106 / 249
第五章 魔導帝国ベルゼリア編
第104話 フレキ vs. イガマサ、開戦 ──加速度操作の脅威──
しおりを挟む
乾いた銃声が空を裂いた。
「っ……く!」
フレキは地面を蹴る。弾丸がマイネの頭部を正確に狙いながら空中を唸り飛ぶ、その軌道に、自らの身体を割って入れるように滑り込むと——
「——"王狼連爪撃"!!」
シュバァッ!!
小さな肉球のついた前足がシャカシャカと虚空を斬り払うと、爪から放たれた金色の斬撃線が空間に煌めき、射出された弾丸たちを正確に弾き飛ばした。
だが、その間にも宙を舞うサーフボードが、陽光を反射してくるくると宙返りを決める。
その上に立つのは、弾けるような笑みを浮かべた少年——五十嵐マサキ。
「チッ、ガードか。まあまあ反応いいじゃん?」
彼は腰を落とし、ボードを波乗りのように傾けながら旋回すると、軽やかに空中でホバリング。
「マイネさん! 10時の方向の建物に逃げ込んでくださいっ!」
フレキの声が飛ぶ。
マイネが視線を向けると、そこにはまるでブロックで組んだような奇妙な建物があった。
四角く、カクカクした灰色の外壁に、明るいオレンジと緑の看板。見慣れぬが、どこか近代的な“気配”を放っている。
「すまぬ……!」
マイネは裾を翻し、コンビニ風のその建物に飛び込んだ。ドアがウィンと自動で開閉し、直後に閉ざされる。
「へぇ……建物なんかに逃げ込んでも、意味ねーよ!」
イガマサの声が、空から軽やかに響く。
拳銃を構えた彼が、空中からマイネの避難先——マイクラ風コンビニへと、4発の弾丸をドドドドン!と連続で撃ち込んだ。
だが——
弾丸は空中で、一瞬、止まったように見えた。
フレキが眉をひそめる。
「……止まった?」
その疑問をなぞるように、イガマサが呟く。
「——"加速度充填"。……溜めて~……っと。」
そして、
「発射!!」
次の瞬間だった。
音が、遅れてきた。
キィンッ!!
空を裂き、超高初速の弾丸が——拳銃とは思えない速さで、マイクラ建築の外壁を撃ち抜く!
コンビニの四角い壁が、一気に抉れるように爆ぜた。
ドガァン! ドドドン! ——チュドドドド!!!
「なっ……!?」
フレキが目を見開く。
「何故……あんな小さな銃で……っ!? 弾速が普通じゃない……!」
粉塵の中、ビリビリと波紋のように空気が震えていた。
着弾地点である建物を中心に、派手に砂埃が舞い上がり、視界を塞ぐ。
建物の中で身をかばっていたマイネは、唇を噛んだ。
一方、空の上。
イガマサは、余裕の笑みを浮かべ、構えた拳銃の銃口をフッと吹いた。
「……西条と久賀の、対物ライフルには負けるけどさ。俺は“一人で”それに近いことは出来んだよね」
くいっと首を傾け、得意気に続ける。
「何せ俺は、クラスに4人しかいなかった——“S級スキル持ち”のひとり、だからなっ!」
その声に、フレキは思わず唇を噛んだ。
S級スキル。
乾流星、榊タケル、五十嵐マサキ、一条雷人——
最前線で最も戦闘向きとされたスキル保持者の中でも、際立った遠距離戦能力と機動力を兼ね備えた“五十嵐マサキ”の異能。
(得体の知れないスキル……強敵ですっ……!)
不安が一瞬、心を揺らす。
だが——
フレキは踏みとどまった。
彼の背後には、命を預けてくれた“魔王”がいる。
彼の心には、かつて一度は袂を分った“父”から託された意思がある。
ならば、自分はこの場に立つ牙であると——そう、決めたのだ。
「……それでも、ボクは、退きません!」
「ボクは……ブリジットさんと共に、このフォルティア荒野を治める──」
「──フェンリル族の、王だからっ!」
咆哮とともに、小さな体が再び跳ね上がる。
爪に宿した一条の黄金の光が、風を切り裂き、獣の矜持を空に刻みつけた。
◇◆◇
爆煙がゆるやかに晴れていく。
砂混じりの風が吹き抜ける中、イガマサは宙に浮かぶサーフボードの上から目を細めた。
「……は?」
彼の目に映ったのは、まるで何事もなかったかのように無傷のまま建っているマイクラ風コンビニ——アルドが建設した、“現代風の商店”だった。
「うえっ!? 無傷!?」
イガマサが素っ頓狂な声を上げる。
「大型の魔獣も一撃で仕留める、俺の"加速度充填ショット"だぞ!? え、どゆこと……!?」
その顔には本気の驚きが滲んでいたが、すぐに気を取り直すと、軽く頭をかくような仕草で首を傾げる。
「……あっれー。スキルレベル、結構上がったはずなんだけどなぁ。まだ火力足りないのかな?」
その呟きに、建物の前に立っていたフレキの眉がぴくりと動く。
(……あの建物を作ったのは、アルドさん……。建材に込められた魔力密度が段違いですからね……! あそこにいる限り、マイネさんは無事ですっ!)
彼の胸の内に安堵が広がった、その瞬間——
「な、何事だー!? 敵襲かー!?」
「フレキ様!? これは一体……!?」
高い足音と共に、ボルゾイ型の細身フェンリルと、小柄なチワワ型フェンリルの2体が広場に駆け込んでくる。
その姿を目にしたイガマサの顔がパッと明るくなった。
「あっ、いいじゃん。ちょうど手頃なモンスター発見!」
言うが早いか、彼は浮かんだまま拳銃を構え——
「"加速度充填——ショット!!」
弾丸が銃口を離れ、空気を裂いて放たれる。
「っ……!!」
フレキが叫ぶより速く、空に向かって吠えた。
「ワンッ!!」
それはただの鳴き声ではなかった。
魔力を帯びた音波が渦を巻き、空間を震わせ、迫り来る高速弾を軌道ごと弾き飛ばす。
弾丸はキィンという金属音と共に、無害な方向へ逸れて地面に突き刺さった。
「おぉ~、また外れかよ」
イガマサが苦笑混じりに呟く。
「フレキくん、そんなこともできんの? ミニチュアダックス顔なのに……侮れねーなぁ」
「……なぜ……なぜ彼らを狙ったんですかっ……!?」
フレキの声には、これまでにない怒気が滲んでいた。
イガマサはその怒りに気づく様子もなく、あっけらかんとした表情で肩をすくめた。
「え、いやだってさ。俺らのスキルってさ、魔物倒して経験値稼ぐとどんどんレベル上がるって仕様っぽくて」
「……経験、値……?」
「そ。俺の"加速度操作"は今、レベル7。もうちょっとで8に届きそうだからさ~……。もっと火力上げたいじゃん?」
その言葉に、フレキは絶句した。
その目に宿るのは純粋な怒りではない。
あまりに無邪気で、あまりに無神経なその“言葉の軽さ”に、恐怖にも似た絶望が重なる。
「そんな……そんな理由で……彼らを……!」
怒りで震える声。
「そんな理由で、ボクの仲間を撃ったんですかっ……!?」
イガマサの表情は無垢そのものだった。虚ろな瞳の奥に、感情の色はほとんど見えない。
「……だってそうすれば、俺はもっと強くなれるんだぜ?」
それは、フラム・クレイドルの“洗脳”によってゆがめられた思考の果て。
正義でも、悪意でもない——ただ、壊れていく論理。
フレキは、ぐっと拳を握りしめた。
目の前の少年は、本質的には、敵ではないのかも知れない。
だが、守るべきものを撃った。ならば、自分がやらねばならない。
「……五十嵐マサキさん」
フレキは、静かに告げる。
「あなたを止めます。どんな理由があろうとも——これ以上、誰も傷つけさせはしません……っ!」
◇◆◇
イガマサの狙撃を受けても、ボルゾイとチワワのフェンリルは、一歩も引かなかった。
「我ら“わんわん開拓団”に牙を剥くとは、愚かなりっ!!」
「あれが敵かっ!! 行くぞっ!」
二匹は息を合わせて、魔力を集中させる。
大地が震え、石が浮かび上がる。
ボルゾイ型の魔法——岩石弾が大気を裂いて飛び出した。
同時に、チワワ型は口元に氷結の魔力を纏わせ——氷槍が空を貫いた。
──シュドドドドドッッ!!
だが。
「"加速度反転"」
イガマサが呟いた瞬間、岩石弾と氷槍の軌跡が崩れた。
放たれたはずのそれらが、空中で速度を失い、まるで鉛直に投げ上げられた球のように空にとどまり……次の瞬間、高速で逆戻りする。
──シュドドドドドッッ!!
「キャイン!!」
「きゃっふん!!」
二匹は慌てて跳び退る。辛うじて回避するも、地面には大きな衝撃音が残った。
イガマサは、空を波乗りしながら笑う。
「俺に遠距離攻撃は効かないんだよねぇ~!」
フレキはすかさず叫ぶ。
「二人とも! 一旦引いてっ! この相手は特殊すぎるっ!」
だが、イガマサは楽しげに言い返した。
「いや、逃がすわけにはいかねーんだわ」
再びハンドガンが火を噴く。
"加速度操作"のスキルで加速された弾丸は、まるで光のビームのように収束しながら撃ち出される。今度は連射。
「くっ……!!」
フレキは吠える。
吠え、吠え、吠える。
音波魔法を連続で展開し、弾丸を叩き落とし続ける。
振動の波紋が、空間を揺らす。
(このままじゃ……! 二人を守りながらだと、神獣化を発動する隙も、反撃する余裕もないっ……!!)
焦りの中でも、フレキは声を上げ続けた。
「下がってっ!! 今は……っ、今は耐える時だっ!!」
サーフボードの上で、マサキは一人、笑っていた。
「よーし……経験値、もっと稼がせてもらうぜ……?」
無垢な悪意と、洗脳された欲望のままに。
——戦場の空は、まだ青く、残酷だった。
◇◆◇
──甲高い銃声が、また一つ空を裂いた。
鋭く突き抜けるような音と共に、閃く銀の弾丸が、チワワ型フェンリルのアイフル(※名前)に向かって真っ直ぐに迫る。
「くっ……!」
フレキは、ミニチュアダックスサイズの小さな体で、二匹の仲間の間を縫うように飛び回っていた。
だが、その瞬間だけは、わずかに動きが遅れた。
(しまった……!? 間に合わないっ!)
視界の端で、アイフルの小さな体が固まり、目前に迫る死の軌跡に気づいていない。
(どうする……!? アイフル……っ!!)
焦りが、喉の奥で鋭く膨れ上がる。
足が、叫びのように地を蹴る。
魔力が膨れ上がり、声にならない咆哮が喉奥で唸る。
だが——
「……っ!?」
弾丸が、突如として灰色の“雲”に呑まれた。
まるで厚く濁った霧が、空中に一瞬で湧き出たかのようだった。
銃弾は、その不思議な雲の中で一瞬バウンドするように止まり、やがて霧の奥へと消えた。
「なっ……?」
イガマサが、空中のサーフボードの上で呆気にとられる。
「今の……俺の弾丸が……防がれた……!?」
視線を跳ね上げたフレキの目に映ったのは、──巨大な銀狼。
マイクラ風コンビニの屋根の上、8メートルはあろうかという威風堂々たる狼が、堂々と四肢を広げて立っていた。
全身の毛並みは星明かりのように淡く輝く銀、爛々と光る双眸が空をにらむ。
「……父上っ……!」
思わず漏れた声に、銀狼が顔を向ける。
マナガルム——それはフレキの父であり、かつてフェンリルの王と呼ばれた存在。
(あの……灰色の雲……今の防御……父上に、あんなスキルはなかったはず……!?)
思考が追いつかないまま、マナガルムは吠えるように叫んだ。
「何をしておる、フレキ!」
その声は重く、威厳に満ちていた。
「我の跡を継ぎ、フェンリルの新たな時代を築く王たる者が……その程度の相手に手こずるとは、面目が立たんぞ!!」
フレキは、グッと唇を噛みしめるようにして言葉を呑み込む。
「アイフルとゲキヤセ(※名前)のことは我に任せよ。お主は、その敵を撃ち倒すことに全力を尽くすがよい!」
屋根の上で、マナガルムは唸るように鼻を鳴らし、フレキの背にいる小さな2匹へと眼差しを向ける。
その視線は、まるで確かな防壁であるかのように、安心感を与えるものだった。
空中で滑空を続けるイガマサは、その光景を目にして、小さく目を見開いた。
「……な、何だよ……あの、デカすぎる狼……っ!? サイズおかしくね?」
だが、マナガルムは微動だにせず、むしろ不敵な笑みさえ浮かべていた。
「案ずるな。貴様の相手は……偉大なる我が息子、フレキが務める!」
その宣言に、フレキの目が見開かれ、そしてすぐに決意が宿る。
「……任せてください、父上っ!」
短く一言を返すと、フレキは地を蹴って跳び上がる。
その小さな体から、眩いほどの金色のオーラが、電撃のように四方へ迸った。
金光は四肢を包み、尾の先まで煌々と照らす。小さくとも、そこにあるのは確かに“王の風格”。
フレキは四足の構えを取り、鋭く空を睨む。
その視線の先には、宙を踊るサーファーのような青年——イガマサの姿があった。
「っ……く!」
フレキは地面を蹴る。弾丸がマイネの頭部を正確に狙いながら空中を唸り飛ぶ、その軌道に、自らの身体を割って入れるように滑り込むと——
「——"王狼連爪撃"!!」
シュバァッ!!
小さな肉球のついた前足がシャカシャカと虚空を斬り払うと、爪から放たれた金色の斬撃線が空間に煌めき、射出された弾丸たちを正確に弾き飛ばした。
だが、その間にも宙を舞うサーフボードが、陽光を反射してくるくると宙返りを決める。
その上に立つのは、弾けるような笑みを浮かべた少年——五十嵐マサキ。
「チッ、ガードか。まあまあ反応いいじゃん?」
彼は腰を落とし、ボードを波乗りのように傾けながら旋回すると、軽やかに空中でホバリング。
「マイネさん! 10時の方向の建物に逃げ込んでくださいっ!」
フレキの声が飛ぶ。
マイネが視線を向けると、そこにはまるでブロックで組んだような奇妙な建物があった。
四角く、カクカクした灰色の外壁に、明るいオレンジと緑の看板。見慣れぬが、どこか近代的な“気配”を放っている。
「すまぬ……!」
マイネは裾を翻し、コンビニ風のその建物に飛び込んだ。ドアがウィンと自動で開閉し、直後に閉ざされる。
「へぇ……建物なんかに逃げ込んでも、意味ねーよ!」
イガマサの声が、空から軽やかに響く。
拳銃を構えた彼が、空中からマイネの避難先——マイクラ風コンビニへと、4発の弾丸をドドドドン!と連続で撃ち込んだ。
だが——
弾丸は空中で、一瞬、止まったように見えた。
フレキが眉をひそめる。
「……止まった?」
その疑問をなぞるように、イガマサが呟く。
「——"加速度充填"。……溜めて~……っと。」
そして、
「発射!!」
次の瞬間だった。
音が、遅れてきた。
キィンッ!!
空を裂き、超高初速の弾丸が——拳銃とは思えない速さで、マイクラ建築の外壁を撃ち抜く!
コンビニの四角い壁が、一気に抉れるように爆ぜた。
ドガァン! ドドドン! ——チュドドドド!!!
「なっ……!?」
フレキが目を見開く。
「何故……あんな小さな銃で……っ!? 弾速が普通じゃない……!」
粉塵の中、ビリビリと波紋のように空気が震えていた。
着弾地点である建物を中心に、派手に砂埃が舞い上がり、視界を塞ぐ。
建物の中で身をかばっていたマイネは、唇を噛んだ。
一方、空の上。
イガマサは、余裕の笑みを浮かべ、構えた拳銃の銃口をフッと吹いた。
「……西条と久賀の、対物ライフルには負けるけどさ。俺は“一人で”それに近いことは出来んだよね」
くいっと首を傾け、得意気に続ける。
「何せ俺は、クラスに4人しかいなかった——“S級スキル持ち”のひとり、だからなっ!」
その声に、フレキは思わず唇を噛んだ。
S級スキル。
乾流星、榊タケル、五十嵐マサキ、一条雷人——
最前線で最も戦闘向きとされたスキル保持者の中でも、際立った遠距離戦能力と機動力を兼ね備えた“五十嵐マサキ”の異能。
(得体の知れないスキル……強敵ですっ……!)
不安が一瞬、心を揺らす。
だが——
フレキは踏みとどまった。
彼の背後には、命を預けてくれた“魔王”がいる。
彼の心には、かつて一度は袂を分った“父”から託された意思がある。
ならば、自分はこの場に立つ牙であると——そう、決めたのだ。
「……それでも、ボクは、退きません!」
「ボクは……ブリジットさんと共に、このフォルティア荒野を治める──」
「──フェンリル族の、王だからっ!」
咆哮とともに、小さな体が再び跳ね上がる。
爪に宿した一条の黄金の光が、風を切り裂き、獣の矜持を空に刻みつけた。
◇◆◇
爆煙がゆるやかに晴れていく。
砂混じりの風が吹き抜ける中、イガマサは宙に浮かぶサーフボードの上から目を細めた。
「……は?」
彼の目に映ったのは、まるで何事もなかったかのように無傷のまま建っているマイクラ風コンビニ——アルドが建設した、“現代風の商店”だった。
「うえっ!? 無傷!?」
イガマサが素っ頓狂な声を上げる。
「大型の魔獣も一撃で仕留める、俺の"加速度充填ショット"だぞ!? え、どゆこと……!?」
その顔には本気の驚きが滲んでいたが、すぐに気を取り直すと、軽く頭をかくような仕草で首を傾げる。
「……あっれー。スキルレベル、結構上がったはずなんだけどなぁ。まだ火力足りないのかな?」
その呟きに、建物の前に立っていたフレキの眉がぴくりと動く。
(……あの建物を作ったのは、アルドさん……。建材に込められた魔力密度が段違いですからね……! あそこにいる限り、マイネさんは無事ですっ!)
彼の胸の内に安堵が広がった、その瞬間——
「な、何事だー!? 敵襲かー!?」
「フレキ様!? これは一体……!?」
高い足音と共に、ボルゾイ型の細身フェンリルと、小柄なチワワ型フェンリルの2体が広場に駆け込んでくる。
その姿を目にしたイガマサの顔がパッと明るくなった。
「あっ、いいじゃん。ちょうど手頃なモンスター発見!」
言うが早いか、彼は浮かんだまま拳銃を構え——
「"加速度充填——ショット!!」
弾丸が銃口を離れ、空気を裂いて放たれる。
「っ……!!」
フレキが叫ぶより速く、空に向かって吠えた。
「ワンッ!!」
それはただの鳴き声ではなかった。
魔力を帯びた音波が渦を巻き、空間を震わせ、迫り来る高速弾を軌道ごと弾き飛ばす。
弾丸はキィンという金属音と共に、無害な方向へ逸れて地面に突き刺さった。
「おぉ~、また外れかよ」
イガマサが苦笑混じりに呟く。
「フレキくん、そんなこともできんの? ミニチュアダックス顔なのに……侮れねーなぁ」
「……なぜ……なぜ彼らを狙ったんですかっ……!?」
フレキの声には、これまでにない怒気が滲んでいた。
イガマサはその怒りに気づく様子もなく、あっけらかんとした表情で肩をすくめた。
「え、いやだってさ。俺らのスキルってさ、魔物倒して経験値稼ぐとどんどんレベル上がるって仕様っぽくて」
「……経験、値……?」
「そ。俺の"加速度操作"は今、レベル7。もうちょっとで8に届きそうだからさ~……。もっと火力上げたいじゃん?」
その言葉に、フレキは絶句した。
その目に宿るのは純粋な怒りではない。
あまりに無邪気で、あまりに無神経なその“言葉の軽さ”に、恐怖にも似た絶望が重なる。
「そんな……そんな理由で……彼らを……!」
怒りで震える声。
「そんな理由で、ボクの仲間を撃ったんですかっ……!?」
イガマサの表情は無垢そのものだった。虚ろな瞳の奥に、感情の色はほとんど見えない。
「……だってそうすれば、俺はもっと強くなれるんだぜ?」
それは、フラム・クレイドルの“洗脳”によってゆがめられた思考の果て。
正義でも、悪意でもない——ただ、壊れていく論理。
フレキは、ぐっと拳を握りしめた。
目の前の少年は、本質的には、敵ではないのかも知れない。
だが、守るべきものを撃った。ならば、自分がやらねばならない。
「……五十嵐マサキさん」
フレキは、静かに告げる。
「あなたを止めます。どんな理由があろうとも——これ以上、誰も傷つけさせはしません……っ!」
◇◆◇
イガマサの狙撃を受けても、ボルゾイとチワワのフェンリルは、一歩も引かなかった。
「我ら“わんわん開拓団”に牙を剥くとは、愚かなりっ!!」
「あれが敵かっ!! 行くぞっ!」
二匹は息を合わせて、魔力を集中させる。
大地が震え、石が浮かび上がる。
ボルゾイ型の魔法——岩石弾が大気を裂いて飛び出した。
同時に、チワワ型は口元に氷結の魔力を纏わせ——氷槍が空を貫いた。
──シュドドドドドッッ!!
だが。
「"加速度反転"」
イガマサが呟いた瞬間、岩石弾と氷槍の軌跡が崩れた。
放たれたはずのそれらが、空中で速度を失い、まるで鉛直に投げ上げられた球のように空にとどまり……次の瞬間、高速で逆戻りする。
──シュドドドドドッッ!!
「キャイン!!」
「きゃっふん!!」
二匹は慌てて跳び退る。辛うじて回避するも、地面には大きな衝撃音が残った。
イガマサは、空を波乗りしながら笑う。
「俺に遠距離攻撃は効かないんだよねぇ~!」
フレキはすかさず叫ぶ。
「二人とも! 一旦引いてっ! この相手は特殊すぎるっ!」
だが、イガマサは楽しげに言い返した。
「いや、逃がすわけにはいかねーんだわ」
再びハンドガンが火を噴く。
"加速度操作"のスキルで加速された弾丸は、まるで光のビームのように収束しながら撃ち出される。今度は連射。
「くっ……!!」
フレキは吠える。
吠え、吠え、吠える。
音波魔法を連続で展開し、弾丸を叩き落とし続ける。
振動の波紋が、空間を揺らす。
(このままじゃ……! 二人を守りながらだと、神獣化を発動する隙も、反撃する余裕もないっ……!!)
焦りの中でも、フレキは声を上げ続けた。
「下がってっ!! 今は……っ、今は耐える時だっ!!」
サーフボードの上で、マサキは一人、笑っていた。
「よーし……経験値、もっと稼がせてもらうぜ……?」
無垢な悪意と、洗脳された欲望のままに。
——戦場の空は、まだ青く、残酷だった。
◇◆◇
──甲高い銃声が、また一つ空を裂いた。
鋭く突き抜けるような音と共に、閃く銀の弾丸が、チワワ型フェンリルのアイフル(※名前)に向かって真っ直ぐに迫る。
「くっ……!」
フレキは、ミニチュアダックスサイズの小さな体で、二匹の仲間の間を縫うように飛び回っていた。
だが、その瞬間だけは、わずかに動きが遅れた。
(しまった……!? 間に合わないっ!)
視界の端で、アイフルの小さな体が固まり、目前に迫る死の軌跡に気づいていない。
(どうする……!? アイフル……っ!!)
焦りが、喉の奥で鋭く膨れ上がる。
足が、叫びのように地を蹴る。
魔力が膨れ上がり、声にならない咆哮が喉奥で唸る。
だが——
「……っ!?」
弾丸が、突如として灰色の“雲”に呑まれた。
まるで厚く濁った霧が、空中に一瞬で湧き出たかのようだった。
銃弾は、その不思議な雲の中で一瞬バウンドするように止まり、やがて霧の奥へと消えた。
「なっ……?」
イガマサが、空中のサーフボードの上で呆気にとられる。
「今の……俺の弾丸が……防がれた……!?」
視線を跳ね上げたフレキの目に映ったのは、──巨大な銀狼。
マイクラ風コンビニの屋根の上、8メートルはあろうかという威風堂々たる狼が、堂々と四肢を広げて立っていた。
全身の毛並みは星明かりのように淡く輝く銀、爛々と光る双眸が空をにらむ。
「……父上っ……!」
思わず漏れた声に、銀狼が顔を向ける。
マナガルム——それはフレキの父であり、かつてフェンリルの王と呼ばれた存在。
(あの……灰色の雲……今の防御……父上に、あんなスキルはなかったはず……!?)
思考が追いつかないまま、マナガルムは吠えるように叫んだ。
「何をしておる、フレキ!」
その声は重く、威厳に満ちていた。
「我の跡を継ぎ、フェンリルの新たな時代を築く王たる者が……その程度の相手に手こずるとは、面目が立たんぞ!!」
フレキは、グッと唇を噛みしめるようにして言葉を呑み込む。
「アイフルとゲキヤセ(※名前)のことは我に任せよ。お主は、その敵を撃ち倒すことに全力を尽くすがよい!」
屋根の上で、マナガルムは唸るように鼻を鳴らし、フレキの背にいる小さな2匹へと眼差しを向ける。
その視線は、まるで確かな防壁であるかのように、安心感を与えるものだった。
空中で滑空を続けるイガマサは、その光景を目にして、小さく目を見開いた。
「……な、何だよ……あの、デカすぎる狼……っ!? サイズおかしくね?」
だが、マナガルムは微動だにせず、むしろ不敵な笑みさえ浮かべていた。
「案ずるな。貴様の相手は……偉大なる我が息子、フレキが務める!」
その宣言に、フレキの目が見開かれ、そしてすぐに決意が宿る。
「……任せてください、父上っ!」
短く一言を返すと、フレキは地を蹴って跳び上がる。
その小さな体から、眩いほどの金色のオーラが、電撃のように四方へ迸った。
金光は四肢を包み、尾の先まで煌々と照らす。小さくとも、そこにあるのは確かに“王の風格”。
フレキは四足の構えを取り、鋭く空を睨む。
その視線の先には、宙を踊るサーファーのような青年——イガマサの姿があった。
85
あなたにおすすめの小説
田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした
月神世一
ファンタジー
「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」
ブラック企業で過労死した日本人、カイト。
彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。
女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。
孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった!
しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。
ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!?
ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!?
世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる!
「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。
これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
白いもふもふ好きの僕が転生したらフェンリルになっていた!!
ろき
ファンタジー
ブラック企業で消耗する社畜・白瀬陸空(しらせりくう)の唯一の癒し。それは「白いもふもふ」だった。 ある日、白い子犬を助けて命を落とした彼は、異世界で目を覚ます。
ふと水面を覗き込むと、そこに映っていたのは―― 伝説の神獣【フェンリル】になった自分自身!?
「どうせ転生するなら、テイマーになって、もふもふパラダイスを作りたかった!」 「なんで俺自身がもふもふの神獣になってるんだよ!」
理想と真逆の姿に絶望する陸空。 だが、彼には規格外の魔力と、前世の異常なまでの「もふもふへの執着」が変化した、とある謎のスキルが備わっていた。
これは、最強の神獣になってしまった男が、ただひたすらに「もふもふ」を愛でようとした結果、周囲の人間(とくにエルフ)に崇拝され、勘違いが勘違いを呼んで国を動かしてしまう、予測不能な異世界もふもふライフ!
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
パワハラで会社を辞めた俺、スキル【万能造船】で自由な船旅に出る~現代知識とチート船で水上交易してたら、いつの間にか国家予算レベルの大金を稼い
☆ほしい
ファンタジー
過労とパワハラで心身ともに限界だった俺、佐伯湊(さえきみなと)は、ある日異世界に転移してしまった。神様から与えられたのは【万能造船】というユニークスキル。それは、設計図さえあれば、どんな船でも素材を消費して作り出せるという能力だった。
「もう誰にも縛られない、自由な生活を送るんだ」
そう決意した俺は、手始めに小さな川舟を作り、水上での生活をスタートさせる。前世の知識を活かして、この世界にはない調味料や保存食、便利な日用品を自作して港町で売ってみると、これがまさかの大当たり。
スキルで船をどんどん豪華客船並みに拡張し、快適な船上生活を送りながら、行く先々の港町で特産品を仕入れては別の町で売る。そんな気ままな水上交易を続けているうちに、俺の資産はいつの間にか小国の国家予算を軽く超えていた。
これは、社畜だった俺が、チートな船でのんびりスローライフを送りながら、世界一の商人になるまでの物語。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る
マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息
三歳で婚約破棄され
そのショックで前世の記憶が蘇る
前世でも貧乏だったのなんの問題なし
なによりも魔法の世界
ワクワクが止まらない三歳児の
波瀾万丈
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる