転生しても引き籠っていたら魔王にされました

天束あいれ

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1章:最果て編

8 災厄の魔物

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 自分の境遇を比較する訳じゃないけど、世の中にはどうにもならないことはたくさんあると思う。
 努力で乗り越えられるもの、誰かの力を借りて乗り越えられるもの、運に任せるしかないもの、神頼みなもの、どうしようもないもの。
 私の場合は最初からどうしようもなかった。そういう運命として生まれてきてしまったから。だから、自分の死に対してドライだったのかもしれない。
 それは、でも前世での話。

 今はどうだろう。

 身体は健康で、どこまで出来るか分からないけど魔法も使えて、世界の果てでだって生きていける力は持っていると思う。具体的に何がどうとは断言出来ないけど、出来ることは普通の人より多いことはなんとなく理解してる。

 それならこの力を使うべきだという自分と、それでも不用意な行動はするべきじゃないという出来損ないの自分が葛藤する。

 飛翔フライの魔法で災厄の魔物へと向かいながら私は考える。

 何もせず、何も求めず、ただ生きているだけならきっと上手く出来る。寂しさに蓋をして、心を閉ざして、耐えられなくなったとしても、いつしか諦めて心の形も変わって順応していく気もする。何もかも今のままとはいかないけど、生きるだけに関してなら他人よりよっぽど恵まれている。

 でも寂しいのは嫌だって泣いた。アリアちゃんに縋った。胃袋掴まれただけで好きって思ってしまった。

 たぶん、これは二十年もの間、私が知らなかった他人の温もり。両親の愛しか知らなかった私が初めて抱いた気持ち。

 大事に、したい。

 うん。

 だったら、進む方向は前でいい。
 人と関わっていくのは怖いし緊張する。
 だけど、嫌じゃない。

 そう――苦手だけど嫌じゃない。

 それがはっきりと分かったなら、前に進め。

 どうにか出来る力があるなら、それを使って頑張ってみよう。

 出来なくて諦めてるならともかく、出来るかどうかも分からないのに投げ出すのはかっこ悪い。

 せめて引き籠りとして、ぐらいにはならなくちゃ。



 前を見据えて空を飛ぶ。

 マップを見るまでもなく見えてきた災厄の魔物の巨大な姿。
 ものすごく大きい。そしてグロい。
 一言で言えばただただ気持ち悪いんだけど、具体的に説明するとような見た目をしてる。
 肉塊とも呼べそう。あちこちが脈を打って蠢いている様子でさえも遠目に見てるだけでぞっとする。

 正直、あんまり強そうには見えない。でも、勇者さんを見た後だとそんなこと、全然考えられない。
 少なくとも、あれは魔王のワンランク下か、同レベル帯の強さ。魔王がどれほど強いのかも分からないけど、とにかくヤバそうなのは分かる。

 元気に心拍数を上げる心臓を頼もしく思いながら飛ぶ速度を上げる。

 身体を流れる魔力を感じ取りながらイメージする。

 最初から全力全開で攻撃する。あわよくばそれで決着がつけば御の字。
 精霊の加護とか魔法適正:全とかあるんだからなんだって出来るんでしょ。
 段階的な攻撃を思い描いて、右手に魔力を集中させる。
 一つ、二つ、三つ……七色の光が渦を巻いて手首の辺りをぐるぐると回る。
 一定量を流し続けるように意識する。使ったら補充してすぐに使えるように。

 マップを見ると災厄の魔物との距離は一キロもなかった。

 深呼吸……よし。

 少し高度を上げる。それから姿勢を前に倒して、滑空するように加速する。

 まずは先制攻撃。

 ぐんぐん迫る災厄の魔物に対して、これまで加速した速度を投げる。
 身体全体の速さを全部魔法に吸い出されたかのように私の身体が空中でぴたりと止まった。
 魔法の方は、花火を打ち上げたときのようなヒュルルルルル――って音を引いて災厄の魔物に当たって、

「――“炸裂バースト”!」

 ――ッ、ッ、ッ――ッドオオオオオオオオオオオオオオオン。

 と何度か溜めを挟んだ爆発音が荒野に響き渡った。

 白煙と黒煙とくすぶった残り火、それらが上昇気流で空高く巻き上げられて雲を作る。

「……やった?」

 とっさに翼で身を庇った私は爆発の余波でかなり飛ばされていた。

 煙とか諸々で災厄の魔物の姿が全然見えない。

 あ、マップ……を確認すると反応有り。
 まだ生きてる。

 自分でやっておいてなんだけど、かなりえげつない攻撃をしたんじゃないかなって思う。
 それでも生存反応があるっていう事実に寒気がした。

 災厄の魔物の現在地の確認のためにマップを縮小表示して視界の隅っこに固定する。
 ついでに表示形式をステータスに変更。

 生命力は……二十六。かなり減った。

 ん……待って。生命力は減ったけど魔力の項目がとんでもない早さで更新されていく。

 六百……七百……千……三千……ちょ、止まらない!?

 悪い予感がして一旦全力で後退する。
 距離を取って、高さも取る。

 十キロほど離れた上空で、反撃がないのを確認してもう一度ステータスを見ると生命力が四桁まで回復してた。
 自動再生のスキル持ちだった? 仕留めるなら逃げずに突っ込むべきだった。

 判断を誤った私の眼下で煙が振り払われる。

 見るも無残に焼け焦げて木っ端みじんになった肉塊。
 その上で、紫色の何かが動いた。

 目を凝らしてもよく見えないけど、ように見える。

 マップと参照……災厄の魔物のマーカーはあの紫色と重なっている。

 ……第二形態的な?

 そう思って首を竦めた私の頭上を、黒い光が掠めた。

「――っっっっっ!?」

 すぐに高度を下げる。

 振り返ると、高い射角で射抜かれた雲が跡形もなく散っていた。

 やばい。当たるとやばいやつだ。

 すぐさま災厄の魔物に対して横方向に加速して続けざまに放たれる黒い光から逃れる。
 見えてからじゃ避けられないぐらい速い。射線に捉えられたらひとたまりにもないのが本能的に理解出来る。

 どうしよう。離れた方がいいのは分かる。けど、距離をとったら今度は私が攻撃出来ない。
 同じ攻撃をしてみる?
 無理。あんな豆粒みたいに見える的に当てられる自信がない。というか当たらないと思う。

 かと言って悩んでる間にも後手に回ってるのはどうだろう。悪手だよねきっと。

 ――って考えてる時間がもったいない!とりあえず攻撃!

 黒い光の射線から逃げるように、射線に入らないように、でたらめな機動を描きながら、ただの見た目だった翼に魔力を通して、羽根を災厄の魔物に飛ばす。
 最初の一撃にも使った花火の魔法を応用した爆発の魔法を組み込んでとにかくいっぱい放つ。

 大した身動きもしなかった災厄の魔物が、羽根が爆発した瞬間に地面を駆けた。

 この瞬間――近づくならこの一瞬!

 慣性も、身体の悲鳴も無視して地表すれすれまで降下、一気に加速する。
 右手の七色の魔力はチャージ済み。

 当てれば、今度こそ――!

 全力で加速したせいで視界がブレた。

 景色が一瞬で過ぎ去って、なんとか紫色に右手を接触させて、

 それが、人の形をしているように見えて、

 疑問に思った瞬間には爆発の余波でまた吹き飛ばされていた。

 ………………人?

 身体を覆った翼を広げ直して、体勢を整えながら上昇する。横方向への移動も忘れない。

 黒い光は……飛んでこない。

 マップで確認……まだいるよ。
 生命力は……十二。
 魔力……六千台で止まった。

 いや、それより――あれでまだ生きてるの?

 見下ろした荒野の大地にはクレーターが二つ出来上がっている。
 どっちも自分がやったことなんだと思うとちょっと怖いけど……それでも生きてる災厄の魔物も怖くなった。もとから怖かったけど。

 え……災厄の魔物のステータス更新?
 視界の隅でポップアップするアイコンが気になって表示する。



―――――――――――――――――――――――――――――――

 名 前:    種 族:真魔族         年 齢:1056
 職 業:なし  クラス:イビルデーモンロード  レベル:386

 称 号:四天宮
    :災厄の魔物

 HP:16       ┌――――――――――――――┐
 MP:5684     │              │
 筋力:48       │              │
 器用:34         │              │
 体力:306      │              │
 知能:58         │              │
 魔力:6434     │              │
 敏捷:86       │              │
 信仰:0        │  No Picture  │
 淫蕩:0        │              │
               │              │
 スキル         │              │
 ├魔法耐性:極大    │              │
 ├魔力吸収       │              │
 ├再生能力:極大    │              │
 ├呪殺の極意      │              │
 ├大罪の刻印      │              │
 └遅死の祝福      └――――――――――――――┘

―――――――――――――――――――――――――――――――

 

 ……………………化け物かな???

 色々気になるし軽視出来ない情報も載ってる気がするけど、一撃目の轍は踏みたくない。
 翼にありったけの魔力を込めて前面を覆う。
 生命力がまた二桁まで落ちた今を逃したらまた仕切り直しになる。

 今度は高度を取って上空から羽根を飛ばす。
 爆発の余波が上昇気流となっていてものすごい熱気に晒されたけど周囲を冷気の魔力で覆って我慢する。

 考えない。余計なことは考えないで集中して攻撃して!

 ステータスを注視しながら攻撃を続ける。
 何度も何度も何度も何度も何度も何度も。

 なのに生命力は一向に減ってくれない。
 絨毯爆撃のように隙間なく攻撃してるのに、全く変動しない。

「――世話を掛けたな、人間よ」

 なんで背後から声が――

「が――っ……?!」

 意識が一瞬飛んだ。

 気が付いたら地面に墜ちていた。
 全力で魔力を注いでいた翼が粉々になって散った。
 背中から胸にかけて息が出来ないくらいの痛みがある。
 何が起き……背中から殴られた……?

 肺……空気……息、しないと……っ!

「ごほ――げほっ……か、は……はー……はー……」

 腕も足も全身が痛みで笑ってる。長時間飛んでいたのに急に地面に叩きつけられたから?
 対策が不完全だったかな……もっとちゃんとしないと。

「心臓を抉るつもりだったが、人間にしては存外守りが堅い」

 目の前に紫色のが降り立つ。
 痛みを堪えるのと、呼吸をするので精一杯で顔を上げられない。

「よもやわれを魔法で打倒し得る人間がいるとはな」

 声がする。人の声。男の人の声。暗く、深く、どこまでも沈んでいきそうな声。

「だが、貴様のおかげで枯渇していたマナが戻った。いや、この感じ……オドか。なるほど。個人が有するにはおかしなマナの量だったが、オドだったか」

 説明たらしく言ってるところ悪いんですけど、言ってる意味がさっぱり分かりません。
 マナは分かるけどオドってなに。

 じゃなくて……それより……訊かなきゃ。

「あなた……誰です、か……」
「誰とは言ってくれるな。つい先程まで殺しあっていた仲ではないか」
「……災厄の魔物?」

 マップを確認……ステータス……災厄の魔物のマーカー……この人を指し示している。

「……人、だったの……?」
「人か否か。それは問題か、小娘よ?」

 問題だよ。人だと知ってたらあんなこと……しなかったし。

「我は魔王の眷属。真正なる魔族の末裔にて四天王が一人。仮に我が人だったとして、貴様は何とする?」
「……謝り、ます」

 私は、人に……人を殺そうとしてた。
 分からない。今なんてこんなこと考えてる状況じゃないのに。
 今すぐ逃げなきゃいけないくらい追い詰められてるのに。

 人を、殺そうとしていた事実が……胸が締め付けられて痛い――。

「命乞いか。勇者の末席にしてはいたく浅ましい姿ではないか」
「ち、がうの……知らなか、った」

 あの勇者さんは知性の欠片もないって言ってた。だから人じゃないって。倒してしまっても仕方ないって。そう思って、そう決めて、覚悟したからここにいるのに。

「……っ」
「よい。涙を許そう、小娘。存分に泣け」

 なんで……違う。そうじゃない。情報が間違ってた。

 待って。

 ……私は、なんでこの人を倒そうとしてた?

「どうした。心行くまで喚け。我を追い詰めた手前、慈悲を与え、苦なく殺してやろう」

 違う……違うよ。
 目的は違う。
 違う。
 だって。

 お話出来るなら、勇者さんの呪いとか解いてもらうことだって出来る筈だから。

「なんだその表情かおは」
「……息、整うまで……待ってもらっても、いいですか……」
「よかろう。それも慈悲だ」

 ふー……すー……ふー……。

 予定変更だ。

 魔力は……大丈夫。ちゃんと感じてる。

 息を整える。魔力も整える。気持ちと考えは整った。

「…………落ち着きました」

 痛みは消えてない。けど、我慢するしかない。
 最悪ずっと飛んでいれば身体が動かなくたって少しぐらいならどうにかなる。
 後のことが怖いけど……。

「ならば問おう。どのようにしてくれようか」

 なんかこの人は私を殺す気満々だけど、それはたぶん関係ない。

 落としどころは一つしかない。

「……もう一戦、お願いしますね」

 返事も待たずに翼を展開して七色の魔力を叩きつける。

「ほう……自ら苦を選ぶか」

 爆発の中から嬉々とした笑い声が上がった。

 つまり、あれだ。

 たぶん、この人は戦うのが好きな人なんだ。

 それなら満足するまでなんとか頑張ろう。

 そして説得するんだ。

 ――私以上にあなたの相手を出来る人間はいないから仲良くしましょう?

 って。

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