転生しても引き籠っていたら魔王にされました

天束あいれ

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1章:最果て編

11 一夜過ぎて最果て

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「……今、なんて言いました?」

 一晩中、酷い夢にうなされた私は、朝になって心配そうに訊ねてきた二人に、昨日の災厄の魔物と何があったのかを話した。
 本当はすぐにでも話すつもりだったんだけど、結構長いこと飛翔フライの魔法を使って戦っていたから身体中が重力に負けて痛くて話も出来なかった。心配掛けたくないからぐっと我慢して表情には出さないようにしたけど、たぶんバレてそう。
 アリアちゃんは不安を隠しきれない様子で、勇者のアレスティアさんは妙に納得した表情で私の話を聞いてくれた。
 しばらくして、ちょっと考える素振りで目を閉じていたアレスティアさんが口を開いた。

「死んでねえな」

 確かに身体が跡形もなく消滅しているところは確認したんだけど。
 アレスティアさんを見ると、身振り手振りを交えて言葉を続ける。

「まずな、魔王から生み出された真正の魔族は死なねえんだ。身体を木っ端微塵にされても、魔王の……あー、拠点? みたいな場所で復活するようになってる。普通の方法じゃあどんなことをしても真魔族は殺せない。真魔族を殺す方法は一つ、奴らの魔力を根こそぎ消し去ること。それが出来るのは聖剣か聖央教会の破邪の秘術のみ。だから、ただの魔術で真魔族を殺してしまうことはない。っていうか、マジで災厄の魔物アレに勝ったのか?」

 そんな説明を頭に疑問を浮かべながら話してくれた。災厄の魔物を倒したことは疑ってないみたいだった。

「そもそもあいつを倒すってのがかなり厳しいんだが。過去何度も魔王との戦いの際に出てきては猛威を振るっていたあいつをどうにか無力化出来ないか、三カ国混成の討伐隊で甚大な犠牲と引き換えに魔力を削ってここ、最果てに放逐したんだが……文献で見た限りだと相当出鱈目な奴だったぞ。まず魔力が関与する攻撃は通用しない。どころか周囲のマナを食らって強大な力を得る。おまけに通常の攻撃方法ではたちどころに傷を癒してしまう。その上、触れた者にはあの呪いの数々に大罪の刻印と遅死の祝福を振りまく。あんた、どうやって攻撃したんだ?」
「地面に叩きつけて……あとはずっと魔法で」
「何の対策も無しでか? 呪術耐性に自信のある魔術師でも手こずる呪いなんだが……」

 アレスティアさんが私を見る目はどこか不服そう。

「ちょっと手、出してみ」
「はい……?」

 何かを思いついたように握手を求められた。
 手を繋いで、アレスティアさんの手が光る。
 何か魔力が流れてくる感じがする。ちょっとこそばゆい。

「――人間!」
「うわちょい!?」

 何をしてるんだろうと思ってたらアリアちゃんが突然アレスティアさんに殴りかかった。
 怒ってる様子なのは分かるけど……私、何かされてた?

「アコ!何ともありませんか?!」

 何も……ない、かな。気分が落ち込んでたのは元からだから、うん、何もない。

「説明も無しに仕掛けたのは悪かったって。ただ、とりあえず納得はした」
「あの……つまり、なんです?」
「俺が使える呪いの魔術の中で体調不良を及ぼすものを弱い順に片っ端から試した。最後のは子供ぐらいなら軽く逝っちまうやつだが、全く症状が出てない。術が弾かれてる訳でもなく、且つ、術自体に何か干渉して改竄してる訳でもない……こりゃつまりあんた、何かの祝福を受けてるだろ?」
「祝福……ですか?」

 そっとステータスを開いてスキルを確認する。
 当てはまりそうなのは“健康体”と“精霊の加護”、それと“不老長寿”?
 どれも祝福なんて名前じゃないし、なんか違う気がする。

「状況を見ていた訳じゃねえし上手く言えねえが、祝福じゃねえとするなら、ひょっとして呪術の基幹を破壊したんじゃないか?」

 「例えばだが……」と立ち上がりながら、床から一メートルの高さ辺りに魔法陣を展開する。
 形状や雰囲気はかなり違うけど、なんとなく見覚えのある感じがした。

「こういうやつだな」
「……これは?」
「触媒や儀式を伴わない簡易的な呪術の魔法陣。災厄の魔物もこいつと似たようなもんを使う。まあ、内容の凶悪さは遥かにえげつないが……」

 そういえば、戦闘の途中で不吉な感じがする魔法陣は撃ち消したけど。

「あれが呪いだった……?」
「その様子だと基幹をどうにかしたみたいだな」
「たぶんです、けど……でももっと禍々しくて不吉な感じでした」
「その口ぶりだと魔法陣を直接見たような……え。マジで見たのか?」
「見まし、た」
「……はー」
「……え?」

 アレスティアさんの口の端がひくひくと釣りあがってる。
 何か変なことだったのかな。
 アリアちゃんは……なんで手を握り締めて自信満々そうに目を細めてるのかな?

「さすがアコです」
「よく分からないけどありがとう……?」
「あー、つまりなんだ。あんたは意図的に隠された魔法陣が見えるってことか?」
「魔法陣っていうか、魔力……? 見えるじゃないですか、キラキラって」
「は?」
「え?」

 アレスティアさんの表情が変顔になった。表情筋が混乱してめちゃくちゃになってるような感じ。
 アリアちゃんは……満足げに抱き着いてきた。そんなに好感度高かったっけ?

「……これ見えるか?」

 アレスティアさんが新しく魔法陣を展開する。今度のはすごく細かくて緻密。赤い光は火属性かな。

「火属性っぽい魔法陣が、見えます」
「おいおいおいおい属性まで見えてるのかよマジかよ」

 うん。何がマジなのかを説明してもらえると助かるな。

「まさか、そっちのエルフっ娘も見えてるのか……?」
「マナは見えてる。魔法陣は隠されると見えないけど」
「あの、説明を……」
「おう。つまりあんたな、ちょっと訓練すれば魔術師として最強になれるぞ。それも誰も彼も手が届かない領域の絶対的な強者に」
「……もっとわかりやすく説明、を?」
「出鱈目な割にあんた、常識はなさそうだな。えっとだな……まず、普通は魔力なんて見えない」
「見えないん、ですか……?」
「見えるのは魔族か、魔族並の何かか、だ。そっちのエルフっ娘は見えちまったから魔族扱いされて人里を追われた口だな?」
「正解」

 ぶっきらぼうに答えるアリアちゃん。アレスティアさんにはまだ警戒してるみたい。
 左腕と右脚がないから警戒しなくてもいいと思うんだけど。私は別の意味で警戒……じゃないや、緊張してるけど。

「言い直そう。には普通、魔力なんて見えない。マナ然りオド然り。特殊な才能と祝福を受けた人間が特殊な訓練をして奇跡的に見えるようになるのが当然。或いは、魔力を視覚的な情報として変換する類の魔道具を使うかだな」
「アレスティアさんは……?」
「俺は見えねえ。ついでに言うがこの魔法陣な、ちゃんと魔力的に隠蔽して展開してる。戦闘中にこれから使う魔術を相手に知られちゃ世話ねえからな」

 「まあ、それは置いといて、だ」と言い直して話を戻す。

「つまりあんたは、元々呪いの類は効かない上に魔術を魔力的に潰す手段も持ち得ることになるのか。第四勢力の勇者です、なんて言われたら納得しちまいそうだな。いや、するな」
「一応普通の人間なんですけど……」
「そういや魔法使いだって自称もしてたな。おう。全く普通じゃないぞ魔女っ娘」

 まじょ――魔女っ娘……せめて魔法少女って言ってほしかったかも……いやそれもちょっと恥ずかしいけど。

「脱線してばっかだな……とりあえず纏めるぞ。あんたは……そうだな。恐らく単独で魔王と張り合えるぐらいの力があるってことで俺の中で片付けておく」
「張り合いたくないですよ……」
「勇者の命の恩人ってことでたぶん一生遊んで暮らせる程度の報酬は出るな。どうだ、共和国に囲われてみないか?」

 アレスティアさんがお金の匂いを漂わせるジト目で見つめてくる。
 一瞬興味が沸いたけど、そっと首を横に振る。

「政治とか権力とか色々と面倒そうなイベントフラグがハッピーセットで付いてきそうなので遠慮します絶対に」
「だろうな。そっちのエルフっ娘がてこでも離したがらないだろうし諦めておこう」
「断固渡しません。私のアコです」
「私自分をあげたつもりはないんだけどなあ、アリアちゃん……?」
「……友達」
「あ、うん。そうだね友達だね?」

 急にべったりしてどうしたのアリアちゃん?
 嬉しいけど、ちょっと戸惑ってるよ私?

「脈無しか。まあいい。恩はいつか自分で返しに来るさ」

 「どっこいしょ」と、アレスティアさんはお婆ちゃんみたいなセリフを吐いて重そうな剣を持ち上げる。

「……帰るんですか?」
「未来有望な魔女っ娘に養われるのも魅力的だがな。生憎勇者なもんで。魔王をどうにかせんことには自由が無くてな」
「せめて水と食べ物は持って行って……ください。いくら採っても問題ない、ですから」
「では甘えよう。勇者をやっていると肉ばっかりになってな。人前で果実などに舌鼓を打ってもいられんのだ」

 そう言うとアレスティアさんは上着を脱いで袋代わりにする。
 そっちに置いてある壊れた鎧はどうするんだろう。着て行くのかな。

 っていうか、私見送りしかしないんだから塔の外にぐらいは出してあげないと。
 だってついて行ったらそのままずるずると引きずり込まれそうだし。
 薄情だけどこれでいいんです。もともと引き籠る予定だから。

「それではな。いつかまた会おう、ミドウ=アコ」
「あの、せめて外には私が――っ、え、ええええええ……?」

 「お連れします」と言おうとしたらぴょーんっと塔のてっぺんまで軽く跳んで行った。
 片手をあげてにかっと笑った後、またぴょーんと跳んで、颯爽と去って行った。

「あの人死にかけてたよね……?」
「ですね」
「腕と脚、片方ないよね……?」
「勇者だからあれで普通です」

 アリアちゃんは邪魔者がいなくなったとばかりに清々した顔で私に抱き着き直した。

 そっか。あれで普通なんだ、勇者。

 ……やっぱり関わらなくて正解だった気がする。

「アコは」
「うん?」
「アコはどこにも行かないでください……私もアコのこと好きになりますので」

 う、うーん……アリアちゃん本当にどうしたのかな……?

 急な好感度上昇は何か不安になるものがあるんだけど……。

 …………うん。後で考えよう。

 今はとりあえず安心したい。
 災厄の魔物から出てきたあの人は死んだ訳じゃないって分かってほっとしている。
 私は人殺しなんてしてない。してないんだから。

 ……なんか引っ掛かってるけど……ま、いっか。

 一晩休んでも身体の痛みがまだ引いてないし、しばらくお休みしよう。

 そして、元気になったらダンジョン造りに勤しもう。

 早く自分のお部屋がほしいしね。

「――っ」
「お腹、鳴りましたね?」

 油断したらお腹の虫が活動を始めちゃったよ。
 お日様も結構高いところまで上ってる……そろそろお昼ごはんかな。

「ねえ、アリアちゃ――」
「今すぐ支度します」
「もうアリアちゃん大好き」

 このまま胃袋掴まれ続けると私どうなっちゃうんだろう。

 引き籠りだね。

 ……予定通りだから問題ないね?

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