのない言葉。
 どれも聞こえてきた訳ではない。意識へ直接投影されたかのような感覚。
 本来なら混乱して聞き流していたであろうその言葉は、どういうわけか理解出来てしまった。
 心の声、叫び、嘆き。そういったものではと推測し、理解してしまった。

 一方的に伝わって来たそれは、言ってしまえば彼女の、ただの我儘でしかない。
 普通の人間が額面通りに受け取れば呆れるか、同情はしても同意はしないか。
 いずれにしても、見て見ぬ振りをされる程度でしかない。

 だが、少女には突き刺さった。
 人間という憎むべき相手であるにも関わらず、聞き終えた今となってはどうしようもなく、見て見ぬ振りが出来なくなった。

(私は一年だった。人間に追われて、誰とも関われずに過ごした時間は)

 彼女の十四という歳を考えれば、この世界では十分に大人として見做される範疇。そのくらいの歳で親元を離れて過ごし始める者は多い。

(でもあの人間はもっと小さい頃からだった。親はいたみたいだけど、それでも人と接したことなんて全くないに等しい)

 漠然と伝播した彼女の記憶。騙し続けてはいても深層心理に根付いたその感情は、誰にも吐露されることがなかっただけに強く鮮明に映し出された。

(なんでだろう……病弱で外も出歩けないなんてそう珍しいことでもないのに。人間だから同情なんてする筈ないのに)

 当初の目論見だって有り体に言えばただの追剥ぎが目的だった。何も所持していないことを訝しみ、監視を続けた結果がこの様。

(すごく寂しがってた。押し殺していた寂しさが突然爆発したような。一人でいることの辛さに気づいてしまったような)

 それはつい最近の彼女が抱いていたもの。日陰者として細々と生きてきて、誰にも迷惑は掛けぬように独りで過ごしてきた彼女が抱いていた気持ち。
 迫害され、決定的となってしまった感情。
 幼いころに同族とはぐれ、以来頼れる者もなく自力で生きてきた彼女の――孤毒。

(打算的に考えれば悪いことなんてない。あそこには水も食糧もある。夜の極端な寒さに凍える必要もない。じきに天井にも手が加えられて最果ての荒野の最中にあるとは思えないほどの快適な住居になる。あの人間の願いがもしなら……いや、なのは感じた。これはたぶん、間違いない)

 日中太陽に暖められた地表の、ほとんどの熱放射を終えた吹き抜ける冷たい夜風が汗ごと体温を奪ってくる。

(この季節はまだいい。日照時間と気温のつり合いが取れている。その先の極端に暑くなる時期と寒くなる時期は……このままだと超えることすら出来ないかもしれない)

 地球の感覚で言えば夏と冬に該当する最果ての荒野のその季節は、しかし暑くなる、寒くなるといった表現では到底済まない温度差が生じる。
 夏場は直射日光に肌をさらしただけで黒く焼け焦げ、冬場には僅かに暖をおろそかにしただけで翌朝には凍り漬く。
 マナの恩恵を受けられない土地が如何に過酷な環境であるか。それを如実に示している。

 端的に言って世界で最も劣悪な土地なのだ。最果ての荒野という土地は。

 それでもこの地を目指す者は少なからずいる。
 迫害され、生殺与奪さえ人間の気分次第となってしまった彼女達魔族と見做された者には、もうこの土地以外では生存権がないから。
 戻れば、まず間違いなく殺される。
 処刑か私刑かの差ぐらいはあるが、なんの比較にもならない。

 戻れない以上、最果ての荒野で暮らすしかない。それすら嫌になった者の末路はひとつしかない。

 少女は、まだこの生命いのちは諦めたくない、と呟く。

 呟いて、皓々こうこうと輝く星々へ手を伸ばす。
 人の手では届かぬ光。小さく儚く、されど遥かな太古より輝き続ける光。
 どれだけ手を伸ばしても掴むことは出来ない。そんなことは分かり切っていると手を降ろす。

 別段、少女が突然にロマンチストになった訳ではない。それはそれとして夜空に輝く星々に手が届かないことぐらい諦めている。

「でも――あの人間には手が届く」

 物理的にも、その他のあらゆる意味でも。

 手放すべきではない。まだ手に入れてもいないのだが、そのこと自体は、彼女の思念を見せつけられた少女にとってさほど懸念することでもないと確信していた。

 明日、仕切りなおす。

 偶然と不測の遭遇ではなく、予告と接遇の逢着。

 そのために、隷属などは考えてはいないがそれと引き換えに安寧が得られるならといくらか妥協することも視野に入れて、言葉を選ぶ。

 言うべき言葉、言わなければいけない言葉、言ってはいけない言葉。

 少女は自らの意思を伝える言葉を一つ一つ吟味する。正しく、間違いなく、誤解なく伝わる言葉を。

 宵闇と星芒に包まれながら、深く、穏やかに。


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