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第五章 魔導帝国ベルゼリア編
第185話 キスと希望と、とんでもない本
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風が、静かに流れていた。
さきほどまで荒れ狂っていた魔力の奔流が、嘘のように穏やかに沈んでいる。
空気はまだ微かに焦げていたが、そこにはもはや殺気も、憎しみもなかった。
アルドの前には、三人の仙道が膝をついていた。
紅龍、蒼龍、黄龍──三龍仙。
その姿は威厳を保ちながらも、どこか普通の人間のように疲弊して見えた。
それでも、彼らの瞳の奥には確かにあった。
「生き直す」という決意が。
そんな彼らに、ゆっくりと近づく者たちがいた。
マイネ、ベルザリオン、ジュラ姉。
神々しさと、険しさを纏った二人と一匹(※ティラノサウルス)の気配が、風に乗って流れる。
紅龍はその気配を感じ取ると、顔を上げる。
そこに立つのは、かつて自分が命を奪おうとした相手たちだった。
マイネは、冷たい眼差しを紅龍に向けた。
その表情には怒りも悲しみもなかった。ただ、真実を見据える覚悟が宿っていた。
「──道三郎に降ろうとも、貴様の罪が消えたわけではないからのう。」
声は淡々としていた。だが、その一言に宿る重みは、雷よりも鋭い。
「死より辛い生が待つやも知れぬぞ?
……覚悟のほど、見せてもらおうかの。」
紅龍は、一瞬だけマイネを真っすぐに見返した。
その目には、かつての傲慢な炎はなかった。
代わりにあったのは、ただ、悔恨と決意の色。
「承知の上だ。」
低く、しかしはっきりとした声で紅龍は答えた。
そして、額を地に伏せる。
「──すまなかった。」
その動作に続いて、蒼龍と黄龍も静かに頭を下げる。
三人が揃って頭を垂れる光景に、辺りの空気が震える。
ジュラ姉が短い腕を組んで、フシュルルルと鼻を鳴ら。
ベルザリオンは無言で頷き、マイネはただ、静かにその姿を見届ける。
そのときだった。
「アルドくん──!」
少し離れた建物の影から、ブリジットの声が響いた。
その隣には、リュナと、ミニチュアダックスの姿をしたフレキが駆けてくる。
風に金の髪が揺れ、泣き笑いの表情がその頬に浮かんでいた。
「ブリジットちゃん……」
アルドが優しい声で名を呼ぶ。
ブリジットは、アルドの傍らに立つ蒼龍を見て、息を呑んだ。
淡い蒼髪が光を受けて輝いている。
それは、もう“絶望の少女”ではなかった。
「蒼龍さん……よかったねぇ……」
声が震えた。
涙が頬を伝うのも構わず、彼女は笑った。
泣きながら笑うという、不器用でまっすぐな笑みだった。
蒼龍は、そんなブリジットを静かに見つめた。
その瞳の奥には、かすかに懐かしさが宿っていた。
ゆっくりと手を伸ばし、彼女の手を握る。
「かりそめのアタシの記憶は、今のアタシにとっては夢の中の出来事みたいなもの……」
蒼龍の声は、優しくも切なかった。
「それでも、アナタのことは覚えてるわ。……ブリジットちゃん。」
ブリジットの瞳が見開かれ、次の瞬間、また涙がこぼれる。
蒼龍は微笑み、さらに言葉を重ねた。
「ありがとう。アタシたちに……やり直す機会を与えてくれて……」
その声は、まるで祈りだった。
償いを越えて、“生きる”ことそのものを願う声。
ブリジットは首を振り、涙をぬぐいながら言った。
「そんな……! あたしは何も……!」
「全部……アルドくんのおかげだよ!」
その瞬間、二人の視線が自然とアルドの方へ向く。
アルドは、照れくさそうに頬をかきながら、二人に向かって小さく手を振った。
「へへ……どういたしまして、かな。」
空気が柔らかくなる。
少し前まで死と絶望の境界にあった場所が、
いまはまるで“日常”の一場面のように、穏やかな光を帯びていた。
リュナが小さく息を吐き、肩の力を抜く。
フレキは彼女の足元でしっぽを振り、キュッと鳴いた。
世界が、ゆっくりと動き出していた。
そしてその中心には──
ひとりの青年と、三人の仙道と、仲間たちの笑顔があった。
◇◆◇
静まり返った戦場に、ようやく安堵の風が吹き抜けた。
焦げた大地の上、アルドと三龍仙を囲むように仲間たちが集まりはじめる。
誰もが息をつき、ようやく笑える空気が戻ってきたその時──。
「……相変わらず、甘いっすねぇ~、兄さん。」
冗談めかした声が背後から聞こえた。
振り向くと、リュナが黒いマスク越しににやりと笑っていた。
金茶の髪を風に揺らしながら、腕を組み、彼女はアルドを見る。
「こんだけめちゃくちゃしてくれたあいつらまで、助けてあげちゃうなんてさ。……優しすぎるにも程があるっすよ。」
アルドは頭をかきながら苦笑した。
「はは……そうかもね。呆れちゃった?」
リュナは一拍置いて、マスクの奥で唇の形を変える。
そして、すっと人差し指で黒マスクを下へずらした。
「……いーや。惚れ直したっす!」
その瞬間、彼女の顔が近づき、アルドの左頬に柔らかな感触が触れる。
軽く、しかし確かに残る温もり。
アルドの身体が硬直した。
「えっっ!?!? リ、リュナちゃんっ!?!?」
頬が一瞬で真っ赤に染まり、両手で顔を覆う。
リュナはそんなアルドの反応を楽しむように、
首に両腕をまわし、イタズラっぽく笑った。
「兄さんって、ほんとわかりやすいっすねぇ~」
「ちょ、ちょっと離れて……!?!?」
「やーだ。今はサービス期間中っす!」
リュナの言葉に、周囲の空気が一瞬固まる。
そして──。
「なっ……なななななな!! リュナちゃん!?!?」
顔を真っ赤にして叫んだのはブリジットだった。
両手をわたわたと動かし、目をまん丸にして慌てふためく。
「な、なにしてんの!? そんなの、そんなの反則だよぉっ!!」
蒼龍がそんなブリジットの背中をバシンと叩いた。
「ブリジットちゃん! アナタも、負けてちゃダメよぉ!!」
「えぇぇぇ!? え、えぇぇぇぇっ!?!?」
突然の発破に、ブリジットは顔を真っ赤にして目を泳がせる。
リュナが「ほらほら、早く~」と挑発的な笑みを浮かべると、
ブリジットはギュッと拳を握りしめ、叫んだ。
「……あっ、あたしもっ!! 惚れ直したよっ!!」
勢いそのままに駆け寄り、アルドの右頬に──ちゅ。
リュナが驚きの声を上げる。
「おお~!? やるじゃん、姉さん!」
アルドは完全に真っ赤になり、動揺の極みで固まった。
「ぶ、ブリジットちゃんまでっっ!?!? これ何の流れなの!?」
リュナが腕を組み、「モテ期到来っすねぇ、兄さん」としたり顔を見せる。
ブリジットは顔を覆い、耳まで真っ赤になっていた。
……が、その直後。
「ギャタシも惚れ直したわァァーーッ!! アルド様ァァーーッ!!!」
ズガァァァン!!と地響きが鳴った。
ジュラ姉がティラノサウルスボディを揺らして走ってくる。
その巨大な口がガバッと開き──
バクンッ!!
「……ッ!?」
アルドの頭部がそのままジュラ姉の口に吸い込まれた。
彼の首から下だけが空中でぶらぶらと揺れている。
「アルドくん!?!?!?」
「な、何してんすか、ジュラっち!?!?」
ブリジットとリュナが同時に叫ぶ。
ジュラ姉はアルドの頭を咥えたまま、もごもごと喋った。
「二人と同じよぉ!! 親愛のキッスよ!! キッス!!!」
「どこがだよ!?!?」
「スケールが違うよ!?!?」
ぶら下がったままのアルドが、妙に落ち着いた声で言った。
「ねぇ、俺今どうなってんの、これ? マミさんみたいになってない?」
「……誰っすか、それ。」
リュナが呆れたように静かにツッコむ。
「あと、なんか凄いフローラルな香りがする。」
「香りの問題じゃないっしょ!!」
ブリジットは苦笑しながら、「あはは……」と額を押さえる。
蒼龍は爆笑して転げ回り、黄龍は呆れ顔で空を見上げ、紅龍は「……地龍に頭を咥えられながらもあの落ち着き様。流石、儂が見込んだ御方よ……!」とぽつりと呟いた。
アルドはというと、ティラノの口の中から呑気な声を上げながら、
(でも……真っ赤になった顔が隠せたのは、よかったかもね)
と、心の中でだけ小さく呟いた。
◇◆◇
ジュラ姉の大顎からようやく解放されたアルドは、
頭をぶらぶらさせながら、どっとため息をついた。
「……あー、びっくりした……頭、ちゃんとついてるよな……?」
手で髪を撫でながら呟くと、周囲から笑い声がこぼれた。
その笑いが消えていくのと同時に、夜風がひんやりと頬を撫でていく。
戦いの熱気が、ようやく遠のいていくのがわかる。
アルドは両手をかざし、水の魔法を展開した。
「"アクア・ストリーム"。」
透明な水が空中に浮かび上がり、滑らかに彼の頭上から流れ落ちる。
髪を濡らし、砂や焦げた血や唾液(※ジュラ姉の)を洗い流していく水流は、まるで温泉のように心地よかった。
「ふぅ~……やっぱり、魔法シャワーは便利だな……」
アルドが目を細めている間、周囲はそれぞれの空気を取り戻していた。
少し離れた場所では──
黄龍がベルザリオンに向かって、まるで子犬のように何度も頭を下げていた。
「すまなかった……すまなかった……!」
「もういいですよ、顔を上げてください」
とベルザリオンは苦笑いを浮かべていたが、
黄龍はなおも「いや、もう一回だけ」と続けて、結局十回目のぺこりを繰り返していた。
その隣では、紅龍がマイネに何かを言われて神妙にうなずいている。
マイネは左手を腰に当て、紅龍の額を小突きながら静かに言葉を重ねていた。
「……わらわを殺そうとした罪は、軽くはないぞ。けれど、償う道を歩むならば、それもまた罰の形じゃ。」
紅龍は深く頭を垂れ、「心得た」とだけ呟いた。
一方、蒼龍はというと──
もうブリジットとリュナ、そしてジュラ姉と肩を寄せ合い、何やらキャッキャと笑い合っている。
「それでね、リュナちゃんがアルドくんに“惚れ直したっす”って言った時の顔がもう!」
「ちょ、やめろし!!イジんの禁止~!」
「ギャタシもその時、思いっきり惚れ直したわよォ!!!」
その場は笑い声の渦だった。
まるで何事もなかったかのように──それが、蒼龍という存在の強さだった。
アルドは少し離れたところからその様子を見て、
(蒼龍さん、打ち解けるの異常に早いな……陽キャの香りがする……)
と、乾いた笑いを漏らした。
ちょうどその時、ヴァレンが後ろから現れた。
いつもの軽い足取り。けれどその瞳には、わずかに緊張の色があった。
「よっ、相棒。お疲れ!」
軽く肩を叩かれ、アルドは「あっ、ヴァレン」と振り返った。
「そっちもお疲れ様~。いやぁ、なんとか無事にひと段落したねぇ。みんな元気そうで、ほんとよかったよ~。あ、あとは、召喚者の子達が無事だといいけど……」
笑顔を浮かべながら、アルドは髪をかきあげる。
水魔法を止めると、風の魔力が渦を巻き、彼の髪を優しく乾かしていく。
「……"ウィンド・ドライ"っと。あとはちょっと熱を足して……」
手のひらを軽くかざすと、ふわりと暖気が広がり、彼の髪はさらさらと揺れた。
ヴァレンはその一連の流れを、黙って見つめていた。
その表情には、普段の軽薄さはない。
(……さっきの魔法。“再顕現”……)
(魂が完全に離れきる前の時間に限り、死者すら蘇らせるという古代魔法……もう何百年も前に、体系ごと失われたはずの……)
(今まで何気なく見ていたが……相棒、魔法の腕も超一級じゃねぇか……)
額に汗が滲む。
そして心の奥で、ふと疑問が浮かぶ。
(そもそも……“真祖竜”が人間や他種族の魔法を学ぶなんて、聞いたことがねぇ…… お前、いったい何者なんだよ、相棒……)
ヴァレンはごくりと喉を鳴らし、意を決したように口を開いた。
「なぁ、相棒。」
「ん? どうしたの?」
「お前さ……魔法の腕、マジで凄いよな。」
「え、そう?」
アルドはタオル代わりの風を止めながら、首を傾げる。
「一体……どこで、誰から学んだんだ……?」
アルドは少し考える素振りを見せてから、あっさりと答えた。
「んー……魔法? 誰からも習ってないよ?」
「……は?」
ヴァレンの顔が引きつる。
「だ、だってお前、色んな魔法使ってるじゃねぇか! 街作りにも土魔法使いまくってるし、回復も結界もやってたろ!」
「あー、それ? いや、実家いた頃、めちゃくちゃ暇だったからさー。」
アルドは肩をすくめ、笑った。
「倉庫にあった古い魔導書をね、なんとなく読んでみたら、結構面白くて。それからずーっと独学で練習してただけなんだ。」
「……独学?」
「うん。だから、俺が使える魔法なんて大したことないと思うよ? 攻撃魔法も、普通に殴った方が強いくらいの威力しか出ないし。」
「それは多分、お前の『普通に殴る』の威力が強すぎるだけで、魔法のせいではない気はするんだが…」
アルドは乾いた髪を指先で整えながら、気楽に言葉を続ける。
「ちゃんと読み込んだ本なんて、一冊だけじゃないかなぁ。だから、その本に書いてあった魔法、一冊分くらいしか覚えてないよ。まあ、その一冊の魔法は……全部完璧に使えるとは思うけど。」
風が吹く。
夜空の下、アルドの銀の髪が月明かりを反射して揺れる。
その無自覚な姿に、ヴァレンはただ呆然と立ち尽くした。
(独学……? 独学で、古代の蘇生魔法を……?)
(いや、そもそも……真祖竜の“実家の倉庫”に置いてある魔導書って何なんだよ!?)
ヴァレンは冷や汗を垂らしながら、慎重に尋ねた。
「ち、ちなみにだな、相棒……。その魔導書のタイトルって、覚えてるか?」
アルドは目を輝かせて、笑顔で答えた。
「そりゃもちろん! 何十年も読み込んだからね。
確か……“全魔典”ってタイトルだったよ!」
その瞬間。
ヴァレンの表情が凍りついた。
月光の下、その顔から一瞬にして血の気が引いていく。
喉の奥で、何かを言いかけて──声が出なかった。
◇◆◇
風が止まった。
空に薄雲が流れ、月の光がヴァレンの横顔を照らす。
だが、彼の表情はさっきから固まったままだ。
顔の筋肉が引きつり、こめかみからは汗が滝のように流れていた。
(パ……“全魔典”……だと……!?)
(バ、バカな……そんなもの、伝説の中だけの存在じゃねぇのか……!?)
(この世に生まれた“全ての魔法”が記され、世界に新たな魔法が生まれれば、それに沿って内容が更新されるという、神話級の魔導書……!)
(そこに書かれた魔法を“全て使える”って……もしそれが本当なら、相棒は……!!)
ヴァレンの脳裏で、世界中の禁書目録や大魔導士たちの伝承が電光のように駆け巡る。
“全魔典”──それは、古代文明を滅ぼすきっかけとなった“禁忌の書”とも言われる。
存在が確認された瞬間、各国が総力を挙げて奪い合い、歴史から消えた。
そんな書を──
アルドが“実家の倉庫にあった”と笑顔で言ったのだ。
「……はは……」
ヴァレンは引きつった笑いを浮かべ、全身を震わせながら言った。
「……あ、相棒……?」
アルドは、のほほんとした顔で首を傾げる。
「ん? どうしたの?」
ヴァレンは必死に平静を装おうとした。
汗が滴り落ち、笑顔が引きつる。
「そ、その本のタイトル……もしかして、記憶違いってことは……ないか……?」
「え? 記憶違い?」
「ほ、ほら! 似たような名前ってよくあるだろ!? よくよく思い出してみたら、“全魔典”じゃなくてさ……“熊猫典”だった!……とか!」
必死の冗談。
その声には笑いが混じっていたが、目が笑っていなかった。
アルドは一瞬ぽかんとした顔でヴァレンを見つめた後──
にっこり笑った。
「え? 違うよ~。“全魔典”で間違いないって! ほら、この通り……」
そう言って、腰のマジックバッグをゴソゴソと漁り始めた。
ニュッと取り出されたのは、黒革に金の装飾が施された分厚い書物。
表紙の中央には、古代語の紋章が輝き、圧倒的な威圧感を放っていた。
《全魔典──Panmagia》
ヴァレンの喉が鳴った。
その場の空気が、一瞬で張り詰める。
空気の密度が変わった。
まるで、世界そのものがその書を“恐れている”かのようだった。
ヴァレンの目が見開かれ、次の瞬間──
「うわあああああああ!?!?!?“全魔典”の実物持って来てるぅ!?!?」
派手な悲鳴がスレヴェルドに響き渡った。
思わずその場に尻もちをつき、地面をばたばた叩く。額の汗が滝のように流れ、目は白目寸前。
アルドは驚いたように眉を上げた。
「えっ? ヴァレン?」
「そ、それ……! 持ってるだけで国が滅ぶレベルのブツだぞ!? 何しれっと倉庫から持って来てんだよぉぉッ!!」
「えっ。これ、そんなにヤバいやつなの?」
「ヤバいどころじゃねぇッ!! “存在してること自体が反則”なんだよ!!!」
ヴァレンは腰を抜かしたまま、肩で息をしている。
アルドはその様子を見て、ぽかんとした表情のまましばらく固まった。
それから、おそるおそる手元の魔導書を見つめ──
「……そっか。」
小さく頷いた。
そして──
「よし。無かったことにしよ。」
と言いながら、マジックバッグの奥深くにそっとしまいこんだ。
「お、おい……しまい方が軽すぎるだろ……!?!?」
ヴァレンは頭を抱える。
アルドは無邪気に笑いながら、軽く手を振った。
「大丈夫だって!実家では何十年、何百年も誰も触らず埃かぶってたし、誰にも見せなきゃ問題ないでしょ?」
「その理屈は通用しねぇ!!!」
荒野に再びヴァレンの絶叫が響いた。
蒼龍たちは遠くからその様子を眺め、首をかしげている。
「ねぇ、あれ何してんの?」「兄さん、またやらかしたんすねぇ……」
そんな中、アルドは頬をかきながら苦笑した。
「いやぁ……なんかごめんね、ヴァレン。ただの古本だと思ってたからさ。あんまりレアなもんだとは思ってなかったんだよ。」
「レアどころか! そのレベル、もう神話の域だからなぁぁぁ!!!」
ヴァレンは叫びながら、空を仰いだ。
そして心の中で、天に向かって呟く。
(相棒……お前はいつだって、俺の想像を超えて来る……)
(だが……今回のは、ちと超えすぎだぜ……!)
さきほどまで荒れ狂っていた魔力の奔流が、嘘のように穏やかに沈んでいる。
空気はまだ微かに焦げていたが、そこにはもはや殺気も、憎しみもなかった。
アルドの前には、三人の仙道が膝をついていた。
紅龍、蒼龍、黄龍──三龍仙。
その姿は威厳を保ちながらも、どこか普通の人間のように疲弊して見えた。
それでも、彼らの瞳の奥には確かにあった。
「生き直す」という決意が。
そんな彼らに、ゆっくりと近づく者たちがいた。
マイネ、ベルザリオン、ジュラ姉。
神々しさと、険しさを纏った二人と一匹(※ティラノサウルス)の気配が、風に乗って流れる。
紅龍はその気配を感じ取ると、顔を上げる。
そこに立つのは、かつて自分が命を奪おうとした相手たちだった。
マイネは、冷たい眼差しを紅龍に向けた。
その表情には怒りも悲しみもなかった。ただ、真実を見据える覚悟が宿っていた。
「──道三郎に降ろうとも、貴様の罪が消えたわけではないからのう。」
声は淡々としていた。だが、その一言に宿る重みは、雷よりも鋭い。
「死より辛い生が待つやも知れぬぞ?
……覚悟のほど、見せてもらおうかの。」
紅龍は、一瞬だけマイネを真っすぐに見返した。
その目には、かつての傲慢な炎はなかった。
代わりにあったのは、ただ、悔恨と決意の色。
「承知の上だ。」
低く、しかしはっきりとした声で紅龍は答えた。
そして、額を地に伏せる。
「──すまなかった。」
その動作に続いて、蒼龍と黄龍も静かに頭を下げる。
三人が揃って頭を垂れる光景に、辺りの空気が震える。
ジュラ姉が短い腕を組んで、フシュルルルと鼻を鳴ら。
ベルザリオンは無言で頷き、マイネはただ、静かにその姿を見届ける。
そのときだった。
「アルドくん──!」
少し離れた建物の影から、ブリジットの声が響いた。
その隣には、リュナと、ミニチュアダックスの姿をしたフレキが駆けてくる。
風に金の髪が揺れ、泣き笑いの表情がその頬に浮かんでいた。
「ブリジットちゃん……」
アルドが優しい声で名を呼ぶ。
ブリジットは、アルドの傍らに立つ蒼龍を見て、息を呑んだ。
淡い蒼髪が光を受けて輝いている。
それは、もう“絶望の少女”ではなかった。
「蒼龍さん……よかったねぇ……」
声が震えた。
涙が頬を伝うのも構わず、彼女は笑った。
泣きながら笑うという、不器用でまっすぐな笑みだった。
蒼龍は、そんなブリジットを静かに見つめた。
その瞳の奥には、かすかに懐かしさが宿っていた。
ゆっくりと手を伸ばし、彼女の手を握る。
「かりそめのアタシの記憶は、今のアタシにとっては夢の中の出来事みたいなもの……」
蒼龍の声は、優しくも切なかった。
「それでも、アナタのことは覚えてるわ。……ブリジットちゃん。」
ブリジットの瞳が見開かれ、次の瞬間、また涙がこぼれる。
蒼龍は微笑み、さらに言葉を重ねた。
「ありがとう。アタシたちに……やり直す機会を与えてくれて……」
その声は、まるで祈りだった。
償いを越えて、“生きる”ことそのものを願う声。
ブリジットは首を振り、涙をぬぐいながら言った。
「そんな……! あたしは何も……!」
「全部……アルドくんのおかげだよ!」
その瞬間、二人の視線が自然とアルドの方へ向く。
アルドは、照れくさそうに頬をかきながら、二人に向かって小さく手を振った。
「へへ……どういたしまして、かな。」
空気が柔らかくなる。
少し前まで死と絶望の境界にあった場所が、
いまはまるで“日常”の一場面のように、穏やかな光を帯びていた。
リュナが小さく息を吐き、肩の力を抜く。
フレキは彼女の足元でしっぽを振り、キュッと鳴いた。
世界が、ゆっくりと動き出していた。
そしてその中心には──
ひとりの青年と、三人の仙道と、仲間たちの笑顔があった。
◇◆◇
静まり返った戦場に、ようやく安堵の風が吹き抜けた。
焦げた大地の上、アルドと三龍仙を囲むように仲間たちが集まりはじめる。
誰もが息をつき、ようやく笑える空気が戻ってきたその時──。
「……相変わらず、甘いっすねぇ~、兄さん。」
冗談めかした声が背後から聞こえた。
振り向くと、リュナが黒いマスク越しににやりと笑っていた。
金茶の髪を風に揺らしながら、腕を組み、彼女はアルドを見る。
「こんだけめちゃくちゃしてくれたあいつらまで、助けてあげちゃうなんてさ。……優しすぎるにも程があるっすよ。」
アルドは頭をかきながら苦笑した。
「はは……そうかもね。呆れちゃった?」
リュナは一拍置いて、マスクの奥で唇の形を変える。
そして、すっと人差し指で黒マスクを下へずらした。
「……いーや。惚れ直したっす!」
その瞬間、彼女の顔が近づき、アルドの左頬に柔らかな感触が触れる。
軽く、しかし確かに残る温もり。
アルドの身体が硬直した。
「えっっ!?!? リ、リュナちゃんっ!?!?」
頬が一瞬で真っ赤に染まり、両手で顔を覆う。
リュナはそんなアルドの反応を楽しむように、
首に両腕をまわし、イタズラっぽく笑った。
「兄さんって、ほんとわかりやすいっすねぇ~」
「ちょ、ちょっと離れて……!?!?」
「やーだ。今はサービス期間中っす!」
リュナの言葉に、周囲の空気が一瞬固まる。
そして──。
「なっ……なななななな!! リュナちゃん!?!?」
顔を真っ赤にして叫んだのはブリジットだった。
両手をわたわたと動かし、目をまん丸にして慌てふためく。
「な、なにしてんの!? そんなの、そんなの反則だよぉっ!!」
蒼龍がそんなブリジットの背中をバシンと叩いた。
「ブリジットちゃん! アナタも、負けてちゃダメよぉ!!」
「えぇぇぇ!? え、えぇぇぇぇっ!?!?」
突然の発破に、ブリジットは顔を真っ赤にして目を泳がせる。
リュナが「ほらほら、早く~」と挑発的な笑みを浮かべると、
ブリジットはギュッと拳を握りしめ、叫んだ。
「……あっ、あたしもっ!! 惚れ直したよっ!!」
勢いそのままに駆け寄り、アルドの右頬に──ちゅ。
リュナが驚きの声を上げる。
「おお~!? やるじゃん、姉さん!」
アルドは完全に真っ赤になり、動揺の極みで固まった。
「ぶ、ブリジットちゃんまでっっ!?!? これ何の流れなの!?」
リュナが腕を組み、「モテ期到来っすねぇ、兄さん」としたり顔を見せる。
ブリジットは顔を覆い、耳まで真っ赤になっていた。
……が、その直後。
「ギャタシも惚れ直したわァァーーッ!! アルド様ァァーーッ!!!」
ズガァァァン!!と地響きが鳴った。
ジュラ姉がティラノサウルスボディを揺らして走ってくる。
その巨大な口がガバッと開き──
バクンッ!!
「……ッ!?」
アルドの頭部がそのままジュラ姉の口に吸い込まれた。
彼の首から下だけが空中でぶらぶらと揺れている。
「アルドくん!?!?!?」
「な、何してんすか、ジュラっち!?!?」
ブリジットとリュナが同時に叫ぶ。
ジュラ姉はアルドの頭を咥えたまま、もごもごと喋った。
「二人と同じよぉ!! 親愛のキッスよ!! キッス!!!」
「どこがだよ!?!?」
「スケールが違うよ!?!?」
ぶら下がったままのアルドが、妙に落ち着いた声で言った。
「ねぇ、俺今どうなってんの、これ? マミさんみたいになってない?」
「……誰っすか、それ。」
リュナが呆れたように静かにツッコむ。
「あと、なんか凄いフローラルな香りがする。」
「香りの問題じゃないっしょ!!」
ブリジットは苦笑しながら、「あはは……」と額を押さえる。
蒼龍は爆笑して転げ回り、黄龍は呆れ顔で空を見上げ、紅龍は「……地龍に頭を咥えられながらもあの落ち着き様。流石、儂が見込んだ御方よ……!」とぽつりと呟いた。
アルドはというと、ティラノの口の中から呑気な声を上げながら、
(でも……真っ赤になった顔が隠せたのは、よかったかもね)
と、心の中でだけ小さく呟いた。
◇◆◇
ジュラ姉の大顎からようやく解放されたアルドは、
頭をぶらぶらさせながら、どっとため息をついた。
「……あー、びっくりした……頭、ちゃんとついてるよな……?」
手で髪を撫でながら呟くと、周囲から笑い声がこぼれた。
その笑いが消えていくのと同時に、夜風がひんやりと頬を撫でていく。
戦いの熱気が、ようやく遠のいていくのがわかる。
アルドは両手をかざし、水の魔法を展開した。
「"アクア・ストリーム"。」
透明な水が空中に浮かび上がり、滑らかに彼の頭上から流れ落ちる。
髪を濡らし、砂や焦げた血や唾液(※ジュラ姉の)を洗い流していく水流は、まるで温泉のように心地よかった。
「ふぅ~……やっぱり、魔法シャワーは便利だな……」
アルドが目を細めている間、周囲はそれぞれの空気を取り戻していた。
少し離れた場所では──
黄龍がベルザリオンに向かって、まるで子犬のように何度も頭を下げていた。
「すまなかった……すまなかった……!」
「もういいですよ、顔を上げてください」
とベルザリオンは苦笑いを浮かべていたが、
黄龍はなおも「いや、もう一回だけ」と続けて、結局十回目のぺこりを繰り返していた。
その隣では、紅龍がマイネに何かを言われて神妙にうなずいている。
マイネは左手を腰に当て、紅龍の額を小突きながら静かに言葉を重ねていた。
「……わらわを殺そうとした罪は、軽くはないぞ。けれど、償う道を歩むならば、それもまた罰の形じゃ。」
紅龍は深く頭を垂れ、「心得た」とだけ呟いた。
一方、蒼龍はというと──
もうブリジットとリュナ、そしてジュラ姉と肩を寄せ合い、何やらキャッキャと笑い合っている。
「それでね、リュナちゃんがアルドくんに“惚れ直したっす”って言った時の顔がもう!」
「ちょ、やめろし!!イジんの禁止~!」
「ギャタシもその時、思いっきり惚れ直したわよォ!!!」
その場は笑い声の渦だった。
まるで何事もなかったかのように──それが、蒼龍という存在の強さだった。
アルドは少し離れたところからその様子を見て、
(蒼龍さん、打ち解けるの異常に早いな……陽キャの香りがする……)
と、乾いた笑いを漏らした。
ちょうどその時、ヴァレンが後ろから現れた。
いつもの軽い足取り。けれどその瞳には、わずかに緊張の色があった。
「よっ、相棒。お疲れ!」
軽く肩を叩かれ、アルドは「あっ、ヴァレン」と振り返った。
「そっちもお疲れ様~。いやぁ、なんとか無事にひと段落したねぇ。みんな元気そうで、ほんとよかったよ~。あ、あとは、召喚者の子達が無事だといいけど……」
笑顔を浮かべながら、アルドは髪をかきあげる。
水魔法を止めると、風の魔力が渦を巻き、彼の髪を優しく乾かしていく。
「……"ウィンド・ドライ"っと。あとはちょっと熱を足して……」
手のひらを軽くかざすと、ふわりと暖気が広がり、彼の髪はさらさらと揺れた。
ヴァレンはその一連の流れを、黙って見つめていた。
その表情には、普段の軽薄さはない。
(……さっきの魔法。“再顕現”……)
(魂が完全に離れきる前の時間に限り、死者すら蘇らせるという古代魔法……もう何百年も前に、体系ごと失われたはずの……)
(今まで何気なく見ていたが……相棒、魔法の腕も超一級じゃねぇか……)
額に汗が滲む。
そして心の奥で、ふと疑問が浮かぶ。
(そもそも……“真祖竜”が人間や他種族の魔法を学ぶなんて、聞いたことがねぇ…… お前、いったい何者なんだよ、相棒……)
ヴァレンはごくりと喉を鳴らし、意を決したように口を開いた。
「なぁ、相棒。」
「ん? どうしたの?」
「お前さ……魔法の腕、マジで凄いよな。」
「え、そう?」
アルドはタオル代わりの風を止めながら、首を傾げる。
「一体……どこで、誰から学んだんだ……?」
アルドは少し考える素振りを見せてから、あっさりと答えた。
「んー……魔法? 誰からも習ってないよ?」
「……は?」
ヴァレンの顔が引きつる。
「だ、だってお前、色んな魔法使ってるじゃねぇか! 街作りにも土魔法使いまくってるし、回復も結界もやってたろ!」
「あー、それ? いや、実家いた頃、めちゃくちゃ暇だったからさー。」
アルドは肩をすくめ、笑った。
「倉庫にあった古い魔導書をね、なんとなく読んでみたら、結構面白くて。それからずーっと独学で練習してただけなんだ。」
「……独学?」
「うん。だから、俺が使える魔法なんて大したことないと思うよ? 攻撃魔法も、普通に殴った方が強いくらいの威力しか出ないし。」
「それは多分、お前の『普通に殴る』の威力が強すぎるだけで、魔法のせいではない気はするんだが…」
アルドは乾いた髪を指先で整えながら、気楽に言葉を続ける。
「ちゃんと読み込んだ本なんて、一冊だけじゃないかなぁ。だから、その本に書いてあった魔法、一冊分くらいしか覚えてないよ。まあ、その一冊の魔法は……全部完璧に使えるとは思うけど。」
風が吹く。
夜空の下、アルドの銀の髪が月明かりを反射して揺れる。
その無自覚な姿に、ヴァレンはただ呆然と立ち尽くした。
(独学……? 独学で、古代の蘇生魔法を……?)
(いや、そもそも……真祖竜の“実家の倉庫”に置いてある魔導書って何なんだよ!?)
ヴァレンは冷や汗を垂らしながら、慎重に尋ねた。
「ち、ちなみにだな、相棒……。その魔導書のタイトルって、覚えてるか?」
アルドは目を輝かせて、笑顔で答えた。
「そりゃもちろん! 何十年も読み込んだからね。
確か……“全魔典”ってタイトルだったよ!」
その瞬間。
ヴァレンの表情が凍りついた。
月光の下、その顔から一瞬にして血の気が引いていく。
喉の奥で、何かを言いかけて──声が出なかった。
◇◆◇
風が止まった。
空に薄雲が流れ、月の光がヴァレンの横顔を照らす。
だが、彼の表情はさっきから固まったままだ。
顔の筋肉が引きつり、こめかみからは汗が滝のように流れていた。
(パ……“全魔典”……だと……!?)
(バ、バカな……そんなもの、伝説の中だけの存在じゃねぇのか……!?)
(この世に生まれた“全ての魔法”が記され、世界に新たな魔法が生まれれば、それに沿って内容が更新されるという、神話級の魔導書……!)
(そこに書かれた魔法を“全て使える”って……もしそれが本当なら、相棒は……!!)
ヴァレンの脳裏で、世界中の禁書目録や大魔導士たちの伝承が電光のように駆け巡る。
“全魔典”──それは、古代文明を滅ぼすきっかけとなった“禁忌の書”とも言われる。
存在が確認された瞬間、各国が総力を挙げて奪い合い、歴史から消えた。
そんな書を──
アルドが“実家の倉庫にあった”と笑顔で言ったのだ。
「……はは……」
ヴァレンは引きつった笑いを浮かべ、全身を震わせながら言った。
「……あ、相棒……?」
アルドは、のほほんとした顔で首を傾げる。
「ん? どうしたの?」
ヴァレンは必死に平静を装おうとした。
汗が滴り落ち、笑顔が引きつる。
「そ、その本のタイトル……もしかして、記憶違いってことは……ないか……?」
「え? 記憶違い?」
「ほ、ほら! 似たような名前ってよくあるだろ!? よくよく思い出してみたら、“全魔典”じゃなくてさ……“熊猫典”だった!……とか!」
必死の冗談。
その声には笑いが混じっていたが、目が笑っていなかった。
アルドは一瞬ぽかんとした顔でヴァレンを見つめた後──
にっこり笑った。
「え? 違うよ~。“全魔典”で間違いないって! ほら、この通り……」
そう言って、腰のマジックバッグをゴソゴソと漁り始めた。
ニュッと取り出されたのは、黒革に金の装飾が施された分厚い書物。
表紙の中央には、古代語の紋章が輝き、圧倒的な威圧感を放っていた。
《全魔典──Panmagia》
ヴァレンの喉が鳴った。
その場の空気が、一瞬で張り詰める。
空気の密度が変わった。
まるで、世界そのものがその書を“恐れている”かのようだった。
ヴァレンの目が見開かれ、次の瞬間──
「うわあああああああ!?!?!?“全魔典”の実物持って来てるぅ!?!?」
派手な悲鳴がスレヴェルドに響き渡った。
思わずその場に尻もちをつき、地面をばたばた叩く。額の汗が滝のように流れ、目は白目寸前。
アルドは驚いたように眉を上げた。
「えっ? ヴァレン?」
「そ、それ……! 持ってるだけで国が滅ぶレベルのブツだぞ!? 何しれっと倉庫から持って来てんだよぉぉッ!!」
「えっ。これ、そんなにヤバいやつなの?」
「ヤバいどころじゃねぇッ!! “存在してること自体が反則”なんだよ!!!」
ヴァレンは腰を抜かしたまま、肩で息をしている。
アルドはその様子を見て、ぽかんとした表情のまましばらく固まった。
それから、おそるおそる手元の魔導書を見つめ──
「……そっか。」
小さく頷いた。
そして──
「よし。無かったことにしよ。」
と言いながら、マジックバッグの奥深くにそっとしまいこんだ。
「お、おい……しまい方が軽すぎるだろ……!?!?」
ヴァレンは頭を抱える。
アルドは無邪気に笑いながら、軽く手を振った。
「大丈夫だって!実家では何十年、何百年も誰も触らず埃かぶってたし、誰にも見せなきゃ問題ないでしょ?」
「その理屈は通用しねぇ!!!」
荒野に再びヴァレンの絶叫が響いた。
蒼龍たちは遠くからその様子を眺め、首をかしげている。
「ねぇ、あれ何してんの?」「兄さん、またやらかしたんすねぇ……」
そんな中、アルドは頬をかきながら苦笑した。
「いやぁ……なんかごめんね、ヴァレン。ただの古本だと思ってたからさ。あんまりレアなもんだとは思ってなかったんだよ。」
「レアどころか! そのレベル、もう神話の域だからなぁぁぁ!!!」
ヴァレンは叫びながら、空を仰いだ。
そして心の中で、天に向かって呟く。
(相棒……お前はいつだって、俺の想像を超えて来る……)
(だが……今回のは、ちと超えすぎだぜ……!)
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