真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます

難波一

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第二章 ヒロイン、そして魔竜編

第11話 その竜、しゃべるってよ

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草のにおいが、ふわりと風に乗って通り過ぎた。

午後の日差しが森の縁を金色に染めながら、ゆっくりと傾いていく。

静かな時間。

 

緊張感の抜けた空気の中、俺たちはしばらく、ただ座っていた。

「あはは……色んな気持ちが混ざり合って、ちょっと気が抜けちゃった。」

ブリジットちゃんが笑ってそう呟く。

そしてその背後で——

 

『……ふぁぁあ……』

 

地面に腹這いになったまま、ものすごくだらしない欠伸をかます魔竜の姿。

 

「なんか……くつろいでるな……」

 

大気を震わせていたあの威圧感はどこへやら。

まあ、竜たるもの怠惰であれ!という教義に従うなら、これぞ竜のあるべき姿なのかも知れないけど。

バカでかい体を芝生の上に預けて、まるででっかい猫みたいにゴロゴロしている。

こら、尻尾で地面を叩くんじゃありません。草が全部抜けるでしょ。

 

俺はふと、そんな魔竜ちゃんに向かって小声でぼやいた。

 

「さて……どうしたもんかなぁ。ブリジットちゃんの手前『テイムしたよ!』とか大嘘ぶっこいちゃったけど、キミ身体大きいから、連れて歩くのも大変だよなぁ……ザリュグナちゃん」

 

『あ、自分、"ザグリュナ"です。“ザリュグナ”じゃなくて』

 

「うわあ!急に流暢りゅうちょうにしゃべったあ!?」

 

全力で跳ね起きた。

ブリジットも隣で「ひゃあっ!?」と声を上げて尻餅をつく。

 

「お、おいおい……マジで竜が喋った!?(※自分も竜です)なんで!?今までずっと黙ってたのに!」

 

『いや、自分もこのタイミングで口を開くとは思わなかったっすけど……名前間違えられたの、わりとショックだったんで』

 

思いっきり流暢。渋めのバリトンボイス。

イントネーションも発音も完璧。俺より発音上手いまである。

 

「な、なに……ってことは、今までの会話、全部聞こえてた……?」

 

『はあ。まあ、そっすね。』

 

(うわあああ恥ずかしいぃぃぃ!!!)

 

まさかあのムツ◯ロウさん風の“ワシャワシャ”も聞かれてた!?ていうか“見られてた”どころか“感じてた”よな!?

心臓が痛い!羞恥に耐える俺の竜の鼓動が今、限界を迎えている!

 

「えっ、すごい!ドラゴンちゃんって、喋れるんだね!すごいすごい!」

 

ブリジットは素直に喜んでいる。無垢な笑顔が心に刺さる。

ていうか“ドラゴンちゃん”って……
まあいいか。なんか可愛いし。

 

「喋れるどころか、ずっと会話も理解してたんだ……」

 

『ええ。人間の言葉くらい、自分ら1000年級の竜なら、大体聞いて覚えるもんっすよ』

 

「1000年って……え、遥か年上じゃん」

 

『まあまあ、でも兄さんの方が“格上”っすから。竜社会ではそっちの方が年齢なんかより大事っす。』

 

「……あ、そうなの?じゃあいいけど……」

 

 年齢よりも"竜としての格"の方が序列を決めるポイントになるって事かな。

 年齢より芸歴で上下関係が決まる芸人社会みたいなものだろうか。年下だけど"兄さん"みたいな。

ブリジットちゃんはというと、

『そっか!"テイマー"と"テイムしたドラゴン"の関係だもんね!』

みたいな顔して勝手に納得してくれてる。
ほんと素直で助かる。好き。



 ◆◇◆



「じゃあさ、ザグリュナちゃん」

 

『はいっす』

 

俺は少し真面目な声を出して訊ねてみた。

 

「なんで、最初ブリジットちゃんと喧嘩になっちゃってたの?いや、俺の落下も原因かもだけど……」

 

ザグリュナは、ちょっとバツの悪そうな顔になって、視線を逸らす。

尻尾の先で草をはらいつつ、ゆっくりと口を開いた。

 

『……このあたり、自分のナワバリっていうか、なんていうか……部屋みたいなもんだったんすよ』

 

「部屋……って、個室感覚……?」

 

『そっす。だから、勝手に人間がうろうろしてるの見て、なんかこう……“またか”ってカッとなって』

 

「……“また”?」

 

『実はちょっと前にも、ここ無理矢理通ろうとした人間達の軍勢とかを、軽く追い払ったことがあって……』

 

「あ~~……なるほどねぇ……」

 

それは確かに、竜視点で言えば“また無断侵入者が来た”って感じだったんだろう。

そう思うと、ちょっと気の毒になってくる。

 

「……そっか。じゃあ、あたし……あなたのおうちに、無断で入っちゃったってことなんだね……」

 

横から、ブリジットの声が落ちてくる。

ゆっくりと立ち上がって、ザグリュナの方に向き直った彼女は——

 

「ごめんね。あたしこそ、ちゃんと考えてなかった。人間にとっては"未開の地"でも、そこに住むみんなにとっては"我が家"なんだよね。」

 

ぺこり、と頭を下げた。

 

竜に対して。かつて自分の命を奪いかけた相手に対して。

怯えもせず、見栄も張らず、ただまっすぐに、誠実に。

 

(……やっぱこの子、すごいわ)

 

“強さ”って、ただ力のことじゃない。

こういう風に、ちゃんと自分の非を認めて、頭を下げられること。

それができるのは、心がまっすぐで、折れない強さを持ってるからだ。

 

『……いや、そんな……!自分も、最初から説明すればよかったっす!ほんとにすみませんでした。』

 

「えへへ。じゃあ、おあいこ、だね?」

 

『……っす!』

 

ザグリュナがぶんぶん頭を下げる。ブリジットが笑う。

 

どこかおかしくて、だけどすごく——あたたかい空気が流れていた。



 ◇◆◇



 和解ムードがひと段落し、俺はふう、とひと息ついてから、ちらりとザグリュナの方に目をやった。

 

 今のところ、あの巨体は完全にリラックスモード。地べたに伏せて前足を重ね、顎をその上にちょこんと乗せている。
 まるで巨大な猫。見た目は魔竜そのものだけど。

 

 (いや、どこからどう見ても魔竜だな……)

 

 しかし、その姿はデカい。なんというか……色々とデカすぎる。

 真の姿になれば俺の方がデカいかもしれないけど、人間サイズの状態で見ると、改めてデカいなこの子。

 

「……うーん。どうしたもんかな。ザリュ……じゃなくて、ザグリュナちゃん。君、大きすぎて連れ歩くの大変だよね」

 

『そうっすね~、自分、翼広げると三十メートル近いんで。人里とか絶対無理っすね』

 

 返ってくる返事が妙に軽いのもどうかと思うが、それはさておき。

 

「……ていうか、そもそも今後も俺と一緒に行動するつもりなの?」

 

『もちろんっすよ。自分、兄さんのしもべっすから。』

 

 ぴしっと前足を立てて、目をキラキラさせて言ってくる。いや、ちょっと待って。

 

「しもべって……」

 

『え? だって兄さん、自分を“テイム”したって言ったじゃないっすか?あれ、嘘じゃないっすよね?』

 

「そ、それは……!」

 

 ぐはぁ、言葉が刺さる。あれは“その場しのぎ”の嘘だったはずなのに、当の本人が一番信じちゃってるとはどういうことだ……!

 

「……ところで、なんで俺のこと“兄さん”って呼ぶの?」

 

『あっ、それはですね。だって兄さん、真祖りゅ───』

 

「——だらっしゃあああストップッ!!!」

 

 慌てて飛び上がった俺は、ザグリュナの顔に自分の全身を使ってバシィッと覆い被さるように口を塞いだ。

 

『もがっ!?』

 

 ブリジットちゃんが驚いた顔で俺たちを見ている。まずい、下手なことを言わせる前に止めないと!!

 

(ザグリュナちゃん!?頼む!俺の正体のことは、ブリジットちゃんには秘密ってことでお願いします!!)

 

 念話でそう伝えると、ザグリュナの目がぱちくりと瞬き、そして——なぜかぽっと頬を染めた。気がした。

 

(りょ、了解っす……兄さん……)

 

 なんでちょっと照れてるの!?こっちは今それどころじゃないから!!

 

 ていうか、さっきから呼び方が“兄さん”で固定されてるんですけど!?これからずっとそれでいくつもりなの!?

 

「えっと……?」

 

 ブリジットちゃんの視線がじわりとこちらに集中していく。

 俺はにっこりと、ぎこちない笑顔を貼りつけて言った。

 

「い、いやあ~……ドラゴンの口って結構乾燥するから、ちょっと保湿してあげようかな~って!ハハハハ……」

 

 ザグリュナの巨体の上で、ぐらぐらと揺れる俺のメンタル。

 もういろいろ誤魔化すので精一杯だった。

 

 ◇◆◇



 「えーと、まあ、その話は置いといて」

 

 俺は気を取り直すように立ち上がり、ザグリュナの横へ歩み寄った。

 

「ねえ、ザグリュナちゃん」

『なんすか、兄さん?』

「その大きさのままだと、いろいろ話しにくいんだけど……もしかして、人間の姿に変身とかって、できたりする?」

 

 ブリジットがぱちくりと瞬き、ザグリュナが「ああ~」と軽く頷いた。

 

『いけるっすよ?一応、変身魔法くらいは古竜の嗜《たしな》みなんで』

「本当!?すごいっ!」

 

 ブリジットちゃんが目を輝かせる。

 “竜が人の姿になる”という神話的な話に、素直に驚いている様子だった。
 新たに身につけたスキル"真祖竜の加護"の影響か、ザグリュナちゃんに対する恐怖はすっかり薄れた様子で、ワクワクが勝っている。

 

 ザグリュナちゃんはのそのそと立ち上がると、口元を軽く舐め、すぅっと目を閉じた。

 

 次の瞬間——

 

 その巨体が、銀と黒の光に包まれる。

 竜の鱗が、ふわりと空気に溶けていくように舞い散り、鋭い爪も牙も、すうっとなめらかな輪郭に変わっていく。

 その光が収束したとき——

 

 「…………え?」

 

 俺は、硬直した。

 そこに立っていたのは——

 

 金色に近い茶髪のロングヘアーを風に靡かせ、健康的な褐色肌を持つ美女。

 目元はジト目気味だが、笑うとどこかあどけなく、体のラインがはっきり分かる鱗っぽい質感のラメ入りミニスカボディスーツを身に纏っていた。

 それは、もはやファンタジーではなく──

 
 「──"黒ギャル"じゃねーか…」


 俺は口元を押さえてヨロヨロと後ずさる。


 「ご挨拶遅れました。人型フォームの自分っす、兄さん。以後よろっす。」

 

 手を腰に当てて、ウィンクしながらピースサインを繰り出すそのポーズ。

 まごうことなき、黒ギャルだった。

 

 「……お、女の子だったの……!?
 しかも……黒ギャル……だと……!?」

 

 俺は思わずガクガクと後ずさる。

 「? 何すか、黒ギャルって?」

 ザグリュナちゃんの口からチャーミングな声が漏れ出る。

 そんな!声まで変わって!?

 さっきまではコバケン(芸人)みたいなバリトンボイスだったのに、なんで人間形態になったらそんな綺麗なおねいさんみたいな声になっちゃうの!?急激な変化に俺のハートがついていけないよ!


 一方ブリジットちゃんはと言えば——

 
「うわあぁ……ドラゴンちゃん、きれい! しかもお姉さんって感じ!いいな~!」

 

 ぴょんぴょん飛び跳ねながらザグリュナの周りを回って、うっとりとした目でその姿を眺めている。

 

 うん、かわいい。どちらもかわいい。

 光あるところに闇あり。

 美白少女あるところに黒ギャルあり。

 陽と陰、対となる二つの存在は対立を経て混じり合い、この世に調和と安寧をもたらすのだ。

 俺は何を言ってるんだ?落ち着かなくては。


 今、俺の脳内は混乱と衝撃で、いっぱいいっぱいだった。
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