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第六章 学園編 ──白銀の婚約者──
第231話 消えた『108番』
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掲示板の前に立ち尽くした俺は、まるで世界の音が全部消えてしまったみたいな感覚に陥っていた。
だって。
だってさ──
無いんだもの。108番が。
張り出された白い紙の上に、黒いインクで並んだ番号の羅列。
76、84、89、96、101──そして最後に107。
その横に、確かに「合格」の文字が並んでいた。
……だけど。
108番だけが、どこにも、存在しない。
「……なんでだよ……」
頭の中で何度数え直しても、現実は変わらない。
落ちた?
俺が?
実技試験、一位だったのに……?
いや、でも……いやいや、待て待て。
理由はいくらでもある。
ラグナ王子の逆鱗に触れた。
筆記が案外悪かった。
数学でのアレが“カンニング扱い”された。
王族の圧力で捻じ曲げられた。
考えれば考えるほど、“落ちる理由”ばっかり思い浮かんでくる。
胸の奥がじわじわ冷えていく。
ブリジットちゃんに……なんて言えばいいんだ。あんなに応援してくれたのに。
落ちたって知ったら、どんな顔するんだろう。
喉がきゅっと詰まる。
情けなさで胃のあたりがしくしく痛む。
そんな俺の背後に──明るい声が飛んできた。
「おお、アルドくん。おったんかいな。」
振り向けば、ザキさんだった。
「……あ、ザキさん……」
声が死にかけてる自覚はある。
でも、今はもう、取り繕う気力すらない。
ザキさんは俺の表情なんてまるで気にしてない様子で、ケラケラ笑いながら言った。
「見たで、号外。なんやアルドくん、あの第六王子にえらいカマした事にされてるやん。」
……はい、それもあったんです。
地獄みたいなデマ記事が街角で配られてたやつね。
『ラグナ第六王子にライバル出現か!?』
とかいう見出しで、俺を完全に“対王子の反逆児”みたいに扱ってた号外。
その尻馬に乗って煽られておいて、実際は落ちてるとか──
死ぬほど恥ずかしい。
もう、お外歩けないよ、俺。
「そんな事よりアルドくん。結果どやった? ま、君ぃの場合、聞くまでもないか」
ザキさんは、当然のように“受かってる前提”で聞いてくる。
俺はもう……どうしていいか分からなくて、項垂れたまま小さく呟いた。
「そ……それは……」
ザキさんは俺の様子に気づくことなく、浮かれた調子で掲示板へ視線を移した。
ごめん、ザキさん……
俺……落ちたんだ……
ザキさんが受かってたら、一緒に大学生活送れるとか言ってたけど、そんな未来はもう──
「お、俺受かっとるわ。」
……ガビーン。
い、いや、それは全然良いんだよ。
むしろ嬉しいよ。嬉しいけど……
精神的ダメージが……追い打ちが……
でも、次の瞬間。
「おお、アルドくんも“受かっとる”やん。ま、そらそうやわな。」
……え?
…………んんんん?
俺、受かってる?
「えっ……俺が……?受かってる……?」
反射的にザキさんの横に駆け寄って、紙を見る。
何度も、何度も数字を追う。
101…………107。
無い。
無いじゃん!
108番、無いじゃん!!!!
「ざ、ザキさん……その冗談は、やっちゃいけない類の冗談でしょ……」
震えながら言うと、ザキさんはキョトンとした。
「は?何言うてんの?あるやん、普通に。」
いやいやいやいやいや!!
どこにあるんだよ!?
この世界のどこに“108”があるんだよ!??
「無いじゃん!!俺の番号!!落ちてるじゃん!!」
俺が叫ぶと、ザキさんは逆に眉をひそめた。
「いやいやアルドくんこそ、どういう種類のジョークなん?それ。あるやん、普通に。」
え?
え、え?
「だ、だって……ホラ、俺って受験番号の一番最後だったでしょ?108番。煩悩と同じ……!」
ザキさんは呆れたように肩をすくめた。
「アルドくん、自分の番号も忘れてもうたん?
──君ぃの番号、108やなくて、107番やろ?」
…………は?
えっ、いやいや待って。
絶対108番だったよ。
自分の胸に手を当てて思い出せ、俺。
“煩悩の数と一緒じゃん”って一人でツッコんでた記憶、何度も何度も反芻したはずなんだ。
それが──“107”?
そんなはずない。
「いやいや!108番だって!間違いないよ!」
俺は必死に言うが、ザキさんは逆に本格的に心配しはじめていた。
「アルドくん……マジで言うてるの?受験ノイローゼいうやつ?少しおかしなってもうてるんやない?」
えぇぇぇぇ!?
いやいや、違うんだって!
絶対俺の記憶は間違ってないんだって!!
……そうだ。
受験票を見れば、一瞬で分かる。
震える手で懐から受験票を取り出す。
そこに印字された番号を確認する。
『受験番号 107番』
──呼吸が止まった。
ザキさんが俺の肩越しに覗き込む。
「ほら、107番やん。合格しとるやん。おめでとうさん!」
背中を叩かれる感触が、逆に遠い。
ど……
どういう事……?
俺の頭の中で、思考が渦巻く。
昨日まで“確かに存在したはずの108番”が
受験票から綺麗に消えて──
“107番だったこと”になっている。
受験票だけじゃない。掲示板も、ザキさんの記憶も。
俺だけが……覚えている?
いや──覚えてるどころか、
俺の記憶と現実が食い違っている。
ゾクリ──と、背骨の奥が冷たいものに触れられたように震えた。
番号自体が……“書き換わった”……?
そう思わざるを得ないほど、
“108番”は綺麗に消されていた。
何も分からない。
でも、確実に一つだけ分かることがある。
──これは、“ただの合格発表”じゃ終わらない。
胸の奥が妙にざわつく。
違和感が、静かに、しかし確実に膨らんでいく。
俺は笑顔を作ろうとしたが、引きつるばかりだった。
「……どうなってんだよ、これ……」
誰にも届かない小さな独り言が、
合格発表のざわめきに吸い込まれて消えていった。
◇◆◇
意味が、分からなかった。
いや、本当に。
前世と今世合わせても、ここまで説明がつかない現象を経験したことってなかったと思う。
だって──昨日、試験を受けた時、
俺の受験番号は間違いなく108番だった。
“煩悩の数と一緒じゃん”と、ゼッタイに忘れないくらい強烈に覚えていた。
だけど。
いま俺の手の中にある受験票には、
はっきりと、くっきりと、
『107番』
と書かれている。
書き換えられた──
そうとしか考えられなかった。
なのにザキさんは、その“変化”をまるで感じていない。
「107番やん。受かっとるやん。おめでとうさん!」
なんの違和感もなく、
まるで最初からそうだったかのように振る舞っている。
……なんだこれ。
胸の奥が、じんわり冷たくなってくる。
合格の嬉しさなんて欠片も湧かない。
それより、目の前で起きてる“現実の改変みたいな現象”のほうがよっぽど大問題だ。
ザキさんは貼り紙に目をやり、呑気な声を出した。
「お、あのパチキの姉ちゃんも受かってるやん。」
その瞬間、俺の頭の中で、カチッと何かが繋がった。
……頭突きのお姉さん──
彼女の番号、確か“025番”だった。
そうだ。あの時、ぼんやり考えてた。
「ザキさんの052とお姉さんの025、並び替えたら同じだなー」って。
なのに。
「ザキさん、ね、ね!ザキさんの番号って……何番だったっけ!?」
俺は声が裏返るのも気にせず、ザキさんに詰め寄った。
ザキさんは驚いた様子で、
「なんや急に。俺の番号? “051番” やで。
なんやアルドくん、冷たいな~。俺の番号くらい、覚えといてや~」
……来た。
完全に理解した。
1つズレてる。
昨日は“052”。
今日のザキさんの記憶では“051”。
──俺だけが覚えている番号から、
受験番号全体が“1つ分ずれた記憶”で統一されている。
俺はさらに聞いた。
「じゃ、じゃあさ……あの頭突きのお姉さんの番号って、何番だったか覚えてる?」
「?そりゃ覚えとるで。“024番” やろ?」
……やっぱり。
昨日は絶対025だった。
きれいに、全員が1つずつ“前に”詰まっている。
何だよ、それ……。
数字が間違ってるだけじゃない。
皆の──記憶ごと書き換わってる。
ザキさんの顔は真剣で、嘘をついてる気配なんて欠片もない。
「……やっぱりだ。」
俺の背筋を、薄い氷が這うような感覚が走った。
みんなの記憶がズレてる。
受験票もズレてる。
掲示板もズレてる。
じゃあ……俺の記憶のほうが間違ってるのか?
いや、違う。
どう考えても、そんなはずはない。
“真祖竜である俺の記憶が書き換えられる”より、
“俺以外の全員の記憶が改変される”ほうがまだあり得る。
あり得るってだけで、十分あり得ないんだけど。
思考を巡らせていると、ザキさんが俺の背中をパンと叩いた。
「とにかく、よかったやん。合格してて。
編入生の入学式は来週やんな?大学でも仲良うしてや。」
その気楽さが、今は逆につらい。
俺は無理に笑顔を作って応えた。
「……うん。大学でもよろしくね。」
でも、表面上の笑顔の裏で、
胸の奥では違和感がますます肥大していく。
この『番号のズレ』……
絶対、何かの“前兆”だ。
普通じゃない。
ただのミスなんかじゃない。
このルセリア中央大学編入試験に、とんでもない異変が静かに足を踏み入れてきている。
そんな気配が、確かにした。
───────────────────
ルセリア中央大学、南校舎5号館の三階──。
生徒会室の大きな窓からは、合格発表の掲示板がよく見えた。
その窓辺に立つ影が、ひとつ。
ラグナ・ゼタ・エルディナス第六王子。
陽光に照らされた金の髪が、感情の揺れを映すように微かに震えている。
彼の眼差しは、掲示板の前に立つ“銀色の少年”に釘付けになっていた。
アルド・ラクシズ──。
「……忌々しい。」
絞り出すような声が、生徒会室の静寂を割った。
ラグナのすぐ後ろ。
メイド服姿の少女──リゼリア・ノワールが、のほほんとした声で言う。
「やっぱり、合格してましたねぇ~。あの 107番 の方。」
ラグナの眉がピクッと跳ねた。
ほんの少しの言葉だけで、火に油を注ぐタイプの部下である。
しかし、少し離れた壁際に立つ青年──
セドリック・ノエリアは、まったく動じず冷静な声を返す。
「当然だろう。筆記試験はトップクラス。
それに実技試験……殿下のデモンストレーションを除けば、歴代でも最高スコアだ。
むしろ落とす方が不自然だ。」
その横顔には、わずかながら微細な感情の揺れがあった。
誰にも悟られないよう隠されているが、
(──アルドくん。
君なら……“今の殿下”を止める事ができる。
……妹を救えるかもしれない。)
そんな微かな希望が、胸の奥に光っている。
もちろん、それを知る者はいない。
生徒会室の奥のソファーには、
アイマスクをつけた少女──ルシア・グレモルドが横になり、スピースピーと静かに寝息を立てている。
この場で唯一、空気を読まなくて済む存在だった。
ラグナは手元の新聞を握りしめ、次の瞬間、ビリビリと音を立てて床に叩きつけた。
「そもそも、何なんだ、この号外は……!?
『銀の新星』!? 『第六王子のライバル現る』!?ふざけるなッ!!」
リゼリアは肩をビクッと震わせて小さく悲鳴を漏らす。
「ひぃっ……!」
ラグナの怒りはさらに深まっていた。
その瞳に映るアルドの姿──。
たったそれだけで、胸の奥に燃えるような苛立ちが膨れ上がる。
「僕の……僕の“物語”に……
あんなモブ野郎が紛れ込んでくるなど……あり得ない。」
セドリックが一歩前に出る。
「殿下。少し落ち着きましょう。」
穏やかに、しかし確固たる声音で続ける。
「民衆はセンセーショナルな記事を好むものです。
殿下の圧倒的な力に対抗し得る存在が現れた……
そうした“物語”の方が、“統覇戦”の注目は高まるのでしょう。」
ラグナは鼻を鳴らし、しばらくの沈黙の後――
ふぅ、と大きな息を吐いた。
「……そうだね、セディ。
確かに、僕のワンマンショーより、
虚像でもライバルがいた方が“盛り上がる”。
……ありがとう。少し冷静になれたよ。」
その声にはわずかに落ち着きが戻り、
セドリックもホッと胸を撫で下ろす。
──が。
そこで、空気を読まない少女・リゼリアが、
のんびりと、しかし核心を突くような言葉を放つ。
「でもぉ~……あの107番の方って、
殿下の"核撃魔光砲"、
実際に使ってましたよねぇ~?」
「…………」
ラグナの肩がビクッと跳ね、喉が上下した。
「“殿下専用魔法”を使える魔導士の方なんて、
王国内でも見たことないですけどぉ~?やっぱり、只者じゃないのは間違い無いのではぁ~?」
ラグナの内心が、ざわり、と大きく揺れる。
(……確かに。主人公専用魔法を扱えるキャラなど見た事がない……。)
(あのモブ野郎……何者だ……!?)
(……いや、焦るな。
冷静になれ、ラグナ・ゼタ・エルディナス。
お前はこの世界の“主人公”だ。)
(あんなモブ程度に敗北するなど……あり得ない。)
(僕には、“あの三つのスキル”がある。
僕に勝てる“人間”など存在しない……!)
胸の奥で黒い自尊心が歪んだ光を放つ。
そして、窓の外──
視線の先に立つアルドへ向け、ラグナは唇を吊り上げた。
「……キミを、公衆の面前で……
ブリジットの前で叩き潰すのが、今から楽しみだよ……アルド・ラクシズ。」
「せいぜい、首を洗って待っていたまえ。」
その呟きを聞き、
セドリックはふぅ……と深い溜息をついた。
一方、リゼリアは──
ラグナに気づかれぬよう、こっそり口元を緩める。
(うふふっ……面白くなってきたぁ~♡)
ラグナの暴走を愉しむような、
黒い笑みだった。
だって。
だってさ──
無いんだもの。108番が。
張り出された白い紙の上に、黒いインクで並んだ番号の羅列。
76、84、89、96、101──そして最後に107。
その横に、確かに「合格」の文字が並んでいた。
……だけど。
108番だけが、どこにも、存在しない。
「……なんでだよ……」
頭の中で何度数え直しても、現実は変わらない。
落ちた?
俺が?
実技試験、一位だったのに……?
いや、でも……いやいや、待て待て。
理由はいくらでもある。
ラグナ王子の逆鱗に触れた。
筆記が案外悪かった。
数学でのアレが“カンニング扱い”された。
王族の圧力で捻じ曲げられた。
考えれば考えるほど、“落ちる理由”ばっかり思い浮かんでくる。
胸の奥がじわじわ冷えていく。
ブリジットちゃんに……なんて言えばいいんだ。あんなに応援してくれたのに。
落ちたって知ったら、どんな顔するんだろう。
喉がきゅっと詰まる。
情けなさで胃のあたりがしくしく痛む。
そんな俺の背後に──明るい声が飛んできた。
「おお、アルドくん。おったんかいな。」
振り向けば、ザキさんだった。
「……あ、ザキさん……」
声が死にかけてる自覚はある。
でも、今はもう、取り繕う気力すらない。
ザキさんは俺の表情なんてまるで気にしてない様子で、ケラケラ笑いながら言った。
「見たで、号外。なんやアルドくん、あの第六王子にえらいカマした事にされてるやん。」
……はい、それもあったんです。
地獄みたいなデマ記事が街角で配られてたやつね。
『ラグナ第六王子にライバル出現か!?』
とかいう見出しで、俺を完全に“対王子の反逆児”みたいに扱ってた号外。
その尻馬に乗って煽られておいて、実際は落ちてるとか──
死ぬほど恥ずかしい。
もう、お外歩けないよ、俺。
「そんな事よりアルドくん。結果どやった? ま、君ぃの場合、聞くまでもないか」
ザキさんは、当然のように“受かってる前提”で聞いてくる。
俺はもう……どうしていいか分からなくて、項垂れたまま小さく呟いた。
「そ……それは……」
ザキさんは俺の様子に気づくことなく、浮かれた調子で掲示板へ視線を移した。
ごめん、ザキさん……
俺……落ちたんだ……
ザキさんが受かってたら、一緒に大学生活送れるとか言ってたけど、そんな未来はもう──
「お、俺受かっとるわ。」
……ガビーン。
い、いや、それは全然良いんだよ。
むしろ嬉しいよ。嬉しいけど……
精神的ダメージが……追い打ちが……
でも、次の瞬間。
「おお、アルドくんも“受かっとる”やん。ま、そらそうやわな。」
……え?
…………んんんん?
俺、受かってる?
「えっ……俺が……?受かってる……?」
反射的にザキさんの横に駆け寄って、紙を見る。
何度も、何度も数字を追う。
101…………107。
無い。
無いじゃん!
108番、無いじゃん!!!!
「ざ、ザキさん……その冗談は、やっちゃいけない類の冗談でしょ……」
震えながら言うと、ザキさんはキョトンとした。
「は?何言うてんの?あるやん、普通に。」
いやいやいやいやいや!!
どこにあるんだよ!?
この世界のどこに“108”があるんだよ!??
「無いじゃん!!俺の番号!!落ちてるじゃん!!」
俺が叫ぶと、ザキさんは逆に眉をひそめた。
「いやいやアルドくんこそ、どういう種類のジョークなん?それ。あるやん、普通に。」
え?
え、え?
「だ、だって……ホラ、俺って受験番号の一番最後だったでしょ?108番。煩悩と同じ……!」
ザキさんは呆れたように肩をすくめた。
「アルドくん、自分の番号も忘れてもうたん?
──君ぃの番号、108やなくて、107番やろ?」
…………は?
えっ、いやいや待って。
絶対108番だったよ。
自分の胸に手を当てて思い出せ、俺。
“煩悩の数と一緒じゃん”って一人でツッコんでた記憶、何度も何度も反芻したはずなんだ。
それが──“107”?
そんなはずない。
「いやいや!108番だって!間違いないよ!」
俺は必死に言うが、ザキさんは逆に本格的に心配しはじめていた。
「アルドくん……マジで言うてるの?受験ノイローゼいうやつ?少しおかしなってもうてるんやない?」
えぇぇぇぇ!?
いやいや、違うんだって!
絶対俺の記憶は間違ってないんだって!!
……そうだ。
受験票を見れば、一瞬で分かる。
震える手で懐から受験票を取り出す。
そこに印字された番号を確認する。
『受験番号 107番』
──呼吸が止まった。
ザキさんが俺の肩越しに覗き込む。
「ほら、107番やん。合格しとるやん。おめでとうさん!」
背中を叩かれる感触が、逆に遠い。
ど……
どういう事……?
俺の頭の中で、思考が渦巻く。
昨日まで“確かに存在したはずの108番”が
受験票から綺麗に消えて──
“107番だったこと”になっている。
受験票だけじゃない。掲示板も、ザキさんの記憶も。
俺だけが……覚えている?
いや──覚えてるどころか、
俺の記憶と現実が食い違っている。
ゾクリ──と、背骨の奥が冷たいものに触れられたように震えた。
番号自体が……“書き換わった”……?
そう思わざるを得ないほど、
“108番”は綺麗に消されていた。
何も分からない。
でも、確実に一つだけ分かることがある。
──これは、“ただの合格発表”じゃ終わらない。
胸の奥が妙にざわつく。
違和感が、静かに、しかし確実に膨らんでいく。
俺は笑顔を作ろうとしたが、引きつるばかりだった。
「……どうなってんだよ、これ……」
誰にも届かない小さな独り言が、
合格発表のざわめきに吸い込まれて消えていった。
◇◆◇
意味が、分からなかった。
いや、本当に。
前世と今世合わせても、ここまで説明がつかない現象を経験したことってなかったと思う。
だって──昨日、試験を受けた時、
俺の受験番号は間違いなく108番だった。
“煩悩の数と一緒じゃん”と、ゼッタイに忘れないくらい強烈に覚えていた。
だけど。
いま俺の手の中にある受験票には、
はっきりと、くっきりと、
『107番』
と書かれている。
書き換えられた──
そうとしか考えられなかった。
なのにザキさんは、その“変化”をまるで感じていない。
「107番やん。受かっとるやん。おめでとうさん!」
なんの違和感もなく、
まるで最初からそうだったかのように振る舞っている。
……なんだこれ。
胸の奥が、じんわり冷たくなってくる。
合格の嬉しさなんて欠片も湧かない。
それより、目の前で起きてる“現実の改変みたいな現象”のほうがよっぽど大問題だ。
ザキさんは貼り紙に目をやり、呑気な声を出した。
「お、あのパチキの姉ちゃんも受かってるやん。」
その瞬間、俺の頭の中で、カチッと何かが繋がった。
……頭突きのお姉さん──
彼女の番号、確か“025番”だった。
そうだ。あの時、ぼんやり考えてた。
「ザキさんの052とお姉さんの025、並び替えたら同じだなー」って。
なのに。
「ザキさん、ね、ね!ザキさんの番号って……何番だったっけ!?」
俺は声が裏返るのも気にせず、ザキさんに詰め寄った。
ザキさんは驚いた様子で、
「なんや急に。俺の番号? “051番” やで。
なんやアルドくん、冷たいな~。俺の番号くらい、覚えといてや~」
……来た。
完全に理解した。
1つズレてる。
昨日は“052”。
今日のザキさんの記憶では“051”。
──俺だけが覚えている番号から、
受験番号全体が“1つ分ずれた記憶”で統一されている。
俺はさらに聞いた。
「じゃ、じゃあさ……あの頭突きのお姉さんの番号って、何番だったか覚えてる?」
「?そりゃ覚えとるで。“024番” やろ?」
……やっぱり。
昨日は絶対025だった。
きれいに、全員が1つずつ“前に”詰まっている。
何だよ、それ……。
数字が間違ってるだけじゃない。
皆の──記憶ごと書き換わってる。
ザキさんの顔は真剣で、嘘をついてる気配なんて欠片もない。
「……やっぱりだ。」
俺の背筋を、薄い氷が這うような感覚が走った。
みんなの記憶がズレてる。
受験票もズレてる。
掲示板もズレてる。
じゃあ……俺の記憶のほうが間違ってるのか?
いや、違う。
どう考えても、そんなはずはない。
“真祖竜である俺の記憶が書き換えられる”より、
“俺以外の全員の記憶が改変される”ほうがまだあり得る。
あり得るってだけで、十分あり得ないんだけど。
思考を巡らせていると、ザキさんが俺の背中をパンと叩いた。
「とにかく、よかったやん。合格してて。
編入生の入学式は来週やんな?大学でも仲良うしてや。」
その気楽さが、今は逆につらい。
俺は無理に笑顔を作って応えた。
「……うん。大学でもよろしくね。」
でも、表面上の笑顔の裏で、
胸の奥では違和感がますます肥大していく。
この『番号のズレ』……
絶対、何かの“前兆”だ。
普通じゃない。
ただのミスなんかじゃない。
このルセリア中央大学編入試験に、とんでもない異変が静かに足を踏み入れてきている。
そんな気配が、確かにした。
───────────────────
ルセリア中央大学、南校舎5号館の三階──。
生徒会室の大きな窓からは、合格発表の掲示板がよく見えた。
その窓辺に立つ影が、ひとつ。
ラグナ・ゼタ・エルディナス第六王子。
陽光に照らされた金の髪が、感情の揺れを映すように微かに震えている。
彼の眼差しは、掲示板の前に立つ“銀色の少年”に釘付けになっていた。
アルド・ラクシズ──。
「……忌々しい。」
絞り出すような声が、生徒会室の静寂を割った。
ラグナのすぐ後ろ。
メイド服姿の少女──リゼリア・ノワールが、のほほんとした声で言う。
「やっぱり、合格してましたねぇ~。あの 107番 の方。」
ラグナの眉がピクッと跳ねた。
ほんの少しの言葉だけで、火に油を注ぐタイプの部下である。
しかし、少し離れた壁際に立つ青年──
セドリック・ノエリアは、まったく動じず冷静な声を返す。
「当然だろう。筆記試験はトップクラス。
それに実技試験……殿下のデモンストレーションを除けば、歴代でも最高スコアだ。
むしろ落とす方が不自然だ。」
その横顔には、わずかながら微細な感情の揺れがあった。
誰にも悟られないよう隠されているが、
(──アルドくん。
君なら……“今の殿下”を止める事ができる。
……妹を救えるかもしれない。)
そんな微かな希望が、胸の奥に光っている。
もちろん、それを知る者はいない。
生徒会室の奥のソファーには、
アイマスクをつけた少女──ルシア・グレモルドが横になり、スピースピーと静かに寝息を立てている。
この場で唯一、空気を読まなくて済む存在だった。
ラグナは手元の新聞を握りしめ、次の瞬間、ビリビリと音を立てて床に叩きつけた。
「そもそも、何なんだ、この号外は……!?
『銀の新星』!? 『第六王子のライバル現る』!?ふざけるなッ!!」
リゼリアは肩をビクッと震わせて小さく悲鳴を漏らす。
「ひぃっ……!」
ラグナの怒りはさらに深まっていた。
その瞳に映るアルドの姿──。
たったそれだけで、胸の奥に燃えるような苛立ちが膨れ上がる。
「僕の……僕の“物語”に……
あんなモブ野郎が紛れ込んでくるなど……あり得ない。」
セドリックが一歩前に出る。
「殿下。少し落ち着きましょう。」
穏やかに、しかし確固たる声音で続ける。
「民衆はセンセーショナルな記事を好むものです。
殿下の圧倒的な力に対抗し得る存在が現れた……
そうした“物語”の方が、“統覇戦”の注目は高まるのでしょう。」
ラグナは鼻を鳴らし、しばらくの沈黙の後――
ふぅ、と大きな息を吐いた。
「……そうだね、セディ。
確かに、僕のワンマンショーより、
虚像でもライバルがいた方が“盛り上がる”。
……ありがとう。少し冷静になれたよ。」
その声にはわずかに落ち着きが戻り、
セドリックもホッと胸を撫で下ろす。
──が。
そこで、空気を読まない少女・リゼリアが、
のんびりと、しかし核心を突くような言葉を放つ。
「でもぉ~……あの107番の方って、
殿下の"核撃魔光砲"、
実際に使ってましたよねぇ~?」
「…………」
ラグナの肩がビクッと跳ね、喉が上下した。
「“殿下専用魔法”を使える魔導士の方なんて、
王国内でも見たことないですけどぉ~?やっぱり、只者じゃないのは間違い無いのではぁ~?」
ラグナの内心が、ざわり、と大きく揺れる。
(……確かに。主人公専用魔法を扱えるキャラなど見た事がない……。)
(あのモブ野郎……何者だ……!?)
(……いや、焦るな。
冷静になれ、ラグナ・ゼタ・エルディナス。
お前はこの世界の“主人公”だ。)
(あんなモブ程度に敗北するなど……あり得ない。)
(僕には、“あの三つのスキル”がある。
僕に勝てる“人間”など存在しない……!)
胸の奥で黒い自尊心が歪んだ光を放つ。
そして、窓の外──
視線の先に立つアルドへ向け、ラグナは唇を吊り上げた。
「……キミを、公衆の面前で……
ブリジットの前で叩き潰すのが、今から楽しみだよ……アルド・ラクシズ。」
「せいぜい、首を洗って待っていたまえ。」
その呟きを聞き、
セドリックはふぅ……と深い溜息をついた。
一方、リゼリアは──
ラグナに気づかれぬよう、こっそり口元を緩める。
(うふふっ……面白くなってきたぁ~♡)
ラグナの暴走を愉しむような、
黒い笑みだった。
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