145 / 307
第五章 魔導帝国ベルゼリア編
第143話 ヴァレン vs. 紅龍 ──ハイエスト・ウェイの戦い──
しおりを挟む
──魔都スレヴェルド上空。
摩天楼の間を縫うように走る高架道路 "ハイエスト・ウェイ"は、夜景の光を背に二人の巨影を映し出していた。
フェンシングの騎士を思わせる端正な立ち姿。
左手には黒皮の魔本"ときめきグリモワル"、右手には十一本の薔薇が巻き付いた魔剣"最愛の花束"を構えたヴァレン・グランツ。
彼の背に吹き抜ける風は軽やかで、どこか舞台上の貴公子を思わせる。
対するは、"ベルゼリアの紅き応龍"の異名を持つ将軍。
紅蓮の衣を纏い、両手に握るのは緋色の双剣"緋蛟剪"。
その構えは武術の舞踏そのもの──中国拳法の剣舞を思わせる流麗さと、炎を宿す猛獣の凶暴さを兼ね備えていた。
「呀ッッ!!」
紅龍が踏み込む。
炎を纏った双剣が夜を裂き、ヴァレンへと殺到した。
その一撃は、ビルの壁面にまで衝撃波を刻み込む暴威。
──キィンッ!
だが、ヴァレンは軽やかに剣を振るい、その斬撃を受け流す。
細剣と細剣が火花を散らし、残光の軌跡が夜空に弧を描いた。
その瞬間、ヴァレンの眼が淡く光る。
魂視。
紅龍の魂が視界に透けて見えた。
紅き竜魂に癒着するように──無数の光の塊。
呻き声を上げるように波打ち、かすかな助けを求める声が響く。
(……なるほど。これが“喰われた魂”か)
(完全に消化されたわけじゃあない。紅龍の魂にべったりと張り付いて……支配されている)
次の一撃。紅龍が下段からすくい上げるように斬り上げた。
ヴァレンは剣を滑らせて軌道を逸らしながら、さらに奥を覗き込む。
そこには、高校生たちの魂が揺らめいていた。
目を閉じ、苦しげに呻き声を漏らす魂たち。
彼らは紅龍に飲み込まれ、意識を奪われ、いまも竜の中で蠢いている。
(……癒着部分を、綺麗に切除できれば……或いは、救えるかもしれないな)
紅龍が吠える。
「儂との闘争の最中に考え事とは、随分と余裕だのう! ヴァレン・グランツ!」
ヴァレンは口角を上げ、剣を軽く跳ね返す。
「ククク……戦場こそが、考えを整理するにはうってつけだろう? 紅龍殿」
紅龍はにやりと牙を剥いた。
「……減らず口よ。ならば、これでどうだ──!」
双剣の柄の部分を、カシャンと音を立てて組み合わせる。
繋ぎ目の鎖が柄の内部に収納され、双剣は一本の双刃刀へと変貌した。
ギュイィィィィン……!
紅き炎が双刃を包み込み、紅龍の手の中で轟音と共に回転を始める。
回転に合わせて炎が伸び、炎の輪となって宙に浮かぶ。
その光は夜空を切り裂き、ビル群を赤々と照らす。
「疾れ……宝貝ッ!」
「"炎龍圏"ッッ!!」
紅龍の腕が振り抜かれる。
炎を纏った輪が高速で飛翔し、轟音を撒き散らしながらヴァレンを襲った。
──ゴオオオオオオオッ!!!
炎龍圏は軌道上の建物を焼き切りながら飛んだ。
高架道路の欄干が一瞬で熔解し、外壁が燃え上がる。
電線が次々と爆ぜ、街灯が破裂し、スレヴェルドの夜景に黒煙が立ちのぼった。
ヴァレンは眉をわずかに寄せる。
(平気で街を巻き込むか……相変わらずイケてないねぇ……!)
対峙するヴァレンは、炎輪を正面から迎え撃ちながらグリモワルを開いた。
「"心花顕現"──」
だが次の瞬間、瞳が細く鋭くなった。
(……ッ!? 反応しない……!)
グリモワルの魔法陣は発動せず、頁の光はすぐに潰えた。
紅龍が不敵に笑う。
「クク……小娘から喰らった"封印呪法"よ。貴様の“魔神器”など、呼吸ひとつで封じられる!」
ヴァレンは舌打ちをしつつ、細剣を構え直した。
「やれやれ……野蛮な炎輪に、若者からぶんどったスキルとは。実に趣味の悪い二本立てだ」
紅龍の炎輪が迫る中、ヴァレンは右手に掲げた魔剣"最愛の花束"を強く握る。
十一輪の薔薇を象った鍔が赤熱に照らされ、花弁の影が揺らめいた。
──ガァァァァンッッ!!
旋回しながら突進してきた"炎龍圏"を、剣先で正面から受け止める。
炎が噴き出し、灼熱が皮膚を焦がすように迫る。
ヴァレンの足は石畳を削り、後方へと二歩、三歩と押し戻された。
が、次の瞬間、薔薇の蔓を模した刃が炎を絡め取り、炎輪を強引に弾き上げる。
その一瞬の隙を──紅龍は逃さない。
地を蹴り、紅の体躯が弾丸のように迫る。
「オオオオッッ!!」
跳躍と共に叩き込まれる飛び蹴り。
炎龍圏の轟熱に続く追撃は、夜の都市そのものを蹴り砕くかのような一撃だった。
しかし──。
「……お前の呼吸、止まってるな」
ヴァレンは低く呟き、半回転しながら紅龍の蹴り足に自らの足を合わせた。
──ガギィィィィィンッ!!
凄絶な音が夜空に弾けた。
二人の足がぶつかり合った瞬間、紅龍の赤黒い魔力とヴァレンの薔薇色の魔力が激しく噛み合い、稲妻のような閃光となってスレヴェルドの空を引き裂く。
紅龍は空中で双刃刀をキャッチし、そのまま軽々とバク宙で距離を取った。
ヴァレンもまた優雅に着地し、剣を払って火花を散らす。
──わずかに、グリモワルが光を取り戻していた。
(……今、封印が解けていたな。やはり……)
ヴァレンは思考を巡らせる。
(影山くんの証言通り。“封印呪法”の発動には呼吸を止める必要がある。)
(つまり、格闘の最中、呼吸を乱した瞬間には発動できない。……なるほど、クセが見えてきた)
紅龍は双刃刀を構え直し、不敵に嗤った。
「“魔神器”を封じれば、ただの鵜戸の大木かと思えば……なかなかどうして。やるものだな」
ヴァレンは剣を掲げ、わざと軽薄に肩を竦める。
「ククク……一芸だけでやっていけるほど、大罪魔王の座は甘くないんでね」
その声の裏で、冷ややかな分析を続ける。
(まぁ……マイネの奴は力の殆どを“魔神器”に依存してるからね。"我欲制縄"を奪われれば、ほとんど何もできないポンコツだがね)
闇に浮かぶ二人の影は、互いに刃を向けながらも、次なる一手を探る静かな間合いへと移っていった。
◇◆◇
──スレヴェルドの夜空に、不意の影が差した。
ヴァレンと紅龍が剣を交えていたハイエスト・ウェイの上空を、小型の魔導飛空挺が轟音を響かせながら横切る。
漆黒の機体に帝国の紋章。艶やかな夜景の中で異様に目立つそれを見て、ヴァレンは片眉を上げた。
「……ベルゼリアの飛空挺、だと?」
魔剣"最愛の花束"を軽く下げ、紅龍の出方を窺いながら視線を送る。
その横顔は普段と変わらぬ余裕に彩られているが、瞳の奥では油断なく“警戒”の光が揺れていた。
だが──紅龍は別の色を見せた。
炎を纏う応龍の瞳が、一瞬だけ苦々しげに細められる。
(……何だ? こいつ、仲間の飛空挺を見て嫌そうな顔を……?)
ヴァレンの胸に疑念がよぎる。
直後、飛空挺の外装に仕込まれた拡声器が鳴り響いた。
鋭い女性の声が、夜空を震わせる。
『どういうおつもりですか!? 紅龍将軍!!』
ヴァレンの耳に、聞き覚えのある名が届く。
──フラム・クレイドル。
召喚に関わった帝国側の高位魔導官、その声色は普段の冷静さを欠いていた。
『本国からの指示を待てと再三申し上げたはず……! それなのに召喚者達を喰い散らかし、あまつさえスレヴェルド内で戦闘を始めるなど……!』
強い叱責。だが、その声音には怒りよりも明らかな“焦り”が滲んでいる。
ヴァレンは心中で唸った。
(……なるほど。やはりこれは紅龍の独断。帝国の命令じゃない……?)
その思考の隙間に、紅龍が呵々と笑う。
怒りを隠すように口角を吊り上げ、芝居がかった声を放った。
「ふっふっふ……すまんな、フラムよ。儂はもう、貴様らに従うのは飽いたのだ」
冗談めかしたその言葉に、飛空挺からの声は一瞬途切れる。
『なっ……!?』
絶句の後、フラムは震える声で続けた。
『貴方は……帝国に、ベルゼリアに恩義があるはずです……!!』
紅龍の瞳が、闇夜にギラリと閃いた。
「……恩義?」
その声色は冷たく、先ほどまでの嘲笑すら消え失せていた。
紅龍は大気を震わせるほどの咆哮に近い声で言葉を叩きつける。
「そうか……そういう“設定”だったな!」
ヴァレンは目を細め、わずかに体を固くした。
(……設定? 今、あいつ……何と言った?)
紅龍の気配が一気に膨れ上がる。
その体躯が夜空を覆うほどに威圧を放ち、瞳の色が血のように赤く染まる。
「儂に植え付けられた『染魂の種』に描かれた記憶は──!!」
瞬間、飛空挺の中から押し殺したような悲鳴が漏れた。
『……ッ!? ま、まさか……!!』
フラム・クレイドル。
その声には、恐怖と動揺がはっきりと滲んでいた。
ヴァレンは息を呑む。
(染魂の……種? 魂に記憶を書き込む……? ……待て、これは……!)
彼の瞳は鋭く細まり、次の一言を聞き逃すまいと紅龍の口元に視線を注いでいた。
◇◆◇
紅龍の黄金の瞳がぎらりと光を放ち、夜空を睨み据える。
スレヴェルドの摩天楼を背に、その双眸はただ一機の飛空挺を射抜いていた。
「ベルゼリアで代々“異世界召喚”の儀式を担う、クレイドル家……」
低く唸るような声。
フラムの名を思い出すように呟き、続ける。
「そこに伝わる、一子相伝の秘術──召喚者がこの世界に来る刹那を狙い、無防備な魂に命令式を書き込む“染魂の種”ッ!」
ヴァレンの眉がひそりと動いた。
剣を下げたまま、内心で舌を巻く。
(……魂に命令式を書き込む? それがベルゼリアが召喚者を従えている仕組み……!?)
紅龍はゆっくりと牙を剥き、声を張り上げた。
「よもや、この儂にまで植え付けておったとはなァ!!」
怒声がビル群を震わせ、窓ガラスがビリビリと揺れる。
飛空挺の拡声器から、短い悲鳴が漏れた。
『ひっ……!?』
フラム・クレイドル。その声には、普段の冷徹さなど微塵もない。
ただ、素顔を暴かれた女の狼狽が色濃くにじむばかりだった。
紅龍はさらに吠える。
「すべて理解したわ!! ベルゼリアが儂らの周囲に人員を配置せず、召喚者と生命なき魔導機兵だけを兵に据えてきた理由……!」
両手の"緋蛟剪"をぐるりと回転させ、赤炎が輪を描く。
「万が一、貴様の洗脳が解けたとき……儂が皆まとめて“喰らう”ことを恐れていたのだろう!? 小癪なり……!!」
ギュルルルル……ッ!
双刃刀の回転が唸りを上げ、轟炎が軌跡を描く。
「──謀った報い、受けよ!!」
咆哮と同時に、紅龍は"緋蛟剪"を炎の輪のまま投げ放った。
夜空を裂く真紅の閃光。
摩天楼を照らしながら唸りを上げ、飛空挺めがけて迫る。
『か、回避!!』
フラムの声が悲鳴に変わる。
しかし、命令よりも速く炎刃は到達した。
──ガシュゥゥッ!!
鋼鉄の外殻が焼き切られ、機動部が一瞬で引き裂かれる。
『きゃあああああああッ!!』
フラムの叫びが、夜に散った。
飛空挺は制御を失い、蛇のように身をくねらせながら墜落していく。
遠方の大通りに激突し、ボゥンと爆炎が噴き上がった。
轟音と炎光が夜景を揺らす。
その光景を背に、回転しながら戻ってきた"緋蛟剪"を紅龍はパシッと片手で受け止めた。
炎の余熱を浴びながらも、その顔には冷笑が浮かんでいる。
「しぶとい女だ……死んではおるまい」
わざと軽く呟き、唇の端を吊り上げる。
「待っておれ……後で儂がきっちり喰いに行ってやるわ」
その言葉に、ヴァレンの視線が鋭く細められる。
魔剣を構え直しながらも、口調だけはあえて崩してみせた。
「おいおい……帝国を裏切っちまっていいのか? “ベルゼリアの紅き応龍”ともあろう者が」
紅龍はふっと鼻で笑う。
その瞳にはもはや迷いの色はない。
「何を白々しい」
紅の瞳が、獲物を睨む猛獣のように爛々と燃え上がる。
「先の会話で、貴様も察したであろう」
ヴァレンは無言のまま、剣をわずかに構える角度を変えた。
紅龍は、大気を震わせるほどの声で高らかに告げる。
「そうだ……儂は、元よりこの世界のモノではない」
「儂もまた──“異世界召喚者”よ!!」
ニヤァ……と、口角が不気味に吊り上がった。
夜景を背に浮かび上がる紅龍の姿は、異形の剣士であると同時に、“異界の戦士”としての異質さを証明していた。
摩天楼の間を縫うように走る高架道路 "ハイエスト・ウェイ"は、夜景の光を背に二人の巨影を映し出していた。
フェンシングの騎士を思わせる端正な立ち姿。
左手には黒皮の魔本"ときめきグリモワル"、右手には十一本の薔薇が巻き付いた魔剣"最愛の花束"を構えたヴァレン・グランツ。
彼の背に吹き抜ける風は軽やかで、どこか舞台上の貴公子を思わせる。
対するは、"ベルゼリアの紅き応龍"の異名を持つ将軍。
紅蓮の衣を纏い、両手に握るのは緋色の双剣"緋蛟剪"。
その構えは武術の舞踏そのもの──中国拳法の剣舞を思わせる流麗さと、炎を宿す猛獣の凶暴さを兼ね備えていた。
「呀ッッ!!」
紅龍が踏み込む。
炎を纏った双剣が夜を裂き、ヴァレンへと殺到した。
その一撃は、ビルの壁面にまで衝撃波を刻み込む暴威。
──キィンッ!
だが、ヴァレンは軽やかに剣を振るい、その斬撃を受け流す。
細剣と細剣が火花を散らし、残光の軌跡が夜空に弧を描いた。
その瞬間、ヴァレンの眼が淡く光る。
魂視。
紅龍の魂が視界に透けて見えた。
紅き竜魂に癒着するように──無数の光の塊。
呻き声を上げるように波打ち、かすかな助けを求める声が響く。
(……なるほど。これが“喰われた魂”か)
(完全に消化されたわけじゃあない。紅龍の魂にべったりと張り付いて……支配されている)
次の一撃。紅龍が下段からすくい上げるように斬り上げた。
ヴァレンは剣を滑らせて軌道を逸らしながら、さらに奥を覗き込む。
そこには、高校生たちの魂が揺らめいていた。
目を閉じ、苦しげに呻き声を漏らす魂たち。
彼らは紅龍に飲み込まれ、意識を奪われ、いまも竜の中で蠢いている。
(……癒着部分を、綺麗に切除できれば……或いは、救えるかもしれないな)
紅龍が吠える。
「儂との闘争の最中に考え事とは、随分と余裕だのう! ヴァレン・グランツ!」
ヴァレンは口角を上げ、剣を軽く跳ね返す。
「ククク……戦場こそが、考えを整理するにはうってつけだろう? 紅龍殿」
紅龍はにやりと牙を剥いた。
「……減らず口よ。ならば、これでどうだ──!」
双剣の柄の部分を、カシャンと音を立てて組み合わせる。
繋ぎ目の鎖が柄の内部に収納され、双剣は一本の双刃刀へと変貌した。
ギュイィィィィン……!
紅き炎が双刃を包み込み、紅龍の手の中で轟音と共に回転を始める。
回転に合わせて炎が伸び、炎の輪となって宙に浮かぶ。
その光は夜空を切り裂き、ビル群を赤々と照らす。
「疾れ……宝貝ッ!」
「"炎龍圏"ッッ!!」
紅龍の腕が振り抜かれる。
炎を纏った輪が高速で飛翔し、轟音を撒き散らしながらヴァレンを襲った。
──ゴオオオオオオオッ!!!
炎龍圏は軌道上の建物を焼き切りながら飛んだ。
高架道路の欄干が一瞬で熔解し、外壁が燃え上がる。
電線が次々と爆ぜ、街灯が破裂し、スレヴェルドの夜景に黒煙が立ちのぼった。
ヴァレンは眉をわずかに寄せる。
(平気で街を巻き込むか……相変わらずイケてないねぇ……!)
対峙するヴァレンは、炎輪を正面から迎え撃ちながらグリモワルを開いた。
「"心花顕現"──」
だが次の瞬間、瞳が細く鋭くなった。
(……ッ!? 反応しない……!)
グリモワルの魔法陣は発動せず、頁の光はすぐに潰えた。
紅龍が不敵に笑う。
「クク……小娘から喰らった"封印呪法"よ。貴様の“魔神器”など、呼吸ひとつで封じられる!」
ヴァレンは舌打ちをしつつ、細剣を構え直した。
「やれやれ……野蛮な炎輪に、若者からぶんどったスキルとは。実に趣味の悪い二本立てだ」
紅龍の炎輪が迫る中、ヴァレンは右手に掲げた魔剣"最愛の花束"を強く握る。
十一輪の薔薇を象った鍔が赤熱に照らされ、花弁の影が揺らめいた。
──ガァァァァンッッ!!
旋回しながら突進してきた"炎龍圏"を、剣先で正面から受け止める。
炎が噴き出し、灼熱が皮膚を焦がすように迫る。
ヴァレンの足は石畳を削り、後方へと二歩、三歩と押し戻された。
が、次の瞬間、薔薇の蔓を模した刃が炎を絡め取り、炎輪を強引に弾き上げる。
その一瞬の隙を──紅龍は逃さない。
地を蹴り、紅の体躯が弾丸のように迫る。
「オオオオッッ!!」
跳躍と共に叩き込まれる飛び蹴り。
炎龍圏の轟熱に続く追撃は、夜の都市そのものを蹴り砕くかのような一撃だった。
しかし──。
「……お前の呼吸、止まってるな」
ヴァレンは低く呟き、半回転しながら紅龍の蹴り足に自らの足を合わせた。
──ガギィィィィィンッ!!
凄絶な音が夜空に弾けた。
二人の足がぶつかり合った瞬間、紅龍の赤黒い魔力とヴァレンの薔薇色の魔力が激しく噛み合い、稲妻のような閃光となってスレヴェルドの空を引き裂く。
紅龍は空中で双刃刀をキャッチし、そのまま軽々とバク宙で距離を取った。
ヴァレンもまた優雅に着地し、剣を払って火花を散らす。
──わずかに、グリモワルが光を取り戻していた。
(……今、封印が解けていたな。やはり……)
ヴァレンは思考を巡らせる。
(影山くんの証言通り。“封印呪法”の発動には呼吸を止める必要がある。)
(つまり、格闘の最中、呼吸を乱した瞬間には発動できない。……なるほど、クセが見えてきた)
紅龍は双刃刀を構え直し、不敵に嗤った。
「“魔神器”を封じれば、ただの鵜戸の大木かと思えば……なかなかどうして。やるものだな」
ヴァレンは剣を掲げ、わざと軽薄に肩を竦める。
「ククク……一芸だけでやっていけるほど、大罪魔王の座は甘くないんでね」
その声の裏で、冷ややかな分析を続ける。
(まぁ……マイネの奴は力の殆どを“魔神器”に依存してるからね。"我欲制縄"を奪われれば、ほとんど何もできないポンコツだがね)
闇に浮かぶ二人の影は、互いに刃を向けながらも、次なる一手を探る静かな間合いへと移っていった。
◇◆◇
──スレヴェルドの夜空に、不意の影が差した。
ヴァレンと紅龍が剣を交えていたハイエスト・ウェイの上空を、小型の魔導飛空挺が轟音を響かせながら横切る。
漆黒の機体に帝国の紋章。艶やかな夜景の中で異様に目立つそれを見て、ヴァレンは片眉を上げた。
「……ベルゼリアの飛空挺、だと?」
魔剣"最愛の花束"を軽く下げ、紅龍の出方を窺いながら視線を送る。
その横顔は普段と変わらぬ余裕に彩られているが、瞳の奥では油断なく“警戒”の光が揺れていた。
だが──紅龍は別の色を見せた。
炎を纏う応龍の瞳が、一瞬だけ苦々しげに細められる。
(……何だ? こいつ、仲間の飛空挺を見て嫌そうな顔を……?)
ヴァレンの胸に疑念がよぎる。
直後、飛空挺の外装に仕込まれた拡声器が鳴り響いた。
鋭い女性の声が、夜空を震わせる。
『どういうおつもりですか!? 紅龍将軍!!』
ヴァレンの耳に、聞き覚えのある名が届く。
──フラム・クレイドル。
召喚に関わった帝国側の高位魔導官、その声色は普段の冷静さを欠いていた。
『本国からの指示を待てと再三申し上げたはず……! それなのに召喚者達を喰い散らかし、あまつさえスレヴェルド内で戦闘を始めるなど……!』
強い叱責。だが、その声音には怒りよりも明らかな“焦り”が滲んでいる。
ヴァレンは心中で唸った。
(……なるほど。やはりこれは紅龍の独断。帝国の命令じゃない……?)
その思考の隙間に、紅龍が呵々と笑う。
怒りを隠すように口角を吊り上げ、芝居がかった声を放った。
「ふっふっふ……すまんな、フラムよ。儂はもう、貴様らに従うのは飽いたのだ」
冗談めかしたその言葉に、飛空挺からの声は一瞬途切れる。
『なっ……!?』
絶句の後、フラムは震える声で続けた。
『貴方は……帝国に、ベルゼリアに恩義があるはずです……!!』
紅龍の瞳が、闇夜にギラリと閃いた。
「……恩義?」
その声色は冷たく、先ほどまでの嘲笑すら消え失せていた。
紅龍は大気を震わせるほどの咆哮に近い声で言葉を叩きつける。
「そうか……そういう“設定”だったな!」
ヴァレンは目を細め、わずかに体を固くした。
(……設定? 今、あいつ……何と言った?)
紅龍の気配が一気に膨れ上がる。
その体躯が夜空を覆うほどに威圧を放ち、瞳の色が血のように赤く染まる。
「儂に植え付けられた『染魂の種』に描かれた記憶は──!!」
瞬間、飛空挺の中から押し殺したような悲鳴が漏れた。
『……ッ!? ま、まさか……!!』
フラム・クレイドル。
その声には、恐怖と動揺がはっきりと滲んでいた。
ヴァレンは息を呑む。
(染魂の……種? 魂に記憶を書き込む……? ……待て、これは……!)
彼の瞳は鋭く細まり、次の一言を聞き逃すまいと紅龍の口元に視線を注いでいた。
◇◆◇
紅龍の黄金の瞳がぎらりと光を放ち、夜空を睨み据える。
スレヴェルドの摩天楼を背に、その双眸はただ一機の飛空挺を射抜いていた。
「ベルゼリアで代々“異世界召喚”の儀式を担う、クレイドル家……」
低く唸るような声。
フラムの名を思い出すように呟き、続ける。
「そこに伝わる、一子相伝の秘術──召喚者がこの世界に来る刹那を狙い、無防備な魂に命令式を書き込む“染魂の種”ッ!」
ヴァレンの眉がひそりと動いた。
剣を下げたまま、内心で舌を巻く。
(……魂に命令式を書き込む? それがベルゼリアが召喚者を従えている仕組み……!?)
紅龍はゆっくりと牙を剥き、声を張り上げた。
「よもや、この儂にまで植え付けておったとはなァ!!」
怒声がビル群を震わせ、窓ガラスがビリビリと揺れる。
飛空挺の拡声器から、短い悲鳴が漏れた。
『ひっ……!?』
フラム・クレイドル。その声には、普段の冷徹さなど微塵もない。
ただ、素顔を暴かれた女の狼狽が色濃くにじむばかりだった。
紅龍はさらに吠える。
「すべて理解したわ!! ベルゼリアが儂らの周囲に人員を配置せず、召喚者と生命なき魔導機兵だけを兵に据えてきた理由……!」
両手の"緋蛟剪"をぐるりと回転させ、赤炎が輪を描く。
「万が一、貴様の洗脳が解けたとき……儂が皆まとめて“喰らう”ことを恐れていたのだろう!? 小癪なり……!!」
ギュルルルル……ッ!
双刃刀の回転が唸りを上げ、轟炎が軌跡を描く。
「──謀った報い、受けよ!!」
咆哮と同時に、紅龍は"緋蛟剪"を炎の輪のまま投げ放った。
夜空を裂く真紅の閃光。
摩天楼を照らしながら唸りを上げ、飛空挺めがけて迫る。
『か、回避!!』
フラムの声が悲鳴に変わる。
しかし、命令よりも速く炎刃は到達した。
──ガシュゥゥッ!!
鋼鉄の外殻が焼き切られ、機動部が一瞬で引き裂かれる。
『きゃあああああああッ!!』
フラムの叫びが、夜に散った。
飛空挺は制御を失い、蛇のように身をくねらせながら墜落していく。
遠方の大通りに激突し、ボゥンと爆炎が噴き上がった。
轟音と炎光が夜景を揺らす。
その光景を背に、回転しながら戻ってきた"緋蛟剪"を紅龍はパシッと片手で受け止めた。
炎の余熱を浴びながらも、その顔には冷笑が浮かんでいる。
「しぶとい女だ……死んではおるまい」
わざと軽く呟き、唇の端を吊り上げる。
「待っておれ……後で儂がきっちり喰いに行ってやるわ」
その言葉に、ヴァレンの視線が鋭く細められる。
魔剣を構え直しながらも、口調だけはあえて崩してみせた。
「おいおい……帝国を裏切っちまっていいのか? “ベルゼリアの紅き応龍”ともあろう者が」
紅龍はふっと鼻で笑う。
その瞳にはもはや迷いの色はない。
「何を白々しい」
紅の瞳が、獲物を睨む猛獣のように爛々と燃え上がる。
「先の会話で、貴様も察したであろう」
ヴァレンは無言のまま、剣をわずかに構える角度を変えた。
紅龍は、大気を震わせるほどの声で高らかに告げる。
「そうだ……儂は、元よりこの世界のモノではない」
「儂もまた──“異世界召喚者”よ!!」
ニヤァ……と、口角が不気味に吊り上がった。
夜景を背に浮かび上がる紅龍の姿は、異形の剣士であると同時に、“異界の戦士”としての異質さを証明していた。
95
あなたにおすすめの小説
最弱白竜ですが、なぜか学園最強の銀竜に番認定されました
斉藤めめめ
恋愛
竜の血を引く者だけが貴族になれるこの世界で、白竜は最も格の低い竜の証。
白竜の男爵令嬢リーゼロッテは、特待生として国内最高峰の王立竜騎学園に入学する。待っていたのは上位貴族からの蔑みと、学園を支配する四人の御曹司「四竜」。
その筆頭、銀竜公爵家の嫡男ルシアンに初日から啖呵を切ったリーゼは、いじめと嫉妬の嵐に巻き込まれていく。
それでも彼女は媚びない、逃げない、折れない。
やがてルシアンはリーゼから目が離せなくなり――
白竜の少女が、学園と王国の運命を変える。
身分差×竜×学園ラブファンタジー、開幕。
追放された悪役令嬢はシングルマザー
ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。
断罪回避に奮闘するも失敗。
国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。
この子は私の子よ!守ってみせるわ。
1人、子を育てる決心をする。
そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。
さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥
ーーーー
完結確約 9話完結です。
短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。
子ドラゴンとゆく、異世界スキル獲得記! ~転生幼女、最強スキルでバッドエンドを破壊する~
九條葉月
ファンタジー
第6回HJ小説大賞におきまして、こちらの作品が受賞・書籍化決定しました! ありがとうございます!
七歳の少女リーナは突如として前世の記憶を思い出した。
しかし、戸惑う暇もなく『銀髪が不気味』という理由で別邸に軟禁されてしまう。
食事の量も減らされたリーナは生き延びるために別邸を探索し――地下室で、ドラゴンの卵を発見したのだった。
孵化したドラゴンと共に地下ダンジョンに潜るリーナ。すべては、軟禁下でも生き延びるために……。
これは、前を向き続けた少女が聖女となり、邪竜を倒し、いずれは魔王となって平和に暮らす物語……。
異世界では地味な俺が、なぜか神々に最愛されて無双してる件
fuwamofu
ファンタジー
平凡な高校生・桐生ユウは、女神の手違いで異世界に転生した。
チートもスキルも貰えず、冒険者登録すらままならない落ちこぼれ……のはずだった。
しかし周囲の異常な好感度、意味不明な強運、そして隠された神格スキルによって、ユウは「無自覚に全能」な存在へと覚醒していく。
気づけば女神も姫騎士も魔王娘も彼に夢中。誤解と崇拝が加速する中、ユウの“地味な日常”は世界を揺るがす伝説になっていく。
笑いあり、胸キュンあり、ざまぁありの最強(なのに本人だけ気づいてない)異世界ファンタジー開幕!
最安もふもふ三匹に名前をつける変な冒険者ですが、この子たちの力を引き出せるのは私だけです ~精霊偏愛録~
Lihito
ファンタジー
精霊に名前をつける冒険者は、たぶん私だけだ。
うさぎのノル、狐のルゥ、モモンガのピノ。三匹とも最安の契約で、手のひらに乗るサイズ。周りからは「手乗り精霊で何ができる」と笑われている。
でも、この子たちへの聞き方を変えるだけで、返ってくる答えはまるで違う。三匹の情報を重ねれば、上位の精霊一体では見えないものが見える。
上位パーティが三度失敗した大型討伐。私は戦わない。ノルに地中を、ピノに上空を、ルゥに地上を調べさせて、答えを組み上げる。
——この世界の精霊の使い方、みんな間違ってませんか?
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
「婚約破棄された転生令嬢ですが、王城のメイド五百人に慕われるメイド長になりました。なお元婚約者は私のメイドに土下座中です」
まさき
恋愛
社畜OLの白瀬凛は、過労死した翌朝、異世界の侯爵令嬢アリア・ヴェルナーとして目を覚ました。
転生初日。
婚約者であるシュルツ公爵令息から、一方的に告げられる。
「君は無能だ。この婚約は破棄する」
行き場を失ったアリアが選んだのは、王城のメイドに志願すること。
前世でブラック企業に鍛えられた凛には、武器があった。
——人を動かす技術。業務を改善する知識。そして、折れない心。
雑用メイドからスタートした凛は、現代の知識を武器に王城を変えていく。
サボり魔、問題児、落ちこぼれ——誰もが見捨てたメイドたちが、次々と凛に懐いていく。
そして転生からわずか一年。
凛は王城に仕える500人のメイドを束ねる、史上最年少メイド長となっていた。
「——なぜ、君がここに」
国王主催の晩餐会。
青ざめた顔で立ち尽くす元婚約者の前で、500人のメイドたちが一斉に頭を下げる。
「アリア・ヴェルナー・メイド長。晩餐会の準備が整いました」
私を捨てたあの日、あなたの後悔も始まっていたのです。
——もう、遅いですけれど。
「君は有能すぎて可愛げがない」と婚約破棄されたので、一晩で全ての魔法結界を撤去して隣国へ行きます。あ、維持マニュアルは燃やしました。
しょくぱん
恋愛
「君の完璧主義には反吐が出る」――婚約者の第一王子にそう告げられ、国外追放を命じられた聖女エルゼ。彼女は微笑み、一晩で国中の魔法結界を撤去。さらに「素人でも直せる」と嘘を吐かれた維持マニュアルを全て焼却処分した。守護を失いパニックに陥る母国を背に、彼女は隣国の軍事帝国へ。そこでは、彼女の「可愛くない」技術を渇望する皇帝が待っていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる