41 / 46
五章:アベリ平原
40 稀によくある平原の事故
しおりを挟む総じて、個々の能力ではなく数で押し切る種族なんだなと感じた。
数えて百八体の亡骸を、生き残った冒険者が素材目当てに解体する光景を眺めながらホルグの評価を終える。
「見るたびに面白くなるわね」とはアルナミアさんが呟いた言葉。何が面白いのかは分からない。
戦闘自体はひどく単調なものだった。近づいてきたやつから氷華散月晶で撃破する。遠くにいるやつは聖霊の威光と障壁の組み合わせで近づいて撃破する。
氷華散月晶の試し撃ち感覚でやっていたからあまり作業感はなかったけど、ただ倒すだけなら途中でげんなりしていたかもしれない。
「いや、助かったぜ姐さん。急ぎだからって少人数で来たのがいけなかった。あんがとよ」
護衛のリーダー格の人が傷薬を患部に塗りながら目を細めて言った。よくないとは分かっていて少人数で来たんだろうけど、身に沁みて戒めになったようだ。
身長百八十センチは優に超えて二メートルにも迫る体躯の巨漢。当然ながら魔族。見た目にも冒険者っぽい皮鎧の軽装姿。
身長でっかいなーなんて思ったけど、そういえばキトアでもラスタでも周りの男の人はほとんど高身長だった気がする。私より身長が低いのは子供か、ルフさん達獣人だけだった。人間と魔族の種族差って能力的な意味もあるけど体格とかの差も大きそう。
「俺らだけでもなんとかなったとは思うが、そうなるとあいつは助からなかっただろうな」
あいつ、というのは私が接近してる最中にやられていた人。ほとんど致命傷に近かったらしく、あのまま戦闘を継続していたら治癒術が間に合わなかったとのこと。間に合ってよかった。
「何にせよ怪我だけで済んでよかったです。荷物は大丈夫でした?」
「荷台の検分中だが、たぶん大丈夫だろう。割れ物や取り扱いに細心の注意を要する品物はなかった。けど……まあ馬車は数台ダメになっちまったな」
最後の砦として立て籠ったのが裏目に出たんだろう。車軸や荷台に深刻なダメージを受けて廃車同然のものが三台、街道沿いに打ち捨てられている。
「にしても、あんた人間だろ。しかも魔術師。そのうえ片腕も無いくせに集団相手に接近戦を挑むなんてな。最初にちらっと見たときは我が目と正気を疑ったぜ」
「魔術師として戦うと誤射する可能性が濃厚だったので仕方なく」
「仕方なくで格闘家の真似事をするか普通? あんたなら一人で大抵の場所は散歩出来そうだな」
冗談のように笑いながら手を差し出された。
「シデュース・ザハクリム。ウェグニアを中心に活動している冒険者だ。ちなみに親和派」
「フレスベル。仰る通り人間です」
「魔海で見る人間なんざろくでもない奴ばっかりだが、なんとなく姐さんは違う匂いがする」
「それは……どうも」
一応褒められているのかな?
魔海に来る人間はろくでもないってあちこちで聞くけど、彼ら(彼女?)と何が違うのかよく分かってない。要約すると島流し的な極刑のさらに重い刑罰として魔海に落とされるらしい。普通に物理的な落下ダメージで死にそうだし、生きていても敵地のど真ん中。絶望する他にない。
そんな極刑を下される人間だから、まず人格に問題がある。端的に言って清々しいまでにゲスなんだそうだ。うまいこと本性を隠して親和派に匿ってもらった人間もいたらしいけど、どの道、親和派の魔族を信じることが出来ずに取った行動の結果殲滅派に殺されるらしい。
そんな人間と比べたら私は間違いなく“いい子”だろう。同列に見て欲しくないね。
ただ、その姐さんって呼び方はなんとかして欲しい。妙に背中がくすぐったくなるというか、こそばゆいというか、なんというか。
「お姉様とお呼びしないほうがよかったですか……?」
なんて言ってたらアイリスからそんな風に涙目で訴えられた。
「アイリスはいいんだよ!私はアイリスのお姉ちゃんだからね!この人達は赤の他人だからね!?」って何度も同じことをあたふた言い訳してその場はどうにか収まった。その場は、というかアイリスのご機嫌取りは、だけど。別にアイリスにお姉ちゃんと呼ばれることが嬉しかったりする訳じゃない。ないよ?
「魔海にいるってのに悲観してる訳でもなく姉妹仲睦まじく暮らしてるってだけで、親和派としては感慨深いものがあるってもんだ」
「まあ……自分が置かれている状況が分かってないだけなんですけどね」
他愛のない身の上話――私の場合はスタートラインからしてそもそも無理ゲー臭するんだけど――をしながらシデュースさんと話し込んでいると、積荷の確認が終わったのか隊商の責任者らしき人物がこちらへやってきた。商会と聞いた私の一方的な偏見通りのふくよかな見た目の魔族。緑を基調とした魔術師風のローブが目立つ。戦闘力は高くなさそう。護衛を雇うぐらいだしね。
「この度はご助力頂いて助かりました。わたくし、ベスティラ商会の代表、ベスティラ・ノールベンと申します」
「あ、フレスベルと申します。一応? 冒険者です」
ぺこりと挨拶されたので同じくぺこりと返す。
ベスティラ商会のベスティラさん、か。名前が一致しているということは、やっぱりこの人が隊商で一番偉い人で間違いなさそう。家名じゃなくて名前の方が一致しているのは何か事情でもあるのだろうか。
「冒険者……見たところ人間の方のようですが。魔海で冒険者、ですか」
分かってたけど奇特な目で見られた。親和派の人と言えども、こういう視線に晒されるのは追々慣れていかないといけないな。
「お若いのに無茶をなさる。わたくし共が親和派だからよかったものの、殲滅派などに遭遇したら命がいくつあっても足りませんぞ」
……ん。あれ? 語気がなにやら厳しい感じがする。
「いくら親和派が集うウェグニアと言えど、ここはラスタにも繋がる街道の最中。十分以上に殲滅派と遭遇する機会は多い」
あ。もしかしてこれ説教されてる感じ?
隣のシデュースさんを見ると「始まったか……」って顔をして忍び足で離れていく。
なんだなんだ?
「殊更に、あなた達人間はわたくし共魔族の言葉に耳を貸さない。これは忠告なのですよ。あなたがどれだけ力に自信を持っていようと、ここは魔海で魔族の土地。往々にして思い通りになるとは思わないほうが身の為です」
周りの人達がそっと気配を殺しながら馬車へと引き上げていく。
……あ、そういうこと?
「分かりますか。ご自身が如何に無防備であるか。ほかの親和派は何をしていたんですか。こんな風に危険な行動をさせるなど――」
お節介焼きかこの人。別に何が悪いって訳でもないのに……ああいや、私の至らなさは明らかに悪いんだけど。
ちらっとアルナミアさんを見ると、そそくさとアイリスを連れて退避済み。アルナミアさんって逃げるコマンドの成功率がものすごく高い気がする。ずるい。
他の人も面倒だとばかりに距離を空けている。くっ……助け船はなしか。
ベスティラさんは怒ったような困ったような嬉しいような表情で矢継ぎ早にしゃべり続けてるし。
この話長くなるのかな……。
早くも平原の風景に現実逃避し始めた私がいる。
**********************************
すぐに追いつけると思っていた。
魔族が一人に人間が二人。早朝に急いで飛び出していったから馬車などの乗り物を利用していることもない。そして人間の片方はまだ子供。走らせるにしても背負うにしても、相応に足並みは鈍る筈だからお昼頃には追い付けると考えていた。
結果から言うと、追いつくどころかこの広い平原のどこを見渡しても姿すら見ることが出来なかった。
丸一日走り続けて、日が落ちて夜行性の魔物が出てきた辺りで手頃な高さの木を見つけて一晩休んだ。
いつ襲われるかも分からない一夜は精神的に堪えた。珍獣亭での暮らしがどんなに恵まれた環境だったのか、実感と共にようやく思い出して震えた。
一夜明けて木の根元には数体分の魔物の血が散乱していた。わたしを見つけて集まった小型の魔物が大型の魔物に捕食されたんだろう。食べられたのは恐らく鼻が利く獣型の魔物。それを襲ったのが木の上にいるわたしに気づかなかったということは、夜目が利かないか臭いなどで感知出来ない魔物。もしくは動いている生物を獲物として認識するような部類。夜は動かなくて正解だったかもしれない。
遠くを行く人の姿は見える。けど、それがあの人間達なのか、別の誰かなのかまでは判別が出来ない。
人数が多いことを考えるとその可能性は低いと思う。珍獣亭で過ごしていた様子を見ている限りだと、あの三人はあまり他人と関わろうとしない。迷宮に潜るにはどう見ても戦力が不足しているのに、それを補うために他の冒険者に声を掛けたりするところを一度も見なかった。それどころか、体調が戻るまで暇になったからと座学までしている始末。それも魔族の主が教鞭を執って。
でも、だからって絶対にいないと言い切るのは確認してからでもいい。見過ごしたらそれこそ目も当てられない。
ずしりと、背嚢にぎっしりと詰め込まれた金貨が重みを主張する。丸一日飲まず食わずで走り続けていたこともあって、結構深刻な疲労を蓄積させている。
ただでさえ獣人というだけで襲われないように、魔族に見つからないように街道を逸れて移動しているのに。大量の金貨まで持っていると気づかれると無事では済まない。
それは親和派も同じ。人間に対しては歩み寄ろうという意思はあれど、獣人に対してはそこまでの趣意はない。見つかればやはり奴隷にでもしてしまおうというのが当たり前のこと。殲滅派と違ってすぐに殺そうとしないのはまだ救い。どちらに見つかったところで差はあまりないけど。
……捕まったときのことを考えても仕方ない。
背嚢の紐をきつく結びなおして前を見る。
ここまではアベリ平原の比較的魔物が少ない地域を通るように敷設された街道を横に離れ、低くなだらかな丘陵に身を隠すように移動してきた。魔族に見つかりたくないから。
それが、身を隠すほどの高さを持つ丘が、ここで途切れてしまっている。
ここから先は見渡す限り一面の平野。地面に伏せれば草の陰に隠れられないこともないけれど、そんなことをしていたらいつまで経っても追いつけないのは目に見えている。
幸いにも、攻撃的な魔物は辺りには見当たらない。見通しが良い広い平野の見える範囲でいないのだから、この辺りは安全なんだと思う。
街道の方を見ると、先刻通り過ぎた一団がラスタ方面へ向かっている。足並みは遅く、観光気分で風景を楽しんでいるように見える。
下手に姿を晒す危険は冒したくない。けど、十分に距離は離れている。身包みを剥ごうと追ってくることはあっても、地の果てまで追い詰めるような気は起こさないだろう。
女将さんからもらった剣を持つ手に力が入る。
いざとなったらこの剣を抜く時が来ると思うと手が震えた。
あのとき、あの人間を刺したとき、殺したくてそうしたというのに、後悔が押し寄せたことを思い出す。
……抜きたくない。
死ぬのは嫌だけど、殺すのも嫌なんだって気づいてしまった。
魔海で、力もないわたしがこんなことを考えること自体、周りの状況が見えていないと言われても仕方のないこと。
だったら、そうしなくて済むように、危険から逃げ続けるしかない。
それも周りが見えていないからそう思うだけかもしれないけど。逃げ切れるなんて全然思えないから。
「……よし」
どちらにせよ、あの遠くで停滞している一団の付近までは近づかないと、あの人間がいるのかどうかの確認も出来ない。
意を決してなだらかな丘陵地帯を飛び出した。
そのとき、だった。
左の方で草の茂みが微かに揺れたかと思うと、脇腹に思い衝撃が走った。
「か――ふ、ぅ……!?」
抜きたくないと思った剣を即座に抜いた。やっぱり殺されるぐらいなら殺してやる。意外にも気持ちの切り替えはすんなりと済んだ。
金貨が詰まった背嚢を一度投げ下ろして敵を確認する。
四足歩行の獣型の魔物。名前はグルム。本来は集団で行動し、その数で外敵からの脅威を牽制する。性格は温厚。冒険者が興味本位で餌付けする光景もよく見られている。
その温厚な筈のグルムから、突然攻撃を受けた。
直前までいることに気が付かなかったから変に刺激を与えて警戒させたとも思えない。グルムは賢い。敵意を向ければ牙を剥き、敬意を払えば懐いてくれる。
……あ。その理由はすぐに分かった。
不自然の草の茂みが凹んでいるところ。そこで、生まれたばかりの小さなグルムが鳴き声を上げていた。
本来集団で行動するグルムが孤立して子育てをしている。それなら近づいただけで牙を剥くのも納得出来た。
つまり、これは、事故。
わたしが魔族にばかり注意を割いていたから気づけなかった事故で、グルムとしては子供を危険から遠ざけようとしただけの行為。
気が付いたら抜いた剣を握る手が、足が、身体が震えていた。
殺意ではなくただの敵意だと知って、それだけで、気持ちが鈍った。
気持ちの切り替えがすんなりと済んだんじゃない。
中途半端な覚悟でしかなかっただけ。
「ごめんなさい……すぐ、離れますから……」
言葉が通じる相手でもないのに、説得しようとするのもおかしな話。
……そっか。わたしは今すごく混乱しているんだ。
殺さなければ殺される。単純明快で分かりやすい自然の摂理を、我儘な心が駄々をこねて否定する。
その結果殺されることになるのも理解してて気づかない振りをして。
なにもかも履き違えている。生きたいなら殺すべき。そうしないなら死ぬだけ。
それとも……ああ。これは、隷属しか許されなかった獣人の、性とでも言うのかもしれない。
勝てない。力の差は覆らない。そうやって、負け続けてきた獣人の性根はもう、今更変われないのかも。
グルムの牙が迫る。首筋を狙って、前足の爪をわたしの両肩にしっかり食い込ませて、グルムとしての狩りの模範にも見える。
もう駄目。その気がなくても、もう剣を振るうことすら出来ない。
ゆっくりとグルムの牙が首筋へ突き立てられた。
鋭い痛み。神経を直接貫かれたような痛み。それから身体が痙攣する。意思とは関係なく身体が悲鳴を上げる。
わたしはまるで他人事のように首筋へ食いついたグルムを見て……っ?
その頭部に、赤い光の筋が当たっているのが見えて。
赤く染まった視界を白い光が突き抜けて。
どさりと倒れ込むと、首のないグルムが横たわっているのが見えた。
……何が起きたんだろう。
分からないけど、それを知ることも、もうないんだと思って。
わたしは意識を手放した。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
卒業パーティーのその後は
あんど もあ
ファンタジー
乙女ゲームの世界で、ヒロインのサンディに転生してくる人たちをいじめて幸せなエンディングへと導いてきた悪役令嬢のアルテミス。 だが、今回転生してきたサンディには匙を投げた。わがままで身勝手で享楽的、そんな人に私にいじめられる資格は無い。
そんなアルテミスだが、卒業パーティで断罪シーンがやってきて…。
おばさんは、ひっそり暮らしたい
波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23
番外編を不定期ですが始めました。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる