真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます

難波一

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第五章 魔導帝国ベルゼリア編

第201話 静寂の会議と、闇に舞い降りた天才犬

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ベルゼリア帝国の皇城──その中心にある謁見の間は、まるで“権威”という概念そのものを具現化したような空間だった。

黒曜石を敷き詰めた床。黄金の紋章が天井に輝き、そこに立つ皇帝アウストリアスの姿は、まさしく“支配”の象徴といってよかった。

その玉座の正面で、マイネさんとブリジットちゃんが並んで立っている。

二人の表情は真剣そのもの。

会議の議題は、ベルゼリアが行った侵攻の責任──そして召喚された高校生たちの今後の扱いについて。

形式こそ話し合いだが、実質は“軍事裁判”の延長線上だった。


……まぁ、そんな緊迫した空気の中で。

俺たちはといえば、謁見の間の端っこで──

麻雀をしていた。



石造りの床の上、紅龍さんが魔導具の麻雀卓を展開した。
円形の魔法陣が淡く光り、四人分の椅子が自動で出現する。
静寂の中に、カチ、カチ、と心地よい音だけが響く。

メンバーは、俺、ヴァレン、紅龍さん、そしてフレキくん(ミニチュアダックスモード)。

リュナちゃんはというと──俺の背中にぴったり張りついて、肩越しに卓上を覗き込んでいる。

柔らかい髪の毛が頬に触れてくすぐったい。
ああ、集中できない!



「……ねぇ、俺ら、こんな呑気に遊んでていいのかな?」



俺はそっと牌を切りながら、向かいのヴァレンに声をかけた。
彼は赤ワインでも飲んでそうな余裕の笑みで、指先で牌をトンと弾く。



「ま、ここはマイネとブリジットさんに任せるって決めたろ? 俺らは出しゃばらない方がいいさ」


「……まぁ、そうだけどさ」



あの空気を見てると、流石に申し訳なくなる。

中央ではマイネさんと皇帝がバチバチの議論。
ブリジットちゃんは必死に書記役みたいにメモを取っている。

……俺たちは、そんな彼女の真後ろでカチカチ。完全に場違いだ。


紅龍さんが静かに牌を撫でながら、低く言った。



「……ヴァレン・グランツよ。良いのか? 自分で言うのも何だが、つい先程まで敵として命をかけて刃を交えていた儂が、同じ卓を囲むなど……」



その声には、ほんの少し戸惑いが混じっていた。
紅龍さん、毒が抜けたらなかなか律儀だね。
多分、罪悪感を覚えているのだろう。

ヴァレンは小さく肩をすくめて、口元に笑みを浮かべた。



「いいじゃないの? 相棒とブリジットさんが“許す”って言ってんだ。俺はその決定に従うだけさ」



その軽やかな一言に、紅龍さんは驚いたように瞬きをして──ふっと笑った。



「……その懐の深さ。敵わぬはずだ」



柔らかい笑みとともに、紅龍さんが牌を静かに切る。
その仕草は、戦場の戦士ではなく、まるでちゃんとした仙人のように落ち着いていた。



「そうそう。紅龍さんが麻雀卓持っててくれて助かったよ。麻雀、趣味なんだね。まぁ、似合ってるけど」



俺がそう言うと、紅龍さんは口元に少し懐かしそうな笑みを浮かべた。



「ええ……大昔、修行の合間によく四人で遊んでおりましてな。兄者、姉者、それに……お師匠の4人で。幼い頃は、これが唯一の遊戯でしたな。」


「……そうだったんだ。」



思わず呟く俺。
紅龍さんは軽く頷いた。



「はい。“龍卓(りゅうたく)”と呼ばれておりましてな。兄者、姉者、師匠であろうとも、ここで決めた結果には誰も逆らえなかったものです。」


「へぇ……でも、黄龍さん、蒼龍さんとはまた麻雀出来るじゃん。」



俺が言うと、紅龍さんは今まで見た事の無い穏やかな笑みを浮かべる。



「左様ですな。その時は、是非、最後の一席はアルド師父に。」


「いいよ。メンツ足りない時は呼んでよ。」



ヴァレンが笑いながら、「ククク……お前もすっかり相棒の虜じゃあないの。紅龍。」と言って牌を山に積み直す。

フレキくんは短い前足で牌を押さえながら「では東一局、行きますっ!」と元気に吠えた。
その声が高く反響して、謁見の間にカン、と響く。

中央で議論していたマイネさんが、一瞬ピクリと肩を揺らした気がした。



「……地雷女、これ聞こえてるっぽいっすね」

「うん。あれ、完全にこっち見てるね」

「眼光、すっごい刺さってるっす」



リュナちゃんがヒソヒソと囁き、俺は「見ない見ない」と心の中で唱えながら、そっと次の牌を引いた。



どこかで“正義”と“責任”がぶつかり合う音が響いている。
でも、俺たちは別の意味で真剣勝負だ。

人の命を救う戦場も、戦争を終わらせる会議も、どちらも俺たちの戦い。

──ただ今は、ほんの少しだけ、息抜きの時間。

リュナちゃんの腕の温もりを背中に感じながら、俺は静かに呟いた。



「……にしてもさ、平和って、案外こんな音なのかもな」



カチ、カチ、と、牌の音だけが響いていた。



 ◇◆◇



──カチ、カチ、カチ。

大理石の謁見の間に、またもや小気味よい音が響く。

遠くでは、マイネさんの凛とした声が、皇帝アウストリアスの低音とぶつかり合っていた。

“国家の未来を左右する協議”が進行している──その裏で。

俺たちは相変わらず、卓を囲んでいた。

長いのよ。やる事無いの、マジで。

紅龍さんの麻雀卓(魔導具)が淡く発光し、空中に小さな得点板が浮かんでいる。
場は東三局。点棒の色が少しずつ変化するたびに、妙な緊張感が漂っていた。

そして──その静寂を破ったのは、ミニチュアダックスだった。



「ロンですっ!!」



ピシャァン!

フレキくんの短い前足が、音もなく牌を叩いた。



「字一色、小四喜、ダブル役満ですねっ!」



その小さな体が誇らしげに膨らみ、尻尾がビュンビュンと高速で振られる。
息をハッハッと弾ませながら、まるで“これが俺の生き様だ”と言わんばかりの笑顔を浮かべていた。



「えっ!?!? ふ、フレキくん、またかい……!?」



ヴァレンが目を剥く。
紅龍さんは手を震わせたまま固まっている。



「北単騎待ち……だと……!? こ、この子犬……何たる豪運……!!」



紅龍さんの額に汗が滲んでいた。
仙人の顔から完全に余裕が消えている。
ベルゼリア帝国一番の強者が、小型犬に敗北しているという事実が、重く響く。



「狂気の沙汰ほど面白いですっ!」



フレキくんは、ハッハッハッと笑いながら尻尾をブンブン。

いや、フレキくん、っよ。

もう完全に雀鬼じゃんきじゃん。

見た目は小型犬なのに、帝王の風格を感じさせる。
流石、フェンリル王。見た目とのギャップがえげつないね。



「……フレキっち、強すぎじゃないっすか?」



リュナちゃんが俺の肩越しにひょいと顔を出しながら呟く。
頬が俺の首筋に触れて、思わず背筋がゾクッとした。



「あーし、ルール全然わかんないっすけど、フレキっちが圧勝してるのだけは分かるっす」


「うん、それは正解だね。完全にカモられてる」


「え、あれっすか?麻雀って"犬が有利なゲーム"とか、そんな感じなんすか?」


「いや、"犬が有利なゲーム"なんてフリスビーキャッチくらいしか存在しないでしょ。というか、普通の犬は麻雀打てないから。」

 

俺がため息をつくと、ヴァレンが髪をかき上げて呻いた。



「マジかよ~! フレキくん、強すぎるだろ! どうやったらそんな手になるんだ!?」



その声と同時に、ヴァレンが崩れ落ちるように牌をジャラジャラと崩す。
紅龍さんも首を振りながら、項垂れた。



「……ここまでの引きは、もはやGOD……いや、DOGの領域……」



紅龍さん、そんなお茶目なジョーク言えるんだね。
ちょっと笑ってしまった。

だが──その笑い声が、地雷だった。



「お主ら、やかましいぞ!!ジャラジャラジャラジャラと!!」



ビリビリッ!!

雷鳴のような怒声が、謁見の間全体に響き渡る。
全員の動きがピタリと止まった。
マイネさんの顔は、まさに“怒りの女王”そのもの。



「こっちは今後の条約について真剣に話しておると言うのに!! 何をじゃれ合っておるのじゃ!! あと紅龍!!短期間で馴染みすぎじゃろ!!ついさっきまで妾達の事殺そうとしてたじゃろ、お主!!」


「す、すみませんっ!!」



四人と一匹、即座に正座。
全員の背筋がピンと伸びた。

──が、マイネさんの怒鳴り声の最後に、予想外の一言が続く。



「せめてもっと音を立てずに遊んどれ!!」


「あ、遊んでる事自体はいいんだ?」



俺が思わず小声で言うと、ヴァレンが「女王の慈悲だな」とニヤリと笑う。
紅龍さんは真顔で「これが……寛容……」と頷いていた。

そんな中、俺の視線は自然と前方へと向く。

ブリジットちゃんが、マイネさんの隣で真剣な顔で書き物をしていた。
白い紙の上に、彼女のペンがサラサラと走る音。
その横顔が、まっすぐで美しかった。



「ブリジットちゃん、大丈夫? 俺もなんか手伝おうか?」

 

声をかけると、彼女は一瞬だけ手を止め、俺の方を振り返った。
その表情は、迷いのない笑顔だった。



「ううん、大丈夫! アルドくんはここまで頑張ってくれたから。これは、あたしが頑張る番だと思うんだ。だから、任せて!」



その言葉に、胸の奥がじんわりと熱くなった。
あぁ、ほんと……強くなったな、ブリジットちゃん。



「……そっか。じゃあ、任せるよ」



俺は微笑みながら卓に戻り、静かに牌を積み直した。

それにしても──どう考えても、男3人とミニチュアダックスが麻雀してる構図、ヒモ感がすごい。

けど、ブリジットちゃんがああ言ってくれたんだ。
信じて任せよう。
あの背中は、もう俺が庇う必要なんてないくらい、まっすぐで、誇らしい。

俺は再び牌を掴み、穏やかな笑みを浮かべながら言った。



「さぁ……次こそ、俺が勝つぞ」



ヴァレンが「お、やるか!」と笑い、紅龍さんが真剣な眼差しを取り戻す。
フレキくんは尻尾を揺らしながら、高らかに叫んだ。



「まだまだ終わらせませんっ!地獄の淵が見えるまで……勝負の後は骨も残しませんっ!!!」



めちゃくちゃ恐ろしい事を言ってる。

初めてフレキくんのフェンリル王としての闘争本能を垣間見たかも知れない。

──静寂と笑いの混ざる謁見の間。
政治の駆け引きの裏で、俺たちの“平和の象徴”みたいな麻雀は、まだ終わらなかった。
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