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第五章 魔導帝国ベルゼリア編
第95話 グェル、目醒める(意味深)
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金属質の風鳴りが、地下に響いていた。
そこは、遥か昔に何者かの手によって造られた、人工のトンネル。
近未来的な構造物が連なるその空間に、今や激しい戦闘の音が鳴り響いていた。
「──ホロロロッホ! ホロロロロロロロッホォォ!!」
──ガガガガガガガガッッ!!
二丁の緑鉄の拳銃から、雨あられのように魔力の弾が放たれていた。
その男──否、その“鳩面の魔人”こそ、藤野マコトが呼び出した、奇怪なる存在。
タキシードに身を包み、礼儀作法を忘れぬその姿の異様さが、かえって恐怖をかき立てる。
「"魔滅鉄砲"…!」
その二丁拳銃が撃ち出すのは、魔力を“霧散”させる特異な魔弾。
すでに何本もの雷撃と土槍が霧のように消え去っていた。
「ホッホッホロッホー。私の攻撃をここまで防ぐとは、大したものです」
ニチャ、と音を立てるような笑み。
ピッジョーネは上体を反らし、タキシードの胸元を両手で押し広げた。
「ご褒美に、タキシードの胸元をはだけて、ハトの頭と人間の胴体のちょうど境目を見せて差しあげてもよろしいですよ?」
「いらんわ!!気色悪いッ!!」
即答であった。
塹壕の奥で吠えたのは、灰色の毛並みをした5m級のパグ型フェンリル──グェル。
その横で、ふわふわのポメラニアン姿のフェンリル、ポルメレフがこそっと呟いた。
「う、ウチは……ちょっと見てみたいです~……」
「見なくていい!そんなもの!!」
塹壕の壁がバリバリと崩れる。ピッジョーネの魔弾が容赦なく着弾し、土魔法で固められた防壁が削られていく。
「うわぁっ!? もう持たないです~隊長~!」
「畜生……しつこいヤツめッ……!」
グェルが唸る。唸りながらも、次の手を考えていた。
すると、横のポルメレフが声を潜めて言った。
「た、隊長~。これ、ウチらだけじゃどうしようも無くないですか~……? やっぱり……アルドさんに手伝ってもらった方がいいんじゃ……」
その言葉に、グェルは僅かに目を伏せた。
(……確かに。アルド坊ちゃんに頼めば、このトリ頭くらい、一瞬で倒してくれるだろう……)
思わず視線を遠くに送る。
地下空間の反対側、別の交戦区域。
そこで、軍服姿の少年が振るう、雷撃を纏ったサーベルを、ひょいひょいと軽々躱していた。
一条雷人の雷撃剣術を、紙一重で受け流し、まるで舞うように翻弄している。
その背後から撃ち込まれた対物ライフルの弾すら、アルドは指先で弾いた。
それでもなお、彼の瞳は、グェルたちの方を見ていた。
“そっちは任せたよ”、と言わんばかりに。
(──いや)
グェルは心の中で首を横に振った。
(アルド坊ちゃんは、ボクたちを信じて、この戦場を任せてくださってるんだ)
彼の瞳が、強くなる。
(だったら……その信頼に応えなきゃ、漢が廃る!!)
がっしりとした前脚に力がこもる。
塹壕の揺れが止まらない。だが、その中でグェルの身体だけが揺るがなかった。
「──ポルメレフ!!」
「は、はいッ!? なんですか隊長!」
「アルド坊ちゃんに頼るのは、最後の最後だッ!」
「は、はいな!」
「ボクは……ここで、強い漢になるッ!!」
グェルのパグ顔が、これ以上ないほどキリッと引き締まった。
塹壕の向こう側。タキシード姿の鳩魔人が、二丁の拳銃を再び構える。
「ホロッホー……良い目をしていますね。では……私も少しだけ、本気を出して差し上げましょう」
霧散の魔弾が再び、地下に降り注ごうとしていた。
だが、その瞬間。
グェルの中に、確かに何かが芽吹き始めていた──。
◇◆◇
雷鳴のような銃声がまた響き、塹壕の土壁が削られた。
乾いた破裂音と共に、地の奥深くを抉るような轟音がトンネルに反響する。
グェルとポルメレフは土壁の影に身を潜めながら、その異様な戦場に踏みとどまっていた。
「……ポルメレフ」
低く、唸るような声。パグ顔のフェンリル、グェルが静かに言った。
「ヤツに勝つには、ボクの新しいスキルが必要だ」
ポルメレフは小首をかしげる。自分と同じく巨大な獣の姿でありながら、その表情は明らかに戸惑っていた。
「スキル……? そんな奥の手があるなら、はじめっから使ってくだされば~……」
「……だが、まだ完全に発現していない」
そう言ったグェルの瞳には、確固たる決意が宿っていた。
「ボクの中には今、芽生えつつある新たな力がある。けど……この力を発動するには、自分の中を流れる“魔力回路”の全容を掴まないといけないんだ」
「まりょくかいろ……?」
「うん。ボクの身体は、少ない魔力量に対しては大きすぎて、魔力の流れが追いきれない。……だから、外部から魔力を流して、ボクの“本当の回路”を浮かび上がらせたいんだ」
グェルは一瞬だけ目を伏せ、そして覚悟を込めた瞳でポルメレフを見据えた。
「ポルメレフ……お前の協力が必要だ」
「……は、はぁ?」
「お前の魔力量は、フェンリル族の中では、王族に次いで大きい……だからッ」
グェルは真剣な顔で、ポルメレフに告げる。
「……ボクの尻に爪を突き刺し、魔力を流してくれ」
塹壕に沈黙が走った。
ピッジョーネの銃声さえ、その瞬間だけ遠のいたように感じられる。
「た、隊長……」
ポルメレフは顔をしかめた。
「いくら隊長が……その……ヒトナーとか、色んな性癖を複合的に兼ね備えた超絶怒涛のアブノーマル・フェンリルだからって、こんな状況でそんなお願いしてくるなんて……! いや~……ウチちょっと無理です~……」
「違う、そうじゃない!!っていうか、ボクのことそんな風に思ってたのッ!?」
グェルが即座に叫ぶ。
「『穴』にじゃない! 尻尾の……付け根だッ!! 魔力を流しやすい位置なんだよ!!」
「そ、そう言われましても~~……」
ポルメレフは思わず後ずさりそうになるが、グェルはさらに真剣な目を向ける。
「頼む……! それが……ボクが“成長する”最後のカギなんだ……!」
その言葉に、ポルメレフはピタリと動きを止めた。
グェルの表情は冗談でも戯れでもなかった。
お願い内容の字面とは裏腹に、炎の中で真剣勝負を挑もうとする武人のような、覚悟の顔だった。
ポルメレフはしばし口をつぐみ、ふぅ、と一つため息をついた。
「……わかりました~。とりあえず、言われた通りやってみます~……でも、どうなっても知りませんよ~?ウチ、訴えられたくないですからねぇ~……」
「訴えない!!」
「場合によっては、ウチが隊長を訴える事になるかも~……」
「訴えないでッ!!そういうのじゃないって!!いいから早く!!」
「じゃ、じゃあ……いきますよっ!」
ポルメレフは渋々とグェルの背後に回ると、その巨大な尻尾の根元を見つめた。
「えーと……この辺でいいんですかね~……」
「う、うん。そこだ……一思いにやってくれッ!」
「えいっ!」
グェルの背に、小さく鋭い爪が突き立った。ビクリと身体が跳ねる。
「おぅふッ!!??」
「ちょ、ちょっとヘンな声出さないでくださいよぉ!」
「だ、大丈夫! 大丈夫だからッ! そのまま魔力を流してくれぇぇぇ……ッ!」
「あ、はいはい~……じゃあ、流しますよ~~……」
ポルメレフが、ためらいがちに魔力を送り込む。
「えいっ……!」
ジュワッと音がした。気がした。
小柄なポメラニアン型フェンリルの鋭い爪が、グェルの尾の付け根、魔力の流れが集中する“魔脈接点”へと突き刺さる。
外部から体内に無理矢理、別の魔力を流すという行為には、相当な痛みが伴うもの──
次の瞬間だった。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛───────ッ!!」
グェルが叫んだ。
途端に、その巨大なパグ型の巨躯がビクンビクンと震え出す。
白目を剥き、舌をだらりと垂らし、電撃に打たれたように全身が痙攣を始めた。
「た、隊長っ!?だ、大丈夫ですか~っ!?」
ポルメレフが慌てて声を上げるが──
「だだだだだだ大丈夫!!大丈夫!!」
グェルは白目のまま、唾を飛ばしながら絶叫した。
「もももももっと続けて─────ッ!!」
「えぇぇええ~~~っ!?ウチ、マジで嫌なんですけどぉ……!」
ポルメレフは顔を引きつらせながらも、言われた通り魔力を流し続ける。だがその様子は、どう見ても尋常ではなかった。
塹壕の向こう側、戦場の対岸。
「……そ、そこのフサフサの貴方……」
二丁拳銃を持つ鳩頭タキシード男、ピッジョーネが、銃撃の手を止め、心底戸惑った声をあげる。
「な、何をなさっているのですか?そちらの方、大丈夫なのですか?」
その異様な光景に、敵味方の区別など一時的に吹き飛んだ。
「ちょ、ちょっと!そっちのパグ、なんかヤバくね!?」
ミサキが叫ぶ。
「ポメラニアンちゃん!?そ…それ、やめた方がいいんじゃないの!?」
「そ、そうですぞ!? 拙者、詳しくは存じませんが、そういうプレイにしては出力が強すぎるのでは!?」
隣のマコトも、目を丸くしていた。
「う、ウチもコレやりたくないんですけど~……!
本人が続けろって言うからぁ~……!」
ポルメレフは両前足をワナワナ震わせながら、なおも魔力を流し続ける。
グェルの全身から、ぶしゅううと蒸気のようなオーラが立ち昇っていく。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛───────ッ!!」
「キタかも!? キタかもコレ────ッ!!」
絶叫。絶叫。絶叫。
全身をビクビク震わせるその姿は──戦場における“覚醒”というには、あまりに異質だった。
その場にいる全員が、顔を引きつらせながら沈黙する。
……まさに今、“何か”が始まろうとしていた。
ただし、全員の心中には──
(キモッ……)
という感情が、等しく芽生えていた。
◇◆◇
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛───────ッ!!」
白目を剥き、泡を吹き、全身を痙攣させながらも──
その中心で、グェルの精神は確かに“何か”を掴もうとしていた。
──ピキュリーン!!
(※フレクサトーン音をイメージしてお楽しみください。)
脳裏に、雷鳴のような閃きが走る。
(……分かった)
全身が震える。
(分かったぞッ!! 魔力の意味がッ!!)
心の底で、何かが叫んでいた。
(肉体とは……魂を内包する器! 魂が姿を変えれば、器もまた姿を変える……!!)
地の底から湧き上がるような直感。
(そして、“魔力”とは即ち、“魂の軒昂”ッ!!)
(奮い立つ魂の叫びから漏れ出る残滓……! それこそが、魔力の正体なんだッ!!)
(ならば……ならばボクは!)
(魔力の本質を掴んだボクは──)
(新たな魂の形! 新たな姿を得られるッ!!)
瞬間。
グェルの全身が眩い光に包まれた。
パグの毛並みに沿って走る稲妻のような魔力。
空気がビリビリと震え、地下トンネル全体が唸りを上げる。
「な、なんですか、これは……っ!?」
ピッジョーネが銃を構えたまま身構える。
「うひゃぁぁあ!? 隊長が発光してるぅ~~~ッ!!」
ポルメレフが後ずさる。
「ちょ、ちょっとマジでアレやばくない!?」
「こ、これは、バトルアニメによくある、新たな力への覚醒展開では!?」
ミサキとマコトも、敵であることを忘れ、顔を手で覆って身をかがめる。
眩しすぎて、誰も正視できない。
やがて──
その閃光が、ふっと、収まった。
光が消えたその場所に立っていたのは、明らかに先ほどまでの“巨獣”ではなかった。
身長、およそ2メートル。
肩幅は広く、背筋は伸び、腕は逞しく、脚はしなやかに締まっている。
まるでギリシャ彫刻のような均整の取れた肉体。
何故か下半身に装着されている黒いビキニパンツ。
だが──その肩の上に乗っていたのは、
愛嬌のある丸っこいパグの顔。
口を半開きにしたまま、全員の視線が凍りついていた。
ポルメレフはポカンとしたまま、口を開いた。
「た………隊長………?」
ピッジョーネの二丁拳銃が、ガクガクと震える。
マコトとミサキは、言葉を失っていた。
そんな中、グェル──いや、“パグ顔人間”がゆっくりと拳を握りしめ、天を仰いだ。
「──"成"った……!」
低く、確かな声だった。
「これが、ボクの新たな姿……新たなスキル……ッ!
“魂身変化”……ッ!!」
握られた拳が、ブルンと震え、筋肉が誇示される。
パグの顔に似合わぬ神々しさすら漂っていた。
グェルはそのまま静かに構え──ピッジョーネに向かって、スッとファイティングポーズを取る。
両足を前後に開き、片腕を突き出し、鋭い眼光(※パグ)で敵を睨んだ。
「さあ……ここからが本番だぞッ!!」
──そして次の瞬間。
「「……キモッッッ!!」」
ミサキとポルメレフの声が、完璧にハモった。
敵同士という立場とは思えぬ、見事なシンクロニシティ。
グェルの顔に、ピシィ……と亀裂のような表情が走る。
「えっ」
目が泳ぐ。
「え、え? え? ちょっ……そんなッ……」
人型(※首から下のみ)になったばかりのグェルは、視線を彷徨わせながら、スッと両腕を下ろし──
オロオロと周囲のリアクションを見渡す。
誰よりも誇らしげに進化を遂げたはずのパグは、周囲のドン引きによって、開始0秒で動揺しきっていた。
そこは、遥か昔に何者かの手によって造られた、人工のトンネル。
近未来的な構造物が連なるその空間に、今や激しい戦闘の音が鳴り響いていた。
「──ホロロロッホ! ホロロロロロロロッホォォ!!」
──ガガガガガガガガッッ!!
二丁の緑鉄の拳銃から、雨あられのように魔力の弾が放たれていた。
その男──否、その“鳩面の魔人”こそ、藤野マコトが呼び出した、奇怪なる存在。
タキシードに身を包み、礼儀作法を忘れぬその姿の異様さが、かえって恐怖をかき立てる。
「"魔滅鉄砲"…!」
その二丁拳銃が撃ち出すのは、魔力を“霧散”させる特異な魔弾。
すでに何本もの雷撃と土槍が霧のように消え去っていた。
「ホッホッホロッホー。私の攻撃をここまで防ぐとは、大したものです」
ニチャ、と音を立てるような笑み。
ピッジョーネは上体を反らし、タキシードの胸元を両手で押し広げた。
「ご褒美に、タキシードの胸元をはだけて、ハトの頭と人間の胴体のちょうど境目を見せて差しあげてもよろしいですよ?」
「いらんわ!!気色悪いッ!!」
即答であった。
塹壕の奥で吠えたのは、灰色の毛並みをした5m級のパグ型フェンリル──グェル。
その横で、ふわふわのポメラニアン姿のフェンリル、ポルメレフがこそっと呟いた。
「う、ウチは……ちょっと見てみたいです~……」
「見なくていい!そんなもの!!」
塹壕の壁がバリバリと崩れる。ピッジョーネの魔弾が容赦なく着弾し、土魔法で固められた防壁が削られていく。
「うわぁっ!? もう持たないです~隊長~!」
「畜生……しつこいヤツめッ……!」
グェルが唸る。唸りながらも、次の手を考えていた。
すると、横のポルメレフが声を潜めて言った。
「た、隊長~。これ、ウチらだけじゃどうしようも無くないですか~……? やっぱり……アルドさんに手伝ってもらった方がいいんじゃ……」
その言葉に、グェルは僅かに目を伏せた。
(……確かに。アルド坊ちゃんに頼めば、このトリ頭くらい、一瞬で倒してくれるだろう……)
思わず視線を遠くに送る。
地下空間の反対側、別の交戦区域。
そこで、軍服姿の少年が振るう、雷撃を纏ったサーベルを、ひょいひょいと軽々躱していた。
一条雷人の雷撃剣術を、紙一重で受け流し、まるで舞うように翻弄している。
その背後から撃ち込まれた対物ライフルの弾すら、アルドは指先で弾いた。
それでもなお、彼の瞳は、グェルたちの方を見ていた。
“そっちは任せたよ”、と言わんばかりに。
(──いや)
グェルは心の中で首を横に振った。
(アルド坊ちゃんは、ボクたちを信じて、この戦場を任せてくださってるんだ)
彼の瞳が、強くなる。
(だったら……その信頼に応えなきゃ、漢が廃る!!)
がっしりとした前脚に力がこもる。
塹壕の揺れが止まらない。だが、その中でグェルの身体だけが揺るがなかった。
「──ポルメレフ!!」
「は、はいッ!? なんですか隊長!」
「アルド坊ちゃんに頼るのは、最後の最後だッ!」
「は、はいな!」
「ボクは……ここで、強い漢になるッ!!」
グェルのパグ顔が、これ以上ないほどキリッと引き締まった。
塹壕の向こう側。タキシード姿の鳩魔人が、二丁の拳銃を再び構える。
「ホロッホー……良い目をしていますね。では……私も少しだけ、本気を出して差し上げましょう」
霧散の魔弾が再び、地下に降り注ごうとしていた。
だが、その瞬間。
グェルの中に、確かに何かが芽吹き始めていた──。
◇◆◇
雷鳴のような銃声がまた響き、塹壕の土壁が削られた。
乾いた破裂音と共に、地の奥深くを抉るような轟音がトンネルに反響する。
グェルとポルメレフは土壁の影に身を潜めながら、その異様な戦場に踏みとどまっていた。
「……ポルメレフ」
低く、唸るような声。パグ顔のフェンリル、グェルが静かに言った。
「ヤツに勝つには、ボクの新しいスキルが必要だ」
ポルメレフは小首をかしげる。自分と同じく巨大な獣の姿でありながら、その表情は明らかに戸惑っていた。
「スキル……? そんな奥の手があるなら、はじめっから使ってくだされば~……」
「……だが、まだ完全に発現していない」
そう言ったグェルの瞳には、確固たる決意が宿っていた。
「ボクの中には今、芽生えつつある新たな力がある。けど……この力を発動するには、自分の中を流れる“魔力回路”の全容を掴まないといけないんだ」
「まりょくかいろ……?」
「うん。ボクの身体は、少ない魔力量に対しては大きすぎて、魔力の流れが追いきれない。……だから、外部から魔力を流して、ボクの“本当の回路”を浮かび上がらせたいんだ」
グェルは一瞬だけ目を伏せ、そして覚悟を込めた瞳でポルメレフを見据えた。
「ポルメレフ……お前の協力が必要だ」
「……は、はぁ?」
「お前の魔力量は、フェンリル族の中では、王族に次いで大きい……だからッ」
グェルは真剣な顔で、ポルメレフに告げる。
「……ボクの尻に爪を突き刺し、魔力を流してくれ」
塹壕に沈黙が走った。
ピッジョーネの銃声さえ、その瞬間だけ遠のいたように感じられる。
「た、隊長……」
ポルメレフは顔をしかめた。
「いくら隊長が……その……ヒトナーとか、色んな性癖を複合的に兼ね備えた超絶怒涛のアブノーマル・フェンリルだからって、こんな状況でそんなお願いしてくるなんて……! いや~……ウチちょっと無理です~……」
「違う、そうじゃない!!っていうか、ボクのことそんな風に思ってたのッ!?」
グェルが即座に叫ぶ。
「『穴』にじゃない! 尻尾の……付け根だッ!! 魔力を流しやすい位置なんだよ!!」
「そ、そう言われましても~~……」
ポルメレフは思わず後ずさりそうになるが、グェルはさらに真剣な目を向ける。
「頼む……! それが……ボクが“成長する”最後のカギなんだ……!」
その言葉に、ポルメレフはピタリと動きを止めた。
グェルの表情は冗談でも戯れでもなかった。
お願い内容の字面とは裏腹に、炎の中で真剣勝負を挑もうとする武人のような、覚悟の顔だった。
ポルメレフはしばし口をつぐみ、ふぅ、と一つため息をついた。
「……わかりました~。とりあえず、言われた通りやってみます~……でも、どうなっても知りませんよ~?ウチ、訴えられたくないですからねぇ~……」
「訴えない!!」
「場合によっては、ウチが隊長を訴える事になるかも~……」
「訴えないでッ!!そういうのじゃないって!!いいから早く!!」
「じゃ、じゃあ……いきますよっ!」
ポルメレフは渋々とグェルの背後に回ると、その巨大な尻尾の根元を見つめた。
「えーと……この辺でいいんですかね~……」
「う、うん。そこだ……一思いにやってくれッ!」
「えいっ!」
グェルの背に、小さく鋭い爪が突き立った。ビクリと身体が跳ねる。
「おぅふッ!!??」
「ちょ、ちょっとヘンな声出さないでくださいよぉ!」
「だ、大丈夫! 大丈夫だからッ! そのまま魔力を流してくれぇぇぇ……ッ!」
「あ、はいはい~……じゃあ、流しますよ~~……」
ポルメレフが、ためらいがちに魔力を送り込む。
「えいっ……!」
ジュワッと音がした。気がした。
小柄なポメラニアン型フェンリルの鋭い爪が、グェルの尾の付け根、魔力の流れが集中する“魔脈接点”へと突き刺さる。
外部から体内に無理矢理、別の魔力を流すという行為には、相当な痛みが伴うもの──
次の瞬間だった。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛───────ッ!!」
グェルが叫んだ。
途端に、その巨大なパグ型の巨躯がビクンビクンと震え出す。
白目を剥き、舌をだらりと垂らし、電撃に打たれたように全身が痙攣を始めた。
「た、隊長っ!?だ、大丈夫ですか~っ!?」
ポルメレフが慌てて声を上げるが──
「だだだだだだ大丈夫!!大丈夫!!」
グェルは白目のまま、唾を飛ばしながら絶叫した。
「もももももっと続けて─────ッ!!」
「えぇぇええ~~~っ!?ウチ、マジで嫌なんですけどぉ……!」
ポルメレフは顔を引きつらせながらも、言われた通り魔力を流し続ける。だがその様子は、どう見ても尋常ではなかった。
塹壕の向こう側、戦場の対岸。
「……そ、そこのフサフサの貴方……」
二丁拳銃を持つ鳩頭タキシード男、ピッジョーネが、銃撃の手を止め、心底戸惑った声をあげる。
「な、何をなさっているのですか?そちらの方、大丈夫なのですか?」
その異様な光景に、敵味方の区別など一時的に吹き飛んだ。
「ちょ、ちょっと!そっちのパグ、なんかヤバくね!?」
ミサキが叫ぶ。
「ポメラニアンちゃん!?そ…それ、やめた方がいいんじゃないの!?」
「そ、そうですぞ!? 拙者、詳しくは存じませんが、そういうプレイにしては出力が強すぎるのでは!?」
隣のマコトも、目を丸くしていた。
「う、ウチもコレやりたくないんですけど~……!
本人が続けろって言うからぁ~……!」
ポルメレフは両前足をワナワナ震わせながら、なおも魔力を流し続ける。
グェルの全身から、ぶしゅううと蒸気のようなオーラが立ち昇っていく。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛───────ッ!!」
「キタかも!? キタかもコレ────ッ!!」
絶叫。絶叫。絶叫。
全身をビクビク震わせるその姿は──戦場における“覚醒”というには、あまりに異質だった。
その場にいる全員が、顔を引きつらせながら沈黙する。
……まさに今、“何か”が始まろうとしていた。
ただし、全員の心中には──
(キモッ……)
という感情が、等しく芽生えていた。
◇◆◇
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛───────ッ!!」
白目を剥き、泡を吹き、全身を痙攣させながらも──
その中心で、グェルの精神は確かに“何か”を掴もうとしていた。
──ピキュリーン!!
(※フレクサトーン音をイメージしてお楽しみください。)
脳裏に、雷鳴のような閃きが走る。
(……分かった)
全身が震える。
(分かったぞッ!! 魔力の意味がッ!!)
心の底で、何かが叫んでいた。
(肉体とは……魂を内包する器! 魂が姿を変えれば、器もまた姿を変える……!!)
地の底から湧き上がるような直感。
(そして、“魔力”とは即ち、“魂の軒昂”ッ!!)
(奮い立つ魂の叫びから漏れ出る残滓……! それこそが、魔力の正体なんだッ!!)
(ならば……ならばボクは!)
(魔力の本質を掴んだボクは──)
(新たな魂の形! 新たな姿を得られるッ!!)
瞬間。
グェルの全身が眩い光に包まれた。
パグの毛並みに沿って走る稲妻のような魔力。
空気がビリビリと震え、地下トンネル全体が唸りを上げる。
「な、なんですか、これは……っ!?」
ピッジョーネが銃を構えたまま身構える。
「うひゃぁぁあ!? 隊長が発光してるぅ~~~ッ!!」
ポルメレフが後ずさる。
「ちょ、ちょっとマジでアレやばくない!?」
「こ、これは、バトルアニメによくある、新たな力への覚醒展開では!?」
ミサキとマコトも、敵であることを忘れ、顔を手で覆って身をかがめる。
眩しすぎて、誰も正視できない。
やがて──
その閃光が、ふっと、収まった。
光が消えたその場所に立っていたのは、明らかに先ほどまでの“巨獣”ではなかった。
身長、およそ2メートル。
肩幅は広く、背筋は伸び、腕は逞しく、脚はしなやかに締まっている。
まるでギリシャ彫刻のような均整の取れた肉体。
何故か下半身に装着されている黒いビキニパンツ。
だが──その肩の上に乗っていたのは、
愛嬌のある丸っこいパグの顔。
口を半開きにしたまま、全員の視線が凍りついていた。
ポルメレフはポカンとしたまま、口を開いた。
「た………隊長………?」
ピッジョーネの二丁拳銃が、ガクガクと震える。
マコトとミサキは、言葉を失っていた。
そんな中、グェル──いや、“パグ顔人間”がゆっくりと拳を握りしめ、天を仰いだ。
「──"成"った……!」
低く、確かな声だった。
「これが、ボクの新たな姿……新たなスキル……ッ!
“魂身変化”……ッ!!」
握られた拳が、ブルンと震え、筋肉が誇示される。
パグの顔に似合わぬ神々しさすら漂っていた。
グェルはそのまま静かに構え──ピッジョーネに向かって、スッとファイティングポーズを取る。
両足を前後に開き、片腕を突き出し、鋭い眼光(※パグ)で敵を睨んだ。
「さあ……ここからが本番だぞッ!!」
──そして次の瞬間。
「「……キモッッッ!!」」
ミサキとポルメレフの声が、完璧にハモった。
敵同士という立場とは思えぬ、見事なシンクロニシティ。
グェルの顔に、ピシィ……と亀裂のような表情が走る。
「えっ」
目が泳ぐ。
「え、え? え? ちょっ……そんなッ……」
人型(※首から下のみ)になったばかりのグェルは、視線を彷徨わせながら、スッと両腕を下ろし──
オロオロと周囲のリアクションを見渡す。
誰よりも誇らしげに進化を遂げたはずのパグは、周囲のドン引きによって、開始0秒で動揺しきっていた。
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ブックマーク・評価、宜しくお願いします。
白いもふもふ好きの僕が転生したらフェンリルになっていた!!
ろき
ファンタジー
ブラック企業で消耗する社畜・白瀬陸空(しらせりくう)の唯一の癒し。それは「白いもふもふ」だった。 ある日、白い子犬を助けて命を落とした彼は、異世界で目を覚ます。
ふと水面を覗き込むと、そこに映っていたのは―― 伝説の神獣【フェンリル】になった自分自身!?
「どうせ転生するなら、テイマーになって、もふもふパラダイスを作りたかった!」 「なんで俺自身がもふもふの神獣になってるんだよ!」
理想と真逆の姿に絶望する陸空。 だが、彼には規格外の魔力と、前世の異常なまでの「もふもふへの執着」が変化した、とある謎のスキルが備わっていた。
これは、最強の神獣になってしまった男が、ただひたすらに「もふもふ」を愛でようとした結果、周囲の人間(とくにエルフ)に崇拝され、勘違いが勘違いを呼んで国を動かしてしまう、予測不能な異世界もふもふライフ!
「お前は無能だ」と追放した勇者パーティ、俺が抜けた3秒後に全滅したらしい
夏見ナイ
ファンタジー
【荷物持ち】のアッシュは、勇者パーティで「無能」と罵られ、ダンジョン攻略の直前に追放されてしまう。だが彼がいなくなった3秒後、勇者パーティは罠と奇襲で一瞬にして全滅した。
彼らは知らなかったのだ。アッシュのスキル【運命肩代わり】が、パーティに降りかかる全ての不運や即死攻撃を、彼の些細なドジに変換して無効化していたことを。
そんなこととは露知らず、念願の自由を手にしたアッシュは辺境の村で穏やかなスローライフを開始。心優しいエルフやドワーフの仲間にも恵まれ、幸せな日々を送る。
しかし、勇者を失った王国に魔族と内通する宰相の陰謀が迫る。大切な居場所を守るため、無能と蔑まれた男は、その規格外の“幸運”で理不尽な運命に立ち向かう!
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした
月神世一
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「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」
ブラック企業で過労死した日本人、カイト。
彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。
女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。
孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった!
しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。
ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!?
ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!?
世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる!
「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。
これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!
この聖水、泥の味がする ~まずいと追放された俺の作るポーションが、実は神々も欲しがる奇跡の霊薬だった件~
夏見ナイ
ファンタジー
「泥水神官」と蔑まれる下級神官ルーク。彼が作る聖水はなぜか茶色く濁り、ひどい泥の味がした。そのせいで無能扱いされ、ある日、無実の罪で神殿から追放されてしまう。
全てを失い流れ着いた辺境の村で、彼は自らの聖水が持つ真の力に気づく。それは浄化ではなく、あらゆる傷や病、呪いすら癒す奇跡の【創生】の力だった!
ルークは小さなポーション屋を開き、まずいけどすごい聖水で村人たちを救っていく。その噂は広まり、呪われた女騎士やエルフの薬師など、訳ありな仲間たちが次々と集結。辺境の村はいつしか「癒しの郷」へと発展していく。
一方、ルークを追放した王都では聖女が謎の病に倒れ……。
落ちこぼれ神官の、痛快な逆転スローライフ、ここに開幕!
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