真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます

難波一

文字の大きさ
29 / 249
第3章 巨大な犬編

第28話 弱い人間の、ちっぽけな力

しおりを挟む
——風が止んだ。

 

 砕けた岩肌と、蒼空。

 その狭間に立つ金髪の少女が、ゆっくりと腕を構える。

 ポニーテールが風に揺れ、額の2本の銀色のツノが、微かに光を帯びていた。

 

 王狼・マナガルムが、ごくりと唾を飲む。

 その全身からは、既に戦意が抜けかけている。

 ……なのに。

 

「確かに……!」

 

 少女の声が、広場に響いた。

 凛として、けれどどこか涙を含んだ、まっすぐな声音。

 

「確かに……あたし達、人間の力は、あなた達フェンリルに比べたら——ちっぽけかも知れないよ!」

 

 その瞬間——

 打ち下ろされた拳が、大地を穿つ。

 

 ズドォォォォン!!!!

 

 地面が爆ぜ、轟音が空を引き裂いた。

 拳が触れた一点から、同心円状にクレーターが広がっていく。

 直撃こそ免れたマナガルムが、紙一重で飛びのきながら叫ぶ。

 

「ギャアアアアアアア!!!?」

 

 目を剥き、白目を剥き、狼なのに顔芸のデパートのような表情で地面を転がりながらの悲鳴。

 

 着弾点に生じたクレーターは、軽く十メートルを超えていた。


──当たればそれ即ち、死。
 

 その中心に立つのは、なおも拳を握りしめる少女——ブリジット。

 

「でも、それでもっ……!!」

 

 拳を振り上げる。

 金のポニーテールが陽光を弾き、銀の角がきらめく。

 

「力で相手を従えるなんてやり方……絶対に間違ってるよ!!」

 

 ——ズガァァン!!

 

 再びの打ち下ろし。

 マナガルムが「危なッ!!」と叫びながらゴロゴロと地面を転がる。

 その後ろに、新たなクレーターが生まれる。


——ズガァァン!!

——ドガァァン!!

——ボガァァン!!


次々と振り下ろされる拳が、"懲罰の天蓋"をクレーターだらけにしていく。

マナガルムは必死の形相で、ゴロゴロと転がる様に回避していく。



「危なッ!! 危なッ!! 危なッ!!
なんだその拳はァァ!!?」

 

「人はね!話し合いで分かり合える生き物なんだよ!!」

 

 ブリジットの目には純粋な"想いの光"。

 だが、振るわれている拳には破壊神でも宿っていそうな威力。

 

 ——ズドォォン!!

 

 またひとつ、地面が爆ぜた。

 そのすぐ隣で、横っ飛びで回避したマナガルムが涙目で吠える。

 

「いや、話し合う気ないでしょ今のこぶしぃぃぇぇぇぇッ!!」

 

 岩を抉る拳。風を裂く突進。

 全身から立ち上がる銀のオーラと、それに呼応するかのように尖ってゆくツノ。

 

 フレキは、その様子を遠巻きに見つめ——

 顔を引き攣らせて、ぽつりと呟いた。

 

「…………ブ、ブリジットさん……?」

 

 だが、少女は止まらない。

 放たれる“想い”は、地形を破壊し、空気を震わせ、敵のメンタルを直撃していく。

 

 それはまさに、“暴力で話し合いを促す少女”——新時代のカタチであった。



 ◇◆◇



 地面を転がりながら、王狼・マナガルムが叫ぶ。


「わ、分かった!!ちょうどわれも今、思ってたところ!!力で相手を従えるとか、やっぱ良くないよなーって!!暴力は何も生まないし!?うんうん!」

「と、とにかく!まずは話し合おうではないか!!人間の少女よ!!」

 

 必死の弁明。理性の声。狼なりの社会的対話。

 

 だが——

 

「……どうして……どうして、話し合うことができないの!?」

 

 涙を滲ませたブリジットの声が、空に響く。

 

「力で相手を従えたって、そこには何も生まれないんだよ……!?」

 

 目の前で土下座しかけていたマナガルムが、ピタッと固まった。

 

「え?あれ!?我の声、聞こえてなかったかな!? 我も今、全く同じ事を言ったつもりだったんだけど……!?」

 

 焦る狼。狼狽する狼。涙ぐむ狼。

 だがブリジットの耳には、その言葉は届いていなかった。

 

「だから……!」

 

 ゆっくりと、ブリジットがマナガルムへと歩み寄る。

 その歩調は、優しげで……けれど恐怖の対象そのもの。

 

「あなたが、ちゃんと話を聞いてくれるまで……あたしは!」

 

 拳を握る。瞳が輝く。ツノが……さらに鋭くなる。

 

「“弱い人間”の力を、ぶつけてみせるからッ!!」

 

 キラッキラのイイ顔と共に、マナガルムを見つめるその目は、間違いなく“悪気ゼロの物理的殺意”だった。

 

 マナガルムは両前脚を広げて叫ぶ。

 

「いやちょっと!?そっちこそ話聞いて!!
我、さっきからずっと“話し合おう”って
言ってるでしょ!?聞いてッッ!!!」

 

 次の瞬間——

 

 ピィィィィィィ……!

 

 ブリジットの口元から、一筋の銀色の閃光が走った。

 

 マナガルムの顔すれすれをかすめたビーム状の"ブレス"が、遥か彼方の岩山を直撃し——



───カッ


ドオオォォォ──────ン!!!
 


 山が、ひとつ、消えた。

 

「ギャアアアアアアアアアア!!!?!!?」

 

 ひっくり返るマナガルム。

 完全にお尻をついて座り込み、ブルブル震えながら、叫んだ。

 

「す、すみませんでしたァァァァ!!!」

「ほーら見て!我、もう戦う気ないから!ほら!おすわりのポーズッ!!ね!?ねッ!?!?」

 

 頭を下げ、両手をそろえ、耳を伏せ、お尻をペタン。

 どこからどう見ても、ただの反省ワンちゃんである。

 

 だが、その前方——

 半暴走中の少女は、まだ止まってはいなかった。



 ◇◆◇



 おすわりポーズのまま、マナガルムはガタガタ震えながら、地面に鼻先をすりつけた。


 「我、もはや戦う気ナッシング!ゼロ戦意ッ!完全降伏!とってもピースフルッ!」


 そう叫びながら、彼は小さな石を口にくわえ、献上するように差し出した。

 行動の意味は不明だが、全力で媚びていることだけは伝わる。


 ブリジットが、そのまま無言で歩み寄る。


 ツノを煌めかせた額、揺れる金のポニーテール、瞳には微かに涙が滲んでいたが、それ以上に「止まらない衝動」が宿っていた。


 それは“怒り”というにはあまりに純粋で、ただひたすらに“まっすぐ”な、信じた想いの突進。


 その一歩ごとに、大地が軋む。


 近づくたびに、王狼マナガルムの白銀の体躯は、目に見えて縮こまっていった。


 (ち、ちがう、ちがうぞこの気配……)


 (もはやこれは対話の空気ではない……完全にトドメの圧力ッ……!!)


 がくがくと震える四肢。


 おすわりの姿勢のまま、後ずさることすら許されない絶望の体勢。

 牙も、誇りも、どこかへ置き忘れてきたかのように、マナガルムはただ“戦慄”していた。

 

 そんな時——

 

 「ブリジットさんっ!」

 

 乾いた空気を切り裂くような鋭い声が、空の上から降ってきた。

 

 それは、鋼鉄の拘束を己の牙で噛み砕き、ついに解き放たれた巨大なダックスフンドだった。

 

 フレキ。

 

 疾風のように走るその姿は、今までの頼りなさを微塵も感じさせない。

 瞳を見開き、耳を伏せて、彼はただ真っすぐにブリジットの元へ——

 その前に、飛び出した。

 

 ザザァァッ!!

 

 土煙が巻き上がる。

 ブリジットの進路を遮るように、フレキが滑り込んだ。

 

 「っ、フレキくん!?」

 

 足を止めたブリジットが、驚いた声を上げる。

 その全身にはまだ、かすかに銀のオーラが残っていた。

 

 だが、フレキは怯えなかった。

 むしろ、これまでで一番、力強く見えた。

 

 「もう……もういいんです、ブリジットさん!」

 

 息を切らしながら、それでもまっすぐブリジットを見上げる。

 

 「ボクのために……あんなに怒ってくれて、本当にありがとう……!」

 

 その目には、感謝と……ほんの少しの涙。

 だが——

 

 「でも……でもね、今のブリジットさん、ちょっとだけ……」

 

 小さな足で、ぶるぶる震える短い前足をピシッと差し出す。

 その仕草は、まるで勇気を振り絞るようだった。

 

 「ちょっとだけ……こわいです……!」

 

 ビシィッ。

 空を切るような指差しのジェスチャー。

 それは本当に小さくて、でも彼なりの全力だった。

 

 「ボクは……やっぱり、いつもの優しいブリジットさんの方が、好きです……!」

 

 ——その言葉が、届いた。

 

 ブリジットの肩が、ぴくりと震える。

 ふっと、銀のツノの輝きが鈍くなる。

 オーラが、ゆっくりと揺らぎ、空気から静かに色を引いていく。

 

 ツノが、するりと額に引っ込んだ。

 瞳から、戦意がすぅ……と抜けていく。

 

 「……あれ……?あたし、何してたんだっけ?」

 

 ぽかん、とした顔で、ブリジットは立ち止まった。

 静かに、きょろきょろと辺りを見回す。

 

 足元に転がるクレーター。

 溶けかけた石。

 焼け焦げた大地。

 

 そして——目の前。

 ガタガタと震えながら、完璧なおすわり姿勢で頭を垂れる 王狼。

 ……マナガルム。

 

 「……よかったぁー!フレキくんのお父さん、やっと話を聞いてくれる気になったんだね!」

 

 にこっ、と無垢な笑顔を浮かべて、そう言った。

 頬に汗を伝わせながら。

 

 マナガルムの顔がひくひくと痙攣する。


 (う、嘘だろ……? 記憶が飛んでおるのか……? あんな規格外の力をぶっ放しておいて……)

 (……何それ!?……逆にめっちゃ怖い!)

 

 そして、フレキはふっと天を仰いだ。

 

 (……ブリジットさん……)


 (前に、ボクはあなたのことを“とても強い方だ”と言いましたが……)


 (まさか、ここまで——"物理的に"強い方だとは、思ってもいませんでした……)

 

 その顔には、静かな笑いと、ほんの少しの哀愁が宿っていた。

 

 敬意と、感謝と、困惑。

 そんな感情が入り混じった視線で、彼はただ見つめていた。

 

 夕暮れの風が、三者の間を吹き抜けていった。
しおりを挟む
感想 44

あなたにおすすめの小説

田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした

月神世一
ファンタジー
​「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」 ​ ​ブラック企業で過労死した日本人、カイト。 彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。 ​女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。 ​孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった! ​しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。 ​ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!? ​ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!? ​世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる! ​「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。 これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

パワハラで会社を辞めた俺、スキル【万能造船】で自由な船旅に出る~現代知識とチート船で水上交易してたら、いつの間にか国家予算レベルの大金を稼い

☆ほしい
ファンタジー
過労とパワハラで心身ともに限界だった俺、佐伯湊(さえきみなと)は、ある日異世界に転移してしまった。神様から与えられたのは【万能造船】というユニークスキル。それは、設計図さえあれば、どんな船でも素材を消費して作り出せるという能力だった。 「もう誰にも縛られない、自由な生活を送るんだ」 そう決意した俺は、手始めに小さな川舟を作り、水上での生活をスタートさせる。前世の知識を活かして、この世界にはない調味料や保存食、便利な日用品を自作して港町で売ってみると、これがまさかの大当たり。 スキルで船をどんどん豪華客船並みに拡張し、快適な船上生活を送りながら、行く先々の港町で特産品を仕入れては別の町で売る。そんな気ままな水上交易を続けているうちに、俺の資産はいつの間にか小国の国家予算を軽く超えていた。 これは、社畜だった俺が、チートな船でのんびりスローライフを送りながら、世界一の商人になるまでの物語。

白いもふもふ好きの僕が転生したらフェンリルになっていた!!

ろき
ファンタジー
ブラック企業で消耗する社畜・白瀬陸空(しらせりくう)の唯一の癒し。それは「白いもふもふ」だった。 ある日、白い子犬を助けて命を落とした彼は、異世界で目を覚ます。 ふと水面を覗き込むと、そこに映っていたのは―― 伝説の神獣【フェンリル】になった自分自身!? 「どうせ転生するなら、テイマーになって、もふもふパラダイスを作りたかった!」 「なんで俺自身がもふもふの神獣になってるんだよ!」 理想と真逆の姿に絶望する陸空。 だが、彼には規格外の魔力と、前世の異常なまでの「もふもふへの執着」が変化した、とある謎のスキルが備わっていた。 これは、最強の神獣になってしまった男が、ただひたすらに「もふもふ」を愛でようとした結果、周囲の人間(とくにエルフ)に崇拝され、勘違いが勘違いを呼んで国を動かしてしまう、予測不能な異世界もふもふライフ!

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

処理中です...