真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます

難波一

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第五章 魔導帝国ベルゼリア編

第117話 鬼塚玲司 ──その身に宿すは、過去と願いの”変身ベルト”──

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───────────────────

 空が濁ったような灰色をしていた。

 鉄骨の団地に、乾いた風が吹き抜ける。

 窓ガラスの割れた踊り場、錆びついた階段の手すり、吹き溜まりのようなゴミ袋。

 そのすべてが、この場所に流れる“空気”を、黙って物語っていた。

 

 ──鬼塚玲司が初めて“殺意”という感情を知ったのは、まだ五歳の頃だった。

 

 夜。台所。怒号とガラスの割れる音。
 恐怖で動けずにいた小さな玲司の耳に、聞き慣れた泣き声が響く。


 「やめてっ……お願い……やめてよ……!」


 母の声。震えて、潰れて、それでも叫ぶような声。


 「うるせぇんだよッ、文句あんなら金稼いでこいやクソ女が!」


 乱暴に何かが投げつけられる音。
 それから一拍遅れて、椅子が倒れる音と、母の呻き声。

 リビングの壁の向こうで、暴れる“父”の影が揺れていた。

 いや、“父”と呼ぶには、あまりにもおぞましかった。

 鬼塚玲司の父は、いわゆる“反グレ”と呼ばれる類の男だった。

 定職には就かず、仲間とつるみ、酒と女と暴力にまみれた生活を送りながら、時折、気まぐれに家に帰っては暴れていた。

 
 玲司はその光景に慣れてしまっていた。

 毎日のように、母が泣いていた。

 毎日のように、どこかから怒鳴り声が聞こえていた。

 

 そして、気まぐれは時に玲司にも向く。

 

 「てめぇの目が気にくわねぇんだよ……誰にガンくれてんだ、クソガキ……!」



 投げられた煙草の灰皿が、頬をかすめて弾けた。

 火花とガラス片が飛び散り、玲司の小さな指に赤い線が走る。

 
 涙が出そうになった。

 けど──泣いたら、もっと殴られるのは分かってた。

 
 だから、睨み返した。

 震えながら、唇を噛み、拳を握って。

 まだ幼かった彼の目には、既に大人への絶望が、深く根を下ろしていた。

 

 ──そんな玲司にとって、唯一の“逃げ場”があった。

 

 夜、こっそりと団地を抜け出して、坂の上の公園へ向かう。

 そこには、小さな"星を見る会"があった。

 発起人は、同じ団地に住む同級生・佐川颯太と、隣の棟に住んでいた女の子・天野唯。

 

 「今日は北斗七星がよく見えるんだってさ。すげぇよ、ほら見てみ?」

 「ちょっと寒いけど……星がキレイな日は、頑張って早起きするのも悪くないよね」

 

 佐川が持ち出してきた天体望遠鏡の覗き穴を、玲司はいつもぶっきらぼうに覗き込んだ。

 

 北の空に、七つの星が静かに瞬いていた。

 光は遠く、冷たく、それでも綺麗だった。

 

 ──ああ、あの世界には、殴る奴なんていねぇんだろうな。

 

 ふと、そんなことを考えた。

 

 佐川と天野の家は、いつも温かかった。

 玄関を開けると、味噌汁の匂いや石けんの香りがして、

 「玲司くんも一緒にご飯どう?」と笑う母親たちがいた。

 玲司はムスッとしながらも、出された食事を残さず食べた。

 風呂にも入れてもらい、タオルを借り、テレビを一緒に観た。

 

 ──あの頃。

 無愛想な顔で、いつも反抗的だったけど。

 内心では、ずっと、感謝してた。

 あんな普通の家に、自分が生まれてたら──って、何度も何度も思った。

 

 そして、玲司が八歳の誕生日を迎えたある日。

 

 父が──どういう気まぐれか、プレゼントをくれた。

 

 「ほらよ。ガキが欲しがってたやつ、安くなってたからな」



 投げられるように渡された箱には、少し型落ちのヒーローベルトのおもちゃが入っていた。

 

 ──変身ベルト。

 

 テレビの中で、主人公が叫ぶ。

 “変身!”と叫んで、姿を変え、悪を倒すヒーローになる。

 それに憧れていた。

 

 まさか、本当に手に入るなんて。

 しかも、父がくれるなんて。

 

 それは、本当に、本当に嬉しかった。

 自分にも、まだ“家族”があるんだって──信じたくなった。

 

 ……けれど、それから間もなく。

 父は、何も言わず、家からいなくなった。

 母は泣き疲れて、夜の仕事に就いた。

 家には誰もいなくなった。

 

 玲司の中で、何かがぽっきりと折れた。

 

 そこから、非行に走るまでに時間はかからなかった。

 「怖いものなんてねぇ」と嘯いて、

 「この世は全部クソだ」と言い放ち、

 「俺の邪魔する奴はぶっ飛ばす」と、拳を振り上げた。

 

 佐川も天野も、変わらず傍にいてくれた。

 怒ったり、泣いたり、黙って見守ったり。

 けど玲司は、その優しさが怖かった。

 受け入れたら、また消える気がして。

 

 ──優しさは、いずれ裏切る。

 

 そう信じて疑わなかった。

 

 中学に上がる頃には、地元の不良たちの間で“鬼塚”の名は有名になっていた。

 喧嘩に強く、頭も回る。

 誰にも媚びず、何にも屈しない。

 

 だが、そんな玲司の心に、ふと届いた“知らせ”があった。

 

 ──天野唯の母が、病気で入院した。

 

 最初はただの風邪だと思っていたらしい。

 だがそれは、治療法のない難病だった。

 筋肉が動かなくなり、いずれ呼吸も、声も、奪われていく。

 

 病室の隅で泣く天野唯と、その肩に手を置く佐川颯太を、鬼塚玲司は陰から見ていた。

 

 (……何してんだ、俺)

 

 その晩、こっそりと病室に忍び込んだ。

 唯の母は気付いて、ほほ笑んだ。

 「玲司くん……変わらないわね。元気そうで良かった」

 

 ……変わらない。変われないまま。

 

 だからせめて、何かできないかと思った。

 唯には内緒で、病室の掃除をした。荷物を片付けた。重いものを運んだ。


 「本当によくやってくれるわ、玲司くんは……」


と笑う天野の母の姿。何故か、心が痛んだ。

 

 その頃から、家に残っていた自分の母にも、優しくしようと思った。

 うまく話せなかったけど、一緒にご飯を作ったり、皿を洗ったり。

 毎日は少しずつ変わっていった。

 

 そして、気付けば“夢”ができていた。

 

 佐川と天野と、同じ高校へ行く。

 また、一緒に星を見に行く。

 

 そのために、誰にも言わず、猛勉強を始めた。

 

 夜のコンビニのバイト。

 その帰りに買った問題集。

 教科書の内容は、意外とすんなり頭に入ってきた。

 

 ──だって、自分は昔から、世の中をよく見ていたから。

 どうすれば、負けないか。

 どうすれば、生き抜けるか。

 そのために、ずっと考えてたから。

 

 そして春。

 進学高校の合格通知を握りしめた手は、ほんの少しだけ震えていた。

 

 入学式。

 佐川が笑顔で言った。


 「お前……マジかよ!? 何でここにいんだよ!」


 天野が言った。


 「……うれしい……! 本当に来てくれたんだ……!」

 

 けど、玲司は照れ隠しに、そっぽを向いて言った。

 

 「……別に、近かったから来ただけだ。勘違いすんなよ」

 

 それでも、胸の奥が熱かった。

 

 そして、二年生になって。

 三人は、同じクラスになった。

 

 運命が、ゆっくりと動き始めていた。



 ◇◆◇



 そこは、物語の中のような空間だった。

 巨大な柱が幾重にも連なる、高さ数十メートルの黒鉄色の広間。

 天井には魔力の導管が編み込まれ、壁面には七色の魔紋が淡く輝く。

 その中心で、鬼塚玲司は、ゆっくりと目を開けた。

 

 「……なんだ、ここは……?」

 

 重力の感覚が違う。

 空気も違う。

 見知らぬ場所で、制服姿のクラスメイトたちがざわめき、叫び、歓声を上げていた。

 

 (……異世界に、召喚された……?)

 

 聞こえてくる説明によれば、ここは“魔導帝国ベルゼリア”の首都、その中心に位置する“魔導召喚塔・オルディノス”。

 クラス全員が、女神の意志を媒介に、この国の希望として選ばれたのだという。

 

「やっぱ俺の“天啓眼アナライズ・ヴィジョン”は、情報戦において最強だって!」

「でも俺の“召喚獣ファミリア・マスター”の方がロマンあるから!」

「それより俺の“魔導設計アルケミア・コード”、これクラフト系スキルだぞ? 文明、起こせるぞ?」

「そ、それより俺は……えーと……“魔力増幅装置エナジー・コイル”? なんか……サポートっぽいけど?」

「いや、それ強いから! それ無限MP製造機みたいなもんだから!」

 

 教室ではいつも静かで小心だったオタク四天王たちが、目を輝かせながら“自分の能力”に夢中になっていた。

 

 「ちょっとちょっと~!うちら、“傾世幻嬢チャーム・クイーン”ってなんかめちゃ可愛い職業だったんだけど!?やば~!」

 「世界一映えるってコト~!?やばたにえん~!」

 

 ギャル三人組も、スマホが使えないことに文句を言うどころか、キラキラした顔で異世界で得た新たな力に歓声を上げていた。

 

 (……何だよ、これ)

 

 鬼塚は、一人、薄暗い柱の影に立っていた。

 全身をじっと動かさず、周囲の空気だけを感じていた。

 空気が軽い。思考が浮つくような、得体の知れない“違和感”の匂いがする。

 

 (……おかしい。こいつら、何か……“おかしい”)

 

 教師すら呆れるほどの頭脳を持つ一条雷人が、腕を組みながら冷静な顔で「合理的に考えて協力すべきだな」と口にしている。

 生徒会長の天野唯も、困惑の表情を見せつつ、どこか“納得している”。

 

 ──そして、極めつけは、佐川颯太だった。

 

 鬼塚は、彼を見た瞬間に悟った。

 

 (……こいつ、“佐川”じゃねぇ)

 

 剣を携え、立ち姿も堂々としていて。

 クラスの中心に立ち、「俺たちは“選ばれた存在”なんだ」と語るその姿。

 それは、確かに頼りがいのある“勇者”のようだった。

 

 ──けど。

 “天野唯の母”が病気なんだ。

 一刻も早く、元の世界に戻らなきゃならねぇはずなんだ。

 それを一番分かってたのは、佐川のはずだった。

 

 なのに。

 佐川は、“異世界”に目を輝かせていた。

 仲間を鼓舞するような言葉の裏で、どこか酔っていた。

 

 (……確定だ。コイツら、"何かされて"やがる。)

 

 鬼塚は、静かに確信する。

 

 (何か、精神に作用する“魔法”か“スキル”ってヤツが使われてる。クラス全員が、それに気づかずに“乗せられて”やがる)

 

 目の前に立つ女──“フラム・クレイドル”と名乗った女魔導官。

 この国の高官らしいが、冷ややかな瞳の奥に、まるで“舞台を見守る演出家”のような気配があった。

 

 (……てめぇが仕組んだってわけか)

 

 鬼塚の脳裏に、一つの考えが閃く。

 

 自分は何故だか、まだ“染まっていない”。

 ならば、やることは一つだ。

 

 立ち上がる。

 スキル欄に浮かび上がった、自分のスキル名。


 "魔装戦士ストラディアボラス"
 

 その文字を見た瞬間、鬼塚の中に──“確信”が流れ込んできた。

 スキルの使い方が、魂で理解できた。

 

 「……頭じゃねぇ。“魂”が理解したぜッ!!」

 

 鬼塚は叫び、跳んだ。

 瞬時に魔力を巡らせ、黒紫の魔力を爆発させながら、フラムの目の前に飛び込む。

 メリケンサック型の魔装を形成し、首元に突きつけた。

 

 「てめぇらが俺たちを呼んだってんなら──まず、交渉ってもんがあんだろうが」

 「俺たちを、元の世界に戻せ……そうしねぇと……この女がどうなってもいいのかァ!?」

 

 混乱が走った。

 だが───

 

 ──ズドンッ!!

 

 爆風。

 鉄の衝撃。

 鬼塚の視界が、一瞬で真っ白に染まった。

 次の瞬間、彼の身体は空を舞い、塔の壁に叩きつけられた。

 

 咳と血が、喉奥から吹き出す。

 

 「がっ……は……ッ」

 

 視界の先に、赤き将軍が立っていた。

 武闘着に身を包んだ身躯。

 燃える様な赤い弁髪。

 紅の瞳に、冷たい怒りが宿っている。


 ──“紅龍コァンロン”。


 魔王軍をも討ち破ったという、戦場の破壊神。

 

 その男が、ゆっくりと歩み寄ってくる。

 鬼塚の眼前まで顔を近づけると、小声で囁く様に言った。

 

 「童よ……貴様、フラムの"洗脳"が効いておらんな?」

 「だがな──」

 

 その瞳が、鬼塚の魂を射抜いた。

 幼い日、父親が振るった暴力。

 母が泣いていた夜。

 怖くて、涙が止まらなかった夜。

 

 それら全てが、一瞬でフラッシュバックする。

 膝が震える。呼吸が浅くなる。

 

 「──貴様では、儂には決して勝てん」

 

 その言葉が、刃となって胸を貫いた。

 

 「友が大事なのであれば……身の振り方には、注意することだ」

 

 ──気絶する寸前、鬼塚は、呪いのように“悔しさ”を刻み込んだ。

 

 (……チクショウ……)

 

 (……今のままじゃ、……全ッ然、足りねぇ)

 

 (俺が、強くならなきゃ……)

 

 (……唯と、佐川を……クラスのヤツら守れるのは、俺しかいねぇんだ……!)

 

 意識が沈みゆく中で、鬼塚は、己の“孤独な戦い”を決意していた。



 ◇◆◇



 ベルゼリア郊外の深い森の中、鬼塚玲司はひとり立っていた。

 満月に近い巨大な白い月が、木々の隙間から漏れ落ちる。

 湿った地面に、血と汗と泥の跡が散っている。

 

 呼吸は荒い。喉は焼けつくように乾いていた。

 脚も腕も、痛みで震えていた。

 

 だが──

 

 鬼塚の目は、決して折れていなかった。

 

 (……このままじゃ、終われねぇ)

 

 あの日、紅龍に敗れた時の感覚が、今も身体に残っていた。

 力の差。

 絶望。

 何もできないままに打ちのめされた、屈辱。

 

 あの時、思い知った。

 

 「“怖い”って感情は……生きてる限り、絶対に消えねぇんだな」

 

 けど──

 

 「だったら、それごと、乗り越えてやるよ……」

 

 誰に聞かせるでもない独り言が、夜の森に吸い込まれていく。

 

 鬼塚は剣を持たなかった。

 魔法もロクに使えなかった。

 だが、自分には"魔装戦士ストラディアボラス"というSS級スキルがあった。

 戦えば戦うほど、魔力によって作られる装備が“進化”するスキル。

 

 それが何かは、誰にも分からない。

 けれど、鬼塚には分かっていた。

 ──これは、“俺自身を変えるスキル”なんだ。

 

 巨大な魔獣とぶつかった。

 斧を振るうゴブリンを素手で叩き潰した。

 毒に侵されながら、夜を越えた。

 

 スキルレベルは、じりじりと上がっていった。

 

 誰の助けも、励ましもなかった。

 佐川も、天野も、今の状況に“気づいて”いない。

 

 ──けど、それでいい。

 

 誰に認められなくてもいい。

 誰にも感謝されなくてもいい。

 ただ一つだけ。

 

 「……俺が、変わりてぇんだ」

 

 誰かを殴って強くなるんじゃねぇ。

 誰かのために立ち上がる“ヒーロー”に、俺はなりてぇんだ。

 

 スキルレベル10。

 その瞬間。

 

 ──バチン。

 

 何かが弾ける音がした。

 胸の奥で、何かが“カチリ”と噛み合った。

 

 鬼塚の足元に、紫の魔力が集まり始める。

 

 ギュルルルル……

 

 巻き込まれるようにして、闇の中から“それ”が姿を現した。

 

 ──漆黒のバックル。

 歯車のような金属の装飾。

 まるで、かつて父からもらった“変身ベルト”の記憶をなぞるようなデザイン。

 それは、静かに彼の腰に装着された。

 

 「……神器……"獏羅天盤ばくらてんばん"……?」

 

 頭に浮かぶその名を口にした瞬間、ベルトのバックル中央が、ギィンッと金属音を鳴らしながら回転を始めた。

 

 目を見開く。

 

 (……あの日……)

 

 誕生日に、父が投げつけるように渡したベルト。

 ボロくて、型落ちで、けど、たまらなく嬉しかった。

 

 (あのベルトは……今の俺の、始まりだった)

 

 「……変わりたい」

 「誰かのために……立ちたい……」

 「だったら──俺が、“変わる”しかねぇだろッ!!」

 

 ベルトのバックルを、親指で“回した”。

 

 ギィィィィィィィィン!!

 

 紫電が弾ける。

 雷のような魔力が爆発し、全身を包む。
 
 重たい足音を踏み出し、鬼塚は構えを取る。

 

 「てめぇらが“偽物の勇者ごっこ”してんならな……」

 

 紫の瞳が、闇を裂くように輝いた。

 

 「俺は、“本物のヒーロー”ってやつを、見せてやるよ……!」

 

 ──願いは、2つ。

 

 “強くなりたい”でも、

 “誰かを見返したい”でもなく。

 

 "変わりたい"。そして、"救いたい"。

 

 ただ、それだけだった。


──────────────────


 爆音と砂煙が晴れていく。

 かすかな残響だけが木々の間をすり抜け、森の一角は、突如として沈黙に包まれた。


 リュナと鬼塚。


 ふたりの距離は、剣を交えるにはやや遠く、しかし、殺意を交えるには近すぎた。

 

 鬼塚玲司は、静かにその場に立っていた。

 風に揺れる長ラン風の軍服。その胸元ははだけ、腰元に巻かれた漆黒のベルトが月光を弾いて光る。

 バックル中央の歯車のようなパーツが、まるで呼吸するかのように、カチリ、カチリと音を立てていた。

 

 リュナがその異様な“気配”を察し、思わず構え直す。

 黒銀の竜腕が背からせり上がり、羽ばたきかけていた竜翼も微かに震えを見せる。

 

 ──ピリ、と空気が鳴った。

 

 鬼塚が、ゆっくりと親指をベルトのパーツに添える。

 歯車に触れたその指先に、紫の魔力が滲んだ。

 

 「……さぁて、こっからが“本番”だ」

 

 少年の低い声が、地を這うように響いた。

 

 そして──

 

 ギュイイイイイイインッ!!

 

 親指で強く、回す。

 金属が軋むような音とともに、歯車パーツが高速回転を始めた。

 同時に、紫の魔力が暴発したかのように鬼塚の全身から噴き上がる。

 電撃のような閃光。魔導文字が空中に浮かび、バチバチと火花が散る。

 

 「──変身……ッ!!」

 

 声と共に、魔力が“実体化”する。

 鬼塚の身体を包むように、装甲が出現し始めた。

 

 まず肩。

 棘の生えた、暴走族の特攻服を模したような両肩アーマーが左右からせり出す。

 次に胸部。

 中央に大きな鬼の面が彫り込まれたプレートが、紫黒の光を反射して組み上がる。

 脚部には金属のブーツが装着され、地面を踏みしめた瞬間、重低音が鳴る。

 

 最後に、ヘルメット。

 鬼の角のように湾曲した二本のツノ。

 口元には獰猛な牙の意匠。

 瞳にあたる部分は、スリット状に紫の光が走り、圧倒的な存在感を放っていた。

 

 その姿は、機械のようで、生物のようで。

 そして、テレビの中のヒーローのようで。

 鬼塚玲司の願いが、具現化したような姿。

 誰が見ても、一目で理解できるだろう。

 ──これは、“変身”だ。

 

 そして。

 

 「……"魔装戦士ストラディアボラス"──パーフェクトフォーム」

 

 鬼塚は、右手を肩越しに引いて構えた。

 腰を落とし、左手を大きく開いて前に突き出す。

 まるで、どこかで見た“決めポーズ”のように。

 

 「てめぇは……」

 

 鋭く睨みつける。

 全身に走る雷光が、その言葉に拍車をかけた。

 

 「──俺がぶっ潰す……!!」

 

 その声音は、もはや以前の“鬼塚玲司”ではなかった。

 ただ荒れて、暴れていた頃の不良でもない。

 誰かのために、信念を掲げる戦士の言葉だった。

 

 リュナは、言葉を失った。

 思わず一歩、後ずさる。

 だがそれは、恐れではない。

 

 「な……何なんすか……その姿は……!?」

 

 ぽつりと呟いたその声には、どこか“感動”に似た響きがあった。

 目を丸くして見上げるその表情は、まるで戦いの最中であることすら忘れてしまったかのようだった。

 

 (うっわ……なに、これ……)

 (その“変身”ってヤツ……)

 

 (……かっこよ!!)

 

 敵のはずなのに。


 「それ……あーしも、やってみたいぃ~!」


 リュナは千年の人生で初めて見る"変身シーン"に立場も忘れ、子供の様に瞳を輝かせるのだった。
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