真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます

難波一

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第六章 学園編 ──白銀の婚約者──

第283話 アルド&ラグナ vs. マリーダ② ──花嫁に降り注ぐ、金銀の祝福──

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ダンジョン・サバイバル第五十階層。

その空間は、音もなく、しかし確実に歪み始めていた。

壁が引き延ばされ、天井が高く持ち上がり、床はゆっくりと波打つ。おもちゃ箱をひっくり返したようなファンシーさと、底知れぬ悪意が同時に混ざり合い、景色そのものが「変質」していく。
やがて、空間は一つの形に収束した。

異常なまでに広大な、結婚式場のチャペル。
長いバージンロードが中央を貫き、両脇には巨大な参列者席の椅子が規則正しく並んでいる。
ステンドグラス風の窓はあるが、そこから差し込む光はどす黒く濁り、祝福とは程遠い陰鬱な色を床に落としていた。

静寂。

その中央に、ひとりの花嫁が立っていた。

黒いウェディングドレス。
本来なら純白であるはずの布地は、夜の底をすくい取ったような漆黒に染まり、裾はゆらりと不自然に揺れている。

マリーダ・フォン──否。

その姿は、彼女が二十代半ばだった頃の妹、メリンダそのものだった。

若々しい顔立ち。
だが、瞳は血のように赤く、瞬きのたびに、黒い涙のような粘ついた液体が頬を伝って落ちる。

ラグナ・ゼタ・エルディナスは、ゆっくりと周囲を見回し、息を呑んだ。



「これは……結婚式場……?」



呟きは、広すぎる空間に吸い込まれ、反響することなく消えた。

その一方、参列者席の巨大な椅子の陰。

そこに身を潜めているザキは、半ば呆れたように、半ば諦めたように、心の中で吐き捨てていた。



(次から次へと……もう、何があっても驚かんで)



刀の柄に、自然と指がかかる。
姿勢は低く、呼吸は静かだが、視線だけは鋭く、中央の“花嫁”を捉えて離さない。

一方、バージンロードの手前。
アルド・ラクシズは、変貌した空間を見上げ、一瞬だけ現実逃避じみた思考に沈みかけていた。



(結婚式場……前世では、ついぞ縁が無かったなぁ……)



ふと、頭をよぎる平穏な記憶。



(でも、今世では……)



──いやいや!
彼は、ぶんぶんと首を振って雑念を振り払う。



(そんな事考えてる場合じゃないぞ!)



視線を正面に戻す。
そこには、ブーケを手にしたマリーダ教授──いや、“メリンダの姿をした何か”がいた。
マリーダは、天を仰いでいた。
赤い瞳から、黒い涙を流しながら。



「ああ……ワシは……」



声は、掠れ、震えている。



「……ワタシは……」



一人称が、揺れる。



「……シア……ワ……セ……に……!」



その瞬間だった。
声が、変わった。
それまでの明るいアニメ声のマリーダのものではない。
若く、柔らかく、しかし狂気を孕んだ、まったく別の女性の声──メリンダの声へと、完全に切り替わる。

アルドは、思わず一歩引いた。



「いや、っわ。完全にホラーじゃん……」



率直すぎる感想だったが、それはこの場にいる誰もが抱いた本音でもあった。

ラグナも、額に冷や汗を浮かべる。



「こんなイベントは……ラグヒスの“作風さくふう”に、合ってないな……」


(だからそのラグヒスって何よ?)



アルドは内心でツッコミつつも、視線は一切外さない。
ゆっくりと重心を落とし、戦闘態勢へと移行する。

その時。

マリーダ──メリンダの姿をした存在が、喉を引き裂くような叫び声を上げた。



「アタシは……アタシはァァァアああアアァァアアア!!」



叫びと同時に、ブーケの花々が一斉に枯れ落ちる。
瑞々しさを失い、捻じ曲がり、異様なドライフラワーのような姿へと変貌した。
空間の明かりが、急激に暗転する。
キャンドルが揺れ、炎が歪み、蝋燭の影が床と壁に伸びていく。
その影は次第に形を持ち、人の輪郭を模し始めていた。

祝福のための光が、呪詛へと変わる。

ラグナは、両手を広げ、十指に魔力を灯した。
黄金色と紅蓮色の輝きが、指先に宿る。



「正真正銘、これがダンジョン・サバイバルのラストバトルという訳だね」



彼は、アルドに横目を向ける。



「油断するなよ、アルド・ラクシズ……!」



風が巻き起こり、ラグナの身体がふわりと宙に浮き上がった。
アルドは、拳を構え、軽く肩を回す。



「ああ。ついでに……」



視線の先の“花嫁”を見据えたまま、静かに言う。



「マリーダ先生のことも、助けてあげないとだしね!」



ラグナは一瞬、意外そうに目を細め、それから口元を歪めて笑った。



「それは……まぁ」



自信と余裕が、声に滲む。



「僕とキミなら、そのくらいは出来て当然か」



アルドは、少しだけ、答えに困った様に苦笑する。



「あー……まぁ、そういうことだね」



二人は、同時に視線を前へ戻した。
狂気に歪んだ幸福を纏う花嫁へと。
チャペルの中央で、黒いウェディングドレスが、静かに揺れていた。
戦いは、今まさに始まろうとしていた。



 ◇◆◇



ゴーン……ゴーン……。

重く、鈍い金属音が、広大なチャペルに響き渡った。
祝福の鐘であるはずの音色は、どこまでも不吉で、まるで開戦の合図のようだった。
黒いウェディングドレスを纏ったマリーダは、微笑んでいた。
その手に握られたブーケが、ぴしり、と不自然な音を立てる。

次の瞬間、ブーケの中心から、バラの荊が噴き出した。
蔦は意思を持つ蛇のように蠢き、何本、何十本、何百本と増殖しながら、アルドとラグナ、そして参列者席の影に潜むザキへと、凄まじい勢いで襲いかかる。



「うわっ……!」



アルドが反射的に身構えるより早く、ラグナが宙を蹴った。
風を踏み台にして、軽やかに空中へ舞い上がる。
その動きに一切の無駄はない。



「“紅焔プロミネンス”」



低く呟いた瞬間。
ラグナの周囲に、球形の炎の膜が展開された。
紅蓮の光が渦を巻き、まるで小さな太陽のように輝く。
迫り来る荊が触れた瞬間、ジュッ、と嫌な音を立てて焼き切られていく。
炭化し、崩れ、灰となって散る。

だが──。



「……チッ」



ラグナの舌打ちが、風切り音に紛れて漏れた。
焼き払っても、焼き払っても、荊は止まらない。
ブーケの根元から、無限に湧き出すかのように、次から次へと伸びてくる。



「無限湧きか。キリが無い……!」



声には苛立ちよりも、冷静な分析が滲んでいた。



(──殺すつもりなら、やりようはいくらでもある)



頭の中で、いくつもの必殺の手段が浮かぶ。
だが、それを即座に否定する。



(だが、今のマリーダ教授は普通じゃない)



赤い瞳。黒い涙。そして、妹の姿。



(倒してしまっていいものかどうか……判断が難しい……!)



ラグナは一瞬、視線を細めた。



(──何とか取り押さえて、元の姿に戻さないと……!)



決断は早かった。
彼は空中で姿勢を立て直し、右手を前に突き出す。
人差し指と中指を揃え、残る指を折りたたむ。



「“第一・第二の魔杖指フィンガーケイン・ファースト・セカンド”!」



詠唱と同時に、空間が震えた。
マリーダの足元から、轟音とともに岩壁がせり上がる。
円形に組み上がった魔法の岩の檻が、彼女を囲い込む。

そして、ほぼ同時。天井が割れたかのような轟雷が、真上から一直線に落ちてくる。



「少しばかり……痺れててもらおうか!」



雷光が、黒いドレスを照らす──その、刹那。
マリーダの姿が、消えた。



「……何だとッ!?」



ラグナの声が、驚愕に跳ね上がる。
雷は虚しく地面を打ち、岩壁を粉砕するだけだった。
背筋に、ぞわりとした感覚が走る。



「──ケラケラケラ!!」



甲高く、壊れた笑い声。
ラグナが振り向くより早く、背後の空間が歪み、マリーダが現れた。
まるで最初からそこにいたかのように。



「チッ……!」



即座に風を巻き起こし、距離を取ろうとする。
だが、マリーダは両手を広げ、ブーケを振り上げた。

次の瞬間。祝福のフラワーシャワーが、雨のように降り注ぐ。

──否。

一枚一枚の花弁が、刃だった。
鋭く、薄く、無数の斬撃となって、ラグナへ殺到する。



「……ッ!」



ラグナは歯を食いしばり、暴風を巻き起こす。
風の壁が花弁を弾き、切り裂き、軌道を逸らす。
だが、いくつかは頬を掠め、血の筋を残した。



(──この空間は、マリーダ教授のスキルで作られた領域……)



一瞬の防御の合間に、思考が走る。



(自分の居場所すら、自由自在って事か……!)



瞬間移動。地形操作。無限生成。
まさに、支配された世界。



(やはり……油断ならないな……!)



ラグナは風の中で姿勢を立て直し、鋭い視線をマリーダへ向ける。
黒いウェディングドレスが、ひらりと揺れた。
狂気の花嫁は、なおも楽しそうに微笑んでいた。

戦いは、まだ始まったばかりだった。



 ◇◆◇



巨大な参列者席の椅子の陰。
ザキは半身を低く落とし、影に溶けるように身を潜めていた。
次の瞬間、床を這うように迫ってきたバラの荊を、抜き打ちの一閃で断ち切る。

シュッ──。

音すら遅れて追いかける、静かな居合。
荊は途中から綺麗に断面を見せ、そのまま力を失って床に落ちた。



「……けったいな事になったなぁ。これは……」



呟きは、どこか乾いていた。
だが、驚きはない。
次から次へと常識外れが起きすぎて、感覚が麻痺していた。

ふと、気配が変わる。
ザキは、ゆっくりと視線を上げた。
参列者席。

──いつの間にか。
そこには、ぎっしりと巨大な“参列者”が座っていた。
礼服に身を包んだ、人型のマネキン。
無表情な顔。ガラスのような瞳。
数は、数え切れない。

ギギ……ギギギ……。

不快な軋み音を立てながら、マネキンたちが一斉に立ち上がる。
そして、全員が同じ角度で──ザキを向いた。
ザキの額を、一筋の汗が伝う。



「……いやいや」



苦笑交じりに、肩をすくめる。



「俺は、新郎とちゃうよ?」



冗談めかした声。
だが、返事はなかった。
次の瞬間、マネキンたちが、雪崩のように殺到した。
上下左右から押し寄せる、無数の無機質な身体。
ザキを中心に、半球状にぎっちりと圧し固められていく。

視界が、暗くなる。

だが――。

次の瞬間、その半球に、無数の斬撃の線が走った。

シュン、シュン、シュン──。

一拍遅れて。

パァァン!!

轟音とともに、マネキンの塊が内側から弾け飛ぶ。
腕が、胴体が、頭部が、バラバラになって宙を舞った。

その中心、煙の中に立つザキは、すでに刀を納めていた。
重心を低く落とし、居合の終わりの構え。
細めた目が、鋭く光る。



「言うたやろ」



静かな声。



「群がる相手、間違えてんで、って」



砕け散ったマネキンの破片が、床に転がる。
だが、それでも終わらない。
参列者席の奥から、さらにマネキンたちが立ち上がり、ザキへ向かって歩み寄ってくる。
ザキは、ため息を一つ。



「……退いてや」



腰の“羽々斬”の柄に、そっと手を置く。



「今……忙しいねん、俺」



次の瞬間を予告するような、静かな殺気が広がった。



 ◇◆◇



一方その頃。
アルドは、伸びてきた蔦を──

パァン!

軽く拳で打ち払った。
蔦は冗談のように弾け飛び、床に転がる。



「ほんと、節操ないなぁ……」



呟きながら、視線はラグナと激しく攻防を繰り広げるマリーダへ向いている。



(こっそり“竜泡ドラグ・スフェリオン”で捕まえるのもアリかな、って思ったんだけど……)



頭の中で、冷静に選択肢を並べる。



(“竜泡ドラグ・スフェリオン”は、対象を外界から完全に断絶する)



拳を振るいながらも、思考は止まらない。



(もし外との繋がりが完全に切れたら……このスキルで作られた迷宮、どうなるんだ?)



ちらり、と天井を見上げる。



(崩壊するかもしれないし……中にいる人間ごと、巻き込む可能性もある)



唇を歪める。



(……ちょっと、ギャンブルだな)



その時。
床が、軋んだ。
アルドの足元から、いくつもの巨大な燭台とキャンドルが立ち上がる。
炎を揺らしながら、まるで生き物のように、アルドへ迫ってくる。



「おっと……」



小さく息を吐き、



「おお……ルミ⚪︎ール……」



どこか懐かしそうに呟く。
キャンドルの炎が弾ける。
だがアルドは、ひらり、ひらりと舞うように回避した。
熱も、焦げ臭さも、掠めるだけ。

次の瞬間、アルドの身体が、一歩踏み込む。
高速の手刀。

スパァァン!!

一直線に薙がれたキャンドルたちは、横一列に真っ二つになり、炎を散らしながら崩れ落ちた。



「……マジで」



アルドは肩をすくめる。



「何でもアリなのね、この空間……」



それでも、表情は楽しげだった。
ケラケラと小さく笑いながら、視線を上げる。
ラグナに迫る、黒いウェディングドレスの花嫁──マリーダ。



(さて……)



アルドの目が、静かに細まる。



(そろそろ、決め手を考えないとね)



狂気の結婚式場で、それぞれがそれぞれの戦いを続けていた。



 ◇◆◇



アルドは、走りながら思考を研ぎ澄ませていた。



(……マリーダ先生は、外部から何らかの“状態異常”を受けている)



目に映るのは、黒いウェディングドレスに包まれ、狂気の笑みを浮かべる“花嫁”。
だが、その奥──魂の深層にあるものは、違う。



(表層じゃない。もっと……深い。魂の根っこまで、侵食されてる)



脳裏に、過去の光景がよぎる。
洗脳され、理性を奪われていた佐川。
スキルによる命令に囚われかけていたジュラ姉。



(あの時と……似てる)



拳を握りしめる。



(だったら──俺の“ブレス”で、その“異常”を削ぎ落とせるかもしれない……!)



アルドは、宙を舞いながらマリーダと魔法を撃ち合っているラグナへ、声を張り上げた。



「ラグナ!!」


「何だ!?アルド・ラクシズ!!」



ラグナは振り向きざま、風を操りながら魔力弾を弾き返す。



「見ての通り、今取り込み中なんだが!?」



アルドは走りながら叫ぶ。



「マリーダ先生の動き、止められる!?二秒くらいでいいんだけど!!」



一瞬の間。
ラグナの口元が、ニィと吊り上がった。



「──ああ。それなら……『出来る』!」



即答だった。



「それで!!二秒止めれば、彼女をどうにか出来るんだな!?アルド・ラクシズ!!」



アルドは、迷いなく返す。



「『出来る』!!……たぶん!」



その“たぶん”に、恐怖も躊躇もなかった。
あるのは、信じる覚悟だけ。
アルドはスタタタタッと加速し、ラグナとマリーダの距離を一気に詰める。



「了解だ!!」



ラグナが叫ぶ。



「タイミングは、そっちが合わせろよッ!!」



両手を大きく広げ、十指すべてをマリーダへ向ける──その瞬間。
マリーダが、けたたましく笑った。



「ケラケラケラケラァァ!!」



両手を広げると、床が、ぬめりと蠢いた。
禍々しい色合いの“クリーム”が、地面から噴き上がる。
それは瞬く間にラグナを包み込み、巨大な──
ウェディングケーキとなる。



「なっ──!?」



ラグナの姿が、ケーキの中に飲み込まれた。
マリーダは、嬉々とした様子で巨大なケーキナイフを出現させる。
刃は、歪んだ祝福の象徴のように鈍く光っていた。



「ケーキ……入刀……ッッ!!」



振り上げられたナイフが、ケーキごとラグナを縦に両断しようと振り下ろされる。



「うぇっ!?ラグナッ!?」



アルドの声が裏返る。
──だが。



「僕を、侮るなよ」



ケーキの内部から、冷静な声が響いた。



「アルド・ラクシズ……!」



バァン!!

ケーキが内側から弾け飛ぶ。
中から現れたのは、黄金の細い糸で織られた“まゆ”。
その中心で、ラグナが無傷のまま立っていた。
アルドは、思わず息を吐く。



「……よかった」



だが足は止めない。
そのまま走り続け、空間を蹴って跳ぶ。
ラグナは両手を前に突き出し、吼えた。



「“輝神鋼糸グレイプニール”……ッ!!」



十指から、黄金の糸が爆発的に噴き出す。
糸は意思を持つかのように空を裂き、マリーダへ絡みつく。
腕、胴、脚、首──全身を瞬く間に拘束した。



「ケラ……ケラケラ……!」



マリーダは笑いながら身を捩る。
次の瞬間、瞬間移動を発動しようとするが──
何も起きない。
ラグナが、歯を見せて笑う。



「“輝神鋼糸グレイプニール”は、魔力やスキルの発動を一時的に封じる」



声に、確かな自信があった。



「絶対拘束魔法だ……!逃げられはしない!!」



だが、マリーダが全身に力を込めると、黄金の糸が──

ブチッ。

ブチブチッ……!!

音を立てて、千切れ始める。
ラグナは舌打ちする。



「──とは言え、物理的強度はそこまででもないのが、この魔法の難点なのさ!!」



振り返り、叫ぶ。



「今のうちだッ!!行けッ!!アルド・ラクシズ!!」



その声と同時に。
アルドは、すでに二人の頭上へと跳び上がっていた。



「ナイス!!ラグナッ!!」



宙で身体を反転させ、マリーダを見下ろす。
口元に、キィィィン……と高周波のような魔力が収束していく。
銀色の光が、アルドの唇の奥で脈打つ。

アルドは、静かに呟いた。



「マリーダ先生……」



その声は、優しかった。



「今、元の姿に戻してやるからさっ!!」



次の瞬間。
アルドの口元から放たれた、銀色のビーム状の“ブレス”が──

天から降り注ぐ光のように、マリーダの身体を包み込んだ。

狂気の花嫁の姿が、眩い光の中に沈んでいく。
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