真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます

難波一

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第五章 魔導帝国ベルゼリア編

第116話 覚悟の疾風、解き放たれる"神器"

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 戦場に、沈黙が満ちる。

 

 向かい合うのは二組の対峙。

 一方には、"魔王"ヴァレン・グランツと"勇者"佐川颯太。

 そしてもう一方には、咆哮竜リュナと、赤髪の不良・鬼塚玲司。

 

 鬼塚は無言のままリュナを睨みつけていた。
 その目は、すでに“覚悟”を宿している。


 ──このままでは、まずい。


 もし、ヴァレンとリュナが再び別の“合体技”を放てば、恐らく勝機は潰える。

 ならば、自分が一人で目の前の女……ザグリュナを引き剥がすしかない。

 その間に、佐川が天野の援護を受けて魔王を仕留める。

 

 それが、この場の唯一の“勝ち筋”。

 

 視線を横に流す。

 佐川と天野──二人はまだ踏み出せずにいた。

 心の中で「任せた」と呟き、鬼塚は唇を引き結ぶ。

 

 「……"魔装戦士ストラディアボラス"。」



 低く呟いたスキル名に反応して、地面の魔力が唸りを上げた。

 

 「"特攻疾風モヴゼファー"……!」

 

 紫の魔力が渦を巻く。
 その中心に、禍々しい形の"バイク"が徐々に実体化していく。

 光を飲み込むような艶の黒。

 むき出しのパイプフレーム。

 狼のようにうねるフォルム──旧世代の暴走族マシンを思わせるシルエット。

 エンジンが唸りを上げる。

 

 その様子を、リュナが目を細めて見つめていた。

 

 「へぇ~……魔力を物質化する系っすね~。あのアホ(ヴァレン)に似てる感じっすかね?」

 

 皮肉なのか、単なる観察なのか。
 その目は、好奇心と警戒心をほんのわずかに滲ませていた。


 鬼塚は無言のまま、片手を掲げる。
 すると、紫に光る鉄パイプのような形状の魔装が、その手に形を成す。

 
 ギャリッ──!


 その鉄パイプを地面に擦りながら、バイクに跨がった。

 

 「咆哮竜ザグリュナ……」

 

 ギュルルルル……ギュワアァアアア……!!

 紫電のようなエンジン音を響かせながら、鬼塚は低く呟いた。

 

 「てめぇは、俺がタイマン張ってやるよ……!」

 

 そして、爆音と共にバイクが発進。

 ギャリギャリと鉄パイプを地面に引きずりながら、黒紫の稲妻のようにリュナへと突っ込んでいく。

 

「鬼塚くんっ!!」



 後方で、天野唯が思わず叫んだ。

 だが──

 

「俺に構うなッ!!」

 

 鬼塚の怒鳴り声が、全戦場に響き渡る。

 

「委員長は、佐川の野郎を援護して、そのチャラ男を片付けろ!!」

 

 その声に、天野が息を呑む。

 佐川がハッと顔を上げる。

 自分に託された“背中”を、彼はしっかりと見届けた。

 
 バイクが咆哮を上げる。
 紫の火花が後輪から散り、空気を切り裂くように突進。

 その上から振り下ろされるは、全速力の鉄パイプ風魔装──!

 

 「……ちょっと、本気マジじゃん」

 

 リュナはぽつりと呟き、右肩をすくめた。

 

 バシュンッ!!

 

 背中のボディコンスーツから、黒銀の竜の腕がニュルリと生え出す。

 

 キィィンッ!!

 

 鋼のような質量を持った竜の腕が、正面から鉄パイプを受け止め、火花を散らした。

 

 その瞬間──

 

「リュナちゃんっ!!」

 

 遠くからブリジットが叫ぶ。
 その隣で、フレキも目を見開いていた。

 

 しかし。

 

 ギィンッと鉄を擦る音と共に、リュナが片目を細め──

 

 ブリジットに向かって、
 右目の目元で、キラリと“ギャルピース”。

 その合図は、言葉よりもはっきりと語っていた。

 

 「心配、いらないっすよ☆」

 

 ブリジットは息を呑み、フレキも肩を落とす。

 けれど、その目に浮かぶのは不安ではなかった。

 

 「……信じよう。リュナちゃんを」

 

 「はいっ……!」

 

 そのまま、バイクの爆音がリュナの身体を押し流す。

 黒銀の腕でガードしながらも、後方へと押されていくリュナ。

 

 ──ズギャアアアアッ!!

 

 地面を引き裂く轟音。

 二人の姿は、広場の奥へと、轟音と砂煙の中に消えていった。

 

 戦場の中央には、鬼塚の残した爆音と、リュナの余裕のギャルピースだけが、確かに刻まれていた。



 ◇◆◇



 鬼塚玲司の乗る紫の魔力バイクが、咆哮竜リュナとともに広場の奥へと消えていった。

 残された戦場に、エンジンの残響と土煙がわずかに揺れていた。

 
 その背を、天野唯は見送っていた。

 手は胸元に添えられたまま、動かない。

 唇は、何かを言おうとして、結局何も言えなかった。

 
 鬼塚のあの言葉が、耳に残っている。



 「俺に構うな!! 委員長は、佐川の野郎を援護して──」

 

 視線が、隣へ向いた。

 そこに立つのは、剣を構えたまま、やや俯き加減の佐川颯太。

 

 彼の表情は、どこか複雑だった。

 天野が心配しているのは分かっている。

 鬼塚が命を懸けて時間を稼いでいるのも、分かっている。

 ──だが、それでも。

 その視線は、信頼、心配、そして僅かな嫉妬を含んでいた。

 

 その一瞬の“間”を──

 ヴァレン・グランツは見逃さなかった。

 

 「……おやおや?」

 

 サングラス越しの目が、ニヤリと細められる。

 視線の交錯。

 少年少女の未熟で、不器用な感情の往来。

 

 ヴァレンの胸の奥に、ぞわりとくすぐったい好奇心が湧き上がる。

 

 (……ほうほう? これは……いいねぇ)

 
 (友情と信頼と、未満の恋心。匂う、匂うぞ──ラブコメの香り!)

 

 彼の瞳が、まるで劇場の幕が開く前の観客のように、興奮でわずかに震えた。

 

 

 だが、次の瞬間──

 

「……俺のスキル、“破邪勇者アンドレイオス“はさ」

 

 佐川が、気持ちを切り替えたように前を向いた。

 剣を構え、地を踏みしめる。

 

「魔族や魔物への“特効”付きなんだけどさ……」

 

 白銀の刃が、わずかに虹色に揺れる。

 

「──あんた、魔王なんだろ?」


 口の端を吊り上げて、挑戦的な笑みを浮かべる。


「じゃあ……結構、効くんじゃねぇのか?」

 

 その言葉に、ヴァレンは肩をすくめた。

 

 「ククク……そうだな」


 手を広げて、芝居がかったように言う。


 「いくら俺でも、それに当たれば無傷ってわけにはいかないだろうね」

 

 その余裕に、佐川の眉がピクリと動いた。

 

「……余裕ぶってられるのも、今のうちだぜ……!」

 

 佐川は深く息を吸い込むと、手にした剣をゆっくりと持ち上げ──

 その刃を、水平に──横へ、静かに構えた。

 

「……"破邪七星剣グランシャリオ"、開放……!!」

 

 その瞬間、剣と彼の身体が、虹の光に包まれた。

 

 ギィン……ッ!

 

 七色の魔力が、風のうねりを伴って解き放たれていく。

 その中心に立つ少年の輪郭が、光の層に縁取られる。

 
 それは、まるで“星座”のような輝きだった。


 ヴァレンが目を細める。

 

 (……間違いない。この少年、この若さで“神器”の開放まで至っている)

 

 “神器”──それは、スキルが極まった先に現れる、第二の力。


 女神が人間に与えたスキルを、鍛え続け、限界を超えて“到達”した者だけが手にできる“武装の化身”。

 
 それは、スキルを外部からさらに強化する、拡張装置のような存在。


 誰かから譲られた武器が“神器”となることもあれば、己の執念や信念が具現化して、形を成すこともある。


 佐川のそれは──まさに後者。


 戦いの中で鍛え上げた剣技と、誰にも折れなかった“勇者としての意志”が、一つの形を与えられた結晶。


 焦げつく空気の中で、佐川颯太は静かに剣を構え直した。


 七色の光を帯びるその剣は、彼の手の中で微かに震えていた。

 だが、それは怯えではない。むしろ興奮──いや、“確信”の震えだった。



 「……ここからが、“勇者”の本領発揮だぜっ!」



 そう言い放つと同時に、佐川は後ろ足をぐっと踏み込み、剣を大きく振りかぶる。

 それを見ていたヴァレン・グランツは、眉をわずかにひそめた。



 (……何のつもりだ?)



 距離は軽く十メートルほど。

 斬撃が届くはずもない。魔法の詠唱も感じられない。



 (……いや、違う。さっきからこの少年……“間”が、おかしい)



 次の瞬間──


 ──キィンッ!


 耳をつんざくような金属音と共に、空間が歪むような衝撃が走った。

 風が跳ね、空気が弾ける。

 そしてヴァレンのすぐ斜め後方、誰もいなかったはずの空間に、佐川の姿が“現れた”。



 「……っ!」



 ヴァレンが反応したのは、ほんの刹那だった。

 だが、その刹那こそが彼を“魔王”たらしめる。

 肉体を捻る。上体を滑らせるように翻し、ギリギリで剣閃を回避する。


 それでも──



 「……ッ!?」



 腕に、鋭い痛みと共に熱が走った。

 ヴァレンの左腕が浅く裂かれ、紅い血がしぶいた。真紅の雫が地に落ち、静かに小さな円を描く。



 「……やったか?」



 剣を振り抜いた佐川が、その場で体勢を整えつつ低くつぶやく。

 移動の反動でわずかに息が上がるが、その顔には笑みがあった。挑戦者としての、興奮と歓喜に満ちた表情。



 「今のを……避けるなんてな。やっぱすげぇな……流石は、“魔王”ってとこかよ……!」



 ヴァレンはゆっくりと振り返る。

 左腕の裂傷を一瞥し、肩をすくめるようにして苦笑いを浮かべた。



 「ククク……。俺に、手傷を負わせるとは……やるねぇ。」



 血を流しながらも、サングラスの奥の瞳はむしろ楽しげに細められていた。



 「まさかあの距離から、一瞬で懐に入ってくるとはね……。君はなかなか厄介だ、“勇者”くん」



 その言葉は、皮肉ではなかった。

 歴戦の魔王が、相手が自分の"敵"たり得ると認めた時にだけ見せる──“称賛”の声音だった。

 ヴァレンは、ほんの少し目を伏せる。そして、思考をめぐらせるように内心で呟く。



 (……この佐川という少年の神器──これは相当強力だ。単なる物理強化や魔力攻撃ではない……超高速移動か、あるいは………?)

 (なるほど。“勇者”の称号は、伊達じゃあないね)

 

 ヴァレンの口元に、ふっと笑みが宿る。

 愉快そうに、楽しそうに──心底嬉しそうに。

 

 (それにしても……)

 (あの3人──乾流星、榊タケル、五十嵐マサキ──も、"あと一歩"だった)

 (そして、今リュナとぶつかってる赤髪の少年──鬼塚クン。恐らく彼もまた“神器”に至る者)

 

 心の中で、静かに告げる。

 

 (──油断するなよ、リュナ)

 

 佐川の目に宿る光は、確かに“ただの高校生”のものではなかった。

 
 この戦場に立つ者たちは、既に“神話の住人”になろうとしていた。



 ◇◆◇



 ──場所は、広場から少し離れた森の中。

 枝葉のざわめきと、湿った土の匂いが満ちる鬱蒼とした木立の中で、金属音が短く響いた。



 「っらああッ!!」



 唸るような雄叫びとともに、鬼塚玲司が鉄パイプ風の魔装を握って振り抜いた。

 その軌道は鋭く、重く、ためらいがない。

 人間離れした膂力が込められた一撃は、巨岩をも砕く迫力がある。

 だが。



 「っとっと、危ないっすね~」



 ガキィィン!

 乾いた音を立てて、それを受け止めたのは――リュナの背から生えた、黒銀の“竜の腕”だった。

 左右から伸びるその二本の竜腕は、禍々しい光沢を放ちながら、鬼塚の打撃を易々と受け止める。



 「クッソが……っ!」



 鬼塚は間髪入れずに連撃を叩き込む。打つ、振る、突く――全ての動きが殺意に満ちていた。

 だが、リュナはそれを一歩も動かずに防ぎ続ける。竜腕の先端がくるくると受け流すように舞い、どれも直撃には至らない。



 「……っし、じゃあこっちも一枚、追加っすよ」



 リュナが口元を緩め、くるりと身体を半回転させた瞬間──


 バサァッ!


 背中から、二枚の漆黒の翼が展開した。光を吸い込むような黒銀の竜翼。

 その羽ばたき一発で、森の枝が軋み、地面の落ち葉が巻き上がる。鋭く突風が生まれ、正面の鬼塚に吹きつける。



 「くっ……!」



 鬼塚は咄嗟に片腕で顔を覆い、風を耐えながら唾を吐き捨てるように呟いた。



 「……それが、てめぇの“変身した姿”って訳かよ……!」



 リュナは竜翼をふわりと揺らしながら、気怠げに片手をヒラヒラと振る。



 「う~ん……そうとも言えるし、そうじゃないとも言えるっすね~。変身、っていうよりは……“戻した”って方が近いっすね」



 まるで散歩中の会話のような調子。

 鬼塚は不機嫌そうに顔をしかめたまま、ゆっくりと長ラン風の軍服の前ボタンを外していく。



 「……チッ。なら、こっちも付き合ってやるよ」



 はだけた前襟の奥から覗くのは、腰に巻き付けられたベルト。

 黒鉄色のベルトには、まるで歯車のような、禍々しい意匠のバックルが輝いていた。

 中央には、奇妙な車輪状のパーツ。その周囲には、魔紋のような模様が浮かんでいる。

 まるで“回転”するために作られた装置のように見えた。

 リュナの目が、ほんの少しだけ細まる。



 (へぇ……あのベルト、“神器”っすか)

 (……こりゃ、100年ぶりくらいに、“あーしの敵になり得る奴”かもっすね、このガキんちょ)



 飄々とした表情の裏に、確かな警戒が宿る。

 ちなみに、アルドは逆の意味で"敵になり得ない"ので、除外している。


 鬼塚はベルトに手を添えながら、ぼそりと呟いた。



 「……ここなら、誰にも見られてねぇから、遠慮なく“本気”出せるぜ……」



 リュナが小さく片眉を上げた。

 鬼塚は続ける。



 「これ使うと、クラスのオタクどもがうるせぇんだよ……。“もう一回見せてくれ!”ってな……ッ」



 吐き捨てるようなその声は、どこか照れ臭さと苛立ちが混じっていた。

 手がバックルに触れ、魔力が脈動する。



 「──"獏羅天盤ばくらてんばん"……開放!!」



 その言葉を合図に、バックル中央の車輪パーツが音を立てて激しく回転し始める。


 ギィイイイイィィンッ……!


 紫電めいた魔力が螺旋状に立ち上り、樹々の影を濃く染め上げる。

 空気が一変する。まるで空間そのものが、軋むような圧を発した。

 リュナの翼が揺らぎ、竜腕が微かに振動する。



 (……なんすか、この……妙な魔力の揺らぎ方)



 思わず、リュナがほんの一歩、踏み込み直す。

 鬼塚は、静かに──低く、しかし確固たる響きで呟いた。



 「──変身……ッ!!」



 その瞬間。

 紫の奔流が鬼塚の身体を包み、禍々しい変貌の幕が上がった。
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