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28 秋のセミ
しおりを挟むその研究室には奇妙な「保管庫」があった。棚には透明なカプセルが整然と並び、中にはすべてセミが収められている。だが、死骸ではない。どの個体もぴくりとも動かず、まるで時間を止められたような姿で眠っている。
主任研究員の北見は、訪ねてきた若い助手に説明した。
「夏のセミの寿命は一週間前後と言われてきたが、それは誤解だ。秋になっても鳴き続けるセミが存在する。われわれはそれを“秋鳴き”と呼ぶ」
助手は眉をひそめた。
「でもそんな個体、聞いたことがありません」
「それも当然だ。秋鳴きは、人間の耳には届かない“逆位相音”で鳴く。普通は感知できない。だが我々は録音し、再生できる装置を開発した」
北見がスイッチを入れると、スピーカーからざらついた鳴き声が響いた。ジジジジ……と、夏の蝉時雨に似ているが、どこか湿った呻き声のようにも聞こえる。
「聞こえるかね。これが秋鳴きだ。発見以来、ひとつの仮説が浮上した」
「仮説?」
「秋鳴きのセミは、自分の死を先延ばしにする代償として、この声を発するのではないかと。つまり“余命の延長”と“声”が連動している」
助手は身を乗り出した。
「まるで寿命の取引みたいですね」
「そう。そして、我々は偶然気づいた。人間にも、この声は作用する」
その言葉に助手は凍りついた。北見の顔を見て、彼が異様に若々しいことに初めて気づく。六十を越えているはずなのに、四十代の肌艶をしていた。
「まさか……」
「そうだ。私は二十年前から、毎日この音を浴びている」
助手の背筋に冷気が走った。スピーカーの前で音はまだ鳴り続けている。ジジジジ……。耳に絡みつくたび、体の奥から力が吸い取られるようだ。
「実験はまだ続けねばならん。秋鳴きは限られた期間しか採取できない。今年も君の協力を得たい」
北見はそう言いながら、助手の肩を叩いた。
助手は気づいた。保管庫の棚に並ぶセミの数が、記録と合わないことに。秋の森で採取できる数より、明らかに多すぎる。
カプセルのひとつに近づいて覗き込む。そこには、羽根を畳んだセミ――に見えた。だがよく見ると、その顔の造作は……どこか人間に似ていた。
背後で北見の声が低く響く。
「余命を吸い尽くされた者の、最後の姿だよ。セミと人間の境は、もう曖昧なんだ」
ジジジジ……。鳴き声がますます大きくなる。助手は耳を塞いだが、頭蓋の内側から響いてくる。
――そのときふと悟った。
秋鳴きのセミは、夏のセミではない。人間の“成れの果て”なのだ。
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