真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます

難波一

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第五章 魔導帝国ベルゼリア編

第138話 突入!魔都・スレヴェルド

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車内は、妙に心地よい振動に包まれていた。

窓の外は延々と続く魔導灯の列。

真っ暗な遺構の中を、俺たちの修学旅行バスはゴウンゴウンと進んでいく。


最後部座席では、ブリジットちゃんとリュナちゃんが互いに肩を預け合って寝息を立てている。

その膝の上でフレキくん(小犬モード)がまるで安心しきったように丸くなって、スーピーと寝息を立てていた。

……なんというか、戦いに向かうとは思えないくらいの平和な光景。

俺は思わず苦笑したが、その前の席からマイネさんが長いため息をつき、呆れたように言葉を落とす。



「……緊張感の無いヤツらじゃのぉ」



彼女の赤い瞳は眠りこける三人を見やって、心底信じられぬといった色をしていた。

でも、隣でバスを運転しているヴァレンが、ミラー越しに彼女を見てクククと笑う。



「ククク……いいじゃねぇか、マイネ。そんだけ堂々としてるってことだ。頼もしい限りだろ?」



帽子を指でくいっと上げ、ハンドルを軽快に操るその姿は、どう見ても普通の運転手。

ヴァレンの奇行には慣れてきたつもりだったんだけど、魔王が修学旅行バスを召喚して運転手さんになる!とか、予想の斜め上過ぎるね。

なんか色々感覚がおかしくなってきた。

そんなことを考えていた時だ。

正面のトンネルの先に、ほんのりオレンジ色の光が差し込んでくるのが見えた。



「……あれ?」



思わず声を上げて身を乗り出す。

暗い地下道を抜けるにつれ、光がだんだん大きく、眩しくなっていく。

そして──

俺たちは、一気に開けた光景へと飛び出した。



「……っ!?」



思わず息を呑む。

バスの窓の外に広がっていたのは、俺の知っている“街”とはまるで違う光景だった。

切り立った渓谷の底いっぱいに築かれた、巨大都市。

広さは……東京の23区ぐらいか?それぐらいの規模感だ。

石と金属で築かれた高層建築が何百、何千と並び、無数の灯りが夜空の星のように瞬いている。

けれどその頭上を見上げると、そこには空ではなく、透明な結界のような光の膜が渓谷の蓋となって街を閉じ込めていた。

地上の空を知らないこの地の魔族たちは、きっとあの結界を「空」だと信じて生きてきたんだろう。

幻想的で、それでいてどこか息苦しい景色だった。


俺は我慢できずに叫んだ。



「すっげぇぇぇ!!何これ!?ファンタジーっていうか……いや、もう完全にSFじゃん!!」



声に釣られたのか、最後部で眠っていたブリジットちゃんとリュナちゃん、フレキくんが目をこすりながら起きてくる。

三人は同時に窓に顔を近づけ──



「うわぁ~!!綺麗~!!」

「こりゃ見事っすねぇ……来たの何気に初だわ!」

「す、すごいですっ!!」



それぞれの声が混じって、バスの中は一気に明るい空気に包まれる。

マイネさんは腕を組んでうんうんと満足そうに頷き──



「そうじゃろう、そうじゃろう……!」



なんて、まるで自分の自慢みたいに嬉しそうだった。

というか、この街全体がマイネさんの所有物なんだよね、もともと。すげぇな、冷静に考えると。

けど、すぐにその表情を引き締めて声を低くする。



「じゃが……油断するでないぞ。スレヴェルドは既にベルゼリアの手に落ちておる。ここは──“敵地”と思え」



その言葉に、窓の外の煌めきが一気に違う色を帯びる。

ただの街の灯りが、敵の砦の灯火に見えてしまった。


隣に座るベルザリオンも、真剣な顔でこくんと頷く。

そして運転席のヴァレンが、くるりと俺たちを振り返って口角を吊り上げた。



「だな。……ここからは、このバスじゃ目立ちすぎる。別の乗り物に変えるぜ」



その声に、バスの中の空気がピリッと張りつめた。

俺たちは無意識に呼吸を整え、次の展開に備えた。



 ◇◆◇



チリン、チリーン……。

渓谷の街を見下ろす上空道路に、やけに牧歌的なベルの音が響いていた。

俺はハンドルを握りながら、思わずため息をついた。


……いや、なんで自転車?なんでママチャリ?


ベルザリオンくんの後ろには、マイネさんがベルザリオンくんの腰にギュッと手を回して返って二人乗りしてる。

必死に顔がニヤけそうになるのを我慢してるね。

ブリジットちゃんのカゴにはフレキくん(犬モード)がちょこんと座って、その後ろにリュナちゃんが「きゃっほー!」って感じで両手を広げながら揺れてる。

影山くんに至っては……自転車だけがスイスイ進んでる。

いや、俺目線で見ると薄ら人影が重なってるんだけど、知らない人から見たら完全にポルターガイストだ。都市伝説になるやつ。



「……なあヴァレン」


俺は前方を走るヴァレンに声をかけた。


「なんでママチャリなの?」



ヴァレンは片手で軽やかにハンドルを操りながら、振り返りもせず当然のように答えた。



「決まってるだろ?日の暮れた街の灯りを見ながら、並んで自転車を漕ぐ男女……。これ以上ない青春の象徴じゃないか!」


「いや今の状況で青春要素いる!?」



思わず大声でツッコミを入れる俺。

敵地に乗り込むのに皆でママチャリで移動なんて、ヤンキー漫画ですらなかなか見ない絵面。



(まあ、ヴァレンの”ときめきグリモワル”は“ときめきを感じたもの”しか召喚できないのは知ってるけど……完全にヴァレンの匙加減次第じゃない?これ)



ふと俺は考えてしまう。

……もしもヴァレンに、戦闘機乗りのラブストーリー映画でも見せたら、戦闘機を召喚できたりするんじゃ?

いや、ありえるなこれ。

流石"世界一歪んだ魔王"の呼び名は伊達じゃないね。

そんな馬鹿げた妄想をしながら、俺はチリンチリーンとママチャリのベルを鳴らしてペダルを踏み込む。

視線の先には、スレヴェルドの中央にそびえ立つ、近未来的な超高層建造物アグリッパ・スパイラル。

あれが目的地だ。



「……影山くん」



俺は横を走る“自走自転車”に声をかけた。



「お友達は、あのデカい建物にいるんだよね?」



影山くんは、走りながらホワイトボードに文字を書いてこちらに掲げる。

俺に話す分にはボードに書かなくてもいいんだけど、皆に分かるようにちゃんと書いてくれてる。律儀だね。



《はい……そのはずです》

《ベルゼリアがスレヴェルドを占拠してからは、仲間たちの前線拠点として、あのアグリッパ・スパイラルを使ってました》



彼の文字を見た瞬間、マイネさんが前のめりになって大声で言った。



「本当は、妾のものなんじゃがのぉ!!」



めっちゃ圧かけてる。影山くんが悪い訳じゃないから、勘弁してあげて!

強欲の魔王の可愛らしい声がやたら響いて、通り過ぎる魔導ランプの光にまでびっくりされてる気がした。

影山くんは慌てて文字を書こうとするが、自転車がふらふら揺れて危ない。


《す、すみませ……》


「あーあー、いいからいいから!」


俺は慌てて止めに入る。


「まあまあマイネさん、俺らが頑張って取り返すから! ね?勘弁してあげてよ」


前でチャリを漕ぐベルザリオンくんも、「お嬢様……」と、まるでペットの犬がご主人をなだめるみたいに真剣な目で振り返る。


「ぐっ……!」


マイネさんはしばらく歯ぎしりしてから、腕を組んでプイッと顔を背けた。


「……あい分かった! とにかく、まずはアグリッパ・スパイラルの奪還! そして、妾の"魔神器セブン・コード"の奪還を第一とする!」


宣言する声は、風に負けずビシッと響いた。

俺は思わず苦笑して、ハンドルを握る手に力を込める。

すると、先頭のヴァレンが振り返って言った。



「影山クンのお友達の救出も忘れんなよ」



彼の声色は普段よりも少し真剣で、街の灯りを背景にした横顔がやけに頼もしく見えた。



「……やっぱりな」


ヴァレンが真面目な声を低くする。


「お前の"魔神器セブン・コード"を奪ったヤツってのも──」



マイネさんは深いため息をつき、重々しく答えた。



「この期に及んで隠しても仕方あるまい。察しの通り──紅龍じゃ」



紅龍。その名を聞いた瞬間、空気が少し冷たくなった気がした。



「流石に、奴が奪った"我欲制縄マイン・デマンド"の能力までは使えてはおらんようじゃがの……」



ヴァレンは目を細め、低く唸る。



「やはりか……俺ら“大罪魔王”の魔神器すら奪えるとは……紅龍。あいつ、何者なんだ……?」



俺は無意識に空を見上げて、小さく吐息を漏らす。



(……なんかもう、全部その"紅龍"ってヤツが悪いんじゃない?これ)



頭の中で、すごく雑な結論を出してしまったのは内緒だ。



────────────────────



スレヴェルドの夜を貫く『ハイエスト・ウェイ』は、まるで銀の帯のように空中を走っていた。

都市の灯りが星座のように瞬き、その光を受けて道路の表面が白銀にきらめく。

谷底に広がる街並みは小さな宝石箱のようで、崖を縁取る結界が夜空を封じている。


その中を一台のバイクが疾走していた。

黒い残光を尾のように引きながら、鬼塚玲司の魔力で形作られた騎乗具は、風切り音だけを残して静かに走る。

彼の背筋は硬く、握るハンドルを通して、震える指先が露わになっていた。



「……クソ、あの銀色のガキに会いに行くと決めたは良いが、ここからどうすりゃ……」



喉が張りつき、乾いた声がもつれる。

吐き出された独り言は、夜風にかき消されて消えていった。


そのとき──。


前方に、異様な影が現れた。

街灯に照らされ、列を成して走ってくるそれは――数台の自転車。

しかも、どこか間の抜けた……ママチャリだった。


鬼塚の目が大きく見開かれる。



「……は?」



風の音しかなかった世界に、心臓の鼓動が爆ぜるように響いた。

ペダルを漕いでいるのは、見覚えのある銀髪の少年──アルド。

その背後には、彼の仲間たちの姿もあった。



「なっ……!? あいつら……!」



言葉が喉に引っかかり、声が途切れる。

予想外の光景に、頭の中が白く塗り潰される。

確かに会いにいこうとは思っていたが、あまりにも早すぎる。



(なんで、こんな所に……!? なんで、あいつらが……!)



思考が焼き切れたように混乱する中、一つの記憶が脳裏を閃光のように駆け抜けた。


── 一条の残した「ギン」という言葉。

── 戦いの後、差し伸べられた手。


だが同時に、冷酷な現実が胸を締め付ける。



(……違う。ひょっとして、追って来たのか……!?)


(俺達にトドメを刺すために……!)



胃の奥が冷たく縮み、汗が背を伝った。

喉の奥で呼吸が荒くなる。



(そうだ……俺達は侵略者だ。アイツらからすりゃ、仲良くする理由なんて、どこにも無え……!)



指先が震え、ハンドルを握る力が抜けていく。

だが──。



「……いや」



鬼塚は小さく吐き出すように呟いた。

心の奥底から、微かな声が響く。



(……初めから、この世界に俺達の味方なんていなかった。だったら……)


(信じるしかねぇだろ……あの時感じた直感を……!)



彼は深く息を吸い込み、震える手をハンドルから放した。

次の瞬間、魔力のバイクは霧散し、黒い残光となって夜風に吸い込まれていく。


道路の上に独り立ち尽くした鬼塚は、足を前へと踏み出した。

膝が笑い、心臓は破裂しそうに鳴っている。

それでも、彼は両手を高く掲げた。

──降伏の姿勢。

その姿は、夜空を背景にあまりに脆く見えた。

それでも、勇気を絞り出すように、一歩ずつ前へ進む。


前方では、アルド達が自転車を止め、同じように慎重な足取りで彼に近づいて来る。

互いの視線が交わるたび、緊張が道路全体を覆い、冷たい夜気が揺れ動いた。


距離が縮まっていく。

十五メートル……十メートル……。

その間に流れる空気は、まるで張り詰めた弦のように、僅かな振動でも切れそうに張り詰めていた。



夜風に押し流されそうな緊張の中、唐突に澄んだ声が響いた。



「ねぇ!」



銀の髪が街灯を反射し、少年が大きく両手を振る。

その顔には、敵意の影など一欠けらもなく、ただまっすぐな誠意だけが宿っていた。



「キミ、鬼塚くんだよね!?」



──名を呼ばれた瞬間、鬼塚の身体がビクリと痙攣した。

喉の奥が塞がり、息が詰まる。



(な……!? 俺は、名乗ってねぇ……! どうして……!)



混乱が頭を焼き、目の前の光景が霞む。

だがアルドは一歩前に出て、さらに言葉を重ねた。



「あーあー!怖がらなくていいよ!」

「俺たち、君たちを──助けに来たんだ!」



……助けに。


その一言が、鋭い矢のように鬼塚の胸を撃ち抜いた。

全身を縛っていた緊張の糸がぷつりと切れ、熱いものが目頭に溢れる。


声にならない声を漏らしながら、鬼塚は前に手を伸ばした。



「……っ」



よろよろと、足を引きずりながら、一歩、また一歩。

全身が震え、倒れそうになりながらも、必死にアルドへと歩み寄る。

──だが、その瞬間。



「ワンッ!!」



甲高い警告が夜空に響いた。

ブリジットの腕に抱かれていた小さなフレキが、耳を鋭く立てて吠えたのだ。



「……!? 何か来ますっ!! 危ないっ!!」



鋭い声と同時に、大地が突き上げられた。


鬼塚の足元──『ハイエスト・ウェイ』の路面が、下から凄まじい衝撃で爆ぜる。


轟音が夜空を揺るがし、アスファルトが砕け散って火花のように舞い上がった。



「──ッ!!」



支えを失った鬼塚の身体は、人形のように宙へと投げ出された。

黒いシルエットが、白銀の道路の上で翻る。



《鬼塚ぁぁぁッ!!》



影山の絶叫が、もはや声帯を擦り切るほどの叫びとなってほとばしった。

彼の声は、筆談ではなく、生きた声として迸っていた。



「何だ!?」



ヴァレンは即座にグリモワルを開き、魔力のページが光を放つ。

リュナはブリジットを抱き寄せ、彼女を庇うように身を張る。

ベルザリオンはマイネの前に立ち、鋭い視線で前方を睨んだ。

アルドもまた、ヴァレンと並んで一歩前へ踏み出す。


舞い上がる砂埃と瓦礫の幕の向こう──何かが近づいてくる。

視界を覆う煙が徐々に晴れていき、その奥から──影が現れた。


白く、巨大な影。

それは空を悠然と泳ぐ、神話の怪物のような白鯨だった。

滑らかな体表は月光を受け、血のように冷たい光を放っている。


その背に、三つの影が立っていた。


紅の衣を纏い、口角を吊り上げる男──紅龍。

黄金の瞳を静かに光らせる無言の巨漢──黄龍。

蒼き衣の女は艶やかに笑みを浮かべながら、冷たく見下ろしていた──蒼龍。


三龍仙。


その存在が放つ威圧感は、空気そのものを圧し潰し、呼吸すら奪っていく。

先ほどまで確かに差し込んでいた希望の光は、わずかな瞬きで掻き消された。


代わりに、圧倒的な絶望が夜空を覆い尽くしていく──。
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