98 / 258
第五章 魔導帝国ベルゼリア編
第96話 犬人 vs. 鳥人
しおりを挟む
フォルティア荒野の地下──
それは、かつて文明の残滓が埋もれ、今なお謎多き広大な金属トンネル群だった。
蛍光灯のような光源が等間隔に灯り、床は滑らかな合金製、壁には何らかのコードやパネルが埋め込まれている。
まるで未来と神話が混在する、異様な空間である。
そんな場所の一角。
先ほどまで土と雷をまとって暴れ回っていた、五メートル級のパグ型フェンリルが──突如として変化を遂げた。
ふいに輝いた魔力の奔流が収まったとき、そこに立っていたのは、明らかに“異様”な存在だった。
身の丈およそ二メートル。
首から上は丸っこいパグの顔。そのまま。
だが──その下は、見紛うことなきマッチョな人間の体。
むき出しの筋肉は油のように鈍く光り、肌の質感はそのまま犬。
そして何より、黒のビキニパンツ一丁という謎の戦闘スタイル。
──その姿に、場が一瞬凍りつく。
「「……キモッ!!」」
敵味方の区別なく、思わず飛び出した悲鳴のような感想が、トンネル内に木霊した。
パグ顔の“それ”──いや、グェルはズーンと肩を落とし、斜め下を見つめた。
その耳がわずかに垂れているのは、ショックの表れか。
「……頑張って編み出した新スキルなのに……みんなの第一声がそれって……ポルメレフ、お前まで……」
くぐもったような声が、妙に艶のある胸筋のあたりから発せられる。
ポルメレフが、五メートル級のフワモコな巨体を小刻みに震わせて駆け寄ってくる。
もともと陽気でお調子者な性格だが、さすがに空気を察したらしい。
「た、隊長~……!い、今のはつい出ちゃったっていうか~……その……隊長の変身した姿が、あまりにもアレだったから、って言うか~……言葉のあやですって~……!」
気まずそうに笑いながら、耳をぺたんと伏せて、しっぽを情けなく垂らす。
一方、その様子を、少し離れた位置から見ていたのは──鳩の顔にタキシード姿の魔人、ピッジョーネである。
その表情は、相変わらず冷静で整っていた。
だが、その双眸──白く縁取られた鳥類特有の目には、はっきりとした“違和感”が浮かんでいる。
(ホロッホー……サイズが五メートルから二メートルへ。加えて、この変身……驚きましたが……)
ピッジョーネは、自らの魔力感知に集中しながら、静かに思考を巡らせる。
(魔力総量そのものは変わっていない……私に比べれば遥かに小さい……)
けれども、なぜだ。
(……なのに、何なのですか……?この、得体の知れないプレッシャーは……?)
ただそこに立っているだけの“それ”から、確かな圧が伝わってくる。
まるで、魂そのものが牙を剥いて笑っているような──そう、“今まで感じた事の無い気配”がそこにあった。
人型の筋肉が唸るように隆起し、肩の稜線が妖しく光る。
それを支えるのは、見覚えのある無垢なパグの顔だ。
そのギャップこそが、常識という名の防壁を侵食していく。
ピッジョーネは、ごく自然に拳銃のグリップを握り直していた。
──この戦い、“笑えるだけ”では済まされない。
◇◆◇
静寂が、再びトンネルを支配していた。
油を塗ったかのように黒光りする筋肉。
ビキニパンツ一丁の巨躯を晒し、グェルは一瞬だけ目を閉じる。
──信頼してくれたアルド坊ちゃんの前で、カッコ悪いとこ、見せてられないッ!
目を見開いたその瞬間。
グェルは表情筋が限界まで引き上げられた、どう見ても「パグの顔のままでキリッとした顔」を作り──
右手、右足をスッと前に出した。
重心を落とし、体をわずかに斜めに。
構えはまるで近代武術、“截拳道”。
「さぁ……もう、これまでの様にはいかないぞッ!」
胸を張って啖呵を切ると、グェルは鼻の下を親指でクイッとぬぐった。
そのまま、右手の平を上に向け、指を二度クイクイッと動かす。
“かかってこい”──強者の余裕を感じさせる挑発。
先程、アルドが魔導機兵隊に向けてやった動作を真似て、カッコつけたのだ。
「ホッホッホロッホー……」
ピッジョーネは、すっと細めたハト目でその姿を見つめた。
「姿が変わったことには驚きましたが……魔力量は変化していない。我が魔力の奔流と比較すれば、その程度──雲泥の差でございます」
鳩の顔に、上品な笑みが浮かぶ。
二丁の拳銃が、音もなく構えられた。
──魔滅鉄砲。
魔力を“霧散”させる特異な武装。その銃口が、グェルに向けられる。
だが。
「……"魔力量の大きさ"なら、確かにその通りだ……」
グェルはフッと短く息を吐き、鼻の穴を広げる。
「だが……ボクは“量”じゃなく、“質”で戦うスタイルが合ってるらしくてね……ッ!」
言葉が終わると同時だった。
風が、裂けた。
「なっ……!?」
ピッジョーネの目が見開かれる。
鳩の目が、驚愕に染まった。
グェルの巨体が、一瞬にして目の前まで詰め寄っていたのだ。
速い。
ありえない。
この巨体で、こんな初動速度──
「ク……クルックー……ッ!?」
反応よりも速く、右の拳が中段から突き上げるように伸びる。
拳が、ピッジョーネの鳩尾を正確に穿った。
衝撃で背中が丸くなり、吐息のような鳴き声が漏れる。
ズガァアッ!!
そのまま後方へ弾かれるように吹き飛び、地面に靴が擦れる音を響かせながらズザーッと滑っていくピッジョーネ。
だが、なんとか両足を踏ん張って転倒は免れた。
──痛撃。だが、まだ倒れてはいない。
その光景を、後方から見ていたマコトは、目を見開き、眼鏡を持ち上げた指を震わせる。
「あ、あのパグ人間の戦闘スタイル……あれはッ……!往年のブルース・リーが築いた“ジークンドー”!?右利きながら右手を前に構えることで、最速の一撃を最短で叩き込む超実戦型格闘術ですぞ!!」
「いや、知らないし!」
早口で捲し立てるマコトを、隣でミサキがバッサリと切り捨てる。
「てかハトちゃん、大丈夫!?生きてる!?」
ピッジョーネは肩を軽く上下させ、スーツの襟を正すように身を整える。
「ご心配、痛み入ります、ミサキお嬢様。問題、ありません」
そう答えるその姿は、妙に優雅だったが──
その手の二丁拳銃には、確かに怒気が宿っていた。
一方、グェルの後方で、ポルメレフが尻尾をブンブン振って歓声を上げていた。
「た、隊長~っ……!キモカッコいいです~っ!!」
「“キモ”の部分、わざわざ言わなくてもよくない!?」
ガクッと肩を落とし、思わず振り返るグェル。
だが、次の瞬間には表情を切り替え、ピッジョーネへと視線を戻す。
パグ顔の奥。
そこには、確かな闘志が宿っていた。
◇◆◇
──風を、斬る。
グェルが地を蹴った瞬間、空気が爆ぜた。
「キャオラッッッ!!」
筋肉の塊と化した巨体が宙を舞う。
回転。回転。さらに回転。
その蹴りは、重さと速さを兼ね備えた一本の”獣人の刃”。
「胴回し回転蹴りッ!!」
宙から繰り出された、怒涛の一撃。
「ホッホッホロッホー!!」
応じたのは、燕尾服の鳩紳士。
二丁拳銃、"魔滅鉄砲"を素早く反転させ──
金属のグリップ部でクロスガード。
ガァンッ!!
重金属がぶつかり合ったような衝撃音が、トンネル内に響いた。
「ぬうッ……!なかなかの重量感ですな!」
「くッ!!ガードされたかッ!?」
グェルは空中で態勢を戻し、着地と同時に肘打ちを突き出す。
ピッジョーネは即座に拳銃をクロスして受け流し、そのまま零距離でグェルに向かって拳銃の引き金を引く。
──ダァァン!!
すぐ目の前で発射された弾丸が、グェルの頭をかすめる。
「格闘術に射撃を組み合わせただとッ!?」
「"ガン=グラップル"という格闘術でございますよ。弾丸の雨のみならず、接近戦でも相棒と共に優雅でありたいのが我が主義──!」
二丁拳銃が、ハトの両手の中で踊る。
打突。
撫で打ち。
ゼロ距離射撃。
まるで舞踏のような動きで、ピッジョーネは銃口を振りながらグェルの打撃を受け流し、時折逆襲を挟む。
一方のグェルは、構えを崩さない。
獣であることを捨てたかの様な、人の姿。
その肉体を精密にコントロールし──
「ワンッ!!」
拳を突き出し、膝を突き上げ、肘を叩き込む。
まるで打撃の全てを“最短距離”で組み立てているかのような合理性。
その一撃一撃に、重量と正確性がある。
「ホロッホー……やりますねッ!」
「まだまだッ!!ボクの新スキルは伊達じゃないぞッ!!」
拳が閃き、銃が鳴る。
弾丸と拳、金属と肉のぶつかり合いが、火花を散らす。
──どちらも、一歩も譲らない。
ガン=グラップルの回避と反撃。
ジークンドーの直線的打撃とスピード。
技と技。
美学と美学。
パグとハト。
それらすべてが、今この瞬間、交差している。
「クルルル……!」
小さく、ピッジョーネが鼻を鳴らした。
その瞳に、焦りが浮かぶ。
(……おかしい……)
接近戦の連続に、気付けば呼吸が乱れ始めていた。
防御に意識を割くことが多くなり、攻撃のリズムが崩れている。
(この魔力量の少ない犬頭の彼が……なぜ……!)
ピッジョーネのハトの額から、一筋の汗が伝う。
(私と……強欲魔王四天王たるこの私と……
互角に、肉弾で渡り合える……?)
それは誇り高き鳩魔人にとって、あり得ぬ現象だった。
魔力の大小が、すべてを決めるこの世界で──
この男は、“それ以外の何か”で、抗っている。
「貴方……一体……何者ですか?」
問いかけは、自然と漏れた。
だがグェルは、構えを崩さず、むしろニッと笑う。そのパグ顔に──妙な色気すら宿しながら。
「ボクは、隊長だ!"わんわん開拓団"の、な……!それ以上でも、それ以下でもないッ!」
「……妙にカッコよく聞こえるのが癪ですな」
二人は再び、構える。
肉体が軋み、息が荒れ、汗が流れる。
けれど──
その瞳は、どこまでも冴えていた。
それは、かつて文明の残滓が埋もれ、今なお謎多き広大な金属トンネル群だった。
蛍光灯のような光源が等間隔に灯り、床は滑らかな合金製、壁には何らかのコードやパネルが埋め込まれている。
まるで未来と神話が混在する、異様な空間である。
そんな場所の一角。
先ほどまで土と雷をまとって暴れ回っていた、五メートル級のパグ型フェンリルが──突如として変化を遂げた。
ふいに輝いた魔力の奔流が収まったとき、そこに立っていたのは、明らかに“異様”な存在だった。
身の丈およそ二メートル。
首から上は丸っこいパグの顔。そのまま。
だが──その下は、見紛うことなきマッチョな人間の体。
むき出しの筋肉は油のように鈍く光り、肌の質感はそのまま犬。
そして何より、黒のビキニパンツ一丁という謎の戦闘スタイル。
──その姿に、場が一瞬凍りつく。
「「……キモッ!!」」
敵味方の区別なく、思わず飛び出した悲鳴のような感想が、トンネル内に木霊した。
パグ顔の“それ”──いや、グェルはズーンと肩を落とし、斜め下を見つめた。
その耳がわずかに垂れているのは、ショックの表れか。
「……頑張って編み出した新スキルなのに……みんなの第一声がそれって……ポルメレフ、お前まで……」
くぐもったような声が、妙に艶のある胸筋のあたりから発せられる。
ポルメレフが、五メートル級のフワモコな巨体を小刻みに震わせて駆け寄ってくる。
もともと陽気でお調子者な性格だが、さすがに空気を察したらしい。
「た、隊長~……!い、今のはつい出ちゃったっていうか~……その……隊長の変身した姿が、あまりにもアレだったから、って言うか~……言葉のあやですって~……!」
気まずそうに笑いながら、耳をぺたんと伏せて、しっぽを情けなく垂らす。
一方、その様子を、少し離れた位置から見ていたのは──鳩の顔にタキシード姿の魔人、ピッジョーネである。
その表情は、相変わらず冷静で整っていた。
だが、その双眸──白く縁取られた鳥類特有の目には、はっきりとした“違和感”が浮かんでいる。
(ホロッホー……サイズが五メートルから二メートルへ。加えて、この変身……驚きましたが……)
ピッジョーネは、自らの魔力感知に集中しながら、静かに思考を巡らせる。
(魔力総量そのものは変わっていない……私に比べれば遥かに小さい……)
けれども、なぜだ。
(……なのに、何なのですか……?この、得体の知れないプレッシャーは……?)
ただそこに立っているだけの“それ”から、確かな圧が伝わってくる。
まるで、魂そのものが牙を剥いて笑っているような──そう、“今まで感じた事の無い気配”がそこにあった。
人型の筋肉が唸るように隆起し、肩の稜線が妖しく光る。
それを支えるのは、見覚えのある無垢なパグの顔だ。
そのギャップこそが、常識という名の防壁を侵食していく。
ピッジョーネは、ごく自然に拳銃のグリップを握り直していた。
──この戦い、“笑えるだけ”では済まされない。
◇◆◇
静寂が、再びトンネルを支配していた。
油を塗ったかのように黒光りする筋肉。
ビキニパンツ一丁の巨躯を晒し、グェルは一瞬だけ目を閉じる。
──信頼してくれたアルド坊ちゃんの前で、カッコ悪いとこ、見せてられないッ!
目を見開いたその瞬間。
グェルは表情筋が限界まで引き上げられた、どう見ても「パグの顔のままでキリッとした顔」を作り──
右手、右足をスッと前に出した。
重心を落とし、体をわずかに斜めに。
構えはまるで近代武術、“截拳道”。
「さぁ……もう、これまでの様にはいかないぞッ!」
胸を張って啖呵を切ると、グェルは鼻の下を親指でクイッとぬぐった。
そのまま、右手の平を上に向け、指を二度クイクイッと動かす。
“かかってこい”──強者の余裕を感じさせる挑発。
先程、アルドが魔導機兵隊に向けてやった動作を真似て、カッコつけたのだ。
「ホッホッホロッホー……」
ピッジョーネは、すっと細めたハト目でその姿を見つめた。
「姿が変わったことには驚きましたが……魔力量は変化していない。我が魔力の奔流と比較すれば、その程度──雲泥の差でございます」
鳩の顔に、上品な笑みが浮かぶ。
二丁の拳銃が、音もなく構えられた。
──魔滅鉄砲。
魔力を“霧散”させる特異な武装。その銃口が、グェルに向けられる。
だが。
「……"魔力量の大きさ"なら、確かにその通りだ……」
グェルはフッと短く息を吐き、鼻の穴を広げる。
「だが……ボクは“量”じゃなく、“質”で戦うスタイルが合ってるらしくてね……ッ!」
言葉が終わると同時だった。
風が、裂けた。
「なっ……!?」
ピッジョーネの目が見開かれる。
鳩の目が、驚愕に染まった。
グェルの巨体が、一瞬にして目の前まで詰め寄っていたのだ。
速い。
ありえない。
この巨体で、こんな初動速度──
「ク……クルックー……ッ!?」
反応よりも速く、右の拳が中段から突き上げるように伸びる。
拳が、ピッジョーネの鳩尾を正確に穿った。
衝撃で背中が丸くなり、吐息のような鳴き声が漏れる。
ズガァアッ!!
そのまま後方へ弾かれるように吹き飛び、地面に靴が擦れる音を響かせながらズザーッと滑っていくピッジョーネ。
だが、なんとか両足を踏ん張って転倒は免れた。
──痛撃。だが、まだ倒れてはいない。
その光景を、後方から見ていたマコトは、目を見開き、眼鏡を持ち上げた指を震わせる。
「あ、あのパグ人間の戦闘スタイル……あれはッ……!往年のブルース・リーが築いた“ジークンドー”!?右利きながら右手を前に構えることで、最速の一撃を最短で叩き込む超実戦型格闘術ですぞ!!」
「いや、知らないし!」
早口で捲し立てるマコトを、隣でミサキがバッサリと切り捨てる。
「てかハトちゃん、大丈夫!?生きてる!?」
ピッジョーネは肩を軽く上下させ、スーツの襟を正すように身を整える。
「ご心配、痛み入ります、ミサキお嬢様。問題、ありません」
そう答えるその姿は、妙に優雅だったが──
その手の二丁拳銃には、確かに怒気が宿っていた。
一方、グェルの後方で、ポルメレフが尻尾をブンブン振って歓声を上げていた。
「た、隊長~っ……!キモカッコいいです~っ!!」
「“キモ”の部分、わざわざ言わなくてもよくない!?」
ガクッと肩を落とし、思わず振り返るグェル。
だが、次の瞬間には表情を切り替え、ピッジョーネへと視線を戻す。
パグ顔の奥。
そこには、確かな闘志が宿っていた。
◇◆◇
──風を、斬る。
グェルが地を蹴った瞬間、空気が爆ぜた。
「キャオラッッッ!!」
筋肉の塊と化した巨体が宙を舞う。
回転。回転。さらに回転。
その蹴りは、重さと速さを兼ね備えた一本の”獣人の刃”。
「胴回し回転蹴りッ!!」
宙から繰り出された、怒涛の一撃。
「ホッホッホロッホー!!」
応じたのは、燕尾服の鳩紳士。
二丁拳銃、"魔滅鉄砲"を素早く反転させ──
金属のグリップ部でクロスガード。
ガァンッ!!
重金属がぶつかり合ったような衝撃音が、トンネル内に響いた。
「ぬうッ……!なかなかの重量感ですな!」
「くッ!!ガードされたかッ!?」
グェルは空中で態勢を戻し、着地と同時に肘打ちを突き出す。
ピッジョーネは即座に拳銃をクロスして受け流し、そのまま零距離でグェルに向かって拳銃の引き金を引く。
──ダァァン!!
すぐ目の前で発射された弾丸が、グェルの頭をかすめる。
「格闘術に射撃を組み合わせただとッ!?」
「"ガン=グラップル"という格闘術でございますよ。弾丸の雨のみならず、接近戦でも相棒と共に優雅でありたいのが我が主義──!」
二丁拳銃が、ハトの両手の中で踊る。
打突。
撫で打ち。
ゼロ距離射撃。
まるで舞踏のような動きで、ピッジョーネは銃口を振りながらグェルの打撃を受け流し、時折逆襲を挟む。
一方のグェルは、構えを崩さない。
獣であることを捨てたかの様な、人の姿。
その肉体を精密にコントロールし──
「ワンッ!!」
拳を突き出し、膝を突き上げ、肘を叩き込む。
まるで打撃の全てを“最短距離”で組み立てているかのような合理性。
その一撃一撃に、重量と正確性がある。
「ホロッホー……やりますねッ!」
「まだまだッ!!ボクの新スキルは伊達じゃないぞッ!!」
拳が閃き、銃が鳴る。
弾丸と拳、金属と肉のぶつかり合いが、火花を散らす。
──どちらも、一歩も譲らない。
ガン=グラップルの回避と反撃。
ジークンドーの直線的打撃とスピード。
技と技。
美学と美学。
パグとハト。
それらすべてが、今この瞬間、交差している。
「クルルル……!」
小さく、ピッジョーネが鼻を鳴らした。
その瞳に、焦りが浮かぶ。
(……おかしい……)
接近戦の連続に、気付けば呼吸が乱れ始めていた。
防御に意識を割くことが多くなり、攻撃のリズムが崩れている。
(この魔力量の少ない犬頭の彼が……なぜ……!)
ピッジョーネのハトの額から、一筋の汗が伝う。
(私と……強欲魔王四天王たるこの私と……
互角に、肉弾で渡り合える……?)
それは誇り高き鳩魔人にとって、あり得ぬ現象だった。
魔力の大小が、すべてを決めるこの世界で──
この男は、“それ以外の何か”で、抗っている。
「貴方……一体……何者ですか?」
問いかけは、自然と漏れた。
だがグェルは、構えを崩さず、むしろニッと笑う。そのパグ顔に──妙な色気すら宿しながら。
「ボクは、隊長だ!"わんわん開拓団"の、な……!それ以上でも、それ以下でもないッ!」
「……妙にカッコよく聞こえるのが癪ですな」
二人は再び、構える。
肉体が軋み、息が荒れ、汗が流れる。
けれど──
その瞳は、どこまでも冴えていた。
97
あなたにおすすめの小説
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
家族転生 ~父、勇者 母、大魔導師 兄、宰相 姉、公爵夫人 弟、S級暗殺者 妹、宮廷薬師 ……俺、門番~
北条新九郎
ファンタジー
三好家は一家揃って全滅し、そして一家揃って異世界転生を果たしていた。
父は勇者として、母は大魔導師として異世界で名声を博し、現地人の期待に応えて魔王討伐に旅立つ。またその子供たちも兄は宰相、姉は公爵夫人、弟はS級暗殺者、妹は宮廷薬師として異世界を謳歌していた。
ただ、三好家第三子の神太郎だけは異世界において冴えない立場だった。
彼の職業は………………ただの門番である。
そして、そんな彼の目的はスローライフを送りつつ、異世界ハーレムを作ることだった。
ブックマーク・評価、宜しくお願いします。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました
由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。
彼女は何も言わずにその場を去った。
――それが、王太子の終わりだった。
翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。
裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。
王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。
「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」
ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。
【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】
最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。
戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。
目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。
ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!
彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!!
※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中
白いもふもふ好きの僕が転生したらフェンリルになっていた!!
ろき
ファンタジー
ブラック企業で消耗する社畜・白瀬陸空(しらせりくう)の唯一の癒し。それは「白いもふもふ」だった。 ある日、白い子犬を助けて命を落とした彼は、異世界で目を覚ます。
ふと水面を覗き込むと、そこに映っていたのは―― 伝説の神獣【フェンリル】になった自分自身!?
「どうせ転生するなら、テイマーになって、もふもふパラダイスを作りたかった!」 「なんで俺自身がもふもふの神獣になってるんだよ!」
理想と真逆の姿に絶望する陸空。 だが、彼には規格外の魔力と、前世の異常なまでの「もふもふへの執着」が変化した、とある謎のスキルが備わっていた。
これは、最強の神獣になってしまった男が、ただひたすらに「もふもふ」を愛でようとした結果、周囲の人間(とくにエルフ)に崇拝され、勘違いが勘違いを呼んで国を動かしてしまう、予測不能な異世界もふもふライフ!
異世界転生旅日記〜生活魔法は無限大!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
農家の四男に転生したルイ。
そんなルイは、五歳の高熱を出した闘病中に、前世の記憶を思い出し、ステータスを見れることに気付き、自分の能力を自覚した。
農家の四男には未来はないと、家族に隠れて金策を開始する。
十歳の時に行われたスキル鑑定の儀で、スキル【生活魔法 Lv.∞】と【鑑定 Lv.3】を授かったが、親父に「家の役には立たない」と、家を追い出される。
家を追い出されるきっかけとなった【生活魔法】だが、転生あるある?の思わぬ展開を迎えることになる。
ルイの安寧の地を求めた旅が、今始まる!
見切り発車。不定期更新。
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る
マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息
三歳で婚約破棄され
そのショックで前世の記憶が蘇る
前世でも貧乏だったのなんの問題なし
なによりも魔法の世界
ワクワクが止まらない三歳児の
波瀾万丈
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる