246 / 307
第六章 学園編 ──白銀の婚約者──
第244話 幼女先生と色欲の魔王
しおりを挟む
「──お主が“銀の新星”……アルド・ラクシズか。思ったより、マヌケな面構えじゃな」
学食のざわめきの中で、やけに通る声だった。
振り返った先に立っていたのは──どう見ても小学校高学年~中学生くらいの幼女だった。
いや、正確には“幼女の姿をした何か”と言うべきか。
自分の上半身ほどもある巨大な魔女帽子。先端がくいっと跳ね上がり、星屑みたいな装飾が揺れている。フリルだらけの魔法少女風衣装は、正直言って可愛い。可愛いんだけど──その顔に浮かぶ笑みが、どう考えても子供のそれじゃない。
フフン、と鼻で笑うその様子からして、明らかに俺を見下している。
なんだこの子。
なんか知らないけど、初対面から敵意がすごい。
俺が言葉を探しているより先に、リュナちゃんが反応した。
「あぁ?何だ、このシツレーなガキ?」
低く、ドスの効いた声。完全に喧嘩腰だ。
俺を馬鹿にされたのが、相当気に食わなかったらしい。
「キサマ……今、誰をガキと──」
魔女っ子幼女の額に、ぴくりと青筋が浮かぶ。
その瞬間、蒼龍さんが慌てて間に割って入った。
「ちょっとぉ、リュナちゃん!やめときなさいってばぁ!ここ、学食よぉ!?」
リュナちゃんは「チッ」と小さく舌打ちしつつも、腕を組んで一歩引いた。
なるほど。蒼龍さん、完全にストッパー役だね。
この二人、セットで行動してる理由がよく分かる。
その隙に、俺は隣のブリジットちゃんに、できるだけ声を潜めて聞いた。
「え、えーと……ブリジットちゃん、誰か知ってる?このチビっ子……?」
言った瞬間、背筋がひやっとした。
聞こえた。
確実に、聞こえた。
魔女っ子幼女が、露骨にムッとした表情になる。
「かーっ……このルセ大に編入しておきながら、ワシの事を知らんとは……キサマ、さてはモグリじゃな?」
小さな体で腕を組み、ふんぞり返る姿は、完全に“年寄りムーブ”だった。
喋り方といい、態度といい、マイネさんと似てる。
いや、マイネさんより感じ悪い。
同系統だけど、刺々しさが段違いだ。
俺が心の中でそんなことを考えていると、ブリジットちゃんが少し緊張した様子で、俺の袖を引いた。
「──この人は、ルセ大の魔導学部の統括教授……“迷宮の主”、マリーダ・フォン教授だよ……!」
……。
…………。
「統括教授!?」
声が裏返った。
「えっ、先生なの!?こんなちびっ子が!?」
完全に思ったまま、口から出た。
やってしまった。
マリーダ教授の目が、すっと細くなる。
「口を慎め。ワシはこう見えても、もう80年は生きとるわ。無礼な小僧じゃな」
……八十年。絶妙な数値だ。
魔法で老化を止めてるタイプか。
まあ、俺も似たようなもんだけど。
見た目は十七歳前後、中身は真祖竜で実年齢五十オーバー。
竜にしては相当若い方なんだけどね。
まぁ、説明すると面倒だから黙ってるけど。
リュナちゃんが、露骨に腹立たしそうな顔で小さく呟いた。
「……やっぱガキじゃねーか」
千年生きてるリュナちゃんが言うと説得力が違う。
その一言に、マリーダ教授のこめかみがぴくりと動いた気がしたが、今度は何も言わず、視線を俺とブリジットちゃんに向けてきた。
「ブリジット・ノエリア、そしてアルド・ラクシズよ」
空気が変わる。
「単刀直入に言おう。“統覇戦”の予選、キサマらは辞退せい」
……。
………………は?
頭の中が、一瞬真っ白になった。
なっ……!?
急に何言ってんだ、このロリババア2号先生は……!?(※1号はマイネさん)
ブリジットちゃんが一瞬言葉を失い、それから戸惑いながらも聞き返す。
「ど、どういう事ですか……?」
マリーダ教授は、冷たく細めた目でブリジットちゃんを見据えた。
「どうもこうも無いわ。キサマらの様な者は……伝統ある“統覇戦”に参加するに相応しくない……そう言っとるんじゃ」
いや、大学教授が幼女の姿で魔法少女コスしてる方が、相応しいかどうか怪しいと思うんですけど。
喉まで出かかったけど、言ったら確実にヒートアップしそうなので黙っておく。沈黙は金ってヤツだ。
周囲では、ジュラ姉、鬼塚くん、蒼龍さん、フレキくん、そしてイヌナンデス(グェルくん)まで、全員が固唾を飲んでこちらを見守っていた。
リュナちゃんだけが、肘をテーブルについて、呆れ切ったジト目をマリーダ教授に向けている。
学食のざわめきはあるのに、俺たちの周囲だけ、妙に静かだった。
……どうやら、ただの嫌味な教授ってわけじゃなさそうだ。
このロリババア2号先生、かなり厄介な匂いがする。
俺は無意識に、ブリジットちゃんの方へ半歩、距離を詰めていた。
◇◆◇
「──今年の"統覇戦"、優勝するのはラグナ殿下じゃ。」
そう高らかに言い放ったのは、目の前の魔法少女コスプレ幼女……いや、ルセ大魔導学部の統括教授、マリーダ・フォンだった。
ツンと高くとがった魔女帽子を揺らしながら、腕を組んでこちらを睨んでくるその姿は、どう見ても中学生……いや、小学生にすら見える。
「──あのお方は、百年に一度の逸材じゃ。これからの魔法社会を背負って立つお方……まさに魔導界の至宝と呼ぶに相応しい。しかも……超がつくほどのイケメンじゃ!」
何だこの熱の入り方。目を輝かせ、握った拳を胸に当てて言うその様子は、まるで推しのライブの話をしているオタクとしか思えない。コスプレもしてるし。
「……」
隣でブリジットちゃんが、何とも言えない気まずそうな顔をしていた。いや、そりゃそうだろう。いきなり目の前で教授に「ラグナ推し」アピールされてるんだ。しかもその流れで──
「ブリジット・ノエリア……キサマ、そんなラグナ殿下の誘いを蹴り、こんなどこの馬の骨とも分からぬ銀髪小僧につくとは……つくづく愚かな事を……」
言われました。銀髪小僧って俺のことですよね、はい。
何なんだこのロリババア2号先生。
心の中でため息をついた俺の横で、ブリジットちゃんが一瞬だけ戸惑った様子を見せる。
しかし、すぐに顔を引き締め、毅然とした声で言い返した。
「"統覇戦"は、ルセ大の学生なら誰にでも予選に参加する権利があるはずです。たとえ統括教授のマリーダ先生でも、それを止める権利は無いはずですよね?」
──うん、さすがだブリジットちゃん。こういうところがしっかりしてる。
けれど、それが余計に気に障ったのか、ロリババア2号先生はカチンと来たようで、薄く目を細め、口元に冷たい笑みを浮かべる。
「……ほう。キサマ、公爵家の令嬢か知らんが……ワシ相手に、随分と剛気なものじゃのう……」
ぴきぴき……という音が聞こえそうなほど、空気が張り詰める。
「ワシは親切で言ってやっておるのじゃぞ……? キサマらがラグナ殿下と戦う事となれば、大怪我ではすまぬだろうからのう……! ワシの優しさが、分からぬか……?」
その小さな身体から、明らかに尋常ではない魔力が滲み出し、空間を揺らす。周囲の空気が重くなり、床に立つ影すら濃くなったように感じる。
これが、80年を生きた魔導の老練者のプレッシャーか。
「……ッ」
ブリジットちゃんが一歩、足を引いた。
と──
「……リュナちゃん、鬼塚くん。止まって」
椅子をガタッと立てる音とともに、リュナちゃんと鬼塚くんが動こうとするのを、俺は手で制して立ち上がった。
「……ありがたい御忠告ではありますが、僕たちは、ラグナ王子も倒して優勝するつもりですんで」
静かに、けれどはっきりと。俺は、マリーダ教授とブリジットちゃんの間に身体を割り込ませて、そう告げた。
マリーダ教授の顔に、一瞬、驚きが走った。が、すぐに舌打ちと共に、憎々しげな目を向けてくる。
「アルド・ラクシズ……やはりキサマは生意気じゃな。あの”忌々しき魔王”と懇意なだけの事はあるわ……!」
「え?」
思わず聞き返しそうになる。魔王? 知り合いに魔王って2人いるんだけど、どっちの事だろう?
「何を惚けておる……? キサマ……かの憎き色欲の魔王──ヴァレン・グランツの使徒なのじゃろう!? 調べはついておるわ!!」
ああ、そっちか。まあ確かに仲はいいし、色々面倒も見てもらってるけど、使徒って言われるとなんか語弊が……。
「おい、魔女っ子」
リュナちゃんが渋い顔をして声をかけた。目は鋭く、低く抑えた声に苛立ちが滲む。
「あんた、ヴァレンに何か恨みでもあるんすか?」
その問いに、マリーダ教授の身体がピクリと震えた。そして、拳をぎゅっと握り締め、肩を小刻みに震わせる。
「……恨みなんてものではないわ……!」
震える声。鋭い怒気。
「ヤツは……ヴァレン・グランツは……ワシから、一番大切な物を奪ったのじゃ……!」
…………
沈黙が落ちる。誰もが言葉を失った。
俺は思わず、心の中でつぶやいた。
(……えっ。ヴァレン、なにしたの……このチビっ子に)
顔だけでなく、心まで凍りついたような空気の中。マリーダ教授は、何かを思い出したように目を伏せ、なおも怒りを噛み殺すようにワナワナと震えている。
(ホント……何したの、ヴァレン……)
俺は軽く背筋に汗をかきながら、頭の中であの色欲魔王の顔を思い浮かべた。
あの飄々とした顔で、何か、やらかしたのか──?
あるいは、単なるすれ違いか、誤解か……。でも、それにしても……
◇◆◇
……重たい沈黙が、学食の一角に落ちていた。
マリーダ教授――ロリババア2号先生は、怒りと憎悪をない交ぜにした表情でこちらを睨みつけたまま、なおも小刻みに肩を震わせている。周囲の学生たちは、ただならぬ気配を察して、遠巻きにこちらを伺っていた。
──と、その空気を、まるで読まない声が割り込んできた。
「よっ、皆。今日のお昼は随分と大所帯じゃあないの。俺も混ぜてくれよ」
ヒョコッ、と。
まるで散歩の途中で知り合いを見つけたかのような軽さで、学食の入口から現れた男がいた。
赤混じりの黒髪を軽く掻き上げ、相変わらず胡散臭いほど余裕のある笑み。肩には袖を通さずロングコートを引っかけ、歩調は気取らず、だがどこか堂々としている。
──ヴァレン・グランツ。
色欲の魔王にして、エルディナ王国国賓、現在は文学部の客員教授(という肩書き)であり、俺の……まあ、色々込みで“相棒”だ。
「……あ」
俺がそう呟いた瞬間だった。
「ヴァ……ヴァレン・グランツ……!?」
マリーダ教授の声が裏返る。小さな身体が、びくりと跳ねたのが分かった。
その目は、さっきまで俺に向けられていたものとは比べものにならないほど、露骨な憎悪に満ちていた。まるで、長年追い続けた仇を、今まさに目の前に見つけたかのような目だ。
「き、キサマ……!」
だが──。
当のヴァレン本人はというと。
「?」
本気で何のことか分からない、という顔で首を傾げていた。
一拍。二拍。
それから、ふっと思い出したように表情を整え、軽く背筋を伸ばす。
「──ああ。魔導学部のマリーダ・フォン統括教授殿でしたか」
……知ってる?
いや、“肩書き”だけ知ってる感じ?
ヴァレンは、にこやかに微笑みながら、こちらが少し引くくらい丁寧な所作で一礼した。
「この度、文学部で客員教授を任されたヴァレン・グランツと申します。以後、お見知りおきを」
完璧な社交辞令。完璧な初対面ムーブ。
……え?
俺は、マリーダ教授とヴァレンを交互に見比べた。
(あれ……? ヴァレン、このロリババア2号先生のこと……知らない、のか?)
あんなに恨まれてるのに?
あんなに“奪われた”とか言われてたのに?
頭の中に疑問符が浮かんでいると、マリーダ教授は唇をきつく噛みしめ、ぐっと拳を握った。
「……」
一瞬、何かを言い返しそうになったが、すぐにそれを飲み込んだようだった。代わりに、冷たい声で言い放つ。
「……今年の予選会も、前回同様“ダンジョン・サバイバル”に決定した」
空気が、ピンと張る。
「ヴァレン・グランツ……キサマの使徒も、ワシの作った迷宮を攻略する事は叶わぬ……!」
その視線は、俺を射抜いていた。
「せいぜい、ラグナ殿下のチームが活躍する様を……指を咥えて見ておるが良いわっ!」
吐き捨てるように言い残し、マリーダ教授はくるりと踵を返す。
魔女帽子を揺らし、マントの裾を翻しながら、スタスタと学食を後にしていった。その背中は、小さいくせに、異様なまでに強い存在感を放っていた。
「……」
誰も、すぐには動けなかった。
俺たちは、その後ろ姿を、ただポカンと見送るしかなかった。
「……なあ」
沈黙を破ったのは、リュナちゃんだった。
肘をテーブルにつき、じっとりとしたジト目をヴァレンに向ける。
「ヴァレン。お前、あの魔女っ子に何したんすか?」
ヴァレンは「ん?」と間の抜けた声を出す。
「めっちゃ恨まれてるみてーだったケド。つーか、あんなちみっこに何かしたなんて、普通に引くわー……」
「えぇ……」
ヴァレンは露骨に嫌そうな顔をした。
「知らねぇよ。初対面だぞ? 多分」
多分、って何よ。
「それに、俺は誰かに嫌われる様な事はしても、恨まれる様な事はした覚えはないぞ。多分」
あ、そこは自覚あるんだ。
嫌われる様な事……まあ、ラブコメ的ウザ絡みとか、色々やらかすからね。ヴァレンは。
俺はため息を一つついて、ヴァレンを見る。
「ホントに心当たり無いの? なんかあの人、俺のことも『色欲の魔王の使徒』とか何とか誤解してるみたいでさ。俺にも、すげーヘイト向けて来るんだけど」
「何だって!?」
ヴァレンは目を見開いた。
「そりゃひどい誤解だ!」
そして、次の瞬間。
「相棒は俺の使徒なんかじゃなくて……」
バチコーン、と。
やけにキレのいいウインクを飛ばしてくる。
「“親友”だよな!?」
……まあ。
まあ、いいけども。
「……そういう事にしとくよ」
俺は苦笑しながら、肩をすくめた。
それにしても──。
ダンジョン・サバイバル。
マリーダ教授の迷宮。
ラグナ殿下への異様な肩入れ。
そして、ヴァレンへの深すぎる憎悪。
「……」
俺は、ロリババア2号先生──マリーダ教授が去っていった学食の出口を、じっと見つめる。
「……こりゃ、予選会も荒れそうだな」
小さく呟き、深くため息をついた。
胸の奥に、嫌な予感が、静かに広がっていくのを感じながら。
学食のざわめきの中で、やけに通る声だった。
振り返った先に立っていたのは──どう見ても小学校高学年~中学生くらいの幼女だった。
いや、正確には“幼女の姿をした何か”と言うべきか。
自分の上半身ほどもある巨大な魔女帽子。先端がくいっと跳ね上がり、星屑みたいな装飾が揺れている。フリルだらけの魔法少女風衣装は、正直言って可愛い。可愛いんだけど──その顔に浮かぶ笑みが、どう考えても子供のそれじゃない。
フフン、と鼻で笑うその様子からして、明らかに俺を見下している。
なんだこの子。
なんか知らないけど、初対面から敵意がすごい。
俺が言葉を探しているより先に、リュナちゃんが反応した。
「あぁ?何だ、このシツレーなガキ?」
低く、ドスの効いた声。完全に喧嘩腰だ。
俺を馬鹿にされたのが、相当気に食わなかったらしい。
「キサマ……今、誰をガキと──」
魔女っ子幼女の額に、ぴくりと青筋が浮かぶ。
その瞬間、蒼龍さんが慌てて間に割って入った。
「ちょっとぉ、リュナちゃん!やめときなさいってばぁ!ここ、学食よぉ!?」
リュナちゃんは「チッ」と小さく舌打ちしつつも、腕を組んで一歩引いた。
なるほど。蒼龍さん、完全にストッパー役だね。
この二人、セットで行動してる理由がよく分かる。
その隙に、俺は隣のブリジットちゃんに、できるだけ声を潜めて聞いた。
「え、えーと……ブリジットちゃん、誰か知ってる?このチビっ子……?」
言った瞬間、背筋がひやっとした。
聞こえた。
確実に、聞こえた。
魔女っ子幼女が、露骨にムッとした表情になる。
「かーっ……このルセ大に編入しておきながら、ワシの事を知らんとは……キサマ、さてはモグリじゃな?」
小さな体で腕を組み、ふんぞり返る姿は、完全に“年寄りムーブ”だった。
喋り方といい、態度といい、マイネさんと似てる。
いや、マイネさんより感じ悪い。
同系統だけど、刺々しさが段違いだ。
俺が心の中でそんなことを考えていると、ブリジットちゃんが少し緊張した様子で、俺の袖を引いた。
「──この人は、ルセ大の魔導学部の統括教授……“迷宮の主”、マリーダ・フォン教授だよ……!」
……。
…………。
「統括教授!?」
声が裏返った。
「えっ、先生なの!?こんなちびっ子が!?」
完全に思ったまま、口から出た。
やってしまった。
マリーダ教授の目が、すっと細くなる。
「口を慎め。ワシはこう見えても、もう80年は生きとるわ。無礼な小僧じゃな」
……八十年。絶妙な数値だ。
魔法で老化を止めてるタイプか。
まあ、俺も似たようなもんだけど。
見た目は十七歳前後、中身は真祖竜で実年齢五十オーバー。
竜にしては相当若い方なんだけどね。
まぁ、説明すると面倒だから黙ってるけど。
リュナちゃんが、露骨に腹立たしそうな顔で小さく呟いた。
「……やっぱガキじゃねーか」
千年生きてるリュナちゃんが言うと説得力が違う。
その一言に、マリーダ教授のこめかみがぴくりと動いた気がしたが、今度は何も言わず、視線を俺とブリジットちゃんに向けてきた。
「ブリジット・ノエリア、そしてアルド・ラクシズよ」
空気が変わる。
「単刀直入に言おう。“統覇戦”の予選、キサマらは辞退せい」
……。
………………は?
頭の中が、一瞬真っ白になった。
なっ……!?
急に何言ってんだ、このロリババア2号先生は……!?(※1号はマイネさん)
ブリジットちゃんが一瞬言葉を失い、それから戸惑いながらも聞き返す。
「ど、どういう事ですか……?」
マリーダ教授は、冷たく細めた目でブリジットちゃんを見据えた。
「どうもこうも無いわ。キサマらの様な者は……伝統ある“統覇戦”に参加するに相応しくない……そう言っとるんじゃ」
いや、大学教授が幼女の姿で魔法少女コスしてる方が、相応しいかどうか怪しいと思うんですけど。
喉まで出かかったけど、言ったら確実にヒートアップしそうなので黙っておく。沈黙は金ってヤツだ。
周囲では、ジュラ姉、鬼塚くん、蒼龍さん、フレキくん、そしてイヌナンデス(グェルくん)まで、全員が固唾を飲んでこちらを見守っていた。
リュナちゃんだけが、肘をテーブルについて、呆れ切ったジト目をマリーダ教授に向けている。
学食のざわめきはあるのに、俺たちの周囲だけ、妙に静かだった。
……どうやら、ただの嫌味な教授ってわけじゃなさそうだ。
このロリババア2号先生、かなり厄介な匂いがする。
俺は無意識に、ブリジットちゃんの方へ半歩、距離を詰めていた。
◇◆◇
「──今年の"統覇戦"、優勝するのはラグナ殿下じゃ。」
そう高らかに言い放ったのは、目の前の魔法少女コスプレ幼女……いや、ルセ大魔導学部の統括教授、マリーダ・フォンだった。
ツンと高くとがった魔女帽子を揺らしながら、腕を組んでこちらを睨んでくるその姿は、どう見ても中学生……いや、小学生にすら見える。
「──あのお方は、百年に一度の逸材じゃ。これからの魔法社会を背負って立つお方……まさに魔導界の至宝と呼ぶに相応しい。しかも……超がつくほどのイケメンじゃ!」
何だこの熱の入り方。目を輝かせ、握った拳を胸に当てて言うその様子は、まるで推しのライブの話をしているオタクとしか思えない。コスプレもしてるし。
「……」
隣でブリジットちゃんが、何とも言えない気まずそうな顔をしていた。いや、そりゃそうだろう。いきなり目の前で教授に「ラグナ推し」アピールされてるんだ。しかもその流れで──
「ブリジット・ノエリア……キサマ、そんなラグナ殿下の誘いを蹴り、こんなどこの馬の骨とも分からぬ銀髪小僧につくとは……つくづく愚かな事を……」
言われました。銀髪小僧って俺のことですよね、はい。
何なんだこのロリババア2号先生。
心の中でため息をついた俺の横で、ブリジットちゃんが一瞬だけ戸惑った様子を見せる。
しかし、すぐに顔を引き締め、毅然とした声で言い返した。
「"統覇戦"は、ルセ大の学生なら誰にでも予選に参加する権利があるはずです。たとえ統括教授のマリーダ先生でも、それを止める権利は無いはずですよね?」
──うん、さすがだブリジットちゃん。こういうところがしっかりしてる。
けれど、それが余計に気に障ったのか、ロリババア2号先生はカチンと来たようで、薄く目を細め、口元に冷たい笑みを浮かべる。
「……ほう。キサマ、公爵家の令嬢か知らんが……ワシ相手に、随分と剛気なものじゃのう……」
ぴきぴき……という音が聞こえそうなほど、空気が張り詰める。
「ワシは親切で言ってやっておるのじゃぞ……? キサマらがラグナ殿下と戦う事となれば、大怪我ではすまぬだろうからのう……! ワシの優しさが、分からぬか……?」
その小さな身体から、明らかに尋常ではない魔力が滲み出し、空間を揺らす。周囲の空気が重くなり、床に立つ影すら濃くなったように感じる。
これが、80年を生きた魔導の老練者のプレッシャーか。
「……ッ」
ブリジットちゃんが一歩、足を引いた。
と──
「……リュナちゃん、鬼塚くん。止まって」
椅子をガタッと立てる音とともに、リュナちゃんと鬼塚くんが動こうとするのを、俺は手で制して立ち上がった。
「……ありがたい御忠告ではありますが、僕たちは、ラグナ王子も倒して優勝するつもりですんで」
静かに、けれどはっきりと。俺は、マリーダ教授とブリジットちゃんの間に身体を割り込ませて、そう告げた。
マリーダ教授の顔に、一瞬、驚きが走った。が、すぐに舌打ちと共に、憎々しげな目を向けてくる。
「アルド・ラクシズ……やはりキサマは生意気じゃな。あの”忌々しき魔王”と懇意なだけの事はあるわ……!」
「え?」
思わず聞き返しそうになる。魔王? 知り合いに魔王って2人いるんだけど、どっちの事だろう?
「何を惚けておる……? キサマ……かの憎き色欲の魔王──ヴァレン・グランツの使徒なのじゃろう!? 調べはついておるわ!!」
ああ、そっちか。まあ確かに仲はいいし、色々面倒も見てもらってるけど、使徒って言われるとなんか語弊が……。
「おい、魔女っ子」
リュナちゃんが渋い顔をして声をかけた。目は鋭く、低く抑えた声に苛立ちが滲む。
「あんた、ヴァレンに何か恨みでもあるんすか?」
その問いに、マリーダ教授の身体がピクリと震えた。そして、拳をぎゅっと握り締め、肩を小刻みに震わせる。
「……恨みなんてものではないわ……!」
震える声。鋭い怒気。
「ヤツは……ヴァレン・グランツは……ワシから、一番大切な物を奪ったのじゃ……!」
…………
沈黙が落ちる。誰もが言葉を失った。
俺は思わず、心の中でつぶやいた。
(……えっ。ヴァレン、なにしたの……このチビっ子に)
顔だけでなく、心まで凍りついたような空気の中。マリーダ教授は、何かを思い出したように目を伏せ、なおも怒りを噛み殺すようにワナワナと震えている。
(ホント……何したの、ヴァレン……)
俺は軽く背筋に汗をかきながら、頭の中であの色欲魔王の顔を思い浮かべた。
あの飄々とした顔で、何か、やらかしたのか──?
あるいは、単なるすれ違いか、誤解か……。でも、それにしても……
◇◆◇
……重たい沈黙が、学食の一角に落ちていた。
マリーダ教授――ロリババア2号先生は、怒りと憎悪をない交ぜにした表情でこちらを睨みつけたまま、なおも小刻みに肩を震わせている。周囲の学生たちは、ただならぬ気配を察して、遠巻きにこちらを伺っていた。
──と、その空気を、まるで読まない声が割り込んできた。
「よっ、皆。今日のお昼は随分と大所帯じゃあないの。俺も混ぜてくれよ」
ヒョコッ、と。
まるで散歩の途中で知り合いを見つけたかのような軽さで、学食の入口から現れた男がいた。
赤混じりの黒髪を軽く掻き上げ、相変わらず胡散臭いほど余裕のある笑み。肩には袖を通さずロングコートを引っかけ、歩調は気取らず、だがどこか堂々としている。
──ヴァレン・グランツ。
色欲の魔王にして、エルディナ王国国賓、現在は文学部の客員教授(という肩書き)であり、俺の……まあ、色々込みで“相棒”だ。
「……あ」
俺がそう呟いた瞬間だった。
「ヴァ……ヴァレン・グランツ……!?」
マリーダ教授の声が裏返る。小さな身体が、びくりと跳ねたのが分かった。
その目は、さっきまで俺に向けられていたものとは比べものにならないほど、露骨な憎悪に満ちていた。まるで、長年追い続けた仇を、今まさに目の前に見つけたかのような目だ。
「き、キサマ……!」
だが──。
当のヴァレン本人はというと。
「?」
本気で何のことか分からない、という顔で首を傾げていた。
一拍。二拍。
それから、ふっと思い出したように表情を整え、軽く背筋を伸ばす。
「──ああ。魔導学部のマリーダ・フォン統括教授殿でしたか」
……知ってる?
いや、“肩書き”だけ知ってる感じ?
ヴァレンは、にこやかに微笑みながら、こちらが少し引くくらい丁寧な所作で一礼した。
「この度、文学部で客員教授を任されたヴァレン・グランツと申します。以後、お見知りおきを」
完璧な社交辞令。完璧な初対面ムーブ。
……え?
俺は、マリーダ教授とヴァレンを交互に見比べた。
(あれ……? ヴァレン、このロリババア2号先生のこと……知らない、のか?)
あんなに恨まれてるのに?
あんなに“奪われた”とか言われてたのに?
頭の中に疑問符が浮かんでいると、マリーダ教授は唇をきつく噛みしめ、ぐっと拳を握った。
「……」
一瞬、何かを言い返しそうになったが、すぐにそれを飲み込んだようだった。代わりに、冷たい声で言い放つ。
「……今年の予選会も、前回同様“ダンジョン・サバイバル”に決定した」
空気が、ピンと張る。
「ヴァレン・グランツ……キサマの使徒も、ワシの作った迷宮を攻略する事は叶わぬ……!」
その視線は、俺を射抜いていた。
「せいぜい、ラグナ殿下のチームが活躍する様を……指を咥えて見ておるが良いわっ!」
吐き捨てるように言い残し、マリーダ教授はくるりと踵を返す。
魔女帽子を揺らし、マントの裾を翻しながら、スタスタと学食を後にしていった。その背中は、小さいくせに、異様なまでに強い存在感を放っていた。
「……」
誰も、すぐには動けなかった。
俺たちは、その後ろ姿を、ただポカンと見送るしかなかった。
「……なあ」
沈黙を破ったのは、リュナちゃんだった。
肘をテーブルにつき、じっとりとしたジト目をヴァレンに向ける。
「ヴァレン。お前、あの魔女っ子に何したんすか?」
ヴァレンは「ん?」と間の抜けた声を出す。
「めっちゃ恨まれてるみてーだったケド。つーか、あんなちみっこに何かしたなんて、普通に引くわー……」
「えぇ……」
ヴァレンは露骨に嫌そうな顔をした。
「知らねぇよ。初対面だぞ? 多分」
多分、って何よ。
「それに、俺は誰かに嫌われる様な事はしても、恨まれる様な事はした覚えはないぞ。多分」
あ、そこは自覚あるんだ。
嫌われる様な事……まあ、ラブコメ的ウザ絡みとか、色々やらかすからね。ヴァレンは。
俺はため息を一つついて、ヴァレンを見る。
「ホントに心当たり無いの? なんかあの人、俺のことも『色欲の魔王の使徒』とか何とか誤解してるみたいでさ。俺にも、すげーヘイト向けて来るんだけど」
「何だって!?」
ヴァレンは目を見開いた。
「そりゃひどい誤解だ!」
そして、次の瞬間。
「相棒は俺の使徒なんかじゃなくて……」
バチコーン、と。
やけにキレのいいウインクを飛ばしてくる。
「“親友”だよな!?」
……まあ。
まあ、いいけども。
「……そういう事にしとくよ」
俺は苦笑しながら、肩をすくめた。
それにしても──。
ダンジョン・サバイバル。
マリーダ教授の迷宮。
ラグナ殿下への異様な肩入れ。
そして、ヴァレンへの深すぎる憎悪。
「……」
俺は、ロリババア2号先生──マリーダ教授が去っていった学食の出口を、じっと見つめる。
「……こりゃ、予選会も荒れそうだな」
小さく呟き、深くため息をついた。
胸の奥に、嫌な予感が、静かに広がっていくのを感じながら。
64
あなたにおすすめの小説
最弱白竜ですが、なぜか学園最強の銀竜に番認定されました
斉藤めめめ
恋愛
竜の血を引く者だけが貴族になれるこの世界で、白竜は最も格の低い竜の証。
白竜の男爵令嬢リーゼロッテは、特待生として国内最高峰の王立竜騎学園に入学する。待っていたのは上位貴族からの蔑みと、学園を支配する四人の御曹司「四竜」。
その筆頭、銀竜公爵家の嫡男ルシアンに初日から啖呵を切ったリーゼは、いじめと嫉妬の嵐に巻き込まれていく。
それでも彼女は媚びない、逃げない、折れない。
やがてルシアンはリーゼから目が離せなくなり――
白竜の少女が、学園と王国の運命を変える。
身分差×竜×学園ラブファンタジー、開幕。
追放された悪役令嬢はシングルマザー
ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。
断罪回避に奮闘するも失敗。
国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。
この子は私の子よ!守ってみせるわ。
1人、子を育てる決心をする。
そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。
さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥
ーーーー
完結確約 9話完結です。
短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。
子ドラゴンとゆく、異世界スキル獲得記! ~転生幼女、最強スキルでバッドエンドを破壊する~
九條葉月
ファンタジー
第6回HJ小説大賞におきまして、こちらの作品が受賞・書籍化決定しました! ありがとうございます!
七歳の少女リーナは突如として前世の記憶を思い出した。
しかし、戸惑う暇もなく『銀髪が不気味』という理由で別邸に軟禁されてしまう。
食事の量も減らされたリーナは生き延びるために別邸を探索し――地下室で、ドラゴンの卵を発見したのだった。
孵化したドラゴンと共に地下ダンジョンに潜るリーナ。すべては、軟禁下でも生き延びるために……。
これは、前を向き続けた少女が聖女となり、邪竜を倒し、いずれは魔王となって平和に暮らす物語……。
最安もふもふ三匹に名前をつける変な冒険者ですが、この子たちの力を引き出せるのは私だけです ~精霊偏愛録~
Lihito
ファンタジー
精霊に名前をつける冒険者は、たぶん私だけだ。
うさぎのノル、狐のルゥ、モモンガのピノ。三匹とも最安の契約で、手のひらに乗るサイズ。周りからは「手乗り精霊で何ができる」と笑われている。
でも、この子たちへの聞き方を変えるだけで、返ってくる答えはまるで違う。三匹の情報を重ねれば、上位の精霊一体では見えないものが見える。
上位パーティが三度失敗した大型討伐。私は戦わない。ノルに地中を、ピノに上空を、ルゥに地上を調べさせて、答えを組み上げる。
——この世界の精霊の使い方、みんな間違ってませんか?
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
追放された『ただの浄化係』、実は国中の魔石を満たしていた精霊姫でした〜今さら戻れと言われても、隣国のイケメン皇帝が離してくれません〜
ハリネズミの肉球
ファンタジー
「おい、城の噴水が止まったぞ!?」
「街の井戸も空っぽです!」
無能な王太子による身勝手な婚約破棄。
そして不毛の砂漠が広がる隣国への追放。だが、愚かな奴らは知らなかった。主人公・ルリアが国境を越えた瞬間、祖国中の「水の魔石」がただの石ころに変わることを!
ルリアは、触れるだけで無尽蔵に水魔力を作り出す『水精霊の愛し子』。
追放先の干ばつに苦しむ隣国で、彼女がその力を使えば……不毛の土地が瞬く間に黄金のオアシスへ大進化!?
優しいイケメン皇帝に溺愛されながら、ルリアは隣国を世界一の繁栄国家へと導いていく。
一方、水が完全に枯渇し大パニックに陥る祖国。
「ルリアを連れ戻せ!」と焦る王太子に待っていたのは、かつて見下していた隣国からの圧倒的な経済・水源制裁だった——!
今、最高にスカッとする大逆転劇が幕を開ける!
※本作品は、人工知能の生成する文章の力をお借りしつつも、最終的な仕上げにあたっては著者自身の手により丁寧な加筆・修正を施した作品です。
【完結】番としか子供が産まれない世界で
さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。
何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。
そんなニーナが番に出会うまで
4話完結
出会えたところで話は終わってます。
「君は有能すぎて可愛げがない」と婚約破棄されたので、一晩で全ての魔法結界を撤去して隣国へ行きます。あ、維持マニュアルは燃やしました。
しょくぱん
恋愛
「君の完璧主義には反吐が出る」――婚約者の第一王子にそう告げられ、国外追放を命じられた聖女エルゼ。彼女は微笑み、一晩で国中の魔法結界を撤去。さらに「素人でも直せる」と嘘を吐かれた維持マニュアルを全て焼却処分した。守護を失いパニックに陥る母国を背に、彼女は隣国の軍事帝国へ。そこでは、彼女の「可愛くない」技術を渇望する皇帝が待っていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる