真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます

難波一

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第五章 魔導帝国ベルゼリア編

第130話 緋色の檻、影の誓い

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──時は、今からおよそ一週間前。


魔導帝国ベルゼリアの首都、その心臓部にそびえ立つ白銀の巨塔。


魔導召喚塔・オルディノス。


──世界の魔導技術の粋を結集したこの塔は、召喚された異世界人たちを管理し、育成し、時に戦場へ送り出すための拠点である。

外壁は光沢を帯びた魔金属で覆われ、昼は陽光を、夜は魔導灯の光を反射して煌めく。

塔の内部は円筒状に吹き抜けになっており、中央を貫く巨大な魔導昇降機が上下に移動する様子が、青白い光の筋と共に見える。

空中には浮遊する魔導球が幾つも漂い、来訪者の案内や監視をしている。

寄宿棟はその中層に位置する。

そこは、まるで高級ホテルのフロアのような華美さと、軍施設らしい無機質さが共存していた。


召喚高校生の1人、山内ミクの部屋は、寄宿棟の中でも特に広いスイートルームだ。


大きな窓からは首都の景色が一望でき、白いカーテンがゆるやかに揺れている。

壁には淡い金色のレリーフが施され、床は毛足の長いカーペット。

ベッドは二つ──いや、実質一人分なのだが。

中央のローテーブルを挟んで向かい合う、二人の少女。


だが──見た目は全く同じ・・・・・・・・


鏡写しのように同じ髪、同じ表情、同じ仕草。

一人は片足を投げ出し、頬杖をつきながらトランプを扇状に広げている。

もう一人は背もたれに深くもたれ、カードを弄びながら、気怠そうに口を開いた。



「……ねぇ、あたし達さ、こんなのんびりしてていいのかなぁ?」



その声は、昼下がりの陽光に溶けるように緩い。

向かいの“もう一人のミク”は、まるで他人事のように肩を竦める。



「どうなんだろね~。でもさ、あたしの──いや、あたしたち・・・・・の、このスキルじゃあ、佐川くんのチームでも一条くんのグループでも、足引っ張るだけじゃない?」



山内ミクのスキルは"分身オルター・エゴ"。

──自分の完全な分身を作る力。

見た目も声も性格も、そして欠点まで、すべてコピーされる。

……もちろん、戦闘力ゼロの部分まで。



「とりあえず、部屋でずっと分身しとけって言われてるし」


「スキルレベル上がるまで、ダラダラするのがあたし達の仕事ってわけ」


「なるほど~。いや~、やる気の無さが自分らしい」



二人はほぼ同時にふっと笑うと、またカードを切る。

ぱらぱらと紙の音が響く。

部屋の端、宙に浮いた魔導デバイスが青く点滅している。

ミクはカードを放り出し、「おやつタイムだ!」とばかりに両手を挙げた。



「ルームサービス、チョコパフェ二つとロイヤルミルクティーお願いしまーす!」



 無機質な機械音声が「承りました」と返し、青い光がふっと消える。



「……さ、勝負の続きする?」

「いいけど、また私が勝ったらプリン譲ってもらうからね」

「えー、それは交渉の余地あり!」



ソファにだらりと腰掛けたまま、二人のミクは他愛ないやり取りを続ける。

外の世界では、戦いと陰謀が渦巻いている。

だが、この部屋の空気は、やけに穏やかで──そして、少しだけ、無防備だった。



 ◇◆◇



──その時だった。

頭の奥で、軽やかなチャイム音が鳴った。

同時に、視界の端に淡く光る魔導ウィンドウが浮かび上がる。



《スキル"分身オルター・エゴ"のレベルが10になりました》

 

……一瞬、何を見せられているのか理解できなかった。
 
だが、次の瞬間にはソファから跳ね起きていた。



「うっそ!? レベル、10!? え、え、ってことは……!」


 
興奮に顔が熱くなる。

分身の“もう一人のミク”も、目をまん丸にして同時に叫んだ。



「え、これ、もう一人増やせるやつじゃん!?」

「だよね!? あたし、やっと……!」



二人同時にぴょんぴょん跳ねながら、互いの手を握ってぶんぶん振る。

カーペットの上でスリッパが脱げ、パフェスプーンがテーブルからカランと落ちる。

……そうだ、報告しなきゃ。

あの人に。



「もしもしっ! 紅龍先生に繋いでくださーい!!」



宙に浮く魔導デバイスに向かって声を張る。

機械音声が「少々お待ちください」と返す間、胸の鼓動が早鐘を打っていた。

──ベルゼリアの将軍であり、自分達の指導役でもあった紅龍先生は、この寄宿棟にいる自分たちを「役立たず」扱いしなかった。


「貴様らのスキルには有用性がある。腐らず精進せよ」


そう言ってくれた。

あの一言が、どれだけ救いになったか……。



寄宿棟のロビーは、近未来的な一流ホテルのようだった。

天井まで伸びるクリスタル柱が淡く光り、壁際には魔導で浮かぶ観葉植物が並ぶ。

赤い絨毯の中央に、黒曜石のような床が鏡面のように輝いていた。

 
そこに──彼はいた。

 
紅龍コァンロン
 

燃えるような赤髪を弁髪にまとめ、中華風の軍装を身に纏った長身の男。

片手で二つの銀色の健身球をコロコロと転がしながら、鋭い眼光をこちらに向けている。



「……来たか、小娘」



その声は低く、しかし不思議な熱を帯びていた。



「見てくださいっ!」



ミクは勢いよく両手を前に突き出す。

ふっと空気が揺れ、ぱんっ、と軽い破裂音と共にもう一人……いや、二人目の分身が現れる。

これで三人。

ロビーの真ん中に、同じ顔のミクが三人並び、きょとんとこちらを見ていた。



「「「スキルレベル、10になりました! 分身、一人増やせました!」」」



紅龍の目がギラリと光る。

手の中の健身球が、カラカラと乾いた音を立てた。



「──善哉ぜんざい善哉ぜんざい……!」


口角がゆっくりと吊り上がる。



「ようやった、小娘……いや……山内ミクよ」



……名前を、呼ばれた。


一瞬、胸の奥がじんと熱くなる。

これまで“わらべ”“小娘”としか呼ばれなかった自分が、初めて「名前」で呼ばれた。

認められた──そんな実感が、全身を満たしていく。



「……えへへ。ありがとうございます、紅龍先生!」



思わず笑顔がこぼれる。

そのとき、ふと胸の奥に引っかかるものがあった。



「そういえば……紅龍先生。最近、ミユキちゃんの様子って、どうなんですか?」



元の世界にいた時からの親友、浜崎ミユキ。

彼女もまた、"変身メタモルフォーゼ"という、ハズレスキルを授かった仲間だ。

──声や姿はどの様にでも好きに変身出来る。

……が、能力は本人そのまま。戦闘には不向き。

以前は一緒に寄宿棟にいたが体調不良で治療棟に移されたと聞いていた。


問いかけた瞬間──紅龍の指先がわずかに止まった。


健身球の回転が止まり、銀色の球が互いにカチリと当たって、微かな音を響かせる。

その刹那の沈黙が、妙に長く感じられた。

だが、次の瞬間には、彼の口元にいつもの鋭い笑みが戻る。

ゆったりと息を吐き、低く響く声で答えた。



「心配はいらん」



言葉と同時に、瞳の奥が赤い炎のように揺らめく。



「あの小娘──浜崎ミユキは、絶対に安全な場所・・・・・・・・におる」

「命に関わる事は決して無い。儂が保証しよう」



どこか意味深なその言い方に、ほんのわずかに胸の奥がざわつく。

けれど──なぜだろう。

その声音には、確かに人を納得させる力があった。



「……そっか。それなら……よかった!」



ミクは胸の前で手を重ね、ほっと息をつく。

こわばっていた肩の力が、ふっと抜けた。

紅龍は「いずれ指示を下す。それまでは部屋で休め」と言い残し、踵を返す。

赤いマントの裾が大きく翻り、重厚な足音がロビーの奥へと遠ざかっていった。


──その時、テーブルの上で乾いた金属音が響く。


健身球が2つ、忘れ物のように置き去りにされていた。

光沢のある銀の球が、天井の魔導灯を映して淡くきらめく。

ミクはそれを見つめ、首をかしげた。



(……紅龍先生がいつも弄ってるこれ、なんなんだろ? ただの握力ボール……かな?)



手を伸ばしかけて、指先を止める。

ほんの一瞬迷った末に、彼の後を追うことを決めた。



 ◇◆◇



テーブルの上に残された銀色の健身球を、ミクは両手でそっと包み込む。

ひんやりとした感触が掌から伝わり、なぜだか心臓の鼓動が少しだけ速くなる。



(……やっぱり返しとかなきゃ。紅龍先生、これ手元にないと落ち着かない人っぽいし)



ロビーの奥に視線をやると、さっき紅龍が歩いて行った方向に、普段は閉ざされているはずの重厚な扉があった。

その扉が、まるで呼吸しているみたいに、ほんのわずかに揺れている。

近づくと、静かなはずの空気の中で、わずかに金属の軋む音。

──開いている。立ち入り禁止の研究棟への扉が。



(あれ……? これ、閉め忘れ?)



周囲を見回す。誰もいない。

ほんの少しだけ、胸の奥に「覗いてみたい」という好奇心が芽生える。

紅龍が向かったのはきっとこっちだ。だったら、このまま渡せるかもしれない。


扉を押すと、油の差された蝶番が音もなく滑らかに動き、冷えた空気が頬を撫でた。

足を踏み入れると、外の煌びやかなロビーとはまるで別世界。

壁一面に魔導式の光源が埋め込まれてはいるが、光はどこか白く冷たい。

金属と魔法陣と透明な管が入り組んだ、近未来的な研究棟の内部。



(……すご……理科室と魔法工房を合体させたみたい……)



慎重に歩みを進めながら、何度か紅龍の名を呼んでみるが、返事はない。

廊下の奥に、小さなガラス窓が付いた扉を見つけた。

覗くと、中は薄暗く、赤い光が点々と浮かんでいる。

  
ためらいながらもドアノブを回すと、軽い音を立てて開いた。

空気がひやりと流れ込み、ミクの二の腕に鳥肌が立つ。



「……なに、これ……」



部屋の中央に立っていたのは、人の形をした彫像だった。

全身が深紅の宝石でできていて、光を受けるたびに妖しく輝く。

輪郭、髪の流れ、目元の形──見間違えようがない。



それは、親友の浜崎ミユキにそっくりだった。



ミクの呼吸が浅くなる。

足元から冷たいものが這い上がってくる感覚に、思わず後ずさる。



「……彫像……だよね? これ……」



乾いた声が自分の口から漏れる。

ゆっくり近づくと、宝石の瞳が何かを訴えるように見えた。

ただの彫刻のはずなのに、頬のこわばりや唇の震えが、あまりにも「生きていた瞬間」を切り取ったようで──。

奥へ視線をやると、さらに三つの赤い彫像が並んでいた。

全て、自分と同じく、寄宿棟での訓練を命じられていたクラスメイトの顔だ。

背筋を氷でなぞられたような感覚に、ミクの指が震える。
  
健身球を握る手に、じわりと汗が滲んだ。



「……っ」



その時、背後から肩を軽く叩かれた。



「──っ!!!」



全身の血が逆流するみたいに跳ね、反射的に振り返る。



「ミ……ユキ……?」



そこには、彫像と同じ顔をした浜崎ミユキが立っていた。

部屋の冷たい空気とは不釣り合いなほど柔らかな笑みを浮かべて。

胸の奥の緊張が、一気に解ける。



「も~~……おどかさないでよ~……」
 


そう言いながら息をつき、手を胸に当てる。

そして、まだ早鐘を打つ心臓を宥めながら、さっきの彫像を指さした。



「ねえ、これ……めちゃくちゃミユキに似てない? 本人かと思って──」



その瞬間。



ドンッ!



背中から腹にかけて、強烈な衝撃が走った。

肺から息が押し出され、視界が一瞬白くはじける。



「……え……?」



視線を下げると、自分の胸から縦に二本、緋色の刃のようなものが突き出ていた。

血は一滴も流れていないのに、体が言うことをきかない。


震える首だけで振り返ると──。


そこに立っていた「ミユキ」の輪郭が、ぐにゃりと歪んだ。

皮膚も髪も、まるで古い地層が風化して剥がれ落ちるかの様に、ボロボロと崩れていく。

その下から現れたのは──大きな緋色のハサミ状の双剣を握る……


──将軍"紅龍"だった。



 ◇◆◇



背中に突き立つ緋色の刃が、ぎし、と小さく音を立てた。

胸の奥が冷たい手で握り潰されるような感覚に、ミクは震えながら声を絞る。



「そ……れ……ミユキの……“変身”スキル……?」


「なん……で……紅龍コァンロン……先生が……?」



「ミユキ」だったはずの姿が、ぐにゃりと波打つ。

皮膚の色が剥がれ、髪の形が崩れ、輪郭は鋭く変形していく。


次の瞬間、そこに立っていたのは──紅龍。


紅の弁髪が、彫像の赤い光を反射して揺れる。

その両手には、二本の長剣を合わせて作られた巨大な“ハサミ”が握られ、ミクの体を貫いていた。



「言ったであろう」



紅龍の低い声が耳に落ちる。



「“貴様らのスキルには有用性がある”と」



口角が、ゆっくりと邪悪に引き上がった。



「──ただし、儂にとっては、だがな」



ジャキンッ。

耳をつんざく金属音とともに、ハサミが閉じられる。



「──ぁ……」



足元から力が抜け、膝ががくりと落ちる。

その瞬間、ミクの肌が足元から透き通った紅へと変わり始めた。

硬質化する感覚が、まるで自分の体がゆっくりと死んでいくのを実感させる。



「や、やめ……」



声は震え、舌が重く動かない。

紅龍はそんな彼女を見下ろし、まるで芸術品を眺めるような眼差しを向けた。



「儂の"緋蛟剪ひこうせん"は、魂ごと“スキル”を喰らう」

「光栄に思うが良い……貴様のような"弱者"が、儂の“力”の一部となれるのだからな」



言葉の意味が、脳に突き刺さる。


──スキルを、喰らう?


ミクの頭の中で、過去の紅龍の言葉が繋がっていく。


「腐らず精進せよ」


……あれは、この瞬間のために?

指先から、視界から、色が赤く染まっていく。

恐怖と混乱で、思考がうまくまとまらない。



「や……だ……たす……け……」



その声が完全に凍りつくのと同時に、山内ミクの身体は、緋色の宝石像へと変貌を終えた。

表情は最後まで恐怖に引きつったまま、硬質な輝きとなって固定される。


紅龍は、彫像となったミクの頬を指先でなぞる。

その動作は妙に優しく──だからこそ、底知れない悪意が際立った。



「……魂を喰われた肉体は、いずれ死滅する」

「だが、安心せい。死んで貰っては困るのだ」

「せっかく手に入れたスキルも消えてしまうからな」



紅龍は薄く笑い、彫像の頬を離す。



「ゆえに──貴様らは緋色の像として、永劫の時を生きる」

「儂と共にな」



低い声が部屋の壁に反響し、重く響く。

その音に、薄暗い空気がさらに冷えた。



 ◇◆◇



……その一部始終を、誰にも気づかれず見ている者がいた。

壁の陰、闇の中に溶け込むようにしゃがみ込む影山。

"絶対不可視イグノーシス"により、誰にも認知されないその身体は、細かく揺れていた。

両手で口を押さえ、肩がガタガタと音を立てそうなほど震える。

爪が唇に食い込み、鉄の味が広がっても、それすら意識の外だ。



(……紅龍……あいつ……!)


(初めから……俺たち召喚者にスキルを育てさせて、最終的に奪って……石像にするつもりで……!?)



心臓が喉元までせり上がり、息が短くなる。

全身を締め上げる恐怖は、足の感覚すら奪いかけていた。


──それでも、胸の奥に別の感情がじわじわと浮かび上がる。



(……いや、ヤツは言った……山内達はまだ生きてる……!)

(助けられる……はずだ!)



恐怖がわずかに押しのけられ、熱のこもった衝動が代わりに心を満たす。

震える膝を無理やり押さえ込み、奥歯を噛みしめる。



(──どうやって、じゃねぇ……!)

(助けなきゃ……! この状況を知ってるのは……俺しかいねぇんだ……!)



壁にもたれた背中から、汗がじっとりと滲む。

息を吸い込むたびに、胸の奥で荒れ狂っていた鼓動が、少しずつ一定のリズムを取り戻していく。

影山は、深く、長く、息を吐いた。

瞳の奥には、恐怖の揺らぎを抱えながらも、はっきりとした決意の光が宿っている。

やがてゆっくりと立ち上がり、紅龍の背中を一瞥したまま、音もなく影の中へ身を引いた。

胸の奥で、無音の誓いが炎のように燃え上がっていた──


──必ず、この地獄から仲間を救い出すと。
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