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#222 異世界おじさん、何もしない
しおりを挟む「おお、ついに来たな! 勇者よ、異世界へようこそ!」
そう言って手を差し伸べてきたのは、白ひげをたくわえた賢者風の老人だった。
……いや、俺の見た目も白ひげのオッサンだ。
「お前、年はいくつだ?」
「五十二歳。こっちは?」
「六十二歳じゃ!」
「……そりゃまたすごい組み合わせだな」
それが俺の、異世界転生の始まりだった。
俺の名前は岸本重則(しげのり)。52歳、バツイチ、職歴は転職多数、貯金は雀の涙。
「トラックに轢かれて異世界行きか、よくある話だな」と思ったが、目覚めた先には、あまりにも普通すぎる村と、妙に老けた勇者パーティが待っていた。
魔法使い・72歳。
戦士・68歳。
僧侶・もう数えていない(ボケた?)
「若者が異世界で無双する時代は終わった。今は“人生経験値”の高い者が求められているのじゃ!」
……いや、確かに少子高齢化社会だとは思うが、なにかがおかしい。
俺は異世界で、何をするでもなく、与えられた家でゆるく暮らしていた。牛の世話をしたり、薪を割ったり、隣の老婆と囲碁をしたり。
「魔王? ああ、もう数年前に倒されたよ。勇者が高齢になったあたりでな」
つまり、俺の役目などなかった。
しかし、1年が過ぎた頃、俺はある真実に辿り着いた。
この世界に転生してくるのは、全員「誰にも必要とされなかった」中年以降の人間ばかりだった。
会社で切り捨てられた者、家庭に居場所をなくした者、年老いた親を見送ってぽっかり空いた者――。
賢者は語る。
「神様がな、言っていたんだよ。『あの世で“余った”魂を集めて、余生を与えているのだ』って」
「余生……?」
「元の世界で、生きたくても生きられなかった奴が多い。だが、逆もまたある。死にきれなかった奴もいる。そういう者に、“死んでいることに気づかせず”、この世界で“静かに眠らせる”ための、緩やかな異世界……それがここさ」
そのとき俺は悟った。
俺は、転生なんてしていない。
ただ、もう死んでいたのだ。
あの日、トラックに轢かれた俺は、その瞬間に命を終えていた。
だが、自分の人生を「納得して終える」ことができず、魂だけがこの世界に送られたのだ。
この異世界は、言ってみれば魂の中間処理場。
派手な魔法もない。勇者の使命も終わっている。
あるのは、“やり直しではなく、納得のための余白”だ。
やがて、村の片隅に静かな教会が建った。そこには、何人かの“目覚めた者たち”が集い、静かに語り合っていた。
ある日、賢者がこう言った。
「お前さん、もう行けるかもしれんのう」
「どこへ?」
「次の世界じゃよ。本当に生きるべき世界へ。“未練”を卒業した者だけが、再び光へと向かえる」
俺は村を歩いた。囲碁を教えてくれた老婆に手を振り、畑の手入れを手伝ってくれた青年に微笑んだ。
俺はもう、ここで何もしていない。
でも――
「何もしていないこと」が、俺に必要な時間だったのかもしれない。
俺は、いつの間にか、“生き直す”ことを求めなくなっていた。
ただ、“終わること”に納得した。
そしてその夜、空に大きな光の輪が浮かんだ。
誰かが卒業するのだろう。
次は、俺の番かもしれない。
あるいは、あなたが死んだとき、ふと気づかずに目を覚ます“異世界”も――
こんな静かで、何も起こらない場所かもしれない。
でも、そこがきっと、“最も優しい異世界”なのだ。
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