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#8 これって恋 (ほのぼの恋心)
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彼を見ていると、このまま死んでしまうのではないかと思うほど心臓が騒がしくなる。
その端正な顔立ちも、品のある所作も、わたしを包み込んでくれそうな柔らかい眼差しも、全てが愛しく思える。
「……どうした? 僕の顔に何かついているかい?」
「い、いえ。何もないわ」
わたしは慌てて、目の前に座る彼から視線を外す。しかし、行き場を失った瞳をどこに合わせていいのかわからず、結局もう一度、彼へと視線を戻した。すると彼は、何か言いたげな笑みをわたしに向けてくる。
「だから、何でもないわよ」
わたしは強がりから、つい、強く言い返してしまう。しかし、彼は怒ることなく、「あれだろ」と小首を傾げる。
「僕に見惚れてたんじゃないのかい?」
「そ、そんなことないわよ」
図星をつかれて、わたしはうろたえる。彼はそんなわたしを見て、楽しそうに笑っている。
わたしはこれまで、恋愛で男に主導権を握られたことなんて一度もなかった。いつだって、わたしが掌の上で、自由自在に男を躍らせてきたのに。
最初は彼も、今までの男と同じように簡単に踊ると思っていた。だけど、彼は違った。気がつけば、まるで操り人形のように、わたしが彼に翻弄されている。
「あれ? ちょっと待って」
彼がわたしを見て、目を少し大きく開いた。
「もしかして、髪の毛切った?」
わたしは「え?」と驚く。彼はわたしの目より少し高くに視線を合わせる。
「いや、昨日会った時より、前髪がちょっと短くなっているような気がするんだけど」
わたしは手で前髪を押さえながら、「う、うん」と小さく頷く。
「昨日、切って貰ったの。でも、切り過ぎちゃった。だから、恥ずかしくて」
すると彼は屈託のない笑みを浮かべた。
「……僕は可愛いと思うけどね」
可愛い。さすがにその言葉は、強がりで返すことは出来なかった。わたしは顔が赤くなり、視線をテーブルへと落とした。
その時、「あれ?」と傍を通ったヘルパーさんがわたしの顔を覗き込んだ。
「ウメさん、大丈夫ですか?」
わたしは「え?」とヘルパーさんを見返す。ヘルパーさんは心配そうな表情で、私の額に手を当てる。
「ちょっと、顔が熱っぽいですよ」
「え、いや、これは……」
「とりあえず、向こうで横になって熱を計ってみましょう」
ヘルパーさんはわたしの腕を持ち、椅子から立たせた。わたしは慌ててテーブルにかけていた杖を持つと、ヘルパーさんに連れられてベッドへと向かう。
ああ、大丈夫なのに。だけど、本当のことは言えない――。
振り返ると、彼はいたずらっぽい笑みを浮かべて、わたしに向かって無邪気に手を振っている。
本当、九十歳にもなって子供なんだから。
わたしは小さく溜息を吐きながらも、その頬は自然と緩んだ。
その端正な顔立ちも、品のある所作も、わたしを包み込んでくれそうな柔らかい眼差しも、全てが愛しく思える。
「……どうした? 僕の顔に何かついているかい?」
「い、いえ。何もないわ」
わたしは慌てて、目の前に座る彼から視線を外す。しかし、行き場を失った瞳をどこに合わせていいのかわからず、結局もう一度、彼へと視線を戻した。すると彼は、何か言いたげな笑みをわたしに向けてくる。
「だから、何でもないわよ」
わたしは強がりから、つい、強く言い返してしまう。しかし、彼は怒ることなく、「あれだろ」と小首を傾げる。
「僕に見惚れてたんじゃないのかい?」
「そ、そんなことないわよ」
図星をつかれて、わたしはうろたえる。彼はそんなわたしを見て、楽しそうに笑っている。
わたしはこれまで、恋愛で男に主導権を握られたことなんて一度もなかった。いつだって、わたしが掌の上で、自由自在に男を躍らせてきたのに。
最初は彼も、今までの男と同じように簡単に踊ると思っていた。だけど、彼は違った。気がつけば、まるで操り人形のように、わたしが彼に翻弄されている。
「あれ? ちょっと待って」
彼がわたしを見て、目を少し大きく開いた。
「もしかして、髪の毛切った?」
わたしは「え?」と驚く。彼はわたしの目より少し高くに視線を合わせる。
「いや、昨日会った時より、前髪がちょっと短くなっているような気がするんだけど」
わたしは手で前髪を押さえながら、「う、うん」と小さく頷く。
「昨日、切って貰ったの。でも、切り過ぎちゃった。だから、恥ずかしくて」
すると彼は屈託のない笑みを浮かべた。
「……僕は可愛いと思うけどね」
可愛い。さすがにその言葉は、強がりで返すことは出来なかった。わたしは顔が赤くなり、視線をテーブルへと落とした。
その時、「あれ?」と傍を通ったヘルパーさんがわたしの顔を覗き込んだ。
「ウメさん、大丈夫ですか?」
わたしは「え?」とヘルパーさんを見返す。ヘルパーさんは心配そうな表情で、私の額に手を当てる。
「ちょっと、顔が熱っぽいですよ」
「え、いや、これは……」
「とりあえず、向こうで横になって熱を計ってみましょう」
ヘルパーさんはわたしの腕を持ち、椅子から立たせた。わたしは慌ててテーブルにかけていた杖を持つと、ヘルパーさんに連れられてベッドへと向かう。
ああ、大丈夫なのに。だけど、本当のことは言えない――。
振り返ると、彼はいたずらっぽい笑みを浮かべて、わたしに向かって無邪気に手を振っている。
本当、九十歳にもなって子供なんだから。
わたしは小さく溜息を吐きながらも、その頬は自然と緩んだ。
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