真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます

難波一

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第五章 魔導帝国ベルゼリア編

第94話 グェル vs. ピッジョーネ、開戦──犬 vs.ハト──

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 土煙がわずかに揺らぐ、地下の戦場。

 グェルは、地を蹴る前の獣のように身を低く構え、目の前の敵を睨み据えていた。

 隣に並ぶポルメレフのモフモフの毛並みが、淡く光を反射している。

 その正面。

 タキシード姿の魔人──顔だけが“完璧なまでに鳩”という、狂気じみた風貌の敵・ピッジョーネが、真っすぐ彼らを見返していた。

 その後ろには、軽い調子で身体を揺らす藤野マコトと、退屈そうに髪をいじる高崎ミサキ。

 彼らもまた、戦いの準備を終えている。
 

「いいか、ポルメレフ」


 不意に、グェルが低く声を発した。


「アルド坊ちゃんは、どうやらあの人間たちのことは……なるべく傷つけたくないみたいだ」


 その声音には、少年にも似た真っ直ぐな意志が宿っていた。

 ポルメレフが、横目でグェルを見る。返す言葉は、いつもの呑気なものだった。


「はいな!」

「……だから、ボクたちは」


 グェルの瞳が鋭くなる。

 耳が、風を裂くようにピンと立ち、口元には牙を剥く直前の緊張が走る。



「“あのトリ頭”を倒すぞ!!」

 

 その言葉とほぼ同時、藤野マコトが口を開いた。

 まるで芝居のキュー にでも従ったかのように、ゆるく手を振りながら。


「おおっと、あのクソデカワンちゃん達──どうやらやる気のようですな」


 どこか嬉しそうな声音だった。


「高崎氏! 念のため、彼らにスキルを使ってみてくだされ!」

 
「オッケー!」


 ミサキが笑みを浮かべ、指を軽く鳴らす。
 その瞬間、周囲の空気がふわりと染まった。



「“傾世幻嬢チャーム・クイーン”!」

 

 ピンク色の羽衣のような魔力の衣が、彼女の背後にふわりと浮かび上がる。

 その魔力が甘く柔らかい波動となって、周囲に広がっていった。

 視覚ではなく、嗅覚でも聴覚でもない……本能に直接触れるような“何か”。

 

「……なんだ?」



 グェルの耳が揺れ、鼻先がピクリと反応する。



「精神感応系スキルか……ッ!?」

 

 すぐさま察知して、呼気を整える。

 その身には“毒耐性”のスキルがある。多少の幻惑では揺るがない。

 だが──


「……あれー……?」


 隣のポルメレフが、ふにゃりとした声を漏らした。


「なんだか……気分が良くなってきました~……」


 目はとろーんと垂れ下がり、口元には緩慢な笑みが浮かんでいた。


「──ッ!」


 グェルの眉が跳ね上がる。そして次の瞬間、


「──ワンッ!!」


 吠えた。

 鋭く、短く、集中した気合の一撃のような咆哮。

 ポルメレフの身体がビクリと震える。



「ハッ!? ウチは一体……!?」


「結界を張った!」



 グェルは即座に地面に魔力を打ち込み、足元に展開された小さな魔法陣から、淡い膜が広がる。

 その波動が、チャーム・クイーンの精神感応を遮断するように展開される。



「頼むぞポルメレフ。お前が操られたら、ボク一人じゃ、あいつらの相手はキツい!」

 

「……隊長っ」



 ポルメレフは目を見開き、ぐるんとした丸い瞳でグェルを見つめた。


「そんなこともできたんですねぇ……! 隊長、すごいです~!」


 尊敬の光が、瞳に宿っていた。


「──器用貧乏なだけだッ。」

 
 照れを隠す様に、グェルがぶっきらぼうに応える。
 

 そのとき──


「クックックルックー……」


 妙に乾いた、そして喉奥で回されたような笑い声が空気を裂いた。


「ミサキお嬢様のスキルを防ぐとは……やりますね」


 それは、あまりにも自然に響いた声だった。

 顔だけが完璧な“鳩”──ピッジョーネが、まるで舞台役者のように手を広げていた。


「いやはや、私……鳩が豆鉄砲を食ったような顔になってしまいました。」


 シュール極まりないジョークを、完全に真顔で披露する鳩。

 


 ──“声の主”の顔を見た瞬間、ポルメレフが絶叫する。


「ハ、ハトが喋った~~っ!?」

 
 目を剥き、タキシードの魔人を前足で差す。

 呆然とするポルメレフの隣で、ミサキがボソッと呟いた。



「……うちとしては、パグやポメラニアンが喋ってるのも十分違和感すごいんだけど」


「確かに、キッズアニメみたいですな」



 マコトが真顔で頷く。なんならちょっと楽しんでいるようだ。

 

 グェルは、ため息を一つ吐き、にやりと笑った。


「……あいにく、ボクはな」


 その目が、まるで“誰か”の姿を脳裏に浮かべているように、静かに燃える。


「もっと凄い精神感応系スキルの使い手に仕えてるんでな……」


 リュナ。あの、魂の圧をぶつけてくる“咆哮”の魔竜の化身。



「対処には……慣れてるんだッ!」

 

 吠えた。その声は、鳩にも、少年少女にも、しっかりと届いていた。



 ◇◆◇



「ポルメレフ! フォーメーション D・O・Gディザスター・オブ・ゴッドだッ!!」

 

 5m級パグ、グェルの鋭い咆哮が荒野に響き渡った。

 その横で、もふもふの5m級ポメラニアン——ポルメレフがしっぽを振りながらも真剣な瞳で応える。

 

「了解です~! 今はウチら2匹しかいないんで、簡易版で行きますね~!」

 

 ポルメレフの足元に魔力が集まり、地面がぐぐっと隆起する。

 一瞬で形成された土の壁が、ピッジョーネたちの前方にズシンと立ち塞がった。

 

「視界、遮断完了です~!」

 

 続けざま、ポルメレフが地面に魔力を流し込むと、斜めに傾いたスロープ状の土の足場が出来上がる。

 グェルは一吠えし、四肢に力を込めてそのスロープを駆け上がる。

 その巨体が勢いよく駆け昇る様はまるで猛る獣神そのもの。

 

「らあッッ!!」

 

 スロープの頂点でグェルが口を大きく開き、雷の魔力弾を連続で発射する!

 

 ドドドドドッ!!!

 

 青白い雷光が空を切り、土壁を越えてその先にいる敵へと殺到する。

 

「ホロッホー、なかなかやりますね。」

 

 ピッジョーネのくぐもった声が、鳩のくせにどこかダンディに響いた。

 彼はくるりと身を翻し、ハトらしく首を前後に振りながら、雷撃の合間を滑るように走り抜けていく。

 優雅に、けれど抜け目なく——。

 

「では、失礼!」

 

 そう一言だけ告げると、ピッジョーネは土壁をドンッと跳躍しながら蹴り破った。

 砕け散る土の破片。その奥にいたのは、少しビビり顔のポルメレフ。

 

「ひぃっ!? こっち来る~~!?」

 

 焦るポルメレフに向かって、藤野マコトがニヤリと笑いながら叫ぶ。

 

「倒し易きから倒すが、兵法の基本ですぞ!」

 

 ポルメレフの耳がピクリと動く。

 

「ウチってそんなに倒し易そうですか~!? 隊長~~っ!!」

 

「くッ!!」

 

 グェルの声が上がる。

 彼はすぐさまスロープから土壁へと跳び移り、そのままピッジョーネの背後へと回り込むように三角跳びを仕掛けた。

 

「こっちだァッ!!」

 

 口を開け、雷を纏った牙で襲いかかる。

 だが——

 

「ホロッホー、貴方、魔法の精度はなかなかですが……接近戦はイマイチですね。」

 

 ピッジョーネはくるりと半回転し、タキシードの裾をたなびかせながら見事な後ろ回し蹴りを放つ。

 

 バシュッ!!

 

「ギャインッ!!」

 

 鳩面に強烈な蹴りを食らったグェルは、数メートルほど後方へと吹き飛ぶ。

 地面を転がり、土煙を上げて体勢を立て直した。

 

「た、隊長~~!!」

 

 ポルメレフが情けない声を上げる。

 だが、グェルは鼻息を荒くしながら、ズシッと四足で大地を踏みしめた。

 

「平気だッ!!」

 

 その目は燃えるように鋭い。

 パグ顔でありながら、心はまさしく戦士そのもの。

 

「こんな蹴り——リュナ様の蹴りに比べたら、撫でられてるようなもんだッ!!」

 

 グェルはそう叫ぶと、鼻から雷気を吹き上げ、再びピッジョーネへと向かって走り出した。


 タキシードの鳩顔魔人と、モフモフの巨大犬型魔獣——その奇妙な戦いが、今、真っ向からぶつかり合う。



 ◇◆◇



「ポルメレフ! 合体魔法だッ!!」

 

 グェルの声が、雷鳴のように大地に響き渡った。

 その声に即座に反応する、ポルメレフの明るい返事。

 

「はいなっ! 隊長!」

 

 二体の巨獣が、まるで訓練された舞台役者のように、寸分違わぬタイミングで動き出す。

 グェルの四肢が地を刻む。

 土煙と共に雷を帯びた足跡が地面に刻まれ、そこから浮かび上がったのは複雑な形状を描く雷の魔法陣。

 

「送れ、ポルメレフ!!」

 

「行っけぇ~~っ!」

 

 ポルメレフの魔力が、躊躇なくグェルの魔法陣へと注がれる。2匹の魔力が融合し、陣全体が眩く脈動し始めた。

 遠くからその様子を見ていたピッジョーネが、ハト目を細めて感嘆するように呟く。

 

「ホロッホー……これは、なかなかに見事な連携魔法……」

 

 だが、グェルは構わず叫ぶ。

 

「余裕を見せてられるのも今のうちだッ!!」

「——"獣雷断界ケルヴォルク"ッ!!」

 

 魔法陣が閃光を放ち、次の瞬間、蒼白い雷の咆哮が大地を割った。

 凄まじい圧縮雷が一直線にピッジョーネたちへと突き進む。狙いは、鳩一羽とその後方にいる人間二人。

 その全てを、雷で断ち切らんとする一撃。

 

 しかし——。

 

「ハトちゃん!バフかけるよ!」

 

 高崎ミサキが叫び、舞うように両手を広げる。

 その羽衣から、きらめく魔力の波紋が広がった。

 

「——"女王鼓舞クイーンズ・エール"!」

 

 ピッジョーネの身体が、淡い光に包まれる。

 彼はその光の中で、静かに一礼した。

 

「ミサキお嬢様、心より感謝いたします。」

 

 タキシードの内側のホルスターから、彼は優雅な所作で二丁の拳銃を引き抜いた。

 それは緑色に輝く、異様な造形をした魔導具。

 

「——"魔滅鉄砲ファジョーリ・ピストーレ"。」

 

 低く呟くと同時に、両手を雷に向けて構える。

 

 バババババンッ!!

 

 雷鳴のような魔力弾の連射。

 空間に交差する雷光と、銃弾の軌道が交錯した瞬間——

 

 ……シュウウゥ……

 

 消えた。

 

 "獣雷断界ケルヴォルク"の雷撃が、まるで霧が晴れるように、空中で掻き消えた。

 炸裂もせず、弾けもせず。

 ただ、煙のように、存在ごと消え失せた。

 

「なッ……!?」

 

 グェルが絶句する。

 四肢の先から、電気がまだパチパチと音を立てているにも関わらず、その一撃は何も残さなかった。

 

「う、ウチらの合体魔法が……消されちゃいました~~!?」

 

 ポルメレフが情けない声で叫ぶ。

 

 ピッジョーネは指先で優雅に銃を回転させながら、クチバシの端を上げる。

 

「ホロッホー……。私の"魔滅鉄砲ファジョーリ・ピストーレ"は、魔法を霧散させる弾丸を発射する魔導具。」

 「私に、魔力による遠隔攻撃は通用しません。ホロッホー……」

 

 その言葉と共に、再び二丁拳銃を構え直す鳩。

 背中には陽光のように輝くミサキの支援。

 

 後方で、藤野マコトがうんうんと頷いていた。

 

「ハトと二丁拳銃……。何度見ても、ジョン・ウー監督の映画を彷彿とさせますな……!」

 

 ジト目で横に立っていたミサキが、静かにツッコむ。

 

「うち、それ知らないんだけど……多分、全然違うと思う。」

 

 ──そして。

 

 グェルの瞳が鋭く細められる。

 雷を纏った鼻息。血が滾る。

 

(……魔法による遠距離攻撃が……通用しない……!?)

 

 唸るような思考。

 打てる手が、一つずつ潰されていく焦燥。

 だが——

 

(……やっぱり、アイツを倒すには……)

 

 立ち上がる答えは一つだった。

 

(『あのスキル』を完成させるしかないッ!!)

 

 彼の心が決まる。

 それは、単なる“技”ではなく——

 “信念”を貫くための進化だった。

 

(やるんだ……! 今、ここで……ッ!!)

 

 グェルの全身に、雷の魔力が再び集い始める。

 獣は、ただの獣ではない。

 進化する覚悟を、今、獣の魂が吠える——。
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