真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます

難波一

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第五章 魔導帝国ベルゼリア編

第103話 歪められた正義——三対三、交差する火花──

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 カクカクシティ中央広場。

 建設途中の足場と未整備の地面が混在し、所々に立方体のブロック状の資材の山が無造作に積まれている。


 だがその中心に、緊張とは異質な“陽気な笑い”が響く。



 「……よく考えたらさ、俺らこの世界の人間じゃねぇし? 法律とか関係なくね?」



 乾流星がそう言って肩を竦めた。

 火属性の魔力が無意識に掌に灯る。

 少年の目は、理性をなぞったような曖昧な光を湛えていた。



 「だよなー。それ、フラムさんも言ってたし。こっちの法とかマジでどーでもいいって」



 榊タケルが続ける。

 鎖鉄球を腰から外しながら、ふざけたような調子で笑うその顔に、どこか不気味な影が宿っていた。



 「それにさ、さっきの流星の一撃で——気づいたろ? アイツらも。……ほら、あの三人」



 五十嵐マサキが空を仰ぎ、どこか遠くを見つめながら呟く。

 “あの三人”——だが、その視線の先には何もない。ただ、意味深なその言葉に、誰もが無意識に空気を呑み込んだ。



 「アイツらが来る前に、魔王倒して手柄ゲットしよーぜ? 俺たちの帰還ルート、確保するチャンスじゃん」



 何がそんなに楽しいのか、三人の表情には緊張も迷いもなかった。ただ、薄く笑っていた。

 その様子を、与田メグミは少し離れた位置から黙って見ていた。

 目元に影が落ち、表情は読み取れない。だが、その瞳だけは三人の背中に鋭く注がれている。


 ——まるで、見届ける者のように。

 

「……さっきまで、話が通じてたのに……っ」



 小さく呟いたのはフレキだった。

 前足をすっと滑らせるようにして前に出る。黄金の被毛が逆立ち、尾がピンと張り詰める。

 耳は伏せられ、警戒と戸惑いがないまぜの視線で、三人を睨みつけた。

 

「どうして、急に雰囲気が……っ!?」



 ブリジットもまた、マイネの前に一歩進み出る。

 両腕を半身に構え、まるで何かを庇うような体勢。

 真祖竜の血を宿す身体から、ほんのわずかに銀光が滲み出していた。

 無意識の魔力反応だ。敵意に反応して、身体が戦闘態勢に入っている。

 

「……スレヴェルドでの戦いでも、そうでした」



 静かに口を開いたのは、ベルザリオン。

 普段よりもやや低く、慎重な口調。彼はそっと、腰に差した長剣の柄に手をかけた。



 「こいつらは……話が通じるかと思えば、突然掌を返すように攻撃してきまし
た。まるで、何かに——操られているような」

 

 その言葉に、マイネの眉がぴくりと動く。


(確かに……この様子、ただの気まぐれではない……)


 魔王である彼女の目にさえ、三人の態度は不可解に映っていた。

 つい数分前までは、自らの過ちを悔い、目を伏せていた少年たちが、今は、軽いノリで殺意すら含んだ目を向けている。しかも、それが揃いも揃って。


(こやつらの行動……合点がいかぬ部分が多すぎる。……もしや、これは——)


 そう考えかけた瞬間、背後で資材の山が小さく崩れる音が響いた。


 風が吹いた。

 不穏な空気が、街の中心を静かに満たしていく。



 ◇◆◇



 乾いた風が広場を吹き抜けた。

 不意に変わった空気の流れを背に感じながら、マイネは声を張り上げた。



 「気をつけよ、お主たち! 今のやり取りを見るに……こやつら、ベルゼリアに“首輪”を付けられておるやも知れぬ!」



 その声は警告というより、もはや確信に近かった。

 どこか苦々しげな顔で、マイネは歯噛みする。



 「で、あれば——話し合いによる解決は、望み薄じゃ!」



 凛とした魔王の声に、ブリジットが思わず振り返る。


 「マイネさん!? それって……どういう——」


 ——その瞬間だった。


 ガキィィン!!


 耳を裂くような金属音が響き渡った。

 反射的に視線を戻す。

 ブリジットの目に映ったのは、紅蓮の焔を纏った巨大な刃。それが、振りかぶられた直後だったと、彼女は気づく。

 自分と、すぐ隣のマイネへ——炎の大剣が振り下ろされていた。

 それを受け止めたのは、銀の光を帯びた剣。

 ベルザリオンが、二人の前に立ちはだかっていた。

 

 「……女性に対して一方的に剣を向けるのは……」



 額に汗を浮かべ、剣と剣の鍔を強く押し返しながら、ベルザリオンは声を絞り出す。



 「いただけませんね……っ!」

 

 「うわー、惜しいなー。あとちょっとだったのに」



 炎の大剣の持ち主、乾流星が軽く舌打ちして笑った。

 瞳はどこか焦点が定まらず、それでいて、底の見えない悪意が垣間見える。



 「いやー、俺だって可愛い子は斬りたくねぇよ? でもさ、しょうがねぇじゃん。フラムさんに“やれ”って言われてるし?」



 ニヤリと、口元が歪む。

 

 「唸れ……“気炎万丈レヴァンテイン”」



 そう呟いた次の瞬間——

 流星の大剣が、赤黒い火焔を纏って渦巻き始めた。

 剣と剣が拮抗した鍔迫り合いの形のまま、灼熱の風圧が広場中を吹き抜け、地面がみしみしと軋む。

 

 「っ……ベルザリオンさん!下がって!」



 フレキがそう叫んだと同時に、ベルザリオンとともに身を翻す。

 二人は跳躍するようにして後方へ飛び退いた。背後では、爆ぜるような火花が迸り、炎の渦がその場を包み込む。

 

「マイネさん、ごめん!」



 次の瞬間、ブリジットが叫ぶ。

 両手でマイネの身体を強く引き寄せ、そのまま、お姫様抱っこの姿勢で宙へ跳んだ。

 地を蹴り、石畳を砕きながら大きく後方へ飛び退く。

 激しい爆風がその足元を焼いたが、少女の跳躍は炎をかすめるようにして逃れた。

 

「お、お主、思った以上にパワフルじゃな……っ!」



 揺れる視界の中で、マイネは驚いたようにブリジットの顔を見る。

 そのとき——

 額から、光が漏れていた。

 

「……!」



 銀の角が、ふたつ。

 音もなく、静かに——だが確かに、ブリジットの額から生えていた。

 輝きは、清らかで、まるで月光のようだった。

 その異変に気づいたマイネは、唇を噛みながらも、目を見開いたまま呟く。

 

(……なんじゃ、この力は………!? 我ら大罪魔王にも匹敵する、深淵なる魔力……!?)

 

 だがその表情には、怯えでも畏れでもなく——確かな信頼の色があった。

 眼下の地面が炎で灼ける。

 かすかに煙が立ち上るなか、銀角の少女は、なおもマイネを抱えたまま、踏みとどまっていた。

 

 戦いは、もはや避けられない。

 けれど、彼女たちの眼差しには、確かな覚悟が宿っていた。



 ◇◆◇



 建設中の中央広場に、緊張と熱気が立ちこめていた。

 乾流星が、まるでゲームイベントにでも参加しているかのように、楽しげな声で叫んだ。



「タケル!! イガマサ!! やるぜ!!」



 その顔には焦りも迷いもなかった。

 ハイテンションな笑みを浮かべたまま、炎の大剣を片手に振りかざしている。



「与田ちゃんは安全なとこまで下がって……って、もういねぇ!? え、早ッ!?」



 振り返った流星の視界には、与田メグミの姿はなかった。

 すでにどこかへ身を隠したらしい。

 戦場の緊張とは裏腹に、その行動の速さには一瞬だけシュールな空気が漂った。



「……ま、いっか。どっちにしろ、俺らがやるしかねぇし!」


「オッケーィ……!」



 榊タケルが、気の抜けたような口調で呼応した。
手には、バレーボール大の鉄球。

 鎖を通じて繋がったその武器を、彼はすでに肩の上でぶん回し始めていた。

 まるで無邪気な子供のように。



「可愛い女の子と戦うのはしのびねぇが……ブリちゃん、ゴメンな! 俺たちが帰るためには仕方ねぇんだわ!」



 ブリジットはわずかに目を見開いた。

 だがその背後で、さらに空気が変わる。



「悪ぃな、フレキくん。」



 と、イガマサ──五十嵐マサキが軽く手を挙げて笑いかける。

 背中に背負っていたサーフボードを地面に降ろすと、ヒョイとその上に乗った。



「やっぱ俺ら、戦わなきゃならねーっぽいわ。……“加速度操作アクセラレボリューター”」



 声と同時に、サーフボードがふわりと浮いた。



「そ、そんなっ……!」



 フレキの瞳が揺れた。先ほどまで、確かに話ができていた。理性的なやり取りが出来ていたはずなのに……。

 何かが、彼らを変えてしまった。

 それは目に見えない、けれど確かに感じ取れる”歪み”だった。



「……恐らく、こやつらはベルゼリアの連中から、何らかの魔術的な”縛り”を受けておる……」



 マイネが呟くように言った。



「……いや、“呪い”と言う方が近いかも知れん。要するに、ベルゼリアに”首輪”を付けられて、従順な”飼い犬”に仕立て上げられておるのじゃろう。本人に、その自覚は無いかも知れぬがな」


「首輪……」



 フレキが、足元の地面を見つめたまま呟いた。



「そんなっ……! 首輪を付けられて、飼い犬同然の扱いを受けているだなんてっ……! なんて酷いことをっ……!」



 その瞳に、怒りの光が宿る。

 ギュッと握られた前足の肉球。チリン、と。首輪のチャームが怒りに呼応して小さく鳴った。


「…………,」


 ベルザリオンが、ちらりと彼に視線を向けた。

 その目は何かを言いたげだったが、しかし言葉にはしなかった。


 喉元まで出かけたツッコミを、執事はそっと飲み込んだ。


 今は、そういう空気ではないと察して。



「来るよっ……!」



 ブリジットが息を呑む。

 迫り来るのは、ベルゼリアからの刺客の若者三人組。そこにあるのは明らかな”敵意”だった。


 そして、それが誰かの”意志”に操られているものであると、誰もが薄々気づき始めていた。



 ◇◆◇



 戦場に風が吹いた。

 砂埃が、建設途中の広場にうっすらと舞い上がる。



「んじゃ、剣士同士ってことで──俺の相手は、四天王くんかな?」



 乾流星が、肩に担いだ炎の大剣をスッと下ろし、ベルザリオンへと向ける。

 軽口のように聞こえるその言葉とは裏腹に、彼の目には確かな緊張感が宿っていた。


 ──敵だ。


 そう理解している。

 だが、それでも挑むのだ。

 それが”剣士”としての誇りなのだろう。

 向かい合うベルザリオンは、無言だった。

 ゆっくりと左手で柄に手をかけ、右足を半歩引く。

 重心が地を噛み、風がぴたりと止まる。


 居合い──抜く構え。


 その体勢だけで、ただの執事ではないと誰の目にもわかる。



「……っ、ベルザリオンさん、気をつけてくださいっ!」



 フレキが叫んだが、二人の間には、すでに誰も入れない”間合い”が形成されていた。



「んじゃ、俺が魔王ちゃんを仕留めちゃうぜ~?」



 その緊張を打ち砕くように、タケルの能天気な声が響く。

 鎖を握りしめたまま、バレーボール大の鉄球をヒョイと真上に放り投げる。

 それはまるで、試合開始のトスのようだった。



「“衝撃増幅インパクト・スパイク”ッ!!」



 叫ぶと同時に、彼は跳び上がった。

 そして——

 落下してくる鉄球に、完璧なバレーボールのスパイクフォームで、アタックを叩き込んだ!



 ──バギィンッ!!!!



 衝撃音が空気を裂き、鉄球は鋼の塊とは思えない速度で、一直線にマイネへと飛翔する!



「マイネ様っ!!」

「させないよっ!!」



 叫んだのはブリジットだった。

 とっさにマイネの前に飛び出し、両腕を前へ突き出す。

 まるでドッジボールのキャッチのように、飛来する鉄球を真正面から受け止めた。


 ゴガァンッ!!!!


 空気が震え、地面が悲鳴を上げる。

 だが──止まらない。



「……っ!? なに、これ……!?」



 鉄球を掴んだまま、ブリジットの脚が地を滑る。


 (……衝撃が……止まらない……!?)


 鉄球は掴まれているというのに、どんどん加速しているかのようだった。

 押し寄せる力が増幅されていく。

 受け止めた瞬間が頂点ではなく、今が始まりという異常な感覚。


「ぐっ……!」


 足場が砕け、ブリジットの身体が後方へズザザザザッと滑っていく。

 彼女はなんとか姿勢を崩さず、マイネの方向から逸らす様に鉄球を握りしめたまま、後方の植え込みへと突っ込んでいく。

 そこまでが、ほんの数秒だった。


「うおっ!? ブリちゃん、見た目によらずすげー力!?」


 タケルが驚いたように叫びながら、鉄球に繋がっている鎖を必死で掴む。

 だが当然、鎖はピンと張り、タケルもろとも勢いに引きずられていく。


「悪りぃ、二人とも!」


 吹き飛ばされながら、タケルは叫んだ。


「ブリちゃんの相手は、俺がいただく事になるっぽいわ!」


 全身で地面を擦られながら、草むらの奥へズサァーーーッと滑っていく彼の背中に、イガマサが思わず苦笑いを浮かべた。



「……いや、アレ大丈夫か……?」



 その場に残されたのは、マイネ、フレキ、そして緊迫する流星とベルザリオン。

 戦場の空気が、静かに変わっていく。



「ちぇーっ、なんだよー、俺もブリジットさんの相手が良かったなぁ~!」



 空中から響く呑気な声。

 その主、五十嵐マサキ──イガマサは、足元に浮かぶサーフボードの上で、手をひらひら振っていた。

 重力加速度を完全に無視したようなその姿勢は、まるで午後の波乗り気分。

 だが、その目だけは笑っていなかった。



「……ま、そういう事ならさ。
──俺が“おいしいとこ”いただいちゃいますか」



 イガマサは空中でくるりとサーフボードを反転させながら、片手で銃を抜いた。

 小口径の黒鉄色の拳銃。

 それはまるで玩具のように見えるが、彼の指先が軽くトリガーに触れた瞬間、空気がピリッと張り詰める。



 「“弾丸加速アクセル・ブリット”」



 彼が小さく呟いたと同時に、銃口が火を吹いた。

 ──パパパンッ!

 乾いた音と共に、数発の弾丸が炸裂する。

 目で追えない。空気が裂けるような鋭さと速度で、飛翔する弾丸たちは一直線に──


 マイネ・アグリッパを貫かんと迫る。



「マイネ様!!」



 ベルザリオンが叫ぶ。

 だが彼は、今まさに乾流星の大剣と対峙している最中で、動けない。

 マイネは、ほんの一瞬、虚を突かれたような表情で目を見開き、すぐに奥歯を噛みしめて目を閉じた。


(しまった……!)


 彼女の時間が止まる──かに思えた、瞬間。



「“王狼連爪撃フェンリル・ラッシュ”!!」



 甲高い声が、真上から降ってきた。

 マイネの頭上を、小さな影が飛び越える。

 それは──


「フレキ殿……!?」


 空中に跳び上がった小さなミニチュアダックス型のフェンリル王──フレキが、宙に浮かびながら、前足をシャカシャカと素早く動かす。

 前足が振るわれるたびに、空中に黄金の斬撃線が浮かび上がっていく。

 空に描かれた細く鋭い幾何学的な線──まるで魔法陣のようなそれらが、イガマサの放った高速弾に次々と直撃し、弾を軌道ごと切り裂いていく。



 ──バギィン! バギィンッ!



 空中で小さく破裂音が連なり、すべての弾丸が塵と消えた。

 フレキはくるりと宙返りしながら、優雅にマイネの前へと着地する。


 そして一言。


「……残念です。話し合いで解決したかったのですが」


 ──姿は、完全にミニチュアダックスのままで。



「……え?」



 その場にいた全員が、少しだけ反応に困った空気に包まれる。

 イガマサは、サーフボードの上で肩をすくめて笑った。



「……ひょっとして、俺の相手はミニチュアダックスくん、的な感じ?」



 声は軽い。しかし、その表情は引きつっていた。

 ──小型犬に、スキルで加速した銃弾をすべて撃ち落とされるという、現実離れした状況を前に、さすがの五十嵐マサキも笑うしかない。


 だが。



 ここにて、完全に“構図”が決まった。



 砂煙の向こう、ブリジットと榊タケルはすでに遠方で睨み合っている。

 ベルザリオンは、流星の大剣に動きを封じられたまま、無言で静かにその刃を握る。

 そして──

 マイネを背に庇うフレキと、空中からその様子を見下ろすイガマサ。


 三対三。


 それぞれの因縁が交錯し、戦場に熱が満ちていく。

 もう、止まらない。

 この戦いは──避けられない。
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