科学×魔法で世界最強! 〜高校生科学者は異世界魔法を科学で進化させるようです〜

難波一

文字の大きさ
55 / 151

第55話 勇者の名の元に

しおりを挟む
 部屋に静かな足音が響いた。

 重厚な革靴が床を踏みしめる音。
 それは、王宮の静寂の中で、ゆったりとした威厳をまとっていた。

 リディアと迅が視線を向けると、入り口に立っていたのは——ロドリゲスだった。

 「目覚めたか、勇者殿。」

 低く落ち着いた声が、部屋に響く。
 彼の顔には深い皺が刻まれているが、その奥にある眼光は鋭い。

 迅はゆっくりと瞬きをして、乾いた喉を震わせながら答えた。

 「……じいさん。」

 ロドリゲスは静かに頷きながら、医務室の中へと歩を進めた。

 「しばらく意識が戻らなかったからの。気づいた時には、もう二日が経っておった。」

 「……二日も?」

 迅は驚き、思わず顔をしかめる——が、結局指一本すら動かせない。

 リディアがすかさず「だから言ったでしょ」と、じと目で見つめてくる。
 迅はそれを軽く受け流しながら、ロドリゲスに尋ねた。

 「それで……俺が倒れた後、どうなった?」

 ロドリゲスは腕を組み、静かに語り始めた。

 「おぬしが気絶した後、魔法士団が王国から派遣され、我々と合流した。」

 迅は「なるほど」と小さく呟く。

 あの時点では、リディアやロドリゲスだけでは村人を救出するのは難しかっただろう。

 おそらく、王宮側も「勇者が負傷した」という一報を受け、すぐさま動いたに違いない。

 「魔法士団と共に、遺跡へ向かった。」

 ロドリゲスの顔が、少し険しくなる。

 「——封印は、すでに解かれていた。」

 迅の眉が、ピクリと動く。

 「遺跡の入り口が?」

 「そうじゃ。」

 ロドリゲスはゆっくりと頷く。

 「おぬしらが戦っている間に、何が起こったのかは分からん。しかし、遺跡の扉はすでに開いておった。まるで、待ち構えていたかのようにな。」

 リディアが驚いた顔で口を開く。

 「待って、それってつまり……アーク・ゲオルグが、最初からこの状況を計画していたってこと?」

 「可能性は高い。」

 ロドリゲスは静かに言った。

 「そして、遺跡の第一層に入ると——そこには、気を失った村人たちがおった。」

 迅の意識が、一気に冴え渡る。

 「彼らは、遺跡の広間の、大きな浴槽の様な場所に倒れておった。」

 ロドリゲスの表情は厳しい。

 「すぐに魔法士団が回収し、王宮へ搬送した。幸い、外傷はなかった。」

 迅は一瞬、ほっと息をつきかけたが——ロドリゲスは続けた。

 「しかし、問題がある。」

 「……問題?」

 「村人たちの記憶が、襲撃された夜の時点で途切れておる。」

 その言葉を聞いた途端、室内の空気が凍りついた。

 リディアが驚愕の表情を浮かべる。

 「え……記憶が、ない?」

 「うむ。」

 ロドリゲスは深く頷く。

 「魔王軍に襲われた時の記憶はある。だが、それ以降のことは、誰一人として思い出せぬというのだ。」

 「……全員が、か?」

 「そうじゃ。」

 迅は眉をひそめた。

 (……村人全員の記憶が、一斉に途切れる?)

 そんなことが、偶然起こるだろうか。

 「魔力による干渉の影響かと思い、王国の魔導士たちが検査を行った。」

 ロドリゲスはゆっくりと首を振る。

 「だが、精神に異常は見当たらん。洗脳や幻惑の痕跡もない。」

 迅は黙り込んだ。

 村人たちの記憶が、魔王軍の襲撃以降すっぽり抜けている。
 しかし、魔法的な影響はない。

 ——では、一体何が起こったのか?

 答えはまだ見えない。

 ロドリゲスは、静かに言った。

 「遺跡の詳細な調査は、王国の学者たちに委ねることになった。今の段階では、これ以上の情報はない。」

 迅は唇を引き結びながら、ゆっくりと考えを巡らせる。

 この違和感。
 アーク・ゲオルグの狙い。
 そして、村人たちの失われた記憶——。

 すべてのピースが、まだ噛み合っていない。

 しかし——。

 「ともかく、村人たちは全員、無事じゃ。」

 ロドリゲスは穏やかな声で言った。

 「おぬしは何も心配せず、まずは休め。」

 迅は、ゆっくりと目を閉じた。

 (……まだ終わってない気がする。)

 そんな考えが、一瞬脳裏をよぎる。

 しかし、今はそれを口には出さず——小さく息を吐いた。

 「……そうさせてもらうわ。」


 ロドリゲスの報告が終わると、部屋には一瞬の静寂が訪れた。

 村人は無事に保護された。
 しかし、彼らの記憶は失われ、遺跡には謎が残ったままだ。

 (……アークの狙いはなんだったんだ?)

 迅は考えを巡らせるが、体はまだ動かない。
 今は焦るべきではない。

 とにかく、休め——。

 ロドリゲスの言葉が、頭の中で響く。

 ロドリゲスはゆっくりと顎を撫でながら、改めて迅を見下ろした。

 「ふむ……本当に全く動けぬようじゃな。」

 「あー…見ての通りな。」

 迅は苦笑しながら答えた。

 「……しかし、さすがと言うべきか。」

 ロドリゲスは軽く笑みを浮かべた。

 「おぬし、魔王軍の高位幹部を退けたのじゃぞ? それも、ただの一戦士ではなく、"黒の賢者"アーク・ゲオルグを、じゃ。」

 彼の言葉には、明確な賞賛の色があった。

 「それ相応の功績として、王国から褒賞が出るじゃろうな。」

 「……褒賞?」

 迅は思わず眉をひそめた。

 「当然のことじゃ。村を救い、魔王軍を退け、さらには遺跡の謎の一端にまで踏み込んだ。これほどの偉業を成し遂げたのじゃ、王が何もせぬわけがなかろう。」

 ロドリゲスの口調は淡々としているが、その奥にはしっかりとした確信があった。

 しかし、迅はその言葉に違和感を覚えた。

 「……別に、そんなもんいらねぇけどな。」

 「ほう?」

 ロドリゲスは少し目を細めた。

 「俺は戦うためにここに召喚されたんだろ?じゃあ、村人を助けるのも、魔王軍と戦うのも当然のことじゃねぇか。」

 迅はゆっくりと息を吐きながら、薄っすら笑みを浮かべて続ける。

 「だから、報酬なんていらねぇよ。」

 言葉に迷いはない。

 だが、それを聞いたロドリゲスは、穏やかな笑みを浮かべた。

 「そうか……しかしな、勇者殿。」

 彼は一歩、迅のベッドのそばに近づいた。

 「おぬしの戦いは、すでに”個人のもの”ではないのじゃ。」

 「……どういう意味だ、そりゃ?」

 「王国は、勇者をただの戦士とは見ておらぬ。おぬしの戦いは、すでに多くの者たちの希望となっておる。」

 ロドリゲスは、ゆっくりと室内を見回した。

 「王宮の者たちも、民衆も……おぬしの存在に期待しておるのじゃ。」

 迅はその言葉を聞きながら、ゆっくりと目を閉じた。

 (……期待、か。)

 たしかに、これまでも何度か感じていた。
 人々の視線、期待の眼差し。

 彼はただ、自分ができることをしてきただけだ。
 だが、それは王国にとって「希望の象徴」になりつつある。

 (……英雄扱いされるのは、面倒だな。)

 そう思う反面、完全に否定することもできなかった。

 ロドリゲスは静かに息をつくと、身を翻した。

 「ともかく、王より正式な褒賞の話が出るじゃろう。それがどのような形になるかは、まだ分からんがな。」

 「……まあ、貰えるもんなら貰っとくかね。」

 迅は仕方なくそう答えた。

 「それでいい。」

 ロドリゲスは満足げに頷く。

 「では、わしはこれで失礼しよう。おぬしはまず、ゆっくりと休むのじゃ。」

 そう言い残し、ロドリゲスは背を向けた。

 歩みを進め、扉の前でふと立ち止まる。

 「——おぬしは、やはり勇者じゃな。」

 静かにそう呟くと、そのまま部屋を後にした。

 扉が閉まり、静寂が訪れる。

 迅はしばらく天井を見つめながら、ゆっくりと息を吐いた。

 (……勇者、ね。)

 その言葉の重みが、静かに胸に落ちていくのを感じた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~

あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。 彼は気づいたら異世界にいた。 その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。 科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

【収納∞】スキルがゴミだと追放された俺、実は次元収納に加えて“経験値貯蓄”も可能でした~追放先で出会ったもふもふスライムと伝説の竜を育成〜

あーる
ファンタジー
「役立たずの荷物持ちはもういらない」 貢献してきた勇者パーティーから、スキル【収納∞】を「大した量も入らないゴミスキル」だと誤解されたまま追放されたレント。 しかし、彼のスキルは文字通り『無限』の容量を持つ次元収納に加え、得た経験値を貯蓄し、仲間へ『分配』できる超チート能力だった! 失意の中、追放先の森で出会ったのは、もふもふで可愛いスライムの「プル」と、古代の祭壇で孵化した伝説の竜の幼体「リンド」。レントは隠していたスキルを解放し、唯一無二の仲間たちを最強へと育成することを決意する! 辺境の村を拠点に、薬草採取から魔物討伐まで、スキルを駆使して依頼をこなし、着実に経験値と信頼を稼いでいくレントたち。プルは多彩なスキルを覚え、リンドは驚異的な速度で成長を遂げる。 これは、ゴミスキルだと蔑まれた少年が、最強の仲間たちと共にどん底から成り上がり、やがて自分を捨てたパーティーや国に「もう遅い」と告げることになる、追放から始まる育成&ざまぁファンタジー!

間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。 間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。 多分不具合だとおもう。 召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。 そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます ◇ 四巻が販売されました! 今日から四巻の範囲がレンタルとなります 書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます 追加場面もあります よろしくお願いします! 一応191話で終わりとなります 最後まで見ていただきありがとうございました コミカライズもスタートしています 毎月最初の金曜日に更新です お楽しみください!

スキル『レベル1固定』は最強チートだけど、俺はステータスウィンドウで無双する

うーぱー
ファンタジー
アーサーはハズレスキル『レベル1固定』を授かったため、家を追放されてしまう。 そして、ショック死してしまう。 その体に転成した主人公は、とりあえず、目の前にいた弟を腹パンざまぁ。 屋敷を逃げ出すのであった――。 ハズレスキル扱いされるが『レベル1固定』は他人のレベルを1に落とせるから、ツヨツヨだった。 スキルを活かしてアーサーは大活躍する……はず。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

【村スキル】で始まる異世界ファンタジー 目指せスローライフ!

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕の名前は村田 歩(ムラタアユム) 目を覚ますとそこは石畳の町だった 異世界の中世ヨーロッパの街並み 僕はすぐにステータスを確認できるか声を上げた 案の定この世界はステータスのある世界 村スキルというもの以外は平凡なステータス 終わったと思ったら村スキルがスタートする

異世界に転移した僕、外れスキルだと思っていた【互換】と【HP100】の組み合わせで最強になる

名無し
ファンタジー
突如、異世界へと召喚された来栖海翔。自分以外にも転移してきた者たちが数百人おり、神父と召喚士から並ぶように指示されてスキルを付与されるが、それはいずれもパッとしなさそうな【互換】と【HP100】という二つのスキルだった。召喚士から外れ認定され、当たりスキル持ちの右列ではなく、外れスキル持ちの左列のほうに並ばされる来栖。だが、それらは組み合わせることによって最強のスキルとなるものであり、来栖は何もない状態から見る見る成り上がっていくことになる。

処理中です...