真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます

難波一

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第五章 魔導帝国ベルゼリア編

第97話 吠えろ!パグ顔の拳!

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 「……フッ……実に、見事な技でした」


 ピッジョーネが、燕尾服の裾を翻しながらふわりと後方へ跳び退いた。

 その動きは軽やかでありながら、何かを決意した者の静かな構え。



 「ですが──これ以上、あなたと”対等に踊る”つもりはありませんよ」



 鳩顔が、静かに笑った。

 同時に、空気がざらつく。



 「……貴方の体内に宿る、矮小な魔力自体を……霧散させて差し上げましょう!」



 ビリビリ、と空間が震えた。

 ピッジョーネの手にある二丁拳銃、"魔滅鉄砲ファジョーリ・ピストーレ"が、不気味な白光を放ち始める。

 銃口からは魔力の霧が吹き出し、まるで空間を腐蝕するかのように周囲を歪ませていく。



 「で、出ますぞ!!」


 ポルメレフが生み出した土壁で作った簡易塹壕から、藤野マコトが立ち上がった。顔は興奮に満ち、発する言葉はさらに早口になっている。



 「拙者の主力サモモン(注:サモン・モンスターの略)ピッジョーネの必殺技!! あれこそが、“月砲心滅弾クルックス・ハート・ブレイカー”!!
"わざ威力"で言えば130は下りますまい!」

 「この技は、相手が放つ魔法だけでなく、なな、なんと──相手の体内魔力そのものすらも霧散させてしまうという大技でして!!実際、過去にこの技を受けて再起不能になった相手は数十名──」


 ポカン!


 乾いた音とともに、藤野の後頭部に手が当たる。


 「敵に技の性質を説明すんな、バカ!!」


 高崎ミサキが、ピシャリとツッコんだ。


 「い、いえ!これは!お約束のようなものでして!実況的な……!」


 藤野は涙目になりながら、姿勢を立て直す。

 その横で、グェルはというと──


 「ハッ、ハッ、ハッ……」


 重たく呼吸を繰り返しながらも、ステップを止めていなかった。

 巨大な肉体が、軽やかに揺れる。

 左右の足を交互に前後に小さく動かす、獣人流のペンデュラムシャッフル。

 パグ顔のまま、どこかワクワクしているような笑みを浮かべていた。



 「……来いよ、決め技……!」

 「ボクは今ここで、お前を……魔王四天王を超えて、オスになるんだッ!!」



 「……ふふ」


 ピッジョーネの瞳に、一瞬の敬意のようなものが灯った。


 「では、誇りに思いなさい──あなたは、この技を見る最後の生者となる」


 彼は、二丁拳銃を胸元で交差させるように構えた。


 「弾けなさい……"魔滅鉄砲ファジョーリ・ピストーレ"……!!」


 その口が、呪文のように名を紡ぐ。



 「──”月砲心滅弾クルックス・ハート・ブレイカー”!!」



 両腕を、勢いよく左右へ!


 ジャキィィィィン!!


 二丁の銃口が炸裂し、そこから──

 まるで“弾丸型のレーザー”のような光が、数十発、一斉に放たれた!!



 「なッ──!? うおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」



 グェルの両目が見開かれる。

 飛来するのは実弾ではない。
 光の塊だ。だがそれは、霧散の魔力を纏い──“魔法そのもの”を食らう殺意の奔流!


 ブゥン! ブゥン! ブゥゥゥゥゥン!!


 空間に唸りを上げながら、ホーミングレーザーの如くグェルに殺到する!



 「た、隊長~~~~~~~~~~~~~~~ッッッ!!!!」



 ポルメレフの絶叫が響いた。



 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ!!!!!!



 爆裂音。

 弾丸が、グェルの身体に、頭に、胸に、腕に──全身に降り注いだ。

 轟音。衝撃。衝動。土煙。

 まるで戦場に砲弾が落ちたかのように、あたり一面が砂塵で覆われていく。

 煙の中で、何も見えない。


 ──だが。


 その中心で、ピッジョーネは、静かに呟いた。



 「……ホッホッホロッホー……」



 燕尾の裾をはためかせ、銃口を空へ向けながら、満足そうに笑う。



 「“月砲心滅弾クルックス・ハート・ブレイカー“の直撃を受けては……」

 「貴方の体内魔力は……全て、霧散してしまったでしょう……」



 土煙の中にいるグェルは、見えない。

 けれど、その声すらも、届かない。



 「もはや──貴方に、戦う力など……残ってはいません……」



 そう、確信を込めて。

 鳩の魔人は、静かに勝利を宣言した──。



 しかし、次の瞬間───



 爆風の余韻が渦巻く中、濛々と立ち込める土煙の帳を裂いて、黒い弾丸のごとき影が飛び出した。



 「な、何ですって──!?」



 ピッジョーネの双眼が驚愕に見開かれる。


 その瞳が捉えたのは、あり得ざる光景──

 全身に弾痕を纏いながらも、なお鋭い軌道で突進する、犬顔の──いや、“王狼”の如き風貌と闘気を纏った獣人・グェルの姿だった。



 「ワンォラッ!!」



 雄叫びと共に、グェルの右足が横薙ぎに振るわれる。

 その蹴撃はまさに迅雷──一撃でピッジョーネの右手の銃をはじき飛ばし、返す左足で二丁目の魔滅鉄砲ファジョーリ・ピストーレも宙へと舞わせる。



 「グルルルッ……!」



 次の瞬間、グェルの身体が空気を切り裂きながら横回転する。

 低く唸るような風切り音が辺りに響き、渾身の後ろ回し蹴りが、ピッジョーネの顎を打ち上げた。



 「ホロッ……ホァ……ッ!!」



 下クチバシがガクンと跳ね、ピッジョーネの身体が揺れる。脳に衝撃が走り、視界がぐらりと傾いた。関節が脱力し、身体がその場にふらつく。



 「な……何故……魔力が霧散していないのです……ッ!?」



 その問いに、グェルは低く、しかし確かに言葉を返す。



 「……お前の弾丸が霧散させる“魔力”とは……魂が器から溢れ出た、ただの残滓に過ぎない……ッ」


 ──ズゥン……!


 全身から立ち上がる闘気が、地を這う獣の咆哮のように空気を震わせる。


 「ボクのこの姿はな……この“少ない魔力量”を、過不足なく包み込む、“ベストの大きさ”なんだ……!!」


 グェルの両足が地を強く踏みしめる。


 「……魂が完全に肉体に内包されたボクに……お前の弾で、霧散させられる“隙”なんて、あると思うかッ!!」


 その言葉には、怯えも、迷いもなかった。



 「……ボクの小さな爪じゃ……ちっぽけな石すら、切り裂けやしない……!」


 グェルの右手が、ゆっくりと拳を握りしめていく。


 「だったらッ……!」


 引き絞るようにして、その拳を腰だめに構える。



 「強く握って……“拳骨げんこつ”を作ればいいッッ!!」



 ピッジョーネの瞳が怯えに揺れる。直感が告げる。

 ──これは、避けられない。



 「──ま、待っ──」



 言いかけた言葉の上に、獣の絶叫が重なる。



 「"王狼崩拳撃フェンリル・インパクト"ッッ!!」



 その瞬間、グェルの拳が一筋の稲妻となってピッジョーネの胴へと突き刺さった。

 フェンリル族の全魔力・膂力を、人間サイズの拳に全て乗せた、渾身の一撃。

 風を裂き、空気を破り、音が消えた。

 ──否。あまりにも速く、重く、鋭い打撃だったがゆえに、空気が振動を追いきれず、数秒遅れて爆発音のような轟きが響き渡る。


 ──ドゴォォォッ!!


 「グゥ……ホロ……ホ……!」


 ピッジョーネの細長い脚が浮き、タキシードは裂け、身体はくの字に曲がる。


 次の瞬間──


 「ホロロロロロロロロァァ────ッ!!?」


 ピッジョーネの奇声が、打撃の余波に押し出されるように響き渡る。

 彼の華奢な鳩の身体は、高速回転しながらトンネル内を吹き飛んだ。

舞い上がる布切れ、ばら撒かれる羽根、そして──


 「ぬおッ!? 高崎氏!あぶなぁいッ!!」


 咄嗟に飛び出したのは藤野マコトだった。

 あまりにも俊敏な反応に、ミサキの目が一瞬見開かれる。


 「えっ──わ、ちょ、藤野っ!?」

 「ぬおおおッ!!」


 マコトはミサキを腕でドンと押しやる。ミサキは横に転がり、間一髪で回転体ピッジョーネの軌道から外れる。だが、代わりにマコトの身体が──


 「ぐぇあッ!!」


 鳩とオタクが激突した。

 二人はそのままトンネルの床に転がり、ズサァッとすべるように停止する。

 しばらくして──


 「藤野ッ!?」


 ミサキが駆け寄る。

 その顔には本気で驚いたような焦りが浮かんでいた。普段は軽口ばかり叩く相手が、真っ直ぐな目で自分を庇った──それだけで、胸の奥が少しだけざわついた。


 「だ、大丈夫!? ちょっと!」


 その呼びかけに、藤野はうっすらと目を開け──


 「拙者……目の前が……真っ暗になりましたぞ……」


 ぽつりと、儚く呟いた。


 「……ガクッ」


 そして、力なく気絶。

 同じく、その隣に転がるピッジョーネも白目を剥いて、ぐったりと横たわっていた。

 上等なタキシードはボロ布になり、下クチバシは半開きでぴくりとも動かない。


 「…………」


 静寂がトンネルを包んだ。

 そして──



 「も、もう……限界……ッ……」



 その声は、震えるように後方から漏れた。

 振り返れば、そこにいたのは──

 グェルだった。

 先ほどまで鋼鉄の肉体を誇った”獣人化”の姿は、もはや影もない。

 魔力の収束が解かれ、ボワンッと短い音と共に、元の──5メートル級の大きなパグの姿に戻っていた。



 「ハッ……ハッ……ハッ……!」



 荒く息をつき、べたんと後ろ足を投げ出して地面にへたり込む。

 全身の筋肉が痙攣し、白く蒸気を立てている。明らかに、限界を超えていた。

 だが──その顔は、どこか満足げだった。



 「隊長ぉおおお~~っ!!」



 巨・ポメラニアンのポルメレフが、駆け寄ってきた。

 どてどてと走る巨体は、まるで子犬のような喜びに満ちている。



 「うう……ウチ、感動しました~~っ!!」



 その大きな目に涙を浮かべながら、全身でグェルにしがみつく。



 「本当に……本当に……めっちゃキモカッコよかったです~~っ!!」


 「…………」



 グェルは、うつ伏せのまま微動だにしなかった。

 が──口だけは、ぼそりと動いた。



 「……“キモ”って付けるの……ヤメて……ほんとに……」



 その言葉に、ポルメレフはますます涙ぐみ、ギュウウと抱きしめた。



 「キモカッコよすぎてもう、言葉が出ません~~!」


 「お前、もう、ワザとだろ、それ……」



 吐き捨てるようにぼやいたグェルのパグ顔は、疲労と安堵、そして少しの誇りに満ちていた。
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