魔法仕掛けのルーナ

好永アカネ

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フリード編

ジョージ・ホーネット3

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「オーケイ、今日も起動試験だね」
 俺は手のひらの上の鉱石を——小石といった方がしっくりくるが——顔に近づけてみた。
 見た目は、ライムグリーンの下地にミルクを散らしたような、細かいまだら模様だ。形や大きさは完全に角砂糖なのだが、サイズに反して確かな重みがある。
 何の石かはわからなかった。魔法で一から生成したのだとしたら判別しようがないので、深く考えるのはやめておく。
 俺は鉱石を上着のポケットにしまった。
「いつ始めるんだい?」
「こちらの準備はできてるわ」
 雇い主の返事はそっけない。俺はもう一度肩をすくめて言った。
「いつでもどうぞ」
 ヴィヴィアンが踵を返して助手の少女の元へ戻っていく。
 俺はあたりを見回し、壁際に置かれた作業台の空いているところを見つけた。そこに腰掛けて足を組み、作業を始めた女性達を見守ることにする。
 部屋の中央の床に、十人くらいは中に入れそうな大きな魔法陣が描かれていた。彼女達はそのすぐ外に立って、なにやら話し合っている。やがてヴィヴィアンが一つ頷き、部屋の一角に向かって右手の人差し指をくるくると振った。
 指の先には土嚢の山があった。上の方に積まれていた五つが風船のように音もなく浮き上がり、魔法陣の上まで飛んでいくと、一つずつ袋が開いて中身をゆっくりと吐き出した。最後は空になった袋だけが元の場所に戻って行った。
 ヴィヴィアンの魔法だ。杖を使わずにこのような繊細な動作を実現させられる魔法使いはそう多くない。何度見ても惚れ惚れする腕前だ。
 出来上がった土の山に、少女が何かを投げ入れる。恐らく、魔法によって俺が持っている鉱石と結び付けられている、別の石だろう。
 ヴィヴィアンがもう一度、今度は魔法陣に向かって指を降ると、変化が始まった。
 魔法陣が淡く輝き出す。同時に、ポケットの中の鉱石を通じて体内の魔力が出ていくのを感じた。目には見えないが、体外に放出された魔力は魔法陣へ流れ込み、土に埋もれた魔法石に到達したはずだ。果たして、土山が小刻みに震えだしたかと思うと、サラサラと音を立てながら徐々に形を変えていった。
 俺の今の役割は、要するにエネルギータンクだ。
 魔法使いが魔法を使う時、魔力を消耗するわけだが、使い方によってはそれを他人に肩代わりさせることができる。何しろ魔力は有限であるため、非魔法使いを一時的に雇って、なるべく自身の力を温存しようとする魔法使いは少なくない。
 魔法使いサマにこき使われることを嫌う人間も中にはいるが、自分では使い道がない資源の有効活用だと思えば、こんなに楽な仕事はない。何しろ座っているだけでいいのだ。
 それはさておき、魔法陣の上では、さながら意思を持った風が土を弄んでいるかのようだった。土は右へ左へ、時に渦巻きながら踊っている。
 やがて動きが緩慢になり、ひと塊りになったものを見た時、俺は聞かずにいられなかった。
「……それは一体、なんなんだ?」
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