真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます

難波一

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第五章 魔導帝国ベルゼリア編

第200話 強さは、守るために

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────────────────────


「……え? そんなことすんの? 俺が?」



思わず聞き返した俺に、マイネさんは玉座の背もたれに肘を置きながら、軽く片眉を上げた。
彼女の瞳が、まるで俺を値踏みするように細まる。



「そうじゃ。道三郎、お主、ベルゼリア皇帝のところへ直接文句を言いに行くつもりなのじゃろ?」


「え?まぁ……そうだね」

 

俺は横に立っていたメガネJK与田メグミさんの方へ、つい視線をやる。

レンズの奥の冷静な瞳が、こちらを見返してくる。やっぱり落ち着いてる子だ。



「あー、その……こちらの与田メグミさんがね、占いスキルで皇帝さんの居場所を占ってくれたんだ。
ほんと凄いよ、与田さんのスキル! 俺、魔法使ってもあんな正確に座標まで出せすなんて無理だよ、多分」


「いえいえ。」



メグミさんは、控えめに眼鏡をクイッと上げて、淡々とした声で答えた。



「私たち、アルドさんたちに多大なご迷惑をおかけしましたし。このくらいは当然です」



召喚高校生の皆、正気に戻ったら皆いい子だね。
マイネさんは軽く顎を引きながら「ふむ」と呟いた。



「それはいいがのう……どうせお主のことじゃ。本当に“文句だけ言いに行く”つもりなのじゃろ?」


「え? それはそうだけど……」



俺は素直に頷いた。



「まぁ、攻撃とかされたら多少はやり返すかも、とは思ってるけど……」



その瞬間、マイネの表情がピシャリと引き締まった。



「甘い!! 甘すぎるぞ!! 道三郎!!」



雷鳴みたいな声に、室内の空気がビリッと震えた。
マイネさんは椅子から立ち上がり、ビシッと俺を指差す。



「ベルゼリアは軍事国家じゃ! “戦になれば勝つのは我ら”と高を括っておる。
そんな者どもに、『悪いことするのはやめろ!』などと注意したとて、聞くと思うか?」


「いや、まぁ……確かに、それは……」


「道三郎!! お主は思いっきりパワープレイで、あのたわけ共──皇帝アウストリアス、宰相ルクレインどもをビビらせてやれ!!」

「“ケンカになれば勝つのは俺だ!”という所を見せつけてやるのじゃ!! 話し合いはそれからにするのじゃ!!」


「え……えぇー……」



俺は情けない声を漏らす。
そんなガチのマジで範馬⚪︎次郎みたいなムーブをやれと?



「いや、俺、そんな大国の皇帝さんとかをビビらせたりできるかな? 自信ないよ?」

 

すると、なぜか横で見ていた五人が一斉にこっちを振り向いた。

リュナちゃん、ベルザリオンくん、ヴァレン、一条くん、紅龍さん──
全員、どこか生暖かい目をしている。

リュナちゃんが黒マスクの下でニヤリと笑う。

「いやー、兄さんキレたら、この世のものとは思えないくらい怖いっすよ。ま、それもギャップで魅力っちゃ魅力っすけど」


ベルザリオンくんは腕を組み、静かに頷いた。

「道三郎殿のお怒り……一度あれを目の当たりにすれば、もう他に何も恐れるものはありません……」


ヴァレンがニヒルな笑みを浮かべながら肩をすくめる。

「相棒を怒らせた時はマジで死を覚悟したぜ、俺も」

 
一条くんがぼそっと、「そうですね。僕も正直、久々に泣くかと思いました」と苦笑いする。


紅龍さんは腕を広げ、やたら大げさに言い放った。
「アルド師父の怒りを前にすれば、儂の力など──蜚蠊ゴキブリも同然……」


「ゴメンって……」



俺は額を押さえながら、思わずため息をついた。
そうか。この5人には、俺がキレた姿見られてるんだもんね。あれ?俺って意外と短気なのか?ひょっとして。



「っていうか紅龍さん、それやっぱり根に持ってるでしょ? あの時の“ゴキブリ扱い”の件……」


「いえ! まったく!」



紅龍さんは力強く首を振るが、笑顔なのに目が笑ってない。
どう見ても根に持ってるね。ゴメンて。

周囲からくすくすと笑いが起こり、重苦しかった空気が少しだけ和らいだ。
でも、マイネさんだけは終始真剣そのもの。
彼女の目は、まるで戦場の将のそれだった。

マイネさんが長いため息をついた。
その息が、重く天井まで伸びて消える。



「……よいか? 道三郎」



呼ばれて、俺は思わず姿勢を正した。
さっきまで“ビビらせろ!”とか言ってた人とは思えないほど、マイネさんの声は低くて穏やかだった。



「妾達“強欲の魔王軍”は、未来永劫、エルディナ王国・新ノエリア領に敵対することは無いじゃろう。 それが何故だか分かるか?」



いきなりの質問に、俺は「え?」と間抜けな声を漏らしてしまう。
隣でブリジットちゃんが「えっ?」とほぼ同時に声を重ねた。
二人揃ってポカンだ。お揃いだね。



「えーと……と、友達になったから?」



とりあえず言ってみると、マイネさんは鼻でフッと笑った。



「それも……まあ、そうじゃが、それだけでは無い」
 


椅子の背にもたれた彼女の紅い瞳が、ゆっくりと俺を射抜いた。



「一番の理由は、妾達が“お主達の強さをよく知っているから”じゃ」



“強さ”。
その言葉が、静かな部屋に重く落ちた。

マイネさんは手を組み、指先をこすり合わせる。



「己の強さを誇ることは、必ずしも卑しい行為とは限らん。力を誇示しておくことにより、避けられる戦いもあるかもしれんじゃろ?」


「……避けられる戦い、か」



俺は無意識に呟いていた。
なるほど。言わんとする事は何となく分かる。
戦わずして勝つ──そういう理屈。



「極端なことを言えば、今回の件もそうじゃ」



マイネさんは続ける。



「ベルゼリアがあらかじめお主の強さを知っていれば、召喚者たちをフォルティア荒野へけしかけることも無かったやも知れん。勝算がないからのう」



……確かに。
戦いは、勝てると思うから始まる。
勝てないと分かっていれば、誰もそんな無謀なことはしない。



「──なるほど、確かに」



俺は頷いた。



「強さを、前もって見せておくことで……戦いを防ぐ、ってことか」


「そうじゃ」



マイネさんはゆっくりと微笑む。
その笑みは、いつもの強欲な女王のそれとは違い、どこか優しかった。



「お主のような心根の優しい者が、自分の強さを誇示することは、長期的に見れば双方に利がある。
お主の力を知らずにベルゼリアが再びフォルティアへ侵攻を仕掛け、万が一ブリジットやザグリュナが傷付きでもしたら……」



マイネの声が一段低くなる。



「お主の報復でベルゼリアは滅ぶやも知れんじゃろ? それでは、誰も幸せにならぬぞ」

「……うん」



俺はゆっくりと頷いた。
確かにそうだね。
考えたくないけど、本当にそんな事が起きたら……



「その通りだね。分かった。それじゃ、ちょいと強めにビビらせる方向で行くよ。まあ実際、悪いことしてるしね、ベルゼリア」


「うむ。それでよい」



マイネさんは満足げに頷いた。

そして、今度はブリジットちゃんに視線を向ける。



「ブリジットよ。お主も、腹を括る時が来たやも知れんぞ」


「え、あたしも?」
 


ブリジットちゃんがきょとんと目を丸くする。
マイネはゆっくりと頷いた。



「お主にとって、道三郎やザグリュナ、それに色欲のヴァレン・グランツやフェンリル達は“家族”なのであろう?」



ブリジットちゃんは小さく息を飲み、それから真剣な表情で頷いた。



「うん。……みんな、あたしの大事な家族だよ」


「うむ」
 


マイネは瞳を細める。
 


「お主の性根を知る者であれば、その言葉をそのまま受け取ることも出来よう。じゃが、お主を知らぬ者から見たならば、その力はあまりに脅威じゃ」



ブリジットはハッとしたように目を見開く。
その表情に、マイネは頷いた。



「“家族”を守りたくば、力ある者としての振る舞いを身につけよ。
お主が──此奴らのボスなのじゃろ?」



その一言で、部屋の空気が変わった。
ブリジットの表情が、ふっと引き締まる。
子どもの顔ではなく、“背負う者”の顔だ。



「ありがとう、マイネさん」



ブリジットちゃんはまっすぐにマイネさんを見つめて言った。



「分かったよ。あたし、アルドくん達と……みんなとずっと一緒にいたいから。よく考えてみる」



マイネさんはニッと笑った。



「そうじゃ。よく考えて、欲しいものはすべて掴み取るがよい。
女は強欲であるくらいが丁度いいのじゃ」

 


ブリジットちゃんが照れ笑いを浮かべる横で、俺はそのやり取りを見ていた。
 
なんというか──二人とも、立場も性格も違うのに、根っこの強さが似ている。
俺は思わず笑みをこぼした。



「……うん、やっぱり俺、好きだなぁ、こういう空気」



誰にともなく呟いて、伸びをした。



「さーて、それじゃ、ちょいと行ってくるよ」



そう言って、俺はバルコニーの大窓を開ける。
冷たい風が、部屋のカーテンを揺らした。

後ろでマイネが静かに立ち上がり、



「行け、道三郎。お主の“強さ”を、ベルゼリアに刻んでくるのじゃ」と呟いた。


「オッケー、任せて」



俺は振り返り、笑ってみせる。
そのまま欄干に足をかけ、飛び上がった。

空の風が頬を切り裂くように冷たい。
けれど、胸の奥は妙にあたたかかった。

──“強さを示すという優しさ”。

その言葉が、俺の中で確かな意味を持ち始めていた。



────────────────────
(現在)



荘厳な沈黙が、広間を満たしていた。

天井の高い謁見の間。金と紅の装飾が壁一面を覆い、巨大なステンドグラス越しに差し込む光が、床の大理石に王の紋章を映し出している。

その中心に立つのは、皇帝アウストリアス。
黒銀髪の威厳を湛えた男は、ゆっくりと頭を垂れたまま、一言も発しない。

玉座の正面──そこに立つマイネ・アグリッパは、長いマントを翻し、静かに一歩、前に出た。



「……皇帝アウストリアスよ。」



その声には、かすかに冷たい鋼の響きがあった。



「此度の条約を無視したスレヴェルド及びフォルティアへの侵攻……何か申し開きはあるか?」



問いかけは淡々としていた。だがその裏には、戦火を鎮め、犠牲を抱えた者たちの怒りが潜んでいる。

アウストリアスは、ゆっくりと瞼を閉じ、息を吐いた。
長い沈黙のあと、重々しい声が広間に響く。



「……言い訳のしようもあるまい。此度の侵攻の責任は、全てこの私にある。」



その言葉に、場の空気が微かに揺らいだ。

しかし、すぐに隣の男──宰相ルクレインが、血相を変えて前に飛び出した。



「ま、魔王様!!」

「此度の侵攻を陛下へ進言したのは、この私です!裁くならば、この私を……どうか……!!」



ルクレインはそのまま膝を折り、額を床に押し付けた。
乾いた音が石床に響く。必死に地を叩くその姿は、哀れなほどに真摯だった。

しかし、マイネは動じない。



「……茶番は止めよ、宰相ルクレイン。」



その一言に、空気が凍る。
紅い瞳が、冷たい刃のように彼を見下ろした。



「貴様一人で背負えるほど、此度の罪は軽くは無いぞ。」



言葉に宿る重圧が、まるで雷のようにルクレインの背を叩いた。
宰相は震えながら唇を噛み、顔を上げられない。

その様子を横目に、アウストリアスはゆっくりと顔を上げ、マイネを見据えた。
その瞳に、かつての覇気は無い。ただ、敗北を受け入れる静かな覚悟だけがあった。



「マイネ・アグリッパよ。貴殿の怒りは尤もだ。我らは、貴殿の望む補償に応じよう。」



彼はわずかに目を細め、マイネの背後に立つ影を見つめた。



「……確かに。肖像画で見た我が曽祖父リヴィスに瓜二つであるな。」



視線の先にいるのは、黒髪の執事ベルザリオン。
静かに立つその姿は、確かに“王の血”を思わせた。

アウストリアスは、深く息を吸い、かすれた声で続けた。



「至高剣ベルザリオン。其方は、ベルゼリアの祖──リヴィス・ハルトマンの魂を引き継いでいると聞いた。」



重い沈黙が流れる。



「……余は恐らく、皇帝の座を退くこととなるだろう。其方が望むなら……この皇帝の座、其方に明け渡しても良い。それが、敗北を喫した者の、せめてものケジメであろう。」



広間がざわめく。
玉座を譲る──それは帝国にとって、国の形を変える宣言だった。



「なっ……!? へ、陛下、それは……!」



ルクレインが悲鳴のような声を上げる。
しかしベルザリオンは静かに首を振った。



「陛下。そのお言葉、痛み入ります。」



彼の声は、透き通るように静かだった。



「ですが……我が身、我が魂の在りどころは、既に決まっております。マイネお嬢様のお側と共にある。それが、私の誇りでございます。」



その瞬間、マイネは一瞬だけ表情を緩めた。
普段なら決して見せぬ微笑──まるで春の陽光のような温かい笑み。

それを見たアウストリアスは、ポカンとしたあと、思わず息を漏らした。



「……ふっ……くくっ……ははは……!」



笑いが、静寂を破った。



「まさか……“強欲の魔王”マイネ・アグリッパの、そんな顔が見られるとはな……」

「なるほど……貴殿にとってのその男は、転移門起動の“鍵”などではなく……ただの“愛しい男”だったというわけか。」



その瞬間。

マイネの顔が、真っ赤に染まった。
紅蓮のように、目に見えて熱が上がる。



「──な、なっ!? な、なにを言うか貴様っ!!」



あたふたと手を振りながら、どう取り繕うか迷うように言葉が詰まる。

そして、覚悟を決めたように、ビシッと指を突き出した。



「そ、そうじゃ!! 悪いか!? 妾が恋する乙女であって何が悪い!!!」



その堂々とした開き直りに、広間が一瞬凍りついた。

ベルザリオンも、冷静を装いながら顔が赤く染まる。
目線を逸らしながら、咳払いを一つ。

──と、その時。

後方から突然、感極まった声が響いた。



「ブラボー!! おお……ブラボー!! 最高だ!!」



ヴァレン・グランツが両手を打ち鳴らし、涙目で拍手していた。
頬を伝う涙は本気の感動。



「これぞ愛! これぞ情熱! これぞ! ラブコメの極致ッ!!!」


「やかましいわ、そこ!!!」



マイネが全力で振り向き、怒鳴る。
真っ赤な顔のまま、両手で扇をバシンとヴァレンの頭に叩きつける。



「こうなると思ったからイヤだったんじゃ!! コイツと関わるのは!!!」



ヴァレンは「愛は止められない!」と叫びながら、なおも拍手を続けていた。

──その光景を見て、アウストリアスは深く息を吐き、どこか安堵したように目を細めた。

その顔は、敗北した皇帝のものではなく、
敗北を受け入れたひとりの“人間”のものだった。
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