真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます

難波一

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第六章 学園編 ──白銀の婚約者──

第244話 幼女先生と色欲の魔王

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「──お主が“銀の新星シルバー・ノヴァ”……アルド・ラクシズか。思ったより、マヌケな面構えじゃな」



学食のざわめきの中で、やけに通る声だった。

振り返った先に立っていたのは──どう見ても小学校高学年~中学生くらいの幼女だった。
いや、正確には“幼女の姿をした何か”と言うべきか。

自分の上半身ほどもある巨大な魔女帽子。先端がくいっと跳ね上がり、星屑みたいな装飾が揺れている。フリルだらけの魔法少女風衣装は、正直言って可愛い。可愛いんだけど──その顔に浮かぶ笑みが、どう考えても子供のそれじゃない。

フフン、と鼻で笑うその様子からして、明らかに俺を見下している。

なんだこの子。
なんか知らないけど、初対面から敵意がすごい。

俺が言葉を探しているより先に、リュナちゃんが反応した。



「あぁ?何だ、このシツレーなガキ?」



低く、ドスの効いた声。完全に喧嘩腰だ。
俺を馬鹿にされたのが、相当気に食わなかったらしい。



「キサマ……今、誰をガキと──」



魔女っ子幼女の額に、ぴくりと青筋が浮かぶ。
その瞬間、蒼龍さんが慌てて間に割って入った。



「ちょっとぉ、リュナちゃん!やめときなさいってばぁ!ここ、学食よぉ!?」



リュナちゃんは「チッ」と小さく舌打ちしつつも、腕を組んで一歩引いた。
なるほど。蒼龍さん、完全にストッパー役だね。
この二人、セットで行動してる理由がよく分かる。

その隙に、俺は隣のブリジットちゃんに、できるだけ声を潜めて聞いた。



「え、えーと……ブリジットちゃん、誰か知ってる?このチビっ子……?」



言った瞬間、背筋がひやっとした。

聞こえた。
確実に、聞こえた。

魔女っ子幼女が、露骨にムッとした表情になる。



「かーっ……このルセ大に編入しておきながら、ワシの事を知らんとは……キサマ、さてはモグリじゃな?」



小さな体で腕を組み、ふんぞり返る姿は、完全に“年寄りムーブ”だった。

喋り方といい、態度といい、マイネさんと似てる。
いや、マイネさんより感じ悪い。
同系統だけど、刺々しさが段違いだ。

俺が心の中でそんなことを考えていると、ブリジットちゃんが少し緊張した様子で、俺の袖を引いた。



「──この人は、ルセ大の魔導学部の統括教授……“迷宮の主ダンジョン・マイスター”、マリーダ・フォン教授だよ……!」



……。

…………。



「統括教授!?」



声が裏返った。



「えっ、先生なの!?こんなちびっ子が!?」



完全に思ったまま、口から出た。
やってしまった。

マリーダ教授の目が、すっと細くなる。



「口を慎め。ワシはこう見えても、もう80年は生きとるわ。無礼な小僧じゃな」



……八十年。絶妙な数値だ。
魔法で老化を止めてるタイプか。

まあ、俺も似たようなもんだけど。
見た目は十七歳前後、中身は真祖竜で実年齢五十オーバー。
竜にしては相当若い方なんだけどね。
まぁ、説明すると面倒だから黙ってるけど。

リュナちゃんが、露骨に腹立たしそうな顔で小さく呟いた。



「……やっぱガキじゃねーか」



千年生きてるリュナちゃんが言うと説得力が違う。
その一言に、マリーダ教授のこめかみがぴくりと動いた気がしたが、今度は何も言わず、視線を俺とブリジットちゃんに向けてきた。



「ブリジット・ノエリア、そしてアルド・ラクシズよ」



空気が変わる。



「単刀直入に言おう。“統覇戦ドミナンス・カップ”の予選、キサマらは辞退せい」



……。

………………は?

頭の中が、一瞬真っ白になった。

なっ……!?
急に何言ってんだ、このロリババア2号先生は……!?(※1号はマイネさん)

ブリジットちゃんが一瞬言葉を失い、それから戸惑いながらも聞き返す。



「ど、どういう事ですか……?」



マリーダ教授は、冷たく細めた目でブリジットちゃんを見据えた。



「どうもこうも無いわ。キサマらの様な者は……伝統ある“統覇戦ドミナンス・カップ”に参加するに相応しくない……そう言っとるんじゃ」



いや、大学教授が幼女の姿で魔法少女コスしてる方が、相応しいかどうか怪しいと思うんですけど。

喉まで出かかったけど、言ったら確実にヒートアップしそうなので黙っておく。沈黙は金ってヤツだ。

周囲では、ジュラ姉、鬼塚くん、蒼龍さん、フレキくん、そしてイヌナンデス(グェルくん)まで、全員が固唾を飲んでこちらを見守っていた。

リュナちゃんだけが、肘をテーブルについて、呆れ切ったジト目をマリーダ教授に向けている。

学食のざわめきはあるのに、俺たちの周囲だけ、妙に静かだった。

……どうやら、ただの嫌味な教授ってわけじゃなさそうだ。
このロリババア2号先生、かなり厄介な匂いがする。

俺は無意識に、ブリジットちゃんの方へ半歩、距離を詰めていた。



 ◇◆◇



「──今年の"統覇戦ドミナンス・カップ"、優勝するのはラグナ殿下じゃ。」



そう高らかに言い放ったのは、目の前の魔法少女コスプレ幼女……いや、ルセ大魔導学部の統括教授、マリーダ・フォンだった。

ツンと高くとがった魔女帽子を揺らしながら、腕を組んでこちらを睨んでくるその姿は、どう見ても中学生……いや、小学生にすら見える。



「──あのお方は、百年に一度の逸材じゃ。これからの魔法社会を背負って立つお方……まさに魔導界の至宝と呼ぶに相応しい。しかも……超がつくほどのイケメンじゃ!」



何だこの熱の入り方。目を輝かせ、握った拳を胸に当てて言うその様子は、まるで推しのライブの話をしているオタクとしか思えない。コスプレもしてるし。



「……」



隣でブリジットちゃんが、何とも言えない気まずそうな顔をしていた。いや、そりゃそうだろう。いきなり目の前で教授に「ラグナ推し」アピールされてるんだ。しかもその流れで──



「ブリジット・ノエリア……キサマ、そんなラグナ殿下の誘いを蹴り、こんなどこの馬の骨とも分からぬ銀髪小僧につくとは……つくづく愚かな事を……」



言われました。銀髪小僧って俺のことですよね、はい。

何なんだこのロリババア2号先生。

心の中でため息をついた俺の横で、ブリジットちゃんが一瞬だけ戸惑った様子を見せる。
しかし、すぐに顔を引き締め、毅然とした声で言い返した。



「"統覇戦ドミナンス・カップ"は、ルセ大の学生なら誰にでも予選に参加する権利があるはずです。たとえ統括教授のマリーダ先生でも、それを止める権利は無いはずですよね?」



──うん、さすがだブリジットちゃん。こういうところがしっかりしてる。

けれど、それが余計に気に障ったのか、ロリババア2号先生はカチンと来たようで、薄く目を細め、口元に冷たい笑みを浮かべる。



「……ほう。キサマ、公爵家の令嬢か知らんが……ワシ相手に、随分と剛気なものじゃのう……」



ぴきぴき……という音が聞こえそうなほど、空気が張り詰める。



「ワシは親切で言ってやっておるのじゃぞ……? キサマらがラグナ殿下と戦う事となれば、大怪我ではすまぬだろうからのう……! ワシの優しさが、分からぬか……?」



その小さな身体から、明らかに尋常ではない魔力が滲み出し、空間を揺らす。周囲の空気が重くなり、床に立つ影すら濃くなったように感じる。
これが、80年を生きた魔導の老練者のプレッシャーか。



「……ッ」



ブリジットちゃんが一歩、足を引いた。
と──



「……リュナちゃん、鬼塚くん。止まって」



椅子をガタッと立てる音とともに、リュナちゃんと鬼塚くんが動こうとするのを、俺は手で制して立ち上がった。



「……ありがたい御忠告ではありますが、僕たちは、ラグナ王子も倒して優勝するつもりですんで」



静かに、けれどはっきりと。俺は、マリーダ教授とブリジットちゃんの間に身体を割り込ませて、そう告げた。

マリーダ教授の顔に、一瞬、驚きが走った。が、すぐに舌打ちと共に、憎々しげな目を向けてくる。



「アルド・ラクシズ……やはりキサマは生意気じゃな。あの”忌々しき魔王・・・・・・”と懇意なだけの事はあるわ……!」


「え?」



思わず聞き返しそうになる。魔王? 知り合いに魔王って2人いるんだけど、どっちの事だろう?



「何を惚けておる……? キサマ……かの憎き色欲の魔王──ヴァレン・グランツの使徒なのじゃろう!? 調べはついておるわ!!」



ああ、そっちか。まあ確かに仲はいいし、色々面倒も見てもらってるけど、使徒って言われるとなんか語弊が……。



「おい、魔女っ子」



リュナちゃんが渋い顔をして声をかけた。目は鋭く、低く抑えた声に苛立ちが滲む。



「あんた、ヴァレンに何か恨みでもあるんすか?」



その問いに、マリーダ教授の身体がピクリと震えた。そして、拳をぎゅっと握り締め、肩を小刻みに震わせる。



「……恨みなんてものではないわ……!」



震える声。鋭い怒気。



「ヤツは……ヴァレン・グランツは……ワシから、一番大切な物・・・・・・を奪ったのじゃ……!」



…………

沈黙が落ちる。誰もが言葉を失った。
俺は思わず、心の中でつぶやいた。



(……えっ。ヴァレン、なにしたの……このチビっ子に)



顔だけでなく、心まで凍りついたような空気の中。マリーダ教授は、何かを思い出したように目を伏せ、なおも怒りを噛み殺すようにワナワナと震えている。



(ホント……何したの、ヴァレン……)



俺は軽く背筋に汗をかきながら、頭の中であの色欲魔王の顔を思い浮かべた。

あの飄々とした顔で、何か、やらかしたのか──?

あるいは、単なるすれ違いか、誤解か……。でも、それにしても……



 ◇◆◇



……重たい沈黙が、学食の一角に落ちていた。

マリーダ教授――ロリババア2号先生は、怒りと憎悪をない交ぜにした表情でこちらを睨みつけたまま、なおも小刻みに肩を震わせている。周囲の学生たちは、ただならぬ気配を察して、遠巻きにこちらを伺っていた。

──と、その空気を、まるで読まない声が割り込んできた。



「よっ、皆。今日のお昼は随分と大所帯じゃあないの。俺も混ぜてくれよ」



ヒョコッ、と。

まるで散歩の途中で知り合いを見つけたかのような軽さで、学食の入口から現れた男がいた。

赤混じりの黒髪を軽く掻き上げ、相変わらず胡散臭いほど余裕のある笑み。肩には袖を通さずロングコートを引っかけ、歩調は気取らず、だがどこか堂々としている。

──ヴァレン・グランツ。

色欲の魔王にして、エルディナ王国国賓、現在は文学部の客員教授(という肩書き)であり、俺の……まあ、色々込みで“相棒”だ。



「……あ」



俺がそう呟いた瞬間だった。



「ヴァ……ヴァレン・グランツ……!?」



マリーダ教授の声が裏返る。小さな身体が、びくりと跳ねたのが分かった。

その目は、さっきまで俺に向けられていたものとは比べものにならないほど、露骨な憎悪に満ちていた。まるで、長年追い続けた仇を、今まさに目の前に見つけたかのような目だ。



「き、キサマ……!」



だが──。
当のヴァレン本人はというと。



「?」



本気で何のことか分からない、という顔で首を傾げていた。

一拍。二拍。

それから、ふっと思い出したように表情を整え、軽く背筋を伸ばす。



「──ああ。魔導学部のマリーダ・フォン統括教授殿でしたか」



……知ってる?

いや、“肩書き”だけ知ってる感じ?
ヴァレンは、にこやかに微笑みながら、こちらが少し引くくらい丁寧な所作で一礼した。



「この度、文学部で客員教授を任されたヴァレン・グランツと申します。以後、お見知りおきを」



完璧な社交辞令。完璧な初対面ムーブ。

……え?

俺は、マリーダ教授とヴァレンを交互に見比べた。



(あれ……? ヴァレン、このロリババア2号先生のこと……知らない、のか?)



あんなに恨まれてるのに?
あんなに“奪われた”とか言われてたのに?

頭の中に疑問符が浮かんでいると、マリーダ教授は唇をきつく噛みしめ、ぐっと拳を握った。



「……」



一瞬、何かを言い返しそうになったが、すぐにそれを飲み込んだようだった。代わりに、冷たい声で言い放つ。



「……今年の予選会も、前回同様“ダンジョン・サバイバル”に決定した」



空気が、ピンと張る。



「ヴァレン・グランツ……キサマの使徒も、ワシの作った迷宮を攻略する事は叶わぬ……!」



その視線は、俺を射抜いていた。



「せいぜい、ラグナ殿下のチームが活躍する様を……指を咥えて見ておるが良いわっ!」



吐き捨てるように言い残し、マリーダ教授はくるりと踵を返す。

魔女帽子を揺らし、マントの裾を翻しながら、スタスタと学食を後にしていった。その背中は、小さいくせに、異様なまでに強い存在感を放っていた。



「……」



誰も、すぐには動けなかった。
俺たちは、その後ろ姿を、ただポカンと見送るしかなかった。



「……なあ」



沈黙を破ったのは、リュナちゃんだった。
肘をテーブルにつき、じっとりとしたジト目をヴァレンに向ける。



「ヴァレン。お前、あの魔女っ子に何したんすか?」



ヴァレンは「ん?」と間の抜けた声を出す。



「めっちゃ恨まれてるみてーだったケド。つーか、あんなちみっこに何かしたなんて、普通に引くわー……」


「えぇ……」



ヴァレンは露骨に嫌そうな顔をした。



「知らねぇよ。初対面だぞ? 多分」



多分、って何よ。



「それに、俺は誰かに嫌われる様な事はしても、恨まれる様な事はした覚えはないぞ。多分」



あ、そこは自覚あるんだ。
嫌われる様な事……まあ、ラブコメ的ウザ絡みとか、色々やらかすからね。ヴァレンは。

俺はため息を一つついて、ヴァレンを見る。



「ホントに心当たり無いの? なんかあの人、俺のことも『色欲の魔王の使徒』とか何とか誤解してるみたいでさ。俺にも、すげーヘイト向けて来るんだけど」


「何だって!?」



ヴァレンは目を見開いた。



「そりゃひどい誤解だ!」



そして、次の瞬間。



「相棒は俺の使徒なんかじゃなくて……」



バチコーン、と。
やけにキレのいいウインクを飛ばしてくる。



「“親友”だよな!?」



……まあ。
まあ、いいけども。



「……そういう事にしとくよ」



俺は苦笑しながら、肩をすくめた。

それにしても──。

ダンジョン・サバイバル。
マリーダ教授の迷宮。
ラグナ殿下への異様な肩入れ。
そして、ヴァレンへの深すぎる憎悪。



「……」



俺は、ロリババア2号先生──マリーダ教授が去っていった学食の出口を、じっと見つめる。



「……こりゃ、予選会も荒れそうだな」



小さく呟き、深くため息をついた。
胸の奥に、嫌な予感が、静かに広がっていくのを感じながら。
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