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#221 神米を炊くために
しおりを挟む異世界〈クシナダ〉では、米(コメ)がすべての価値の基準だった。通貨も、土地も、命の価値さえも「何俵」で計られる。
黄金は地面に転がっていても見向きもされず、米を貯蔵する者こそが王となる。
そんな世界に、俺――浅草ハルキ(17)は転生してしまった。
理由は不明。トラックも召喚陣もなかった。ただ、炊きたての白飯に感動していた瞬間、茶碗の底が光ったのだ。
目覚めた先は、土と草の香りが濃く漂う田んぼの中だった。俺の傍には、妙に高圧的な少女が立っていた。
「よし、貴様は本日より“米奴隷”だ。働け」
「……え?」
彼女は、ミヤビ=アマノコメヒメ。
年齢不詳、肩書は“米神の巫女”。曰く、ここでは「異界から来た者は精霊米を育てる義務がある」という。抵抗もむなしく、俺は田んぼに放り込まれた。
だが、俺は気づいた。この世界、米が下手すぎる。
水管理は適当、苗の間隔はバラバラ、収穫はカマで雑にやってる。おまけに「精霊米」と崇められるものは、モミがスカスカの雑穀混じりだった。
「こんなの、米じゃねぇ……!」
俺の魂が叫んだ。
農業高校で叩き込まれた知識と、祖父から教わった稲作の記憶が勝手に動き出す。水位管理、苗代の作り直し、堆肥の最適化。俺はこの異世界の田んぼに革命を起こしていった。
1年後、俺が育てた米は〈銀の稲魂(いなたま)〉と呼ばれ、王族を動かす力を持った。米の神殿から召喚状が届き、俺は神託の間に通された。
玉座にいたのは、金色の瞳を持つ少女だった。ミヤビだ。
「――やはり、貴様は“選ばれし炊き手”だったか」
「……炊き手?」
「この世界は『神の炊飯器』によって維持されている。だが長きにわたり、米の魂は劣化し続けた。精霊米は神米の劣化コピーにすぎぬ。真の米を炊ける者は、異界よりしか来ぬと伝えられる」
「それって、つまり俺が……?」
ミヤビはひざまずいた。
「我と契約を結べ。“米神”の座を、おぬしに譲る」
「待て待て待て、急すぎるだろ!」
「この世界を、炊け」
――そして俺は、炊いた。
最初の神事で炊き上げた〈真米〉は、空に稲穂を実らせ、死んだ土地に水を呼び、戦争を終わらせた。
米こそが命。米こそが神。俺はそれを、祖父の背中から学んでいたのだ。
数年後。俺は神となった。だが、少しだけ後悔している。
日本に帰る方法はあった。初炊きの際、茶碗の底にまた光が灯ったのだ。
「どうする?」
と問うミヤビに、俺は答えた。
「……炊飯器、こっちの方が美味いからな」
茶碗の中の光は、ふわりと蒸気に溶けて消えたのだ。
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