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第六章 学園編 ──白銀の婚約者──
第232話 編入生入学式
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大講堂の空気は、少しだけ張り詰めていた。
天井の高い石造りの空間。壁に並ぶ家紋の旗。整然と並ぶ椅子の列。
新入生特有の緊張と期待が混ざった、独特のざわめき。
その中で、俺はひそかに胸を押さえていた。
昨日の“受験番号が一つズレた事件”。
……あれ、結局まだ誰にも言えていない。
いや、言えなかった、が正しいかな。
だって、皆があんなに喜んでくれたのに──
「アルド君、本当にすごいよ!」
「一緒に通えるんだね!」
「合格おめでとう!」
そんな言葉の直後に、
『実は……番号が1ズレてて……記憶までおかしい気がして……』
なんて言えるわけがない。
不要な心配をかけるだけだ。俺が真祖竜である以上、皆を守るべき立場でもあるし。
……それに、今のところは何も起きていない。
ただ番号がズレただけだし。
記憶が書き換えられていた形跡が他にあるわけじゃない。
──本当に“ただの勘違い”だったのかもしれない。
いや、でも、そんなはずはない。そんなわけが──
「アルド君?」
不意に覗き込む柔らかな声に、胸の奥のざらついた思考が途切れた。
隣を見ると、ブリジットちゃんが満面の笑みで俺を見ていた。
栗色の髪が射し込む陽の色を受けて、透き通るように揺れている。
ほんの少し緊張した息づかいも、頬の紅潮も、全部かわいすぎる。
「本当はね……」
彼女は胸に手を当て、少し恥ずかしそうに打ち明けてくる。
「あたし、ルセ大に復学するの……ちょっと気が重かったんだ」
その言葉に、俺の胸の奥がきゅっと痛んだ。
あの子がどれだけの重圧と過去を抱えて、ここへ戻ってきたのか……
俺は、少しだけだけど、それを知っているつもりだった。
「でもね」
彼女は俺をまっすぐ見て、ふわっと笑った。
「アルド君が一緒に通ってくれるって思ったら……
すっごく楽しみになっちゃったよ!」
……ああ。
胸に突き刺さるような幸福感ってこういうのを言うんだな。
ほんの一瞬、昨日の違和感が霧のように溶けた。
「……俺もだよ。ブリジットちゃんと同じ学校にいるって思ったら、めちゃくちゃ嬉しいよ」
本心だ。
言った瞬間、彼女の耳がほんの少し赤くなる。
その反応に、俺の心臓まで跳ね上がった。
ブリジットちゃんは、少し離れた席に座る天野さん達を見つけて、
「もちろん、天野さん達、高校生のみんなと一緒なのも嬉しいよ!」
と笑顔で手を振った。
柔らかくて、あたたかい──“ブリジット・ノエリア”本来の笑顔。
その笑顔に気付いた天野さんは丁寧に会釈し、
佐川くんは何かのメモを取り、
鬼塚くんは不自然なくらい姿勢を正し、
一条くんは「ふむ……」と知的ポーズを取ってみせた。
最後尾では、誰にも気づかれないまま、影山くんがひっそりと手を振り返していた。
……相変わらず影薄いよ、影山くん。
そんな仲間たちの姿に、胸の奥がまたじんわりと温かくなる。
ここから始まるんだ──
俺たちの、新しい大学生活が。
ブリジットちゃんと一緒に、みんなと一緒に。
そして俺はその中で、“守る側”として踏ん張っていくんだ。
……番号がズレたくらい、どうってことない。
そう思おうとした、その時──
講堂に差し込む朝の光の中で、
ブリジットちゃんがまたふわっと笑った。
その横顔を見た瞬間、俺の胸の奥で何かが小さく鳴った。
(……絶対に。何があっても守る)
理由のわからないざらつきよりも、この子の笑顔の方が、俺にとってはずっと大事だった。
◇◆◇
後方から、いつもの明るい、ちょい関西混じりの声が聞こえてきた。
「よっ、アルドくん。」
ザキさんだ。
今日も変わらず飄々とした顔で、人混みをかき分けてこっちへ歩いてくる。
「ザキさん、お疲れ様!一緒に編入出来てよかったねぇ」
俺がそう言うと、ザキさんは細かった目をさらに細くしてニッと笑い、
どこか悪戯っぽく口角を上げた。
「ほんまやな~。……お、なんやアルドくん、彼女連れで入学式とか羨まし……」
そこで、一瞬だけザキさんの動きが固まった。
その視線の先には、俺の隣で大人しく座っていたブリジットちゃん。
ザキさんの顔から笑みがすぅっと引いていき――
見事な二度見をかましてから、声が裏返った。
「……って……えっ……?ぶ、ブリジット・ノエリア!?……さん!?」
講堂全体に響き渡るくらいの声だった。
次の瞬間──
空気が“バチッ”と変わった気がした。
周囲の編入生たちが「え?」という顔で振り返り、
右側の在学生席からも、いくつもの視線が雪崩のようにこちらへ向かってくる。
ざわ……ざわ……ざわ……
何?
なんでこんな一斉に……?
「えっ……何、この注目……?」
俺は思わずブリジットちゃんを見た。
ブリジットちゃんは、ぎゅっと小さく肩を竦め、
まるで光から逃げるみたいに俺の方へ身を寄せてきた。
その表情は、困惑と恥じらいが入り混じっていて──
守りたくなるような、弱々しい影が差して見えた。
周囲の声が一気に膨らむ。
「見て……あれ、本物の……!」
「ブリジット・ノエリアだって……?」
「ハズレスキル授かったって追放されたあの……?」
「そんな逆境に負けずに、フォルティア荒野を開拓したって噂の……!」
「うわ可愛い……本物やば……」
噂の奔流に、講堂の空気が一瞬で沸騰する。
ブリジットちゃんはますます小さくなって、
俺の影に逃げ込むようにして座り直した。
「ご、ごめんな!ほんま、ごめん!」
ザキさんは両手を合わせ、完全にテンパりながら弁解している。
「そんなつもりはなかってん!ただ……その……あまりの美人さんで、びっくりしてもうて……!」
悪気がなかったのは分かる。
でも、これ……ブリジットちゃんにはちょっとキツいだろう。
彼女はもともとこの大学の生徒だったけど、
“ノエリア公爵の命令で退学させられた”という過去がある。
そこから、フォルティア荒野で奇跡みたいな偉業を成し遂げて、半ば英雄みたいに語られる存在になった。
……気づかれれば、そりゃこうなるよな。
「……あ、あはは……ゴメンね、アルドくん。あたしのせいで、目立っちゃって……」
ブリジットちゃんは、自分が一番辛い立場なのに、
それでも俺を気遣って笑おうとしてくれる。
胸が痛くなる。
それでも周囲のざわめきは止まらず、
俺としてはどう対応するべきか考える間もなかった。
……その時。
俺の反対側で──
パンッ!!!と、講堂に響き渡る乾いた音が鳴り響いた。
俺も含め、ほぼ全員がそちらに目を向ける。
いつの間にか、そこに“長身お姉さん”が立っていた。
実技試験で、頭突きで19000オーバーとかいうバグった数値を出してた、あの人だ。
背筋は一直線に伸び、凛とした気迫で溢れている。
長い巻き髪が肩越しに揺れて、見た目は綺麗系お姉さんなのに、まるで軍の指揮官みたいな鋭さがあった。
「男子も女子も、騒がしくてよッ!!落ち着きなさいッ!!」
よく通る声が講堂に反響する。
その一喝の迫力たるや、
半分くらいの学生がビクッと肩をあげたほどだ。
「間もなく学長挨拶が始まるわッ!
ルセリア中央大学に入学した者として、恥ずかしくない態度で臨みましょうッ!!」
……カッコよすぎる。
講堂中が、一瞬で静まった。
ブリジットちゃんの肩の震えも、少しだけ収まる。
そのお姉さんは俺の横へ移動し──
まるで当然のように、ドサリと俺の隣の席に腰を下ろした。
「えっ!?そこ座るの!?」
思わず小声でツッコんでしまった。
近い。
近いし……なんかめっちゃいい匂いする……。
しかも、なんかこの香り、やっぱどこかで嗅いだ記憶が……
後ろからはザキさんの声が飛んでくる。
「パチキ姉ちゃん、ええ事言うやん!助かったわ~!俺のせいで騒ぎになってもうて、責任感じててん!」
お姉さんは、俺たちに視線を戻し、ほんの少しだけ柔らかい表情になった。
ブリジットちゃんが、おずおずと小さく頭を下げる。
「……あ、ありがとうございます……!」
「まッ!当然のことを言っただけよ!」
お姉さんは軽くウィンクした。
……え、ウィンク?
想像以上に殺傷力高いんだけど。
俺も慌てて頭を下げる。
「助かりました!ありがとうございま――」
その瞬間、お姉さんは
ふいっと顔をそむけ、頬をほんのり赤らめた。
……えっ。
……えっ?なんで??
「あ……アナタには、今のギャ……アタシの姿、あまり、見られたく無いの……ッ!」
小声でそんなことを言うお姉さん。
え……えぇー……自分から隣に座って来たのに……?
好かれてるのか嫌われてるのか、イマイチよく分からない……。悪い人では無さそうだけども。
講堂は静まり返り、
ここだけ温度が一度くらい高い気がした。
◇◆◇
学長の落ち着いた声が、広い講堂に反響していた。
重厚な石造りの壁。
上部には古代文字が刻まれた金のレリーフ。
天井のステンドガラスから差し込む光が、静かな色を落としている。
そんな厳かな空気の中、学長は淡々と語る。
『本学は若き才能の発掘と学問の発展を目的とする。
この場では、貴族・王族・他国の使者といった外部権威は意味をなさない。
本校は全てにおいて完全なる実力主義であり、
その理念に異を唱える者は、この学園を去ることを勧める。』
……いいこと言うじゃん、学長さん。
俺としては本気でありがたかった。
あのバカ王子に学園内で理不尽に嫌がらせされるリスクが減るんだから。
(よし……これでだいぶ気が楽になる……!)
そんなふうに安堵していると、学長が話を締めくくり、壇上から下がっていった。
会場が一拍、静まる。
しかし──
それは、嵐の“前の静けさ”だった。
『それでは、次に……生徒会長からの挨拶になります』
アナウンスが響いた瞬間、何故か講堂の照明がフッと暗くなる。俺の“嫌な予感センサー”がビリッと鳴った。
(まさか、また……あれをやる気じゃないよな……?)
その“まさか”は、見事に的中した。
壇上の床が──
パカッ。
と開いた。
続いて天井からは、スポットライトが三本、舞台中央へ集中する。
荘厳な音楽。
無駄に豪華な演出照明。
そして──ウィーン……という機械音。
バカが上がってきた。
ラグナ・ゼタ・エルディナス第六王子が。
例の“生徒会長・エレベーター演出”と共に。
またその登場!?ついこの間、見たよ、それ!!
俺は机に突っ伏したい衝動を必死に抑える。
周囲を見ると、みんな結構慣れているようで、
「またか……」みたいな目をしている男子学生も多かった。
ただ──
女子からは黄色い声援が飛ぶ。
「キャーッ!ラグナ様~~~!!」
「今日も素敵~~!!」
男子は、冷めきった顔。
温度差がひどい。
地形が変わるレベル。
エレベーターから完全にせり上がったラグナ王子は、誰が求めたわけでもないのにキラッと笑顔をふりまき、両手を広げた。
「皆!今日は僕のために集まってくれて、ありがとう!」
いや、うるせぇよ。編入生の入学式だから。
お前のファンミーティングじゃないから。
心の中でツッコミを入れるのも、もはや日課になってきた。
ラグナが手を振ると、女子席がざわつき、
男子席からは一斉にため息が漏れる。
その後ろから、お供の三人──セドリックさん、リゼリアさん、そして寝起きっぽいルシアさん──が、少し気まずそうに壇上へと上がっていく。
セドリックさんの表情は、恥ずかしさMAXだ。
あの人、真面目なタイプだしな……心中お察しします。
「……はぁ……」
俺の隣でブリジットちゃんが、とても苦い表情をしていた。
たぶん、ラグナ王子と関わる気ゼロだろう。
というか、王子の顔をまともに見るのすら嫌そうだった。
後ろの席からは、ザキさんのぼそっとした声が聞こえる。
「アホちゃうか?あの王子」
分かる。完全にアホです。
全身全霊で同意する。
ラグナ王子は、壇上中央で胸を張り、言った。
「編入生の諸君、知っているとは思うが、
僕がこのルセリア中央大学の生徒会長、ラグナ・ゼタ・エルディナスだ!」
いや、知らない人いないよ。こんだけ派手に毎回登場してれば。
場の空気が、少し引き締まっていく。
「この時期に編入してきたということは、
君たちの目標は──“ルセリア統覇戦”優勝だろう?」
その言葉に、場内が一気にざわつく。
天野さんたち高校生組も、
ごくりと喉を鳴らしていた。
“勅命権”。
勝てば国から命令権を得られる。
四年に一度の大舞台。
編入生たちが皆ここに賭けている理由でもある。
ラグナ王子は、そんな空気を楽しむように微笑んだ。
だが──次の瞬間。
「──そこで皆に紹介しなければならない人がいる」
嫌な予感が、背筋を這い上がった。
まさか……いや、まさか……?
「ブリジット・ノエリア嬢!前へどうぞ!」
や っ ぱ り か よ !!!
「え……?」
ブリジットちゃんの肩がびくりと震える。
俺も思わず声を漏らす。
「なんでここでブリジットちゃんを呼ぶんだよ……!」
講堂が再びざわついた。
「本物だ……!」
「ブリジット・ノエリア……!」
「統覇戦に、彼女も出るのか……!?」
ブリジットちゃんは、困惑に揺れる瞳で俺を見た。
その瞳は、『行きたくない。でも拒否できない……』
そんな複雑な色をしていた。
けれど、壇上の方から視線を外せず、
小さく息を飲んでから──
立ち上がる。
ブリジットちゃんの髪が揺れ、
真っ直ぐで綺麗なシルエットが浮かび上がる。
ゆっくり、一歩。
そして、また一歩。
彼女は、皆の視線を受けながら、
壇上へ歩いていった。
その背中が、ほんの少し震えていたのを、
俺は見逃さなかった。
天井の高い石造りの空間。壁に並ぶ家紋の旗。整然と並ぶ椅子の列。
新入生特有の緊張と期待が混ざった、独特のざわめき。
その中で、俺はひそかに胸を押さえていた。
昨日の“受験番号が一つズレた事件”。
……あれ、結局まだ誰にも言えていない。
いや、言えなかった、が正しいかな。
だって、皆があんなに喜んでくれたのに──
「アルド君、本当にすごいよ!」
「一緒に通えるんだね!」
「合格おめでとう!」
そんな言葉の直後に、
『実は……番号が1ズレてて……記憶までおかしい気がして……』
なんて言えるわけがない。
不要な心配をかけるだけだ。俺が真祖竜である以上、皆を守るべき立場でもあるし。
……それに、今のところは何も起きていない。
ただ番号がズレただけだし。
記憶が書き換えられていた形跡が他にあるわけじゃない。
──本当に“ただの勘違い”だったのかもしれない。
いや、でも、そんなはずはない。そんなわけが──
「アルド君?」
不意に覗き込む柔らかな声に、胸の奥のざらついた思考が途切れた。
隣を見ると、ブリジットちゃんが満面の笑みで俺を見ていた。
栗色の髪が射し込む陽の色を受けて、透き通るように揺れている。
ほんの少し緊張した息づかいも、頬の紅潮も、全部かわいすぎる。
「本当はね……」
彼女は胸に手を当て、少し恥ずかしそうに打ち明けてくる。
「あたし、ルセ大に復学するの……ちょっと気が重かったんだ」
その言葉に、俺の胸の奥がきゅっと痛んだ。
あの子がどれだけの重圧と過去を抱えて、ここへ戻ってきたのか……
俺は、少しだけだけど、それを知っているつもりだった。
「でもね」
彼女は俺をまっすぐ見て、ふわっと笑った。
「アルド君が一緒に通ってくれるって思ったら……
すっごく楽しみになっちゃったよ!」
……ああ。
胸に突き刺さるような幸福感ってこういうのを言うんだな。
ほんの一瞬、昨日の違和感が霧のように溶けた。
「……俺もだよ。ブリジットちゃんと同じ学校にいるって思ったら、めちゃくちゃ嬉しいよ」
本心だ。
言った瞬間、彼女の耳がほんの少し赤くなる。
その反応に、俺の心臓まで跳ね上がった。
ブリジットちゃんは、少し離れた席に座る天野さん達を見つけて、
「もちろん、天野さん達、高校生のみんなと一緒なのも嬉しいよ!」
と笑顔で手を振った。
柔らかくて、あたたかい──“ブリジット・ノエリア”本来の笑顔。
その笑顔に気付いた天野さんは丁寧に会釈し、
佐川くんは何かのメモを取り、
鬼塚くんは不自然なくらい姿勢を正し、
一条くんは「ふむ……」と知的ポーズを取ってみせた。
最後尾では、誰にも気づかれないまま、影山くんがひっそりと手を振り返していた。
……相変わらず影薄いよ、影山くん。
そんな仲間たちの姿に、胸の奥がまたじんわりと温かくなる。
ここから始まるんだ──
俺たちの、新しい大学生活が。
ブリジットちゃんと一緒に、みんなと一緒に。
そして俺はその中で、“守る側”として踏ん張っていくんだ。
……番号がズレたくらい、どうってことない。
そう思おうとした、その時──
講堂に差し込む朝の光の中で、
ブリジットちゃんがまたふわっと笑った。
その横顔を見た瞬間、俺の胸の奥で何かが小さく鳴った。
(……絶対に。何があっても守る)
理由のわからないざらつきよりも、この子の笑顔の方が、俺にとってはずっと大事だった。
◇◆◇
後方から、いつもの明るい、ちょい関西混じりの声が聞こえてきた。
「よっ、アルドくん。」
ザキさんだ。
今日も変わらず飄々とした顔で、人混みをかき分けてこっちへ歩いてくる。
「ザキさん、お疲れ様!一緒に編入出来てよかったねぇ」
俺がそう言うと、ザキさんは細かった目をさらに細くしてニッと笑い、
どこか悪戯っぽく口角を上げた。
「ほんまやな~。……お、なんやアルドくん、彼女連れで入学式とか羨まし……」
そこで、一瞬だけザキさんの動きが固まった。
その視線の先には、俺の隣で大人しく座っていたブリジットちゃん。
ザキさんの顔から笑みがすぅっと引いていき――
見事な二度見をかましてから、声が裏返った。
「……って……えっ……?ぶ、ブリジット・ノエリア!?……さん!?」
講堂全体に響き渡るくらいの声だった。
次の瞬間──
空気が“バチッ”と変わった気がした。
周囲の編入生たちが「え?」という顔で振り返り、
右側の在学生席からも、いくつもの視線が雪崩のようにこちらへ向かってくる。
ざわ……ざわ……ざわ……
何?
なんでこんな一斉に……?
「えっ……何、この注目……?」
俺は思わずブリジットちゃんを見た。
ブリジットちゃんは、ぎゅっと小さく肩を竦め、
まるで光から逃げるみたいに俺の方へ身を寄せてきた。
その表情は、困惑と恥じらいが入り混じっていて──
守りたくなるような、弱々しい影が差して見えた。
周囲の声が一気に膨らむ。
「見て……あれ、本物の……!」
「ブリジット・ノエリアだって……?」
「ハズレスキル授かったって追放されたあの……?」
「そんな逆境に負けずに、フォルティア荒野を開拓したって噂の……!」
「うわ可愛い……本物やば……」
噂の奔流に、講堂の空気が一瞬で沸騰する。
ブリジットちゃんはますます小さくなって、
俺の影に逃げ込むようにして座り直した。
「ご、ごめんな!ほんま、ごめん!」
ザキさんは両手を合わせ、完全にテンパりながら弁解している。
「そんなつもりはなかってん!ただ……その……あまりの美人さんで、びっくりしてもうて……!」
悪気がなかったのは分かる。
でも、これ……ブリジットちゃんにはちょっとキツいだろう。
彼女はもともとこの大学の生徒だったけど、
“ノエリア公爵の命令で退学させられた”という過去がある。
そこから、フォルティア荒野で奇跡みたいな偉業を成し遂げて、半ば英雄みたいに語られる存在になった。
……気づかれれば、そりゃこうなるよな。
「……あ、あはは……ゴメンね、アルドくん。あたしのせいで、目立っちゃって……」
ブリジットちゃんは、自分が一番辛い立場なのに、
それでも俺を気遣って笑おうとしてくれる。
胸が痛くなる。
それでも周囲のざわめきは止まらず、
俺としてはどう対応するべきか考える間もなかった。
……その時。
俺の反対側で──
パンッ!!!と、講堂に響き渡る乾いた音が鳴り響いた。
俺も含め、ほぼ全員がそちらに目を向ける。
いつの間にか、そこに“長身お姉さん”が立っていた。
実技試験で、頭突きで19000オーバーとかいうバグった数値を出してた、あの人だ。
背筋は一直線に伸び、凛とした気迫で溢れている。
長い巻き髪が肩越しに揺れて、見た目は綺麗系お姉さんなのに、まるで軍の指揮官みたいな鋭さがあった。
「男子も女子も、騒がしくてよッ!!落ち着きなさいッ!!」
よく通る声が講堂に反響する。
その一喝の迫力たるや、
半分くらいの学生がビクッと肩をあげたほどだ。
「間もなく学長挨拶が始まるわッ!
ルセリア中央大学に入学した者として、恥ずかしくない態度で臨みましょうッ!!」
……カッコよすぎる。
講堂中が、一瞬で静まった。
ブリジットちゃんの肩の震えも、少しだけ収まる。
そのお姉さんは俺の横へ移動し──
まるで当然のように、ドサリと俺の隣の席に腰を下ろした。
「えっ!?そこ座るの!?」
思わず小声でツッコんでしまった。
近い。
近いし……なんかめっちゃいい匂いする……。
しかも、なんかこの香り、やっぱどこかで嗅いだ記憶が……
後ろからはザキさんの声が飛んでくる。
「パチキ姉ちゃん、ええ事言うやん!助かったわ~!俺のせいで騒ぎになってもうて、責任感じててん!」
お姉さんは、俺たちに視線を戻し、ほんの少しだけ柔らかい表情になった。
ブリジットちゃんが、おずおずと小さく頭を下げる。
「……あ、ありがとうございます……!」
「まッ!当然のことを言っただけよ!」
お姉さんは軽くウィンクした。
……え、ウィンク?
想像以上に殺傷力高いんだけど。
俺も慌てて頭を下げる。
「助かりました!ありがとうございま――」
その瞬間、お姉さんは
ふいっと顔をそむけ、頬をほんのり赤らめた。
……えっ。
……えっ?なんで??
「あ……アナタには、今のギャ……アタシの姿、あまり、見られたく無いの……ッ!」
小声でそんなことを言うお姉さん。
え……えぇー……自分から隣に座って来たのに……?
好かれてるのか嫌われてるのか、イマイチよく分からない……。悪い人では無さそうだけども。
講堂は静まり返り、
ここだけ温度が一度くらい高い気がした。
◇◆◇
学長の落ち着いた声が、広い講堂に反響していた。
重厚な石造りの壁。
上部には古代文字が刻まれた金のレリーフ。
天井のステンドガラスから差し込む光が、静かな色を落としている。
そんな厳かな空気の中、学長は淡々と語る。
『本学は若き才能の発掘と学問の発展を目的とする。
この場では、貴族・王族・他国の使者といった外部権威は意味をなさない。
本校は全てにおいて完全なる実力主義であり、
その理念に異を唱える者は、この学園を去ることを勧める。』
……いいこと言うじゃん、学長さん。
俺としては本気でありがたかった。
あのバカ王子に学園内で理不尽に嫌がらせされるリスクが減るんだから。
(よし……これでだいぶ気が楽になる……!)
そんなふうに安堵していると、学長が話を締めくくり、壇上から下がっていった。
会場が一拍、静まる。
しかし──
それは、嵐の“前の静けさ”だった。
『それでは、次に……生徒会長からの挨拶になります』
アナウンスが響いた瞬間、何故か講堂の照明がフッと暗くなる。俺の“嫌な予感センサー”がビリッと鳴った。
(まさか、また……あれをやる気じゃないよな……?)
その“まさか”は、見事に的中した。
壇上の床が──
パカッ。
と開いた。
続いて天井からは、スポットライトが三本、舞台中央へ集中する。
荘厳な音楽。
無駄に豪華な演出照明。
そして──ウィーン……という機械音。
バカが上がってきた。
ラグナ・ゼタ・エルディナス第六王子が。
例の“生徒会長・エレベーター演出”と共に。
またその登場!?ついこの間、見たよ、それ!!
俺は机に突っ伏したい衝動を必死に抑える。
周囲を見ると、みんな結構慣れているようで、
「またか……」みたいな目をしている男子学生も多かった。
ただ──
女子からは黄色い声援が飛ぶ。
「キャーッ!ラグナ様~~~!!」
「今日も素敵~~!!」
男子は、冷めきった顔。
温度差がひどい。
地形が変わるレベル。
エレベーターから完全にせり上がったラグナ王子は、誰が求めたわけでもないのにキラッと笑顔をふりまき、両手を広げた。
「皆!今日は僕のために集まってくれて、ありがとう!」
いや、うるせぇよ。編入生の入学式だから。
お前のファンミーティングじゃないから。
心の中でツッコミを入れるのも、もはや日課になってきた。
ラグナが手を振ると、女子席がざわつき、
男子席からは一斉にため息が漏れる。
その後ろから、お供の三人──セドリックさん、リゼリアさん、そして寝起きっぽいルシアさん──が、少し気まずそうに壇上へと上がっていく。
セドリックさんの表情は、恥ずかしさMAXだ。
あの人、真面目なタイプだしな……心中お察しします。
「……はぁ……」
俺の隣でブリジットちゃんが、とても苦い表情をしていた。
たぶん、ラグナ王子と関わる気ゼロだろう。
というか、王子の顔をまともに見るのすら嫌そうだった。
後ろの席からは、ザキさんのぼそっとした声が聞こえる。
「アホちゃうか?あの王子」
分かる。完全にアホです。
全身全霊で同意する。
ラグナ王子は、壇上中央で胸を張り、言った。
「編入生の諸君、知っているとは思うが、
僕がこのルセリア中央大学の生徒会長、ラグナ・ゼタ・エルディナスだ!」
いや、知らない人いないよ。こんだけ派手に毎回登場してれば。
場の空気が、少し引き締まっていく。
「この時期に編入してきたということは、
君たちの目標は──“ルセリア統覇戦”優勝だろう?」
その言葉に、場内が一気にざわつく。
天野さんたち高校生組も、
ごくりと喉を鳴らしていた。
“勅命権”。
勝てば国から命令権を得られる。
四年に一度の大舞台。
編入生たちが皆ここに賭けている理由でもある。
ラグナ王子は、そんな空気を楽しむように微笑んだ。
だが──次の瞬間。
「──そこで皆に紹介しなければならない人がいる」
嫌な予感が、背筋を這い上がった。
まさか……いや、まさか……?
「ブリジット・ノエリア嬢!前へどうぞ!」
や っ ぱ り か よ !!!
「え……?」
ブリジットちゃんの肩がびくりと震える。
俺も思わず声を漏らす。
「なんでここでブリジットちゃんを呼ぶんだよ……!」
講堂が再びざわついた。
「本物だ……!」
「ブリジット・ノエリア……!」
「統覇戦に、彼女も出るのか……!?」
ブリジットちゃんは、困惑に揺れる瞳で俺を見た。
その瞳は、『行きたくない。でも拒否できない……』
そんな複雑な色をしていた。
けれど、壇上の方から視線を外せず、
小さく息を飲んでから──
立ち上がる。
ブリジットちゃんの髪が揺れ、
真っ直ぐで綺麗なシルエットが浮かび上がる。
ゆっくり、一歩。
そして、また一歩。
彼女は、皆の視線を受けながら、
壇上へ歩いていった。
その背中が、ほんの少し震えていたのを、
俺は見逃さなかった。
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パワハラで会社を辞めた俺、スキル【万能造船】で自由な船旅に出る~現代知識とチート船で水上交易してたら、いつの間にか国家予算レベルの大金を稼い
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過労とパワハラで心身ともに限界だった俺、佐伯湊(さえきみなと)は、ある日異世界に転移してしまった。神様から与えられたのは【万能造船】というユニークスキル。それは、設計図さえあれば、どんな船でも素材を消費して作り出せるという能力だった。
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そう決意した俺は、手始めに小さな川舟を作り、水上での生活をスタートさせる。前世の知識を活かして、この世界にはない調味料や保存食、便利な日用品を自作して港町で売ってみると、これがまさかの大当たり。
スキルで船をどんどん豪華客船並みに拡張し、快適な船上生活を送りながら、行く先々の港町で特産品を仕入れては別の町で売る。そんな気ままな水上交易を続けているうちに、俺の資産はいつの間にか小国の国家予算を軽く超えていた。
これは、社畜だった俺が、チートな船でのんびりスローライフを送りながら、世界一の商人になるまでの物語。
白いもふもふ好きの僕が転生したらフェンリルになっていた!!
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ブラック企業で消耗する社畜・白瀬陸空(しらせりくう)の唯一の癒し。それは「白いもふもふ」だった。 ある日、白い子犬を助けて命を落とした彼は、異世界で目を覚ます。
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「どうせ転生するなら、テイマーになって、もふもふパラダイスを作りたかった!」 「なんで俺自身がもふもふの神獣になってるんだよ!」
理想と真逆の姿に絶望する陸空。 だが、彼には規格外の魔力と、前世の異常なまでの「もふもふへの執着」が変化した、とある謎のスキルが備わっていた。
これは、最強の神獣になってしまった男が、ただひたすらに「もふもふ」を愛でようとした結果、周囲の人間(とくにエルフ)に崇拝され、勘違いが勘違いを呼んで国を動かしてしまう、予測不能な異世界もふもふライフ!
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
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アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
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【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
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※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
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カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
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