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第六章 学園編 ──白銀の婚約者──
第301話 鬼塚玲司という男
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センプラ大ホールは、今や祝祭の熱に包まれていた。
シャンデリアの光が砕けた宝石のように降り注ぎ、磨き上げられた大理石の床に無数の反射を散らしている。
グラスが触れ合う澄んだ音、弦楽器の旋律、上品に抑えられた笑い声。
そのすべてが混ざり合い、空間は華やかなざわめきで満ちていた。
その壁際で——
鬼塚玲司は、完全に追い詰められていた。
背後は冷たい石壁。逃げ場はない。
正面には、きらきらとした瞳をした女子学生たちが半円を描くように取り囲んでいる。
「レイジ様……今日はお一人なのですか?」
「予選会での戦う姿……本当に素敵でしたわ……!」
「異世界から来られたのですよね?元の世界のお話、ぜひ聞かせていただきたいですわっ!」
「あの神器!あの変身されたお姿……まるで物語に出てくる伝説の騎士様のようでした……!」
次々と飛んでくる声。
距離が近い。近すぎる。
鬼塚は引き攣った笑みとも困惑ともつかない表情を浮かべながら、両手を前に出して制止の姿勢を取る。
「ま、待て……待ってくれ……!そんな、いっぺんに話しかけられてもよ……!」
声がわずかに裏返る。
冷や汗がこめかみを伝う。
予選会で二十人を一度に相手し斬り伏せ、酒精勇者ディオニスと死闘を繰り広げた男とは思えない狼狽ぶりだった。
だが、それも無理はない。
鬼塚玲司は、戦場では強い。圧倒的に強い。
覚悟もある。迷いもない。
だが——
「キャー!」と黄色い声を浴びることには、圧倒的に免疫がなかった。
元の世界では、彼は恐れられる側の人間だった。
鋭い目つき、斜に構えた態度、荒れた噂。
近づく者は少なく、話しかけてくる女性など、母親と幼馴染の天野唯くらいしかいなかった。
そんな男が今や、“レイジ様”である。
(なんなんだよ……この状況……)
内心で悪態をつきながらも、逃げ場がない。
一人の女生徒が、そっと一歩踏み出した。
「このたくましい腕で……二十人もの挑戦者を、一人で斬り伏せられたのですね……」
そう囁きながら、彼の腕に手を回す。
その瞬間。
「どぅわっ!?」
鬼塚は飛び上がるように声を上げた。
反射的に腕を引くが、乱暴にならないよう、相手に怪我をさせないよう、細心の注意を払ってするりと外す。その動きは無意識に鍛えられた戦士のそれだった。
腕を払われた女生徒は、きょとんと目を丸くする。
その表情を見た鬼塚は、ハッとした。
「い、いや!別に、あんたが嫌だとか、そういう事じゃねぇんだ!」
慌てて両手を振る。
「ただよ……お、女が、会ったばかりの男の身体を触るのとかは……その……よくねぇんじゃねぇのか……!?」
最後の方は声が小さくなる。耳まで赤い。
その場の空気が、一瞬だけ止まった。
そして——
「か、かわいい~~っ!」
「戦場ではあんなに凛々しかったのに……女の子への免疫は無いのですねっ!」
「これがギャップ萌えというものなのですねーっ!」
歓声が爆発した。
鬼塚は目を見開く。
「えっ!?えっ!?」
一歩下がる。
だが背後は壁だ。
ビターン、と背中が石壁にぶつかる。
完全に包囲された。
(なんでだよ!? なんで俺が追い詰められてんだ!?)
戦場では敵を圧倒した男が、今は年頃の女子学生たちに詰め寄られて冷や汗を流している。
距離が、さらに詰まる。
香水の甘い匂い。ドレスの裾が触れ合う音。きらきらした視線。
鬼塚は視線を泳がせる。
助けを求めるように。
だが、ここは華やかな祝宴の場。誰もが楽しげに談笑している。彼の窮地に気づく者はいない。
——そのとき。
横から、がしっ、と力強い手が彼の手首を掴んだ。
鬼塚は反射的に身構える。
「っ!?」
視線を向けた先にいたのは、丸眼鏡をかけた見慣れた顔。
どこか飄々とした表情の、クラスメイト。
藤野マコトだった。
「ここにおられましたか!鬼塚氏!」
惚けた口調。だが、その手はしっかりと鬼塚の手首を握っている。
鬼塚の目が、驚きでわずかに見開かれた。
「ふ、藤野……!?」
◇◆◇
「ここにおられましたか!鬼塚氏!」
場違いなほど朗らかな声が、壁際の喧騒を割った。
鬼塚は手首を掴まれたまま、ぎょっとして振り向く。
「ふ、藤野!?」
丸眼鏡の奥で、藤野マコトはいつもの惚けた笑みを浮かべていた。
だがその手は妙に力強い。
逃がすものかと言わんばかりに、鬼塚の手首をしっかりと握っている。
周囲の女生徒たちは、突然割って入ってきた第三者にぽかんと口を開けた。
その一瞬の隙。
「はいはい!お集まりの皆様ー!」
軽快な声とともに、石田ユウマがするりと前へ出る。
「鬼塚氏はこれから我々と重要な約束がありまして!ええ、極めて重大な案件が!」
横から久賀レンジがぺこぺこと頭を下げる。
「すみません!すみません!ちょっと鬼塚氏、お借りしますねー!」
さらに、西條ケイスケがやや緊張した面持ちで、しかし勇気を振り絞った、それでいてズレた声を出す。
「かしこみ、かしこみ申す~!」
三人は慣れた連携で鬼塚を取り囲み、まるで王族の護衛のように周囲との間に壁を作る。
そのまま半ば強引に、人垣の外へと鬼塚を引きずり出した。
「え、ちょ、あの……!」
「レイジ様!?」
背後から名残惜しげな声が飛ぶが、四人は振り返らない。
気づけば鬼塚は、人混みから少し離れた柱の陰へと連行されていた。
「……っはぁ……」
ようやく解放された鬼塚は、大きく息を吐いた。額の汗を拭い、目の前の四人を見回す。
「た、助かったぜ……オタク四天王」
半ば本気で言う。
藤野は胸を張る。
「なんのなんの。礼には及びませんぞ。これも同志の義務というやつでして」
西條は少し視線を逸らしながら、ぽつりと付け加える。
「鬼塚……くんからは、何度助けられたか分からないくらいだからな、俺たち」
その言葉は、軽口ではなかった。どこか本気の色が混じっている。
鬼塚は一瞬だけ目を細め、それから口元を緩めた。
「呼び捨てでいいっつってんだろ。いつまで遠慮してんだよ、西條」
視線を向けられた西條は、少しだけ照れくさそうに笑う。
その空気を壊すように、石田がにやりと口を歪めた。
「それにしても……鬼塚が、あんなに女の子の相手に慣れてないとはなぁ」
久賀も腕を組んで頷く。
「うんうん、意外だよなぁ~。クラスで見てた時は、もっとこう……女取っ替え引っ替えしてるタイプのヤンキーとばかり思ってたのに」
ぴしり、と空気が固まる。
鬼塚は「ほぉ……」と小さく呟いた。
指をポキポキと鳴らす。
その動きは、かつて“恐怖の象徴”と呼ばれていた頃と何も変わらない。
薄ら笑いを浮かべて、二人を見据える。
「石田、久賀。てめぇら……俺が丸くなったから何言っても殴られねぇ、とか勘違いしてる訳じゃあねぇよな?」
声音は低いが、どこか楽しげだ。
石田と久賀は「ひいっ!」と同時に小さく叫び、ぎゅっと身を寄せ合う。
「わ、我々は暴力に負けたりはしない!テロには屈しない!」
「鬼塚が腕力で俺たちを制圧しようとするなら、こちらにも考えがあるぞっ!」
震えながらも虚勢を張る二人。
鬼塚は一歩近づき、にやりと笑う。
「ほぉ……言う様になったじゃねぇか。で、どうしてくれるつもりなんだ?」
石田はびしっと胸を張った。
「我らオタク四天王の新たな同志……ヴァレン氏に言いつけて、助力を求める!!」
その宣言は妙に誇らしげだった。
鬼塚は一瞬固まり、そして素早く突っ込む。
「おい!それはズリぃだろ! 四天王とかいうレベルじゃねぇ、本物の魔王じゃねぇか! 追加メンバー強すぎじゃねぇか!?」
思わず素の声が出る。
石田と久賀が顔を見合わせ、吹き出す。
鬼塚も、堪えきれずに笑った。
肩を震わせながら、声を上げて笑う。
その笑顔は、どこか柔らかい。
昔のように、威圧で笑うのではない。
本当に、楽しそうに。
その様子を、少し後ろから見ていた藤野は、静かに目を細めた。
(鬼塚氏……本当に、いい顔で笑う様になられましたな)
胸の奥に、じんわりと温かいものが広がる。
かつては孤立していた男が、今こうして仲間に囲まれて笑っている。
(これも、アルド氏達のおかげですな)
祝宴の喧騒の中で、五人の小さな輪だけが、少しだけ違う温度を持っていた。
かつて“恐れられる存在”だった鬼塚玲司は、今や笑い合える仲間の中心にいる。
それは、誰よりも本人が、まだ完全には慣れていない奇跡だった。
◇◆◇
鬼塚とオタク四天王の笑い声は、祝宴のざわめきの中でも妙に目立っていた。
石田がまだ何か言い返そうと口を開きかけた、そのときだった。
「よっ!玲司」
聞き慣れた声が、軽やかに割って入る。
鬼塚が振り向くと、そこには佐川颯太が立っていた。いつもの明るい笑みを浮かべ、その隣には天野唯が静かに佇んでいる。
二人は自然に、並んでいた。
鬼塚の目がわずかに細まる。
「颯太。それに、天野」
短く呼びかける。
佐川はにやりと笑い、鬼塚の肩に腕を回した。
「見てたぜ~!めちゃくちゃモテモテだったじゃねぇか、お前!」
軽い。からかい半分、祝福半分の声音だ。
鬼塚は顔を顰める。
「そんなんじゃねぇよ。どいつもこいつも、物珍しさから面白がってるだけだろ」
ぶっきらぼうに吐き捨てるが、その声には先ほどまでの焦りはもうない。
天野が、ふわりと微笑んだ。
「ううん、そんな事ないよ。予選会での玲司くん、本当に格好良かったもの」
その声は柔らかく、真っ直ぐだった。
鬼塚は一瞬だけ、黙る。
視線が、天野に向く。
昔と変わらない、優しい目。
だが今、その目は、どこか違う色を宿している。
彼女の隣には、自然に立つ佐川の姿がある。
鬼塚はほんのわずかに目を伏せ、それから口元を緩めた。
「……そうかよ」
それだけを言う。
それ以上は、何も言わない。
その空気を、オタク四天王の四人は敏感に察した。
石田が咳払いをし、久賀が視線を逸らす。
西條は落ち着かない様子でグラスを持ち直し、藤野は静かに眼鏡を押し上げた。
三人の間にあった、かつての微妙な関係。
それを、彼らは薄らと知っている。
石田がぎこちなく笑う。
「そ、それじゃ俺たちは、ちょっとあっちの方見てくるから!」
久賀も頷く。
「鬼塚氏は、佐川氏や天野氏とごゆっくり……」
西條が小さく会釈をする。
「じゃ、また後でな」
四人は妙に手際よく散開し、人混みの中へと消えていった。
鬼塚はぽかんとした顔でその背中を見送る。
「なんだぁ?アイツら……急にいなくなりやがって……」
佐川が笑いながら肩にかけた腕をぐっと引き寄せる。
「あれだろ、俺ら幼馴染組に気を遣って、三人にしてくれたんだろ!」
鬼塚は舌打ちを一つ。
「チッ……余計な気ぃ回しやがって、アイツら」
だが、声はどこか優しい。
天野は、そんな二人を見比べながら楽しそうに笑っている。
その笑顔を見て、鬼塚の胸の奥に、小さな何かがきゅっと締まる。
だが、それを表に出すことはない。
佐川が再び口を開いた。
「しかし……あの玲司が、あんなモテモテな姿が見られるなんてなぁ」
肩をすくめる。
「誰か良さそうな子、いなかったのか?付き合ってみてもいいんじゃねーの?」
冗談半分の声。
天野がすぐさま佐川の肩を軽く叩く。
「こーら!颯太くん!簡単にそんな事言わないの!」
頬がわずかに赤い。
佐川は慌てて手を上げる。
「ごめんごめん!そうだよなぁ、すまん玲司!それに、俺らはあと一年もしないで元の世界に帰るんだし」
その言葉に、鬼塚の視線がゆっくりと遠くへ流れる。
帰る。
その二文字が、静かに胸に落ちる。
目の前には、並んで立つ二人。
昔と変わらぬ幼馴染。
けれど今は、どこか一歩距離のある光景。
鬼塚は、ふっと笑った。
「──ま、そうだな。それに、本戦もまだ残ってるのに、そんな浮ついた事してる場合じゃねぇんだよ、俺は」
そして、わざとらしく肩をすくめる。
「お前ら二人じゃあるまいし」
「なっ……!?」
「わ、わたしたちは、別に……ねぇ!?」
佐川と天野が揃って赤くなる。
鬼塚は思わず吹き出しそうになるのを堪え、肩を震わせた。
そのときだった。
「颯太!流星知らねぇ?待ち合わせ時間になっても来ねぇんだよ、アイツ!」
榊タケルが駆け寄ってくる。
「一条も来てないみたいだし……委員長、何か聞いてない?」
五十嵐マサキも真剣な顔で続ける。
佐川と天野は、一瞬だけ視線を合わせる。
そして、ほぼ同時に声を上げた。
「ほ、本当か?なにやってんだよ~アイツら~!な!唯!」
「そ、そうだね!颯太くん!どうしたんだろ!?一条くんまで遅刻なんて!」
明らかに空気を誤魔化している。
鬼塚は口元をわずかに歪める。
佐川が鬼塚の肩を軽く叩いた。
「わ、悪ぃ、玲司!俺ら、ちょっと流星達探して来るわ!」
天野も小さく手を振る。
「う、うん!またあとでね、玲司くん!」
二人は榊とイガマサに連れられるように、人混みの中へと消えていった。
鬼塚は、その背中を目で追う。
並んで歩く二人の距離は、自然で、無理がなくて。
鬼塚は目を細めた。
その表情は、穏やかだった。
寂しさよりも、どこか安心に近い色。
(……幸せそうで、何よりだ)
そう、心の中でだけ呟く。
そのとき。
後ろから、にゅっと何かが現れた。
「見てたわよッ!鬼塚きゅん!」
耳元に弾ける声。
鬼塚は本気で飛び上がった。
「うおっ!?ジュラ姉……いたのかよ!?」
振り向いた先で、ジュラ姉が満面の笑みを浮かべていた。いつの間にか背後に立っている。
シャンデリアの光を受けて、彼女のポニーテールが艶やかに揺れた。
鬼塚は心臓を押さえながら、ため息をつく。
祝宴の喧騒の中で、また一つ、新しい会話の気配が立ち上がるのだった。
◇◆◇
ジュラ姉は、鬼塚の背後からぬっと現れた勢いのまま、ファサッとポニーテールにまとめた巻髪をかきあげた。
艶やかにオレンジがかった金髪がシャンデリアの光を弾き、きらりと輝く。
「当然よッ!ギャタシ達のチームは予選一位通過……今日の主役と言っても過言じゃないわッ!パーティに主役が不在なんて、有り得なくてよッ!」
胸を張る。自信満々。
周囲の貴族令嬢にも負けない迫力だ。
鬼塚は半目でそれを見上げる。
「主役、ねぇ……ガラじゃねぇんだよな、俺はそういうの。」
吐き出すように呟く。
ジュラ姉は近くを通りかかったボーイから、すっとウェルカムドリンクのカクテルグラスを受け取った。
「ありがと」
一瞬だけ声音が柔らかくなる。
そして鬼塚の横に並び立つ。肩が触れそうな距離。
「──そうやって、すぐ当事者の席から立とうとしちゃうのは、アナタの悪い癖よ?鬼塚きゅん」
鬼塚の眉がわずかに動く。
「……どういう意味だよ?」
視線は前を向いたまま。
ジュラ姉はカクテルを一口含み、氷がカランと鳴る。
「……あの、天野さんって子。いい子よね」
鬼塚の視線が、ほんのわずかに揺れた。
ジュラ姉は続ける。
「スレヴェルドでの戦いの後も……魔物達の怪我や病気を診て回っていたわ。自分の身も顧みずに。贖罪のつもりだったのかも知れないけど」
鬼塚は小さく鼻を鳴らす。
「まぁな。天野はクソ真面目だからな」
言葉は乱暴だが、声は優しい。
「洗脳されてたとは言え、自分が誰かを傷つける片棒担いじまった事実が耐えられなかったんだろうよ」
視線の先では、祝宴を楽しむ人々が笑っている。
だが鬼塚の瞳には、あの戦場の炎と、血と、涙が映っていた。
ジュラ姉は横目で鬼塚を見る。
「──佐川きゅんと天野さん……最近、付き合い始めたみたいね」
鬼塚の喉が、わずかに上下する。
「……みてぇだな」
短い。必要最低限。
それ以上を語らない。
だが沈黙の長さが、すべてを物語る。
ジュラ姉は、その横顔をじっと見る。
強くなった男の横顔。
だが、どこか静かに身を引いた者の表情。
(……自分から、退いたのね)
そう察する。
だが口には出さない。
代わりに、少しだけ声を落とした。
「鬼塚きゅん……アナタ……」
祝宴の喧騒が遠く感じられる。
「ひょっとして……元の世界に、戻らないつもりなのかしらッ……?」
その問いは、軽い調子の中に、鋭さを隠していた。
鬼塚の瞳が、ゆっくりとジュラ姉に向く。
同時に、ジュラ姉はカクテルをぐいと飲み干した。
そして——
パキン。
躊躇なく、グラスの縁を噛み砕いた。
バリ、バリ、と乾いた音が響く。
砕けたガラス片を、まるで氷菓子でも食べるかのように咀嚼し、そのまま飲み込む。
周囲の貴族がぎょっとしてこちらを見るが、ジュラ姉は平然としている。
鬼塚は、数秒、無言でその様子を見つめた。
本当に、無言で。
それから、ゆっくりと口を開く。
「──前から薄々思ってたんだけどよ……その、食器ごと飲み込むやつ……やめたほうがいいんじゃねぇかな」
静かな声。冷静なツッコミ。
「見てるこっちが痛ぇんだけど」
ジュラ姉は首を傾げる。
「──? どういう意味かしらッ?」
真顔だ。本当に意味が分からないという顔。
鬼塚はハァ……とため息をつき、思わず肩を落とす。
だが、その目の奥は、先ほどよりもわずかに真剣味を帯びていた。
元の世界に戻るか。残るか。
それは冗談では済まない問いだ。
鬼塚は視線を前へ戻す。
笑い声が響くホール。
きらびやかな光。
仲間たち。戦い。
そして——ここで得た、自分の居場所。
喉の奥で、言葉が絡む。
だが、まだ答えは出さない。
「……。」
その沈黙の中に、鬼塚玲司の心の揺らぎが、確かにあった。
シャンデリアの光が砕けた宝石のように降り注ぎ、磨き上げられた大理石の床に無数の反射を散らしている。
グラスが触れ合う澄んだ音、弦楽器の旋律、上品に抑えられた笑い声。
そのすべてが混ざり合い、空間は華やかなざわめきで満ちていた。
その壁際で——
鬼塚玲司は、完全に追い詰められていた。
背後は冷たい石壁。逃げ場はない。
正面には、きらきらとした瞳をした女子学生たちが半円を描くように取り囲んでいる。
「レイジ様……今日はお一人なのですか?」
「予選会での戦う姿……本当に素敵でしたわ……!」
「異世界から来られたのですよね?元の世界のお話、ぜひ聞かせていただきたいですわっ!」
「あの神器!あの変身されたお姿……まるで物語に出てくる伝説の騎士様のようでした……!」
次々と飛んでくる声。
距離が近い。近すぎる。
鬼塚は引き攣った笑みとも困惑ともつかない表情を浮かべながら、両手を前に出して制止の姿勢を取る。
「ま、待て……待ってくれ……!そんな、いっぺんに話しかけられてもよ……!」
声がわずかに裏返る。
冷や汗がこめかみを伝う。
予選会で二十人を一度に相手し斬り伏せ、酒精勇者ディオニスと死闘を繰り広げた男とは思えない狼狽ぶりだった。
だが、それも無理はない。
鬼塚玲司は、戦場では強い。圧倒的に強い。
覚悟もある。迷いもない。
だが——
「キャー!」と黄色い声を浴びることには、圧倒的に免疫がなかった。
元の世界では、彼は恐れられる側の人間だった。
鋭い目つき、斜に構えた態度、荒れた噂。
近づく者は少なく、話しかけてくる女性など、母親と幼馴染の天野唯くらいしかいなかった。
そんな男が今や、“レイジ様”である。
(なんなんだよ……この状況……)
内心で悪態をつきながらも、逃げ場がない。
一人の女生徒が、そっと一歩踏み出した。
「このたくましい腕で……二十人もの挑戦者を、一人で斬り伏せられたのですね……」
そう囁きながら、彼の腕に手を回す。
その瞬間。
「どぅわっ!?」
鬼塚は飛び上がるように声を上げた。
反射的に腕を引くが、乱暴にならないよう、相手に怪我をさせないよう、細心の注意を払ってするりと外す。その動きは無意識に鍛えられた戦士のそれだった。
腕を払われた女生徒は、きょとんと目を丸くする。
その表情を見た鬼塚は、ハッとした。
「い、いや!別に、あんたが嫌だとか、そういう事じゃねぇんだ!」
慌てて両手を振る。
「ただよ……お、女が、会ったばかりの男の身体を触るのとかは……その……よくねぇんじゃねぇのか……!?」
最後の方は声が小さくなる。耳まで赤い。
その場の空気が、一瞬だけ止まった。
そして——
「か、かわいい~~っ!」
「戦場ではあんなに凛々しかったのに……女の子への免疫は無いのですねっ!」
「これがギャップ萌えというものなのですねーっ!」
歓声が爆発した。
鬼塚は目を見開く。
「えっ!?えっ!?」
一歩下がる。
だが背後は壁だ。
ビターン、と背中が石壁にぶつかる。
完全に包囲された。
(なんでだよ!? なんで俺が追い詰められてんだ!?)
戦場では敵を圧倒した男が、今は年頃の女子学生たちに詰め寄られて冷や汗を流している。
距離が、さらに詰まる。
香水の甘い匂い。ドレスの裾が触れ合う音。きらきらした視線。
鬼塚は視線を泳がせる。
助けを求めるように。
だが、ここは華やかな祝宴の場。誰もが楽しげに談笑している。彼の窮地に気づく者はいない。
——そのとき。
横から、がしっ、と力強い手が彼の手首を掴んだ。
鬼塚は反射的に身構える。
「っ!?」
視線を向けた先にいたのは、丸眼鏡をかけた見慣れた顔。
どこか飄々とした表情の、クラスメイト。
藤野マコトだった。
「ここにおられましたか!鬼塚氏!」
惚けた口調。だが、その手はしっかりと鬼塚の手首を握っている。
鬼塚の目が、驚きでわずかに見開かれた。
「ふ、藤野……!?」
◇◆◇
「ここにおられましたか!鬼塚氏!」
場違いなほど朗らかな声が、壁際の喧騒を割った。
鬼塚は手首を掴まれたまま、ぎょっとして振り向く。
「ふ、藤野!?」
丸眼鏡の奥で、藤野マコトはいつもの惚けた笑みを浮かべていた。
だがその手は妙に力強い。
逃がすものかと言わんばかりに、鬼塚の手首をしっかりと握っている。
周囲の女生徒たちは、突然割って入ってきた第三者にぽかんと口を開けた。
その一瞬の隙。
「はいはい!お集まりの皆様ー!」
軽快な声とともに、石田ユウマがするりと前へ出る。
「鬼塚氏はこれから我々と重要な約束がありまして!ええ、極めて重大な案件が!」
横から久賀レンジがぺこぺこと頭を下げる。
「すみません!すみません!ちょっと鬼塚氏、お借りしますねー!」
さらに、西條ケイスケがやや緊張した面持ちで、しかし勇気を振り絞った、それでいてズレた声を出す。
「かしこみ、かしこみ申す~!」
三人は慣れた連携で鬼塚を取り囲み、まるで王族の護衛のように周囲との間に壁を作る。
そのまま半ば強引に、人垣の外へと鬼塚を引きずり出した。
「え、ちょ、あの……!」
「レイジ様!?」
背後から名残惜しげな声が飛ぶが、四人は振り返らない。
気づけば鬼塚は、人混みから少し離れた柱の陰へと連行されていた。
「……っはぁ……」
ようやく解放された鬼塚は、大きく息を吐いた。額の汗を拭い、目の前の四人を見回す。
「た、助かったぜ……オタク四天王」
半ば本気で言う。
藤野は胸を張る。
「なんのなんの。礼には及びませんぞ。これも同志の義務というやつでして」
西條は少し視線を逸らしながら、ぽつりと付け加える。
「鬼塚……くんからは、何度助けられたか分からないくらいだからな、俺たち」
その言葉は、軽口ではなかった。どこか本気の色が混じっている。
鬼塚は一瞬だけ目を細め、それから口元を緩めた。
「呼び捨てでいいっつってんだろ。いつまで遠慮してんだよ、西條」
視線を向けられた西條は、少しだけ照れくさそうに笑う。
その空気を壊すように、石田がにやりと口を歪めた。
「それにしても……鬼塚が、あんなに女の子の相手に慣れてないとはなぁ」
久賀も腕を組んで頷く。
「うんうん、意外だよなぁ~。クラスで見てた時は、もっとこう……女取っ替え引っ替えしてるタイプのヤンキーとばかり思ってたのに」
ぴしり、と空気が固まる。
鬼塚は「ほぉ……」と小さく呟いた。
指をポキポキと鳴らす。
その動きは、かつて“恐怖の象徴”と呼ばれていた頃と何も変わらない。
薄ら笑いを浮かべて、二人を見据える。
「石田、久賀。てめぇら……俺が丸くなったから何言っても殴られねぇ、とか勘違いしてる訳じゃあねぇよな?」
声音は低いが、どこか楽しげだ。
石田と久賀は「ひいっ!」と同時に小さく叫び、ぎゅっと身を寄せ合う。
「わ、我々は暴力に負けたりはしない!テロには屈しない!」
「鬼塚が腕力で俺たちを制圧しようとするなら、こちらにも考えがあるぞっ!」
震えながらも虚勢を張る二人。
鬼塚は一歩近づき、にやりと笑う。
「ほぉ……言う様になったじゃねぇか。で、どうしてくれるつもりなんだ?」
石田はびしっと胸を張った。
「我らオタク四天王の新たな同志……ヴァレン氏に言いつけて、助力を求める!!」
その宣言は妙に誇らしげだった。
鬼塚は一瞬固まり、そして素早く突っ込む。
「おい!それはズリぃだろ! 四天王とかいうレベルじゃねぇ、本物の魔王じゃねぇか! 追加メンバー強すぎじゃねぇか!?」
思わず素の声が出る。
石田と久賀が顔を見合わせ、吹き出す。
鬼塚も、堪えきれずに笑った。
肩を震わせながら、声を上げて笑う。
その笑顔は、どこか柔らかい。
昔のように、威圧で笑うのではない。
本当に、楽しそうに。
その様子を、少し後ろから見ていた藤野は、静かに目を細めた。
(鬼塚氏……本当に、いい顔で笑う様になられましたな)
胸の奥に、じんわりと温かいものが広がる。
かつては孤立していた男が、今こうして仲間に囲まれて笑っている。
(これも、アルド氏達のおかげですな)
祝宴の喧騒の中で、五人の小さな輪だけが、少しだけ違う温度を持っていた。
かつて“恐れられる存在”だった鬼塚玲司は、今や笑い合える仲間の中心にいる。
それは、誰よりも本人が、まだ完全には慣れていない奇跡だった。
◇◆◇
鬼塚とオタク四天王の笑い声は、祝宴のざわめきの中でも妙に目立っていた。
石田がまだ何か言い返そうと口を開きかけた、そのときだった。
「よっ!玲司」
聞き慣れた声が、軽やかに割って入る。
鬼塚が振り向くと、そこには佐川颯太が立っていた。いつもの明るい笑みを浮かべ、その隣には天野唯が静かに佇んでいる。
二人は自然に、並んでいた。
鬼塚の目がわずかに細まる。
「颯太。それに、天野」
短く呼びかける。
佐川はにやりと笑い、鬼塚の肩に腕を回した。
「見てたぜ~!めちゃくちゃモテモテだったじゃねぇか、お前!」
軽い。からかい半分、祝福半分の声音だ。
鬼塚は顔を顰める。
「そんなんじゃねぇよ。どいつもこいつも、物珍しさから面白がってるだけだろ」
ぶっきらぼうに吐き捨てるが、その声には先ほどまでの焦りはもうない。
天野が、ふわりと微笑んだ。
「ううん、そんな事ないよ。予選会での玲司くん、本当に格好良かったもの」
その声は柔らかく、真っ直ぐだった。
鬼塚は一瞬だけ、黙る。
視線が、天野に向く。
昔と変わらない、優しい目。
だが今、その目は、どこか違う色を宿している。
彼女の隣には、自然に立つ佐川の姿がある。
鬼塚はほんのわずかに目を伏せ、それから口元を緩めた。
「……そうかよ」
それだけを言う。
それ以上は、何も言わない。
その空気を、オタク四天王の四人は敏感に察した。
石田が咳払いをし、久賀が視線を逸らす。
西條は落ち着かない様子でグラスを持ち直し、藤野は静かに眼鏡を押し上げた。
三人の間にあった、かつての微妙な関係。
それを、彼らは薄らと知っている。
石田がぎこちなく笑う。
「そ、それじゃ俺たちは、ちょっとあっちの方見てくるから!」
久賀も頷く。
「鬼塚氏は、佐川氏や天野氏とごゆっくり……」
西條が小さく会釈をする。
「じゃ、また後でな」
四人は妙に手際よく散開し、人混みの中へと消えていった。
鬼塚はぽかんとした顔でその背中を見送る。
「なんだぁ?アイツら……急にいなくなりやがって……」
佐川が笑いながら肩にかけた腕をぐっと引き寄せる。
「あれだろ、俺ら幼馴染組に気を遣って、三人にしてくれたんだろ!」
鬼塚は舌打ちを一つ。
「チッ……余計な気ぃ回しやがって、アイツら」
だが、声はどこか優しい。
天野は、そんな二人を見比べながら楽しそうに笑っている。
その笑顔を見て、鬼塚の胸の奥に、小さな何かがきゅっと締まる。
だが、それを表に出すことはない。
佐川が再び口を開いた。
「しかし……あの玲司が、あんなモテモテな姿が見られるなんてなぁ」
肩をすくめる。
「誰か良さそうな子、いなかったのか?付き合ってみてもいいんじゃねーの?」
冗談半分の声。
天野がすぐさま佐川の肩を軽く叩く。
「こーら!颯太くん!簡単にそんな事言わないの!」
頬がわずかに赤い。
佐川は慌てて手を上げる。
「ごめんごめん!そうだよなぁ、すまん玲司!それに、俺らはあと一年もしないで元の世界に帰るんだし」
その言葉に、鬼塚の視線がゆっくりと遠くへ流れる。
帰る。
その二文字が、静かに胸に落ちる。
目の前には、並んで立つ二人。
昔と変わらぬ幼馴染。
けれど今は、どこか一歩距離のある光景。
鬼塚は、ふっと笑った。
「──ま、そうだな。それに、本戦もまだ残ってるのに、そんな浮ついた事してる場合じゃねぇんだよ、俺は」
そして、わざとらしく肩をすくめる。
「お前ら二人じゃあるまいし」
「なっ……!?」
「わ、わたしたちは、別に……ねぇ!?」
佐川と天野が揃って赤くなる。
鬼塚は思わず吹き出しそうになるのを堪え、肩を震わせた。
そのときだった。
「颯太!流星知らねぇ?待ち合わせ時間になっても来ねぇんだよ、アイツ!」
榊タケルが駆け寄ってくる。
「一条も来てないみたいだし……委員長、何か聞いてない?」
五十嵐マサキも真剣な顔で続ける。
佐川と天野は、一瞬だけ視線を合わせる。
そして、ほぼ同時に声を上げた。
「ほ、本当か?なにやってんだよ~アイツら~!な!唯!」
「そ、そうだね!颯太くん!どうしたんだろ!?一条くんまで遅刻なんて!」
明らかに空気を誤魔化している。
鬼塚は口元をわずかに歪める。
佐川が鬼塚の肩を軽く叩いた。
「わ、悪ぃ、玲司!俺ら、ちょっと流星達探して来るわ!」
天野も小さく手を振る。
「う、うん!またあとでね、玲司くん!」
二人は榊とイガマサに連れられるように、人混みの中へと消えていった。
鬼塚は、その背中を目で追う。
並んで歩く二人の距離は、自然で、無理がなくて。
鬼塚は目を細めた。
その表情は、穏やかだった。
寂しさよりも、どこか安心に近い色。
(……幸せそうで、何よりだ)
そう、心の中でだけ呟く。
そのとき。
後ろから、にゅっと何かが現れた。
「見てたわよッ!鬼塚きゅん!」
耳元に弾ける声。
鬼塚は本気で飛び上がった。
「うおっ!?ジュラ姉……いたのかよ!?」
振り向いた先で、ジュラ姉が満面の笑みを浮かべていた。いつの間にか背後に立っている。
シャンデリアの光を受けて、彼女のポニーテールが艶やかに揺れた。
鬼塚は心臓を押さえながら、ため息をつく。
祝宴の喧騒の中で、また一つ、新しい会話の気配が立ち上がるのだった。
◇◆◇
ジュラ姉は、鬼塚の背後からぬっと現れた勢いのまま、ファサッとポニーテールにまとめた巻髪をかきあげた。
艶やかにオレンジがかった金髪がシャンデリアの光を弾き、きらりと輝く。
「当然よッ!ギャタシ達のチームは予選一位通過……今日の主役と言っても過言じゃないわッ!パーティに主役が不在なんて、有り得なくてよッ!」
胸を張る。自信満々。
周囲の貴族令嬢にも負けない迫力だ。
鬼塚は半目でそれを見上げる。
「主役、ねぇ……ガラじゃねぇんだよな、俺はそういうの。」
吐き出すように呟く。
ジュラ姉は近くを通りかかったボーイから、すっとウェルカムドリンクのカクテルグラスを受け取った。
「ありがと」
一瞬だけ声音が柔らかくなる。
そして鬼塚の横に並び立つ。肩が触れそうな距離。
「──そうやって、すぐ当事者の席から立とうとしちゃうのは、アナタの悪い癖よ?鬼塚きゅん」
鬼塚の眉がわずかに動く。
「……どういう意味だよ?」
視線は前を向いたまま。
ジュラ姉はカクテルを一口含み、氷がカランと鳴る。
「……あの、天野さんって子。いい子よね」
鬼塚の視線が、ほんのわずかに揺れた。
ジュラ姉は続ける。
「スレヴェルドでの戦いの後も……魔物達の怪我や病気を診て回っていたわ。自分の身も顧みずに。贖罪のつもりだったのかも知れないけど」
鬼塚は小さく鼻を鳴らす。
「まぁな。天野はクソ真面目だからな」
言葉は乱暴だが、声は優しい。
「洗脳されてたとは言え、自分が誰かを傷つける片棒担いじまった事実が耐えられなかったんだろうよ」
視線の先では、祝宴を楽しむ人々が笑っている。
だが鬼塚の瞳には、あの戦場の炎と、血と、涙が映っていた。
ジュラ姉は横目で鬼塚を見る。
「──佐川きゅんと天野さん……最近、付き合い始めたみたいね」
鬼塚の喉が、わずかに上下する。
「……みてぇだな」
短い。必要最低限。
それ以上を語らない。
だが沈黙の長さが、すべてを物語る。
ジュラ姉は、その横顔をじっと見る。
強くなった男の横顔。
だが、どこか静かに身を引いた者の表情。
(……自分から、退いたのね)
そう察する。
だが口には出さない。
代わりに、少しだけ声を落とした。
「鬼塚きゅん……アナタ……」
祝宴の喧騒が遠く感じられる。
「ひょっとして……元の世界に、戻らないつもりなのかしらッ……?」
その問いは、軽い調子の中に、鋭さを隠していた。
鬼塚の瞳が、ゆっくりとジュラ姉に向く。
同時に、ジュラ姉はカクテルをぐいと飲み干した。
そして——
パキン。
躊躇なく、グラスの縁を噛み砕いた。
バリ、バリ、と乾いた音が響く。
砕けたガラス片を、まるで氷菓子でも食べるかのように咀嚼し、そのまま飲み込む。
周囲の貴族がぎょっとしてこちらを見るが、ジュラ姉は平然としている。
鬼塚は、数秒、無言でその様子を見つめた。
本当に、無言で。
それから、ゆっくりと口を開く。
「──前から薄々思ってたんだけどよ……その、食器ごと飲み込むやつ……やめたほうがいいんじゃねぇかな」
静かな声。冷静なツッコミ。
「見てるこっちが痛ぇんだけど」
ジュラ姉は首を傾げる。
「──? どういう意味かしらッ?」
真顔だ。本当に意味が分からないという顔。
鬼塚はハァ……とため息をつき、思わず肩を落とす。
だが、その目の奥は、先ほどよりもわずかに真剣味を帯びていた。
元の世界に戻るか。残るか。
それは冗談では済まない問いだ。
鬼塚は視線を前へ戻す。
笑い声が響くホール。
きらびやかな光。
仲間たち。戦い。
そして——ここで得た、自分の居場所。
喉の奥で、言葉が絡む。
だが、まだ答えは出さない。
「……。」
その沈黙の中に、鬼塚玲司の心の揺らぎが、確かにあった。
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