真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます

難波一

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第六章 学園編 ──白銀の婚約者──

第254話 side.ザキ・チーム② ──密林の皇子──

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周囲の空気が、ふと重くなった。

ざわり、と。
風でも獣でもない揺れが、四人を囲む森全体を震わせる。

葉擦れの音が、同時に止んだ。

その直後だった。
幹が軋み、枝が不自然な角度で折れ曲がり、根が地面を突き破って隆起する。
森を構成していた“木々そのもの”が、ゆっくりと意思を持つかのように立ち上がっていく。

節くれだった幹は腕となり、枝は指となり、裂けた樹皮の奥から、空洞の口のような闇が覗く。
トレント──いや、魔物という言葉では収まりきらない、歪んだ木の魔人たちが、円を描くように四人を取り囲んでいた。



「何やこれ」



ザキが、糸目をさらに細めて呟く。
冗談めいた口調ではあるが、腰は自然と低く、視線は周囲を一瞬たりとも逃さない。



「ダンジョン産の魔物いうヤツか?」



軽く言ってはみたものの、肌に刺さる殺気が、否定を突きつけてくる。

その背後で、ロールがそっと右手を上げ、包帯で覆われた目元を押さえた。
まるで“何かを直視した”かのように、ほんの一瞬、呼吸が止まる。



「……いえ」



静かな声だった。



「違います……これは……」



言葉の続きを探す間にも、森は動く。
爬虫類系亜人のギュスターヴは、背中に背負っていた金棒に手を伸ばす。
棘の生えた直方体のそれを、片手でぶん、と一振り。空気が唸りを上げ、重量の違いをはっきりと主張する。
そのまま、肩に担ぎ直した。



「……面倒な相手ダ」



低く、苛立ちを含んだ声。
一方で、最も緊張感のない男は、相変わらずだった。
ディオニスは酒瓶を傾け、喉を鳴らして一口飲む。
琥珀色の液体を舌で転がしながら、鼻で笑う。



「──魔物じゃねぇな。こりゃ」



瓶を下ろし、四方を見渡す。



「誰かの“スキル”効果だ。間違いねぇ」



その言葉が落ちた瞬間、答え合わせのように、木の魔人たちが一斉に動いた。
不気味な軋み声とともに、巨大な腕が振り下ろされ、枝が槍のように伸びる。
地面を抉り、空気を裂き、四人へと殺到する。



「けったいなスキルやな」



ザキは、肩をすくめるように言った。



「植物操る系か?」



その声と同時に、腰の愛刀──"羽々斬"が、音もなく抜かれる。

刃が光った、次の瞬間にはもう、斬撃は終わっていた。

踏み込みも、溜めもない。
ただ、一線。

目にも止まらぬ居合の一閃。

チン、と、乾いた音を立てて、ザキは刀を鞘に収める。

次の瞬間だった。

ザキを囲んでいた木の魔人たちが、同時に静止し、
遅れて──粉雪のように、砕け散った。

幹も、枝も、根も。
まるで最初から“そこにあったはずの存在”が、否定されたかのように。



「……」



ディオニスが一瞬だけ目を細め、ロールは何も言わずに息を吐く。

だが、終わりではない。

さらに奥から、より巨大な木人が現れた。
人の二倍、三倍はあろうかという体躯。
その重みで、地面が沈む。



「──だとしてモ」



ギュスターヴが前に出る。



「この規模の攻撃……学生一人が行える規模とは、思えないガ……」



言い終わるより早く、金棒が振るわれた。
片手。それだけで十分だった。
凄まじいパワーの横薙ぎが、木人の胴を捉える。
パァン、と、乾いた破裂音。

上半身が、弾け飛ぶ。

だが──中から現れたものに、ギュスターヴの瞳が細くなる。

崩れた木の内部。
臍のあたりに絡め取られるように、気を失った学生がいた。

人の形をしたまま、皮膚には木の幹が張り付き、蔓が血管のように絡みついている。
魔力が、じわじわと吸い上げられているのが、見て取れた。



「……」



ギュスターヴは、舌打ちを噛み殺す。



「これハ……ヒトを核に、動いているのカ……?」



吐き捨てるような声。
嫌悪が、隠しきれない。
その背後で、ロールが再び、包帯の上から目元を押さえた。



「──見つけました」



静かな声が、戦場に落ちる。



「術師は……あそこです」



彼女の指が示した先。
森の奥、ひときわ太く、古びた大樹。
その上部の幹が、蠢いた。
軋み、裂け、開く。
中は空洞だった。
まるで玉座のために穿たれたかのような空間。

そこに、男はいた。

褐色の肌。
柔らかく垂れた目元。
黒く、ゆるやかなウェーブのかかった髪。

異国の王子を思わせる美貌。
その胸で、参加者のネームプレートが淡く光っている。

男は、木のウロの中に作られた玉座に腰掛け、肘置きに肩肘をつきながら、楽しそうに笑った。



「──ほう」



余裕たっぷりの声音。



「余の存在に気付くとは……なかなかの術師ではないか。女」



視線は、明確にロールへ向けられている。
ザキは、剣の柄に手を置いたまま、ちらりとロールを見る。



「誰や?あの偉そうなボン」



ロールは、淡々と答えた。



「──彼は、ザラハドール連邦からの留学生。
同連邦南東部、小国ジュナザール皇国の皇子……ザイード・ジュナザーン」



さらに、静かに続ける。



「“金の超星”ラグナ、“銀の新星”アルドに続く……」



その言葉が、空気を変えた。



「第三の優勝候補として、名高い術師です」



森が、ざわりと鳴る。
その中心で、ザイード・ジュナザーンは、満足げに微笑んでいた。



 ◇◆◇



大樹の玉座に腰掛けた男──ザイード・ジュナザーンは、ロールの言葉を聞いた瞬間、わずかに顔を歪めた。

その変化は一瞬だったが、確かな不快の色を帯びていた。



「──余が、“第三の優勝候補”だと……?」



低く、ねっとりとした声音。
甘美さの裏に、鋭い棘が潜む。



「無礼な」



ザイードは鼻で笑い、視線を遠くへ投げる。



「“金の超星ゴールデン・スター”“銀の新星シルバー・ノヴァ”……あの様な者どもに……高貴なる余が、劣る道理などありはせぬ」



言葉の一つ一つに、選民思想が染みついている。
自分が頂点であることを疑ったことすらない者の声音だった。

その様子を見て、ザキは露骨に嫌そうな顔をした。



「うわぁ……」



眉をひそめ、肩をすくめる。



「またタカビー系のヤツやん。ラグナとキャラ被ってへん? 嫌いやわー、君ぃみたいなタイプ……」



遠慮の欠片もない感想。
だが、その軽口の裏では、周囲を取り囲む“巨樹人”の動きから一瞬も意識を離していない。
その空気を、ディオニスがぶち壊す。



「……で?」



酒瓶を軽く振りながら、間延びした声を出す。



「その皇子サマが、俺らに何の用だい?
酒でも奢ってくれるってんなら歓迎するぜ?」



完全に場違いな軽口。
だが、ザイードはむしろ興味深そうに片眉を上げた。



「──酒、か?」



顎に手を当て、少し考える素振り。



「余の配下になれば、浴びる程飲んでもまだ尽きぬ程の酒が飲めるが、どうだ?」



その言葉に、ディオニスの目が一瞬、きらりと光った。



「──えっ、マジで?」



明らかに心が揺れた声。
だが、その直後。



「敵の甘言に騙されるナ。真面目にやレ」



ギュスターヴの低く鋭い一言が、横から突き刺さる。



「な、なーんて!」



ディオニスは慌てて笑い、手を振る。



「冗談に決まってるだろぉ!?
ちょっと言ってみただけだって!」



だが、ザイードはその様子を見て、愉快そうに笑った。



「ふふ……」



そして、ゆっくりと上体を起こす。



「余の目的は一つだ」



森の空気が、わずかに張り詰める。



「“統覇戦”を勝ち抜き、“勅命権”を得る。
そして、エルディナ王国に──
ジュナザーン皇国と“対等な国交”を結ばせる事」



誇示するような声音。
それは野心であり、同時に国家の意思でもあった。



「この“ダンジョン・サバイバル”は、そのための足がかりに過ぎぬ」



そして、ザイードの視線が、真っ直ぐにザキを射抜く。



「前回編入試験、第二位……ザキよ。
お主を、我が軍門の末席に加えてやろう」



木の玉座の上から、見下ろすように言い放つ。



「光栄に思うがよい」



その瞬間。
ザキは、完全に言葉を失った。

数秒、ぽかんとしたままザイードを見つめ──
次に、ゆっくりとロールの方を振り返る。



「……聞いた?」



半ば呆然とした声。



「ロールちゃん、何言うてんの、この人?
偉そうにも程があるやろ。ラグナより酷いやん」



ロールは一瞬、言葉に詰まり、視線を彷徨わせる。



「……私に言われましても……」



困り切った、心底どうしようもないという声音だった。
ザキは、ため息を一つ吐き、再びザイードへ視線を戻す。
周囲の巨樹人の動きを警戒しながら、口を開いた。



「ほんで、ザイード皇子サマは。
俺らを仲間にして、このダンジョン・サバイバルを勝ち抜こうって腹なんやな?」



だが、返ってきたのは、冷笑だった。



「──“俺ら”? 違うな」



ザイードの目が、冷たく細まる。



「余が欲するのは、優れたスキルを持つ者のみ。弱卒は要らぬ」



そして、指を一本、軽く振る。



「そこな酔っ払いと、トカゲもどき。
それに……その醜女しこめは」



ロールへ向けられたその言葉に、空気が一段冷える。



「余の“巨樹人”の苗床となってもらう。死亡せず、プレートさえ失わねば、失格にはならんからのう」



まるで家畜を選別するかのような口ぶり。
その言葉を聞き、ギュスターヴの脳裏に、先ほどの光景が蘇る。
木人の内部から現れた、意識を失った学生の姿。



「──キサマ……」



低く、怒気を孕んだ声。



「他の挑戦者ヲ、スキルで“巨樹人”とらやに変えテ、戦力を増やしているのカ……?」



ザイードは、満足げに鼻を鳴らした。



「ふふん……」



胸を張り、玉座に深く腰掛け直す。



「余は密林の王、ザイード・ジュナザーン。
余のスキル、“豊穣神の加護アシュタロス”は、植物を支配する力」



語る言葉は、まるで教義のようだ。



「人の生は植物と共にある。緑豊かな地には文明が芽生え、作物が育たぬ地では人は息絶える」



ゆっくりと、言い聞かせるように。



「それを支配する余は、人を支配するに相応しい。クズスキルしか持たぬ者でも──」



一拍。



「我が“豊穣神の加護アシュタロス”にて“巨樹人”と化せば、余の強力な駒になれる」



肘をつき、足を組む。



「栄誉なことだとは、思わぬか?」



その言葉を聞きながら、ディオニスは心底どうでもよさそうに呟いた。



「なるほどねぇ……まずは他の挑戦者を倒さずに、自分の駒にして戦力にしてるってわけか」



ゴソゴソとマジックバッグを探り、新しい酒瓶を取り出す。



「いけ好かねえな」



ザイードは、それを“凡夫の戯言”とでも言うように笑った。



「凡夫に、余の高尚な思考は計り知れぬであろうよ」



そして、再びザキを見る。



「ザキよ。貴様は、余の下で働くに相応しい力を持つ事を、先日の試験で示した」



ゆっくりと、威圧するように。



「余の軍門に下れ。悪いようにはせぬ」



ザキは、糸目をさらに細めた。



「──そうやなぁ」



口調は軽い。
だが、剣の柄に添えられた指に、確かな殺気が宿る。



「どうしたもんかなぁ……」



その瞬間。
すっと、冷たい指先が、ザキの手に触れた。
ロールだった。



「……落ち着いてください」



静かで、よく通る声。



「戦闘の様子は、外の観客席に放映されています。
──貴方の力は……まだ見せるべきではありません」



その一言で、ザキの中の熱が、すっと引いた。



「……」



一瞬の沈黙。
そして、ザキはニッと笑い直した。



「ありがとな、ロールちゃん。頭、冷えたわ」



ロールは、慌てたように顔を背ける。



「そ、そんなお礼なんて言われても……!
何も嬉しくありません!」



少し声が上ずる。



「私は“氷の心”を持つ女ですから!」



だが、その耳元が、わずかに赤くなっているのを、
ザキは見逃さなかった。



 ◇◆◇



ディオニスは、その一連のやり取りを、どこか遠いものを見るような目で眺めていた。

酒瓶を傾け、喉を鳴らしながら一息つく。
そして、はぁーっと、腹の底から息を吐いた。



「……しゃーねぇな」



肩を落とし、ぼそりと呟く。



「正直、動きたかねぇんだが……ここは、な」



次の瞬間。
彼はぐいっと、横に立っていたギュスターヴの肩を抱き寄せた。



「ナッ……!?」



鱗のきしむ音と共に、ギュスターヴの身体が強張る。



「おい、離セ!」



振り払おうと腕を突き出すが、ディオニスの腕は岩のように重い。
酔っているはずの力ではなかった。
ディオニスは気にも留めず、にやりと歯を見せる。



「俺ら二人でよ。アイツの事、やっちまおうぜ?」



その一言に、ギュスターヴの瞳が鋭く細まる。



「……ハァ!? 何故、俺がそんな事ヲ……!?」



吐き捨てるような反論。
だが、ディオニスは肩をすくめ、軽い調子で続けた。



「いいじゃねぇか、別に。
俺ら二人……いや、ロールも入れて三人か?」



指を折りながら、楽しそうに数える。



「“クズスキル”だの何だのって、好き放題バカにされてんだぜ?」



その言葉に、ギュスターヴの喉が小さく鳴った。



「一丁さ。“優勝候補”の皇子サマの鼻、へし折ってやろうぜ」



ディオニスは笑う。
酔漢のそれではない。
獣のように、ぎらりとした笑みだった。



「ラグナとやり合う前の、予行演習ってことでよ」



ギュスターヴは、しばし黙り込んだ。
視線の先では、巨樹人たちが、軋む音を立てながら四人を包囲している。
枝の先端が、槍のように鋭く尖り、殺気を孕んで揺れていた。

やがて、ギュスターヴは小さく息を吐く。



「……キサマに、乗る訳では無いガ」



低く、しかしはっきりと。



「侮られっぱなしというのハ、性に合わン。
ここハ……降りかかる火の粉を払うとしよウ」



そう言って、背中の金棒を掴む。
棘の付いた直方体の鉄塊が、重々しい音を立てて地面から浮かび上がる。
片手で構えたその姿は、まるで要塞の門番のようだった。

その様子を、木の玉座から見下ろしていたザイードは、鼻で笑う。



「愚かな……」



唇を歪め、冷たい声を落とす。



「クズスキル持ちの下民が、抗うか」



そして、玉座の肘掛けに軽く手を置いた。



「ならば良い。貴様らも、“巨樹人”の苗床となるがよい」



その言葉と同時に。
ザイードの座していた大樹の幹が、ぐにゃりと蠢いた。

ウロの穴が、まるで生き物の口のように閉じていく。
次の瞬間には、ザイードの姿は完全に消え、深い緑の闇へと溶け込んだ。

──ドン。

──ドドン。

地鳴りのような音が、四方から響く。

ジャングルの奥。
地面を突き破るように、二十数体の“巨樹人”が次々と立ち上がった。
人型を模した木の魔人。
枝葉は鞭のように蠢き、樹皮の隙間から不気味な魔力の光が滲んでいる。

同時に。
何十本もの枝が、一斉に槍となって放たれた。

空気を裂く音。
四人へ向かって、死の雨が降り注ぐ。



「……チッ」



ギュスターヴが一歩踏み出す。

次の瞬間。
金棒が唸りを上げて振るわれた。

ゴォン──ッ!!

衝撃波が走り、枝の槍は空中で次々と弾け飛ぶ。
破裂音と共に、木片が雨のように散った。



「遅イ」



短く吐き捨てる。

金棒は止まらない。
振るうたび、槍は砕け、巨樹人の腕が吹き飛び、胴が裂ける。

その背後で、ディオニスは酒瓶を掲げていた。



「さて……」



親指で、ボンっと瓶の口をへし折る。
ガラスの破片がきらりと光り、地面に落ちる。
そのまま、喉を鳴らして酒を流し込んだ。



「……染みるねぇ」



そして、低く、祈るように呟く。



「『酒神に三つの顔あり。
笑うはうたげ、吼えるはくるい。』」



一拍。



「『──そしてもくするは、さばきなり』」



その瞬間だった。
ディオニスの身体から、凄まじい魔力が噴き上がる。
酒気と共に立ち昇るそれは、炎のようであり、嵐のようでもあった。

足元の草木が、一斉に伏せる。
空気が、重く、粘つく。

ディオニスは、もう一口酒をあおり、ふらりと前に出る。

足取りは覚束ない。
だが、その背中から放たれる圧は、巨樹人すら一瞬、動きを止めさせた。



「酒は友、酒は刃。」



にやりと笑い、目を細める。



「さぁ……やるかぁ」



酔漢のように、しかし確かに“戦士”として。
ディオニスは、迫り来る“巨樹人”の群れの前に立った。

その瞬間、ジャングルの空気が──
完全に、戦場のそれへと変わった。
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