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第五章 魔導帝国ベルゼリア編
第94話 グェル vs. ピッジョーネ、開戦──犬 vs.ハト──
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土煙がわずかに揺らぐ、地下の戦場。
グェルは、地を蹴る前の獣のように身を低く構え、目の前の敵を睨み据えていた。
隣に並ぶポルメレフのモフモフの毛並みが、淡く光を反射している。
その正面。
タキシード姿の魔人──顔だけが“完璧なまでに鳩”という、狂気じみた風貌の敵・ピッジョーネが、真っすぐ彼らを見返していた。
その後ろには、軽い調子で身体を揺らす藤野マコトと、退屈そうに髪をいじる高崎ミサキ。
彼らもまた、戦いの準備を終えている。
「いいか、ポルメレフ」
不意に、グェルが低く声を発した。
「アルド坊ちゃんは、どうやらあの人間たちのことは……なるべく傷つけたくないみたいだ」
その声音には、少年にも似た真っ直ぐな意志が宿っていた。
ポルメレフが、横目でグェルを見る。返す言葉は、いつもの呑気なものだった。
「はいな!」
「……だから、ボクたちは」
グェルの瞳が鋭くなる。
耳が、風を裂くようにピンと立ち、口元には牙を剥く直前の緊張が走る。
「“あのトリ頭”を倒すぞ!!」
その言葉とほぼ同時、藤野マコトが口を開いた。
まるで芝居のキュー にでも従ったかのように、ゆるく手を振りながら。
「おおっと、あのクソデカワンちゃん達──どうやらやる気のようですな」
どこか嬉しそうな声音だった。
「高崎氏! 念のため、彼らにスキルを使ってみてくだされ!」
「オッケー!」
ミサキが笑みを浮かべ、指を軽く鳴らす。
その瞬間、周囲の空気がふわりと染まった。
「“傾世幻嬢”!」
ピンク色の羽衣のような魔力の衣が、彼女の背後にふわりと浮かび上がる。
その魔力が甘く柔らかい波動となって、周囲に広がっていった。
視覚ではなく、嗅覚でも聴覚でもない……本能に直接触れるような“何か”。
「……なんだ?」
グェルの耳が揺れ、鼻先がピクリと反応する。
「精神感応系スキルか……ッ!?」
すぐさま察知して、呼気を整える。
その身には“毒耐性”のスキルがある。多少の幻惑では揺るがない。
だが──
「……あれー……?」
隣のポルメレフが、ふにゃりとした声を漏らした。
「なんだか……気分が良くなってきました~……」
目はとろーんと垂れ下がり、口元には緩慢な笑みが浮かんでいた。
「──ッ!」
グェルの眉が跳ね上がる。そして次の瞬間、
「──ワンッ!!」
吠えた。
鋭く、短く、集中した気合の一撃のような咆哮。
ポルメレフの身体がビクリと震える。
「ハッ!? ウチは一体……!?」
「結界を張った!」
グェルは即座に地面に魔力を打ち込み、足元に展開された小さな魔法陣から、淡い膜が広がる。
その波動が、チャーム・クイーンの精神感応を遮断するように展開される。
「頼むぞポルメレフ。お前が操られたら、ボク一人じゃ、あいつらの相手はキツい!」
「……隊長っ」
ポルメレフは目を見開き、ぐるんとした丸い瞳でグェルを見つめた。
「そんなこともできたんですねぇ……! 隊長、すごいです~!」
尊敬の光が、瞳に宿っていた。
「──器用貧乏なだけだッ。」
照れを隠す様に、グェルがぶっきらぼうに応える。
そのとき──
「クックックルックー……」
妙に乾いた、そして喉奥で回されたような笑い声が空気を裂いた。
「ミサキお嬢様のスキルを防ぐとは……やりますね」
それは、あまりにも自然に響いた声だった。
顔だけが完璧な“鳩”──ピッジョーネが、まるで舞台役者のように手を広げていた。
「いやはや、私……鳩が豆鉄砲を食ったような顔になってしまいました。」
シュール極まりないジョークを、完全に真顔で披露する鳩。
──“声の主”の顔を見た瞬間、ポルメレフが絶叫する。
「ハ、ハトが喋った~~っ!?」
目を剥き、タキシードの魔人を前足で差す。
呆然とするポルメレフの隣で、ミサキがボソッと呟いた。
「……うちとしては、パグやポメラニアンが喋ってるのも十分違和感すごいんだけど」
「確かに、キッズアニメみたいですな」
マコトが真顔で頷く。なんならちょっと楽しんでいるようだ。
グェルは、ため息を一つ吐き、にやりと笑った。
「……あいにく、ボクはな」
その目が、まるで“誰か”の姿を脳裏に浮かべているように、静かに燃える。
「もっと凄い精神感応系スキルの使い手に仕えてるんでな……」
リュナ。あの、魂の圧をぶつけてくる“咆哮”の魔竜の化身。
「対処には……慣れてるんだッ!」
吠えた。その声は、鳩にも、少年少女にも、しっかりと届いていた。
◇◆◇
「ポルメレフ! フォーメーション D・O・Gだッ!!」
5m級パグ、グェルの鋭い咆哮が荒野に響き渡った。
その横で、もふもふの5m級ポメラニアン——ポルメレフがしっぽを振りながらも真剣な瞳で応える。
「了解です~! 今はウチら2匹しかいないんで、簡易版で行きますね~!」
ポルメレフの足元に魔力が集まり、地面がぐぐっと隆起する。
一瞬で形成された土の壁が、ピッジョーネたちの前方にズシンと立ち塞がった。
「視界、遮断完了です~!」
続けざま、ポルメレフが地面に魔力を流し込むと、斜めに傾いたスロープ状の土の足場が出来上がる。
グェルは一吠えし、四肢に力を込めてそのスロープを駆け上がる。
その巨体が勢いよく駆け昇る様はまるで猛る獣神そのもの。
「らあッッ!!」
スロープの頂点でグェルが口を大きく開き、雷の魔力弾を連続で発射する!
ドドドドドッ!!!
青白い雷光が空を切り、土壁を越えてその先にいる敵へと殺到する。
「ホロッホー、なかなかやりますね。」
ピッジョーネのくぐもった声が、鳩のくせにどこかダンディに響いた。
彼はくるりと身を翻し、ハトらしく首を前後に振りながら、雷撃の合間を滑るように走り抜けていく。
優雅に、けれど抜け目なく——。
「では、失礼!」
そう一言だけ告げると、ピッジョーネは土壁をドンッと跳躍しながら蹴り破った。
砕け散る土の破片。その奥にいたのは、少しビビり顔のポルメレフ。
「ひぃっ!? こっち来る~~!?」
焦るポルメレフに向かって、藤野マコトがニヤリと笑いながら叫ぶ。
「倒し易きから倒すが、兵法の基本ですぞ!」
ポルメレフの耳がピクリと動く。
「ウチってそんなに倒し易そうですか~!? 隊長~~っ!!」
「くッ!!」
グェルの声が上がる。
彼はすぐさまスロープから土壁へと跳び移り、そのままピッジョーネの背後へと回り込むように三角跳びを仕掛けた。
「こっちだァッ!!」
口を開け、雷を纏った牙で襲いかかる。
だが——
「ホロッホー、貴方、魔法の精度はなかなかですが……接近戦はイマイチですね。」
ピッジョーネはくるりと半回転し、タキシードの裾をたなびかせながら見事な後ろ回し蹴りを放つ。
バシュッ!!
「ギャインッ!!」
鳩面に強烈な蹴りを食らったグェルは、数メートルほど後方へと吹き飛ぶ。
地面を転がり、土煙を上げて体勢を立て直した。
「た、隊長~~!!」
ポルメレフが情けない声を上げる。
だが、グェルは鼻息を荒くしながら、ズシッと四足で大地を踏みしめた。
「平気だッ!!」
その目は燃えるように鋭い。
パグ顔でありながら、心はまさしく戦士そのもの。
「こんな蹴り——リュナ様の蹴りに比べたら、撫でられてるようなもんだッ!!」
グェルはそう叫ぶと、鼻から雷気を吹き上げ、再びピッジョーネへと向かって走り出した。
タキシードの鳩顔魔人と、モフモフの巨大犬型魔獣——その奇妙な戦いが、今、真っ向からぶつかり合う。
◇◆◇
「ポルメレフ! 合体魔法だッ!!」
グェルの声が、雷鳴のように大地に響き渡った。
その声に即座に反応する、ポルメレフの明るい返事。
「はいなっ! 隊長!」
二体の巨獣が、まるで訓練された舞台役者のように、寸分違わぬタイミングで動き出す。
グェルの四肢が地を刻む。
土煙と共に雷を帯びた足跡が地面に刻まれ、そこから浮かび上がったのは複雑な形状を描く雷の魔法陣。
「送れ、ポルメレフ!!」
「行っけぇ~~っ!」
ポルメレフの魔力が、躊躇なくグェルの魔法陣へと注がれる。2匹の魔力が融合し、陣全体が眩く脈動し始めた。
遠くからその様子を見ていたピッジョーネが、ハト目を細めて感嘆するように呟く。
「ホロッホー……これは、なかなかに見事な連携魔法……」
だが、グェルは構わず叫ぶ。
「余裕を見せてられるのも今のうちだッ!!」
「——"獣雷断界"ッ!!」
魔法陣が閃光を放ち、次の瞬間、蒼白い雷の咆哮が大地を割った。
凄まじい圧縮雷が一直線にピッジョーネたちへと突き進む。狙いは、鳩一羽とその後方にいる人間二人。
その全てを、雷で断ち切らんとする一撃。
しかし——。
「ハトちゃん!バフかけるよ!」
高崎ミサキが叫び、舞うように両手を広げる。
その羽衣から、きらめく魔力の波紋が広がった。
「——"女王鼓舞"!」
ピッジョーネの身体が、淡い光に包まれる。
彼はその光の中で、静かに一礼した。
「ミサキお嬢様、心より感謝いたします。」
タキシードの内側のホルスターから、彼は優雅な所作で二丁の拳銃を引き抜いた。
それは緑色に輝く、異様な造形をした魔導具。
「——"魔滅鉄砲"。」
低く呟くと同時に、両手を雷に向けて構える。
バババババンッ!!
雷鳴のような魔力弾の連射。
空間に交差する雷光と、銃弾の軌道が交錯した瞬間——
……シュウウゥ……
消えた。
"獣雷断界"の雷撃が、まるで霧が晴れるように、空中で掻き消えた。
炸裂もせず、弾けもせず。
ただ、煙のように、存在ごと消え失せた。
「なッ……!?」
グェルが絶句する。
四肢の先から、電気がまだパチパチと音を立てているにも関わらず、その一撃は何も残さなかった。
「う、ウチらの合体魔法が……消されちゃいました~~!?」
ポルメレフが情けない声で叫ぶ。
ピッジョーネは指先で優雅に銃を回転させながら、クチバシの端を上げる。
「ホロッホー……。私の"魔滅鉄砲"は、魔法を霧散させる弾丸を発射する魔導具。」
「私に、魔力による遠隔攻撃は通用しません。ホロッホー……」
その言葉と共に、再び二丁拳銃を構え直す鳩。
背中には陽光のように輝くミサキの支援。
後方で、藤野マコトがうんうんと頷いていた。
「ハトと二丁拳銃……。何度見ても、ジョン・ウー監督の映画を彷彿とさせますな……!」
ジト目で横に立っていたミサキが、静かにツッコむ。
「うち、それ知らないんだけど……多分、全然違うと思う。」
──そして。
グェルの瞳が鋭く細められる。
雷を纏った鼻息。血が滾る。
(……魔法による遠距離攻撃が……通用しない……!?)
唸るような思考。
打てる手が、一つずつ潰されていく焦燥。
だが——
(……やっぱり、アイツを倒すには……)
立ち上がる答えは一つだった。
(『あのスキル』を完成させるしかないッ!!)
彼の心が決まる。
それは、単なる“技”ではなく——
“信念”を貫くための進化だった。
(やるんだ……! 今、ここで……ッ!!)
グェルの全身に、雷の魔力が再び集い始める。
獣は、ただの獣ではない。
進化する覚悟を、今、獣の魂が吠える——。
グェルは、地を蹴る前の獣のように身を低く構え、目の前の敵を睨み据えていた。
隣に並ぶポルメレフのモフモフの毛並みが、淡く光を反射している。
その正面。
タキシード姿の魔人──顔だけが“完璧なまでに鳩”という、狂気じみた風貌の敵・ピッジョーネが、真っすぐ彼らを見返していた。
その後ろには、軽い調子で身体を揺らす藤野マコトと、退屈そうに髪をいじる高崎ミサキ。
彼らもまた、戦いの準備を終えている。
「いいか、ポルメレフ」
不意に、グェルが低く声を発した。
「アルド坊ちゃんは、どうやらあの人間たちのことは……なるべく傷つけたくないみたいだ」
その声音には、少年にも似た真っ直ぐな意志が宿っていた。
ポルメレフが、横目でグェルを見る。返す言葉は、いつもの呑気なものだった。
「はいな!」
「……だから、ボクたちは」
グェルの瞳が鋭くなる。
耳が、風を裂くようにピンと立ち、口元には牙を剥く直前の緊張が走る。
「“あのトリ頭”を倒すぞ!!」
その言葉とほぼ同時、藤野マコトが口を開いた。
まるで芝居のキュー にでも従ったかのように、ゆるく手を振りながら。
「おおっと、あのクソデカワンちゃん達──どうやらやる気のようですな」
どこか嬉しそうな声音だった。
「高崎氏! 念のため、彼らにスキルを使ってみてくだされ!」
「オッケー!」
ミサキが笑みを浮かべ、指を軽く鳴らす。
その瞬間、周囲の空気がふわりと染まった。
「“傾世幻嬢”!」
ピンク色の羽衣のような魔力の衣が、彼女の背後にふわりと浮かび上がる。
その魔力が甘く柔らかい波動となって、周囲に広がっていった。
視覚ではなく、嗅覚でも聴覚でもない……本能に直接触れるような“何か”。
「……なんだ?」
グェルの耳が揺れ、鼻先がピクリと反応する。
「精神感応系スキルか……ッ!?」
すぐさま察知して、呼気を整える。
その身には“毒耐性”のスキルがある。多少の幻惑では揺るがない。
だが──
「……あれー……?」
隣のポルメレフが、ふにゃりとした声を漏らした。
「なんだか……気分が良くなってきました~……」
目はとろーんと垂れ下がり、口元には緩慢な笑みが浮かんでいた。
「──ッ!」
グェルの眉が跳ね上がる。そして次の瞬間、
「──ワンッ!!」
吠えた。
鋭く、短く、集中した気合の一撃のような咆哮。
ポルメレフの身体がビクリと震える。
「ハッ!? ウチは一体……!?」
「結界を張った!」
グェルは即座に地面に魔力を打ち込み、足元に展開された小さな魔法陣から、淡い膜が広がる。
その波動が、チャーム・クイーンの精神感応を遮断するように展開される。
「頼むぞポルメレフ。お前が操られたら、ボク一人じゃ、あいつらの相手はキツい!」
「……隊長っ」
ポルメレフは目を見開き、ぐるんとした丸い瞳でグェルを見つめた。
「そんなこともできたんですねぇ……! 隊長、すごいです~!」
尊敬の光が、瞳に宿っていた。
「──器用貧乏なだけだッ。」
照れを隠す様に、グェルがぶっきらぼうに応える。
そのとき──
「クックックルックー……」
妙に乾いた、そして喉奥で回されたような笑い声が空気を裂いた。
「ミサキお嬢様のスキルを防ぐとは……やりますね」
それは、あまりにも自然に響いた声だった。
顔だけが完璧な“鳩”──ピッジョーネが、まるで舞台役者のように手を広げていた。
「いやはや、私……鳩が豆鉄砲を食ったような顔になってしまいました。」
シュール極まりないジョークを、完全に真顔で披露する鳩。
──“声の主”の顔を見た瞬間、ポルメレフが絶叫する。
「ハ、ハトが喋った~~っ!?」
目を剥き、タキシードの魔人を前足で差す。
呆然とするポルメレフの隣で、ミサキがボソッと呟いた。
「……うちとしては、パグやポメラニアンが喋ってるのも十分違和感すごいんだけど」
「確かに、キッズアニメみたいですな」
マコトが真顔で頷く。なんならちょっと楽しんでいるようだ。
グェルは、ため息を一つ吐き、にやりと笑った。
「……あいにく、ボクはな」
その目が、まるで“誰か”の姿を脳裏に浮かべているように、静かに燃える。
「もっと凄い精神感応系スキルの使い手に仕えてるんでな……」
リュナ。あの、魂の圧をぶつけてくる“咆哮”の魔竜の化身。
「対処には……慣れてるんだッ!」
吠えた。その声は、鳩にも、少年少女にも、しっかりと届いていた。
◇◆◇
「ポルメレフ! フォーメーション D・O・Gだッ!!」
5m級パグ、グェルの鋭い咆哮が荒野に響き渡った。
その横で、もふもふの5m級ポメラニアン——ポルメレフがしっぽを振りながらも真剣な瞳で応える。
「了解です~! 今はウチら2匹しかいないんで、簡易版で行きますね~!」
ポルメレフの足元に魔力が集まり、地面がぐぐっと隆起する。
一瞬で形成された土の壁が、ピッジョーネたちの前方にズシンと立ち塞がった。
「視界、遮断完了です~!」
続けざま、ポルメレフが地面に魔力を流し込むと、斜めに傾いたスロープ状の土の足場が出来上がる。
グェルは一吠えし、四肢に力を込めてそのスロープを駆け上がる。
その巨体が勢いよく駆け昇る様はまるで猛る獣神そのもの。
「らあッッ!!」
スロープの頂点でグェルが口を大きく開き、雷の魔力弾を連続で発射する!
ドドドドドッ!!!
青白い雷光が空を切り、土壁を越えてその先にいる敵へと殺到する。
「ホロッホー、なかなかやりますね。」
ピッジョーネのくぐもった声が、鳩のくせにどこかダンディに響いた。
彼はくるりと身を翻し、ハトらしく首を前後に振りながら、雷撃の合間を滑るように走り抜けていく。
優雅に、けれど抜け目なく——。
「では、失礼!」
そう一言だけ告げると、ピッジョーネは土壁をドンッと跳躍しながら蹴り破った。
砕け散る土の破片。その奥にいたのは、少しビビり顔のポルメレフ。
「ひぃっ!? こっち来る~~!?」
焦るポルメレフに向かって、藤野マコトがニヤリと笑いながら叫ぶ。
「倒し易きから倒すが、兵法の基本ですぞ!」
ポルメレフの耳がピクリと動く。
「ウチってそんなに倒し易そうですか~!? 隊長~~っ!!」
「くッ!!」
グェルの声が上がる。
彼はすぐさまスロープから土壁へと跳び移り、そのままピッジョーネの背後へと回り込むように三角跳びを仕掛けた。
「こっちだァッ!!」
口を開け、雷を纏った牙で襲いかかる。
だが——
「ホロッホー、貴方、魔法の精度はなかなかですが……接近戦はイマイチですね。」
ピッジョーネはくるりと半回転し、タキシードの裾をたなびかせながら見事な後ろ回し蹴りを放つ。
バシュッ!!
「ギャインッ!!」
鳩面に強烈な蹴りを食らったグェルは、数メートルほど後方へと吹き飛ぶ。
地面を転がり、土煙を上げて体勢を立て直した。
「た、隊長~~!!」
ポルメレフが情けない声を上げる。
だが、グェルは鼻息を荒くしながら、ズシッと四足で大地を踏みしめた。
「平気だッ!!」
その目は燃えるように鋭い。
パグ顔でありながら、心はまさしく戦士そのもの。
「こんな蹴り——リュナ様の蹴りに比べたら、撫でられてるようなもんだッ!!」
グェルはそう叫ぶと、鼻から雷気を吹き上げ、再びピッジョーネへと向かって走り出した。
タキシードの鳩顔魔人と、モフモフの巨大犬型魔獣——その奇妙な戦いが、今、真っ向からぶつかり合う。
◇◆◇
「ポルメレフ! 合体魔法だッ!!」
グェルの声が、雷鳴のように大地に響き渡った。
その声に即座に反応する、ポルメレフの明るい返事。
「はいなっ! 隊長!」
二体の巨獣が、まるで訓練された舞台役者のように、寸分違わぬタイミングで動き出す。
グェルの四肢が地を刻む。
土煙と共に雷を帯びた足跡が地面に刻まれ、そこから浮かび上がったのは複雑な形状を描く雷の魔法陣。
「送れ、ポルメレフ!!」
「行っけぇ~~っ!」
ポルメレフの魔力が、躊躇なくグェルの魔法陣へと注がれる。2匹の魔力が融合し、陣全体が眩く脈動し始めた。
遠くからその様子を見ていたピッジョーネが、ハト目を細めて感嘆するように呟く。
「ホロッホー……これは、なかなかに見事な連携魔法……」
だが、グェルは構わず叫ぶ。
「余裕を見せてられるのも今のうちだッ!!」
「——"獣雷断界"ッ!!」
魔法陣が閃光を放ち、次の瞬間、蒼白い雷の咆哮が大地を割った。
凄まじい圧縮雷が一直線にピッジョーネたちへと突き進む。狙いは、鳩一羽とその後方にいる人間二人。
その全てを、雷で断ち切らんとする一撃。
しかし——。
「ハトちゃん!バフかけるよ!」
高崎ミサキが叫び、舞うように両手を広げる。
その羽衣から、きらめく魔力の波紋が広がった。
「——"女王鼓舞"!」
ピッジョーネの身体が、淡い光に包まれる。
彼はその光の中で、静かに一礼した。
「ミサキお嬢様、心より感謝いたします。」
タキシードの内側のホルスターから、彼は優雅な所作で二丁の拳銃を引き抜いた。
それは緑色に輝く、異様な造形をした魔導具。
「——"魔滅鉄砲"。」
低く呟くと同時に、両手を雷に向けて構える。
バババババンッ!!
雷鳴のような魔力弾の連射。
空間に交差する雷光と、銃弾の軌道が交錯した瞬間——
……シュウウゥ……
消えた。
"獣雷断界"の雷撃が、まるで霧が晴れるように、空中で掻き消えた。
炸裂もせず、弾けもせず。
ただ、煙のように、存在ごと消え失せた。
「なッ……!?」
グェルが絶句する。
四肢の先から、電気がまだパチパチと音を立てているにも関わらず、その一撃は何も残さなかった。
「う、ウチらの合体魔法が……消されちゃいました~~!?」
ポルメレフが情けない声で叫ぶ。
ピッジョーネは指先で優雅に銃を回転させながら、クチバシの端を上げる。
「ホロッホー……。私の"魔滅鉄砲"は、魔法を霧散させる弾丸を発射する魔導具。」
「私に、魔力による遠隔攻撃は通用しません。ホロッホー……」
その言葉と共に、再び二丁拳銃を構え直す鳩。
背中には陽光のように輝くミサキの支援。
後方で、藤野マコトがうんうんと頷いていた。
「ハトと二丁拳銃……。何度見ても、ジョン・ウー監督の映画を彷彿とさせますな……!」
ジト目で横に立っていたミサキが、静かにツッコむ。
「うち、それ知らないんだけど……多分、全然違うと思う。」
──そして。
グェルの瞳が鋭く細められる。
雷を纏った鼻息。血が滾る。
(……魔法による遠距離攻撃が……通用しない……!?)
唸るような思考。
打てる手が、一つずつ潰されていく焦燥。
だが——
(……やっぱり、アイツを倒すには……)
立ち上がる答えは一つだった。
(『あのスキル』を完成させるしかないッ!!)
彼の心が決まる。
それは、単なる“技”ではなく——
“信念”を貫くための進化だった。
(やるんだ……! 今、ここで……ッ!!)
グェルの全身に、雷の魔力が再び集い始める。
獣は、ただの獣ではない。
進化する覚悟を、今、獣の魂が吠える——。
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ブラック企業で過労死した日本人、カイト。
彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。
女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。
孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった!
しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。
ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!?
ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!?
世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる!
「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。
これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!
この聖水、泥の味がする ~まずいと追放された俺の作るポーションが、実は神々も欲しがる奇跡の霊薬だった件~
夏見ナイ
ファンタジー
「泥水神官」と蔑まれる下級神官ルーク。彼が作る聖水はなぜか茶色く濁り、ひどい泥の味がした。そのせいで無能扱いされ、ある日、無実の罪で神殿から追放されてしまう。
全てを失い流れ着いた辺境の村で、彼は自らの聖水が持つ真の力に気づく。それは浄化ではなく、あらゆる傷や病、呪いすら癒す奇跡の【創生】の力だった!
ルークは小さなポーション屋を開き、まずいけどすごい聖水で村人たちを救っていく。その噂は広まり、呪われた女騎士やエルフの薬師など、訳ありな仲間たちが次々と集結。辺境の村はいつしか「癒しの郷」へと発展していく。
一方、ルークを追放した王都では聖女が謎の病に倒れ……。
落ちこぼれ神官の、痛快な逆転スローライフ、ここに開幕!
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