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第六章 学園編 ──白銀の婚約者──
第256話 side.ザキ・チーム④ ──酒精勇者と世界樹の魔神──
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『ネームプレート破壊、クリア。ザキ・チーム、10×6=60pt獲得』
無機質なアナウンスが、湿った密林の空気を切り裂くように響いた。
暗い木のうろの奥──樹皮に覆われた狭い空間で、ザイードは言葉を失ったまま、宙に浮かぶ複数の魔法映像を見つめていた。揺れる画面の中では、根で組まれた舞台にディオニスとギュスターヴが立っている。どちらも無傷。どちらも、平然と。
「……バカな……」
喉の奥から、掠れた声が漏れる。
『“勇者”の力……だと!?』
ザイードの声が、密林のあちこちに反響する。木々がざわめき、葉擦れが不快なノイズのように重なった。
『“大罪魔王”と対をなす力……一世代に同時に七つしか顕現しないと言われている、“勇者”の名を冠する力……!』
『その一つを……この酒カスが、持っているとでも言うのか!?』
苛立ちと動揺が混じった叫びに、舞台の上のディオニスが肩をすくめた。
「お前、ほんと失礼だな」
呆れたように言い返し、酒瓶を口に運ぶ。その仕草は相変わらずだが、先ほどまでとは違う──酔いに任せた動きではない。意識的に、必要なだけを身体に流し込んでいる。
隣で金棒を肩に担いだギュスターヴは、視線を前に据えたまま、内心のざわめきを押し殺していた。
(この酔っ払イ……本当に、“勇者”の力ヲ……!?)
驚愕は確かにある。だが、それ以上に――納得が、胸の奥で静かに形を成しつつあった。
舞台の下、根の影からロールが顔を上げる。包帯に覆われた目元を押さえながら、息を呑む。
「ディオニスさん……瞬間的にですが、魔力が……普段の、数十倍まで跳ね上がりました……」
「……あれが、勇者の力……!?」
震えを含んだ声。それを聞き、少し離れた位置で様子を見ていたザキは、口元に薄く笑みを浮かべた。
(ギュスターヴくんの膂力も驚いたが……)
(ディオニスくんのこの力は、想定以上やな。これなら……)
舞台の上で、ディオニスは酒瓶を傾け、がぶがぶと喉を鳴らす。空になった瓶を放り捨て、ふぅ、と一息。
「『大罪魔王と対をなす』だとぉ? 買い被んじゃねぇや」
「俺のチンケな力で、“あんな化け物ども”の相手なんかできやしねぇよ」
そう前置きしてから、目だけを細める。
「だが、まぁ……」
「勘違いしてる皇子サマを躾けてやるくらいなら、出来るんじゃねぇかな」
ニッと、悪戯めいた笑み。
『──調子に乗るなよ。下民が』
ザイードの声は、明らかに荒れていた。
『“勇者”スキルは“魔王”と対となる存在。しかし、それは魔王級の力を持つに値わず』
『あくまで、“魔王に匹敵するまでに成長するスキル”に過ぎぬ……!』
そして、怒気を爆発させる。
『余の力は“大罪魔王”にすら劣らぬ力……!』
『貴様のクズスキル如きで……止められるかッ!!』
密林の大地が、唸りを上げて隆起した。
『──“螺旋覇王樹”ッ!!』
地面を突き破り、巨大なサボテンが次々と生え上がる。螺旋を描く肉厚の棘。
先端は鋭く、ディオニスとギュスターヴを正確に捉えていた。周囲の“巨樹人”も呼応するように動き、木製の武器を振り上げる。
螺旋状のサボテンが、ドリルのように回転しながら二人へと殺到する。
ギュスターヴは一歩踏み込み、地を蹴った。宙へ跳び上がり、片手で金棒を構える。
「──“旋回顎打”」
唸りを上げて金棒が回転する。空気が裂け、衝撃波が炸裂した。叩きつけられたサボテンは、パパパパァン!!と破裂音を立て、無数の破片となって四散する。
空中で体勢を整えながら、ギュスターヴはちらりとディオニスを見る。
「──まさカ、勇気スキル持ちとはナ……
ただの酔っ払いでは無かったという事カ」
「どうだ、ギュスちゃんよ」
ディオニスが軽口を叩く。
「少しは俺の事、見直したかい?」
「言ってる場合カ。来るゾ」
その言葉通り、次の“巨樹人”が迫っていた。
「おお、怖い怖い」
ディオニスはそう言いながら、ひらりと身を低くし、掌を地面に付ける。
瞬間、体内で巡る酒精が凝縮され、別の性質へと変換されていくのが、肌越しにも分かった。
「──“鋼酒”」
「“黒斬縞”……!」
足元から、黒く鈍い光を帯びた刃が放射状に噴き上がった。円を描くように、幾重にも、幾筋も。
触れた“巨樹人”は、抵抗する間もなく縦に裂かれ、断面を晒す暇もなく霧散する。木片と魔力が、風に溶けて消えた。
ディオニスは立ち上がり、手首をぷらぷらと振る。
「酒は友、酒は刃……」
「お分かりかい?皇子サマ」
口元に、愉快そうな笑み。
『お……おのれええぇぇっ!!』
ザイードの絶叫が、密林にこだました。
『ネームプレート破壊、クリア。ザキ・チーム、10×4=40pt獲得』
再び鳴るアナウンス。その冷たさが、ザイードの焦燥を際立たせる。
舞台の上には、なおも二人が立っていた。
そして、戦いはまだ──終わっていなかった。
◇◆◇
ザイードは暗い木のうろの中で、浮かび上がる映像を睨みつけていた。
木目の粗い壁に染みついた樹液の匂い。湿った空気。外の喧噪はここまで届かない──はずなのに、耳の奥でまだ、あの無機質なアナウンスが反響している。
『ネームプレート破壊、クリア──』
……違う。反響しているのは、屈辱だ。
モニターの一つには、根で組まれた舞台の上で、酒瓶を片手に立つディオニス。
もう一つには、金棒を構えたギュスターヴ。
二人は息も乱していない。自分の“駒”が、駒としての価値すら奪われていく光景を、当たり前のように踏み越えている。
(──認識を改めざるを得まい)
ザイードは口角を引きつらせたまま、歯を噛みしめた。
(この二名は、余に仇成す強敵だ)
(後ろにはザキと……あの醜女も控えておる……)
“醜女”という言葉を心の中で転がした瞬間、心臓の奥に妙な針が刺さる。
あの女の目──包帯の奥から覗く、何かを見透かすような“気配”。
あれが、自分の世界の中に存在すること自体が不快だった。
(ここは……全力を出してでも、こやつら二人を仕留めるべきか……!)
ザイードの指が、空中に走る。見えない糸をたぐるような仕草。次の瞬間、木のうろの中の空気が、ぴたりと止まった。
外の密林──“巨樹人”たちの群れが、同時に喉の奥を鳴らした。
『オオオオオ……』
悲鳴に似ている。だがそれは叫びではなく、生命が“抜かれる”音だ。
木々の葉が一斉に揺れ、幹が軋み、枝が折れるように垂れ下がる。巨大な木の人形たちの身体から、みるみる色が失われていった。
舞台の上でギュスターヴが、低く唸る。
「何ダ……? 木偶人形どもガ……!?」
金棒を握り直し、尻尾が地面を叩く。戦闘の中で培った勘が、“異常”を告げていた。
隣ではディオニスが、酒瓶を傾けながらのんびり呟く。
「枯れていってるみてぇだな……」
声は軽い。だが目は笑っていない。酔ったふりをしたまま、どこか鋭い冷気を纏っている。
舞台の下、根の影からザキが顔を上げた。
「何やこれ。ディオニスくん達が勝ったんか?」
冗談めかした口調。だが、指先は羽々斬の柄から離れていない。視線は密林の奥──“何か”を探すように動いている。
その横でロールが、包帯の上から目元を押さえた。
息を止める。まるで、見たくないものを見てしまったときのように。
「……いえ、違います。これは……!」
次いで、言葉が鋭くなる。
「“巨樹人”達の魔力が……木の根を伝って、一ヶ所に……集まっていってます……!」
密林の大地が、ゆっくりと脈打つ。根が、血管のように浮き上がり、魔力の流れが土を通じて“吸われていく”のが、肌越しに分かった。
痩せ細った“巨樹人”は、ついに立っていることすらできなくなり──
ガサッ、と音を立てて崩れ落ちる。
崩れ落ちたと思った瞬間、その身体は灰のように散り、消えた。
『ネームプレート破壊、クリア。ザイード・チーム、10×9=90pt獲得』
無機質なアナウンスが響く。
ザキが、すっと目を細めた。
「なんやて? まさか、あの皇子……」
“核”にした挑戦者を、捨て駒として切り捨てた──それもポイントとして換算される形で。発想の歪みが、はっきりと“形”になった瞬間だった。
舞台の上ではギュスターヴが、さらに構えを低くする。周囲を見回し、音の方向を探る。
ディオニスは「ふーん」とだけ呟き、酒を飲み続けた。感情の温度を下げるように。
そのとき。
密林の奥。一体だけ、異様に沈黙していた“巨樹人”が、ゆっくりと、だが確実に“膨れた”。
ググググ……という音が、地鳴りのように響く。
幹が太り、枝が骨格に変わり、葉が剥がれ落ち、樹皮が鎧のように重なっていく。根が絡み合い、筋肉の繊維みたいに締まり──
十メートルを超える、禍々しい魔神の姿へ。
その存在感だけで、周囲の空気が押し潰される。密林の湿り気が、一瞬で乾いた気さえした。
ザイードの声が、密林全体に響いた。
『──まさか、貴様ら如きにこれを使うことになるとは思わなかったぞ』
その声は、怒りと同時に“焦り”を隠しきれていない。自分で自分を鼓舞しているような、虚勢の匂い。
『これが、余の切り札……“世界樹人”……!』
舞台の上で、ディオニスが小さく肩を揺らした。
くっくっと笑う。笑い声は低い。
(底が知れたな、皇子サマ)
(こっちの力の底が見えないうちから切り札切るたぁ、勝負を焦り過ぎだぜ)
(所詮、“どん底”を経験した事のないお坊ちゃんは甘ぇな)
内心の毒が、口元の笑みに滲む。
ディオニスの指が、ゆっくりと宙をなぞる。掌の内側で、体内の酒精が“圧”として練り上げられていく感覚。熱が、骨の内側で唸る。
『“世界樹人”よ……余に逆らう敵を、誅殺せよ!!』
命令が落ちた瞬間、“世界樹人”は巨大とは思えぬ速さで動いた。
──ドンッ。
地面が沈む。根の舞台がきしむ。
その拳が、ギュスターヴを狙って振り下ろされる。
ギュスターヴは金棒を鋭く振り上げた。衝撃を逃がす角度。受け流しではなく、打ち上げ。
ガァンッ!!
金属ではないはずの拳が、金属のような音を鳴らす。空気が割れ、舞台の根が弾け飛ぶ。
だが──砕けない。
ギュスターヴの腕が、わずかに震えた。
「固イ……!」
思わず漏れた声が、自分でも信じられないようだった。あの金棒で叩いて砕けぬものなど、そう多くない。
ザイードが愉快そうに笑う声が重なる。
『バカめ!“世界樹人”の密度は、他の“巨樹人”の比では無いわ!』
ディオニスが口の端を上げる。
「へぇ……優勝候補第3位は伊達じゃ無ぇ、ってか!」
軽口と同時に、両手が忙しなく動く。手印が走り、空気中に熱が立ち上った。
「──“焔酒”」
「“炎魔”……!」
ディオニスの頭上に、二本の巨大な炎の腕が現れた。炎はただ燃えるのではない。指の関節まで形を持ち、筋肉のようにうねり、熱の圧が視界を歪める。
炎の腕が“世界樹人”へ掴み掛かる。
しかし──
『“防火林”!!』
ザイードの声が落ちると同時に、“世界樹人”の両手の表面が、ぞわりと変質した。樹皮が、別の質感に。油分を含むような、炭化しにくい木質へ。火が、表面を舐めても、燃え移らない。
ディオニスが舌打ち混じりに呟く。
「……っと! 植物にゃ炎……って簡単にゃいかねぇか、流石に……!」
『バカめ!世界の始まりは炎に包まれ、“世界樹”は焼けた大地に根を張り育つ……!』
『貴様のチンケな炎など、通用せぬ!』
虚勢のようでいて、知識を振りかざす言葉。ザイードは“語る”ことで、自分の優位を確かめたいのだ。
だが、語りは続かない。
『──“粘枝縛”!!』
その叫びとともに、“世界樹人”の全身から、緑の触手が一斉に噴き出した。
赤い粒々──獣の目のように光る胞子のようなものがびっしりと付いた触手。空を裂く速度で、ギュスターヴとディオニスへ突き出される。
ギュスターヴは金棒で払い落とそうとした。
──だが、触れた瞬間。
ぬちゃり。
嫌な音。粘液が金棒に絡みつき、まるで“吸い付く”ように離れない。ギュスターヴが力任せに引くより早く、触手が逆に引き込んだ。
「何ッ!?」
金棒が、奪われた。
一瞬の空白が生まれる。王としての矜持が、喉の奥で火花を散らす。
一方、ディオニスは炎の腕で触手を焼き払う。焼け落ちるものもあるが、数が多すぎる。抜け目なく、数本がディオニスの手首と足首に巻き付いた。
「──あらぁー!?」
間抜けな声と共に、ディオニスの身体が宙へ引き上げられる。触手が吊り上げ、根の舞台の上で、ぷらんと宙吊りになる。
舞台下のロールが、思わず声を上げた。
「ああっ!? ディオニスさんが……!」
焦りが、声色に滲む。
だが、その隣──ザキは、動かなかった。
薄く口元を吊り上げ、空中のディオニスを眺める。
(──どうする? 助けるか?)
(……いや、ディオニスくん。アレは、何か狙っとるな?)
ザキの目が、わずかに細まる。仲間を見捨てる目ではない。獲物の“癖”を見抜く猟犬の目だ。
(お手並み拝見と行こか)
密林の湿った風が流れ、触手がきしみ、宙吊りのディオニスがわずかに揺れる。
その揺れすら──まるで、次の一手へ向けた“合図”のように見えた。
無機質なアナウンスが、湿った密林の空気を切り裂くように響いた。
暗い木のうろの奥──樹皮に覆われた狭い空間で、ザイードは言葉を失ったまま、宙に浮かぶ複数の魔法映像を見つめていた。揺れる画面の中では、根で組まれた舞台にディオニスとギュスターヴが立っている。どちらも無傷。どちらも、平然と。
「……バカな……」
喉の奥から、掠れた声が漏れる。
『“勇者”の力……だと!?』
ザイードの声が、密林のあちこちに反響する。木々がざわめき、葉擦れが不快なノイズのように重なった。
『“大罪魔王”と対をなす力……一世代に同時に七つしか顕現しないと言われている、“勇者”の名を冠する力……!』
『その一つを……この酒カスが、持っているとでも言うのか!?』
苛立ちと動揺が混じった叫びに、舞台の上のディオニスが肩をすくめた。
「お前、ほんと失礼だな」
呆れたように言い返し、酒瓶を口に運ぶ。その仕草は相変わらずだが、先ほどまでとは違う──酔いに任せた動きではない。意識的に、必要なだけを身体に流し込んでいる。
隣で金棒を肩に担いだギュスターヴは、視線を前に据えたまま、内心のざわめきを押し殺していた。
(この酔っ払イ……本当に、“勇者”の力ヲ……!?)
驚愕は確かにある。だが、それ以上に――納得が、胸の奥で静かに形を成しつつあった。
舞台の下、根の影からロールが顔を上げる。包帯に覆われた目元を押さえながら、息を呑む。
「ディオニスさん……瞬間的にですが、魔力が……普段の、数十倍まで跳ね上がりました……」
「……あれが、勇者の力……!?」
震えを含んだ声。それを聞き、少し離れた位置で様子を見ていたザキは、口元に薄く笑みを浮かべた。
(ギュスターヴくんの膂力も驚いたが……)
(ディオニスくんのこの力は、想定以上やな。これなら……)
舞台の上で、ディオニスは酒瓶を傾け、がぶがぶと喉を鳴らす。空になった瓶を放り捨て、ふぅ、と一息。
「『大罪魔王と対をなす』だとぉ? 買い被んじゃねぇや」
「俺のチンケな力で、“あんな化け物ども”の相手なんかできやしねぇよ」
そう前置きしてから、目だけを細める。
「だが、まぁ……」
「勘違いしてる皇子サマを躾けてやるくらいなら、出来るんじゃねぇかな」
ニッと、悪戯めいた笑み。
『──調子に乗るなよ。下民が』
ザイードの声は、明らかに荒れていた。
『“勇者”スキルは“魔王”と対となる存在。しかし、それは魔王級の力を持つに値わず』
『あくまで、“魔王に匹敵するまでに成長するスキル”に過ぎぬ……!』
そして、怒気を爆発させる。
『余の力は“大罪魔王”にすら劣らぬ力……!』
『貴様のクズスキル如きで……止められるかッ!!』
密林の大地が、唸りを上げて隆起した。
『──“螺旋覇王樹”ッ!!』
地面を突き破り、巨大なサボテンが次々と生え上がる。螺旋を描く肉厚の棘。
先端は鋭く、ディオニスとギュスターヴを正確に捉えていた。周囲の“巨樹人”も呼応するように動き、木製の武器を振り上げる。
螺旋状のサボテンが、ドリルのように回転しながら二人へと殺到する。
ギュスターヴは一歩踏み込み、地を蹴った。宙へ跳び上がり、片手で金棒を構える。
「──“旋回顎打”」
唸りを上げて金棒が回転する。空気が裂け、衝撃波が炸裂した。叩きつけられたサボテンは、パパパパァン!!と破裂音を立て、無数の破片となって四散する。
空中で体勢を整えながら、ギュスターヴはちらりとディオニスを見る。
「──まさカ、勇気スキル持ちとはナ……
ただの酔っ払いでは無かったという事カ」
「どうだ、ギュスちゃんよ」
ディオニスが軽口を叩く。
「少しは俺の事、見直したかい?」
「言ってる場合カ。来るゾ」
その言葉通り、次の“巨樹人”が迫っていた。
「おお、怖い怖い」
ディオニスはそう言いながら、ひらりと身を低くし、掌を地面に付ける。
瞬間、体内で巡る酒精が凝縮され、別の性質へと変換されていくのが、肌越しにも分かった。
「──“鋼酒”」
「“黒斬縞”……!」
足元から、黒く鈍い光を帯びた刃が放射状に噴き上がった。円を描くように、幾重にも、幾筋も。
触れた“巨樹人”は、抵抗する間もなく縦に裂かれ、断面を晒す暇もなく霧散する。木片と魔力が、風に溶けて消えた。
ディオニスは立ち上がり、手首をぷらぷらと振る。
「酒は友、酒は刃……」
「お分かりかい?皇子サマ」
口元に、愉快そうな笑み。
『お……おのれええぇぇっ!!』
ザイードの絶叫が、密林にこだました。
『ネームプレート破壊、クリア。ザキ・チーム、10×4=40pt獲得』
再び鳴るアナウンス。その冷たさが、ザイードの焦燥を際立たせる。
舞台の上には、なおも二人が立っていた。
そして、戦いはまだ──終わっていなかった。
◇◆◇
ザイードは暗い木のうろの中で、浮かび上がる映像を睨みつけていた。
木目の粗い壁に染みついた樹液の匂い。湿った空気。外の喧噪はここまで届かない──はずなのに、耳の奥でまだ、あの無機質なアナウンスが反響している。
『ネームプレート破壊、クリア──』
……違う。反響しているのは、屈辱だ。
モニターの一つには、根で組まれた舞台の上で、酒瓶を片手に立つディオニス。
もう一つには、金棒を構えたギュスターヴ。
二人は息も乱していない。自分の“駒”が、駒としての価値すら奪われていく光景を、当たり前のように踏み越えている。
(──認識を改めざるを得まい)
ザイードは口角を引きつらせたまま、歯を噛みしめた。
(この二名は、余に仇成す強敵だ)
(後ろにはザキと……あの醜女も控えておる……)
“醜女”という言葉を心の中で転がした瞬間、心臓の奥に妙な針が刺さる。
あの女の目──包帯の奥から覗く、何かを見透かすような“気配”。
あれが、自分の世界の中に存在すること自体が不快だった。
(ここは……全力を出してでも、こやつら二人を仕留めるべきか……!)
ザイードの指が、空中に走る。見えない糸をたぐるような仕草。次の瞬間、木のうろの中の空気が、ぴたりと止まった。
外の密林──“巨樹人”たちの群れが、同時に喉の奥を鳴らした。
『オオオオオ……』
悲鳴に似ている。だがそれは叫びではなく、生命が“抜かれる”音だ。
木々の葉が一斉に揺れ、幹が軋み、枝が折れるように垂れ下がる。巨大な木の人形たちの身体から、みるみる色が失われていった。
舞台の上でギュスターヴが、低く唸る。
「何ダ……? 木偶人形どもガ……!?」
金棒を握り直し、尻尾が地面を叩く。戦闘の中で培った勘が、“異常”を告げていた。
隣ではディオニスが、酒瓶を傾けながらのんびり呟く。
「枯れていってるみてぇだな……」
声は軽い。だが目は笑っていない。酔ったふりをしたまま、どこか鋭い冷気を纏っている。
舞台の下、根の影からザキが顔を上げた。
「何やこれ。ディオニスくん達が勝ったんか?」
冗談めかした口調。だが、指先は羽々斬の柄から離れていない。視線は密林の奥──“何か”を探すように動いている。
その横でロールが、包帯の上から目元を押さえた。
息を止める。まるで、見たくないものを見てしまったときのように。
「……いえ、違います。これは……!」
次いで、言葉が鋭くなる。
「“巨樹人”達の魔力が……木の根を伝って、一ヶ所に……集まっていってます……!」
密林の大地が、ゆっくりと脈打つ。根が、血管のように浮き上がり、魔力の流れが土を通じて“吸われていく”のが、肌越しに分かった。
痩せ細った“巨樹人”は、ついに立っていることすらできなくなり──
ガサッ、と音を立てて崩れ落ちる。
崩れ落ちたと思った瞬間、その身体は灰のように散り、消えた。
『ネームプレート破壊、クリア。ザイード・チーム、10×9=90pt獲得』
無機質なアナウンスが響く。
ザキが、すっと目を細めた。
「なんやて? まさか、あの皇子……」
“核”にした挑戦者を、捨て駒として切り捨てた──それもポイントとして換算される形で。発想の歪みが、はっきりと“形”になった瞬間だった。
舞台の上ではギュスターヴが、さらに構えを低くする。周囲を見回し、音の方向を探る。
ディオニスは「ふーん」とだけ呟き、酒を飲み続けた。感情の温度を下げるように。
そのとき。
密林の奥。一体だけ、異様に沈黙していた“巨樹人”が、ゆっくりと、だが確実に“膨れた”。
ググググ……という音が、地鳴りのように響く。
幹が太り、枝が骨格に変わり、葉が剥がれ落ち、樹皮が鎧のように重なっていく。根が絡み合い、筋肉の繊維みたいに締まり──
十メートルを超える、禍々しい魔神の姿へ。
その存在感だけで、周囲の空気が押し潰される。密林の湿り気が、一瞬で乾いた気さえした。
ザイードの声が、密林全体に響いた。
『──まさか、貴様ら如きにこれを使うことになるとは思わなかったぞ』
その声は、怒りと同時に“焦り”を隠しきれていない。自分で自分を鼓舞しているような、虚勢の匂い。
『これが、余の切り札……“世界樹人”……!』
舞台の上で、ディオニスが小さく肩を揺らした。
くっくっと笑う。笑い声は低い。
(底が知れたな、皇子サマ)
(こっちの力の底が見えないうちから切り札切るたぁ、勝負を焦り過ぎだぜ)
(所詮、“どん底”を経験した事のないお坊ちゃんは甘ぇな)
内心の毒が、口元の笑みに滲む。
ディオニスの指が、ゆっくりと宙をなぞる。掌の内側で、体内の酒精が“圧”として練り上げられていく感覚。熱が、骨の内側で唸る。
『“世界樹人”よ……余に逆らう敵を、誅殺せよ!!』
命令が落ちた瞬間、“世界樹人”は巨大とは思えぬ速さで動いた。
──ドンッ。
地面が沈む。根の舞台がきしむ。
その拳が、ギュスターヴを狙って振り下ろされる。
ギュスターヴは金棒を鋭く振り上げた。衝撃を逃がす角度。受け流しではなく、打ち上げ。
ガァンッ!!
金属ではないはずの拳が、金属のような音を鳴らす。空気が割れ、舞台の根が弾け飛ぶ。
だが──砕けない。
ギュスターヴの腕が、わずかに震えた。
「固イ……!」
思わず漏れた声が、自分でも信じられないようだった。あの金棒で叩いて砕けぬものなど、そう多くない。
ザイードが愉快そうに笑う声が重なる。
『バカめ!“世界樹人”の密度は、他の“巨樹人”の比では無いわ!』
ディオニスが口の端を上げる。
「へぇ……優勝候補第3位は伊達じゃ無ぇ、ってか!」
軽口と同時に、両手が忙しなく動く。手印が走り、空気中に熱が立ち上った。
「──“焔酒”」
「“炎魔”……!」
ディオニスの頭上に、二本の巨大な炎の腕が現れた。炎はただ燃えるのではない。指の関節まで形を持ち、筋肉のようにうねり、熱の圧が視界を歪める。
炎の腕が“世界樹人”へ掴み掛かる。
しかし──
『“防火林”!!』
ザイードの声が落ちると同時に、“世界樹人”の両手の表面が、ぞわりと変質した。樹皮が、別の質感に。油分を含むような、炭化しにくい木質へ。火が、表面を舐めても、燃え移らない。
ディオニスが舌打ち混じりに呟く。
「……っと! 植物にゃ炎……って簡単にゃいかねぇか、流石に……!」
『バカめ!世界の始まりは炎に包まれ、“世界樹”は焼けた大地に根を張り育つ……!』
『貴様のチンケな炎など、通用せぬ!』
虚勢のようでいて、知識を振りかざす言葉。ザイードは“語る”ことで、自分の優位を確かめたいのだ。
だが、語りは続かない。
『──“粘枝縛”!!』
その叫びとともに、“世界樹人”の全身から、緑の触手が一斉に噴き出した。
赤い粒々──獣の目のように光る胞子のようなものがびっしりと付いた触手。空を裂く速度で、ギュスターヴとディオニスへ突き出される。
ギュスターヴは金棒で払い落とそうとした。
──だが、触れた瞬間。
ぬちゃり。
嫌な音。粘液が金棒に絡みつき、まるで“吸い付く”ように離れない。ギュスターヴが力任せに引くより早く、触手が逆に引き込んだ。
「何ッ!?」
金棒が、奪われた。
一瞬の空白が生まれる。王としての矜持が、喉の奥で火花を散らす。
一方、ディオニスは炎の腕で触手を焼き払う。焼け落ちるものもあるが、数が多すぎる。抜け目なく、数本がディオニスの手首と足首に巻き付いた。
「──あらぁー!?」
間抜けな声と共に、ディオニスの身体が宙へ引き上げられる。触手が吊り上げ、根の舞台の上で、ぷらんと宙吊りになる。
舞台下のロールが、思わず声を上げた。
「ああっ!? ディオニスさんが……!」
焦りが、声色に滲む。
だが、その隣──ザキは、動かなかった。
薄く口元を吊り上げ、空中のディオニスを眺める。
(──どうする? 助けるか?)
(……いや、ディオニスくん。アレは、何か狙っとるな?)
ザキの目が、わずかに細まる。仲間を見捨てる目ではない。獲物の“癖”を見抜く猟犬の目だ。
(お手並み拝見と行こか)
密林の湿った風が流れ、触手がきしみ、宙吊りのディオニスがわずかに揺れる。
その揺れすら──まるで、次の一手へ向けた“合図”のように見えた。
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【あらすじ】
異世界に転生したルイは、5歳の高熱を境に、記憶を取り戻す。一度は言ってみたい「ステータス・オープン」で、ステータスを見れることに気付いた。スキル「生活魔法∞(無限大)」を発見。その意味を知るルイは、仄かに期待を抱いた。
それと同時に、今世の出自である農家の四男は、長男大事な両親の態度に、未来はないと確信。
家族に隠れて、ステータスにあったスキルの一つ「鑑定」を使い、村のお婆(薬師)相手に、金策を開始。
十歳の時に行われたスキル鑑定の結果を父に伝えたが、農家向きのスキルではなかったルイは「家の役には立たない」と判断され、早々に家を追い出される。
だが、追放ありがとう!とばかりに、生活魔法を知るべく、図書館がある街を目指すことにしたルイ。
最初に訪れた街・ゼントで、冒険者登録を済ませる。だがそのギルドの資料室で、前世の文字である漢字が、この世界の魔法文字だという事実を知ることになる。
この世界の魔法文字を試したルイは、魔法文字の奥深さに気づいてしまった。バレないように慎重に……と行動しているつもりのルイだが、そんな彼に奇妙な称号が増えて行く。
そして、冒険者ギルドのギルドマスターや、魔法具師のバレンと共に過ごすうちに、バレンのお師匠様の危機を知る。
そして彼に会いにいくことになったが、その目的地が、図書館がある魔法都市アルティメットだった。
旅の道中もさることながら、魔法都市についても、色々な人に巻き込まれる運命にあるルイだったが……それを知るのは、まだ先である。
☆見切り発車のため、後日変更・追記する場合があります。体調が不安定のため、かける時に書くスタイルです。不定期更新。
☆カクヨム様(吉野 ひな)でも先行投稿しております。
傍観している方が面白いのになぁ。
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