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1章:最果て編
19 お話しよう
しおりを挟む一つ明らかにしておかないといけないことがある。
それは、私が極度の人見知りで、顔を見て話をすること自体がある意味奇跡で、ちゃんと会話として成立するのはさらに幸運で、とにかくコミュニケーションにおいては淘汰されてもおかしくないレベルの弱者だってこと。
本当ならアリアちゃんとだってまともに会話出来てなくて当然のはずだった。
それが出来るようになっていたのは、たぶんアリアちゃんのおかげなんだけど。
だから、基本的に私は引き籠っていたい。狭くて暗くて安心できるような場所で。
なんだけど……。
「アコ……これはちょっと……さすがに嘘ですよね?」
アリアちゃんがものすごく困惑しながら指を差している。
分かる。分かるよ。なんなら私を客観的に見たらこうなるのかなってすごく冷静に見てる自分がいる。
庭園の中、その隅っこ。
アリアちゃんが指を差した方向には私の引き籠りスペースがある。
居住性はともかくそこそこ落ち着く感じにカスタマイズした私専用の。
それが、今、侵略されている。
――誰に?
災厄の魔物に。
――なぜ?
なんでかなぁ……。
「あのー……そこ私のお部屋なんですけど……」
「…………そうか」
「あのー……出来れば出てきてほしいんですけど……」
「…………そうか」
ずっとこう。
満身創痍の災厄の魔物――シリウスさんは庭園に着くなり果物を何個かもぎ取ったあと、私の引き籠りスペースへ潜り込んでしまった。
何を訊いても生返事で唯一反応があった台詞は「しばらく考えたい」だった。
「違いますよ。アコはあんな引き籠り方じゃありません。もっと粛々と自覚した佇まいです」
「フォローしてるのかしてないのか分からないよアリアちゃん……」
そう。
シリウスさんの様子があんなだから、災厄の魔物だと言ってもきょとんとされた。
アリアちゃんだけじゃなくて、フルガさんとマイカちゃんもきょとんとしてた。
あ、二人はアリアちゃんが建てたっぽい石造りの仮設住宅の方で休んでる。
野晒しでも文句は許さないみたいな雰囲気を出してたから一時的にとはいえ住むところを作ってあげたのがちょっと意外。
今は二人で何か大事なお話をしているみたい。
で、問題はこっち。シリウスさんの方。
「アコ……何をしたんですか?」
「何か、はしたけど……でも、むしろ今までで一番優しく接した自信はあるよ?」
主に戦闘的な意味で。
「……つまり手加減されて負けたのがじわじわ効いてきて自己喪失に陥っている感じですか」
「え、うん。たぶんそう……よく分かったね」
「うわぁ……」と呟いてアリアちゃんは目を伏せた。見るからに憐れみの表情で。
「いえ、理解は出来るんですよ……むしろ同情というか……」
「もしかして私ってなめられてる?」
「客観的に見ればそうですね。とても強そうには見えません」
「私は見抜いてましたが」と小声でぼそっと聞こえた気がした。
「あのー……シリウスさーん……」
「…………」
ついに返事すらなくなった。
「なんていうか……慌ててるんだけど自分より慌ててる人を見ると冷静になるって言うよね。そんな感じの何かを感じてる」
「私はいつもより心なしか饒舌なアコが見れて新鮮ですね」
「え、そう?」
「はい。いつもより目も合わせてくれてますよ。嬉しいです」
それは……全然気づいてなかった。
「そういう意味ではアレにはあそこにいてもらった方がアコともっとお話が出来る……?」
「精神的な疲労は倍増しそうだけどね。あ、アリアちゃんは別だよ?」
「そうですか……では要件は早めに済ませておきましょう」
ぽふりと、アリアちゃんの顔が私の胸に埋まった。
するすると腰に回された手は何を訴えているんだろう。
こんなに密着しているのに挙動不審にならない私はどうしたんだろう。
私は手持無沙汰なこの手をどうするんだろう。
「人付き合い、下手ですよねお互い」
「そう、だね」
「常識も違いますね」
「そうだね」
「でも、私はアコと一緒にいたいです」
「それは……私も同じ、かな」
「こういう気持ちを人はなんと呼ぶんでしょうか」
「……なんて呼ぶんだろうね?」
あいにくと私は知らないんだよね。
だって、初めてだから。こういう気持ちになるのも。誰かがなってくれてるのも。
「…………っ」
そっか。
この手は、そっか。
どう伝えたらいいか分からない。どう言葉にしたらいいのか分からない。
でも、たぶん、言葉にしなくてもいいことだってある。
言葉にしなくても伝わることだってある。
たぶん、こういうことだよね。
「……っ」
アリアちゃんの背中に手を回すと、なぜだかほっとしたような気持ちになった。
緊張、すっごくしてる筈なのにね。
心臓なんかものすごく元気にどきどきしてるのに。
でも、なぜか安心してる。
アリアちゃんも安心してくれてる。
なんとなく、そんな気がする。
「人付き合い、下手ですよねお互い」
「そうだね……でも」
「でも?」
「嫌いじゃないんじゃないかなって思う、かも……しれない」
「……はい」
初めてじゃないけど、たぶん初めての感覚。
それをしてくれたのはお母さんとお父さんだけ。
私が生まれたときからずっと大事にしてくれた二人だけ。
でも、アリアちゃんは二人とは違う。そこには無償の愛だとかそういうのはなかった筈。
だから、これは私が初めて出会う感情。
ほんと……なんて言えばいいのかな。この感情って。
生前は友達もいなかった。知り合いと呼べる人もいない。この関係性を説明するだけの経験を私はしたことがない。
やっぱり友達……でいいのかな。恋人……は違うよね。女の子同士だし。
分かんないなぁ。
分かんないけど、もやもやしたりはしない。
関係を言葉にするのが難しいけど、一緒にいたいと思うこの気持ちが本質で、大事なこと。
だと、思う。
……そっか。
「人付き合い、下手だねお互い」
「……アコ?」
「たぶん、ちゃんとお話した方がいいよね私たち」
大事なことをちゃんと大切にするために。
押し付けちゃいけないんだきっと。
一番いいと思ったことでも、そうした方がいいと思うことでも話し合った方がいいんだ。
だって、私はどうしたって人付き合いが下手で、経験がなくて、上手く伝えられないのにそれが一番だなんて都合のいいことがあるわけないよ。
伝わらないことが多いのと伝えてないのは違う。
知らなきゃいけない。アリアちゃんが考えてること。大事にしたいこと。ざっくり言えば行動方針みたいなことを。
知ってもらわなきゃいけない。私が考えてること。大事にしたいこと。これだけはして欲しくないって思ってることを。
「アコ」
「ん……」
「私はアコを一番に考えてますよ。でもそれは私のためでもある。アコのためになることが私のためになる。私はアコを最優先に考えていれば、それだけでだいたい満足です。一緒にいることも、衣食住……衣服はないですけど、食べるものと住むところには困りません。生きていく理由も、アコがいるだけで十分満たされます。私の人生も他人と関わってきた時間は少ないです。浅いと吐き捨てるほどの関係性も築けた試しがないですし、多くは拒絶されました。私が拒絶していたのもありますが、求めていたとしても叶わなかったと思います。アコを大事にしたいというのも、本音の部分ではやっぱり私のためなんですよ。アコが私を認めてくれるから。それに私は、他人を大事にしたいと思ったことが初めてだから。身も蓋もない言い方をすれば、私はアコを手放したくないんです。だから安心したくて、アコが私を手放さないように振る舞いたい。嫌われたくない。初めに隷属を申し出たのもそういうことです」
「……うん」
「アコは……どう、ですか。私は必要ですか」
「必要……っていう言葉が正しいのか分かんないけど、いて欲しいと思ってる。人付き合いが苦手なこととか、まともに会話出来るのがアリアちゃんだけだからとか、ちょっと卑屈な部分をおいておいてもいて欲しい。もっと言えば支えて欲しいなって。私が出来ないこととか、知らないこととかいっぱいあるはずだから。私だって打算的に考えちゃうところはあるんだ。でも、そうだね……たぶん、お互いに必要としてるのは、確かなんだよ。打算的なところを抜きにしても。一緒にいたいって思ってる根っこのところは、たぶん変わんない。アリアちゃんがダメダメで何も出来なかったとしても、たぶん傍にいて欲しいと思うのは変わらない」
「……よかった」
「一緒に大事にしていくために、大事なことをちゃんと話そ。私はアリアちゃんの常識を知らないし、アリアちゃんは私の常識を知らない。まずはその辺りのお話から……かな?」
「はい」
ゆっくりでいい。だって時間はいっぱいあるはずだから。
ここは世界の隅っこだから。人なんて滅多に遭遇しないところ。予想外のハプニングだってそうそうない筈のところだから。
なんてったって私が選んだ引き籠りの土地だよ。総人口百人程度の限界集落。集落ですらないね寄り集まってすらないから。
「何から話そっか……」
「今日の夕飯について、とか……?」
「あー……」
そういえば今日はほとんど何も口にしてなかったかも。
割とずっとダンジョンを造ったりしてたし、シリウスさんもすっ飛んできたりしたし。
「……まずはご飯だね」
「はい。美味しいの準備しますね」
そういえば、ご飯の準備なんかほとんどアリアちゃんに任せっきりだったなあ。
もしかして私って思った以上にアリアちゃんに依存していたのでは?
そんなことを思いながら、でも自分では料理とかさっぱりだから、諦めて依存しちゃうことにした。
……総合的に見れば私の方がダメダメだよねこれ?
んー……。
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